携帯食料の出来栄えは…?
酒場での出来事から幾日か過ぎたある日の事。
私は部隊長からの呼び出しを受け、執務室に来ていた。
「来たか。お前に頼みがある。 携帯食料の事は知っているか?」
私が酒の席で進言した「携帯食料の試食」の事、か。
…と言うかリュウガが関わっている事は多少なりとも知ってはいた。
私が偶然にも彼の行動を見てしまった所が大きいんだが…。
「はっ、噂程度には」
「うむ。 ではお前には、それに関連した仕事を二、三やってもらう。いいな?」
「是!」
「よろしい。 で、お前にやって欲しいのは―――」
要するに部隊長が私に命じたのは、例の携帯食料について、製造の確立、保存期間の検証、そして味覚など実際に人が口にする際の実験体―――つまり試食―――、だった。
まさかこんな形で参加を命じられるとは…。
リュウガが口添えしたのか、それとも周りが、やりたくないから、と私に押し付けたのかは分からないが、これも任務。しっかりとこなすに尽きる。
・・・・とは言ったものの、何を先にやればいいんだろうか?
ま、困った時にはあいつを頼る。ただそれだけだしな…。
―――で、だ。言われた場所は食堂で、そこに着いたのはいい。
問題はその光景、と言うか、何と言うか…。
確かにリュウガの姿はある。うん、あるんだよ。
だが何だろう。妙な違和感、というには語弊のある何かを感じる。
食堂の係の連中と一緒にいる姿が、どうにも変…と言っていいものだろうか。
「何してるんだ?」
私は思わず問うてしまった。馴染み過ぎてるのだ、あまりにも。
いつもの騎士である彼の姿とは完全にかけ離れた、庶民的と言うのか…?
どうにも言葉に窮する。
「ああ、来てくれたか…、って本当にオルナが来たのか」
「悪いか…? まあ任務だし、それに私も興味はあった。 で? 私がやる事は?」
「うん。 丁度、試作の最終段階のものが出来たんでね。 早速試食してもらおうかな」
「もう出来たのか!?」
どうやらかなり早い時間から準備はしていたらしい。
あ…、ここ数日、朝の点呼以外で姿を見てなかったのは、こういう事だったのか?
彼も彼で妙に忙しない様子だったから、聞きそびれてたのもあったけど…。
さて…―――
私の目の前に置かれた皿に、幾つかの棒状の固形物が並んでいる。
見た目自体はショートブレッドのようだが…、麦か小麦を固めた物だろうか?
そういえば、酒場で『オートミールを固めたもの』、と言ってたな。
そう考えてるところに声をかけられる。
「そのままでも一応食えるんだが…」
「何が言いたい。はっきり言ったらどうだ?」
「硬いんだ、凄く。 でも、そうしないと運ぶだけで簡単に壊れるから、その辺もまだまだ試験段階さ」
「……そんな物を私に食わせる気か、お前は」
「ぅぐ…、と、とにかく、食べてみてくれ」
妙にバツの悪そうな顔をするリュウガに渋々納得しながら、私はそれを口にしようと手に取ってみる。
……成程。
手に取った時点で分かってしまうくらい……硬い。
顎が痛くなりそうな予感がするけど、文句は言ってられない。
食料と言うのは前線の騎士や兵士の生命線なのだから。
―――ええい、ままよ!
意を決して小さい棒状の『それ』を口にし、歯を立ててみた…。
・・・・・・・・・・リュウガが言った通りだった。
硬い!
噛めない事は無いが、これじゃ顎が痛い!
と言うか、無理に噛み続けたら顎が割れる!
何とも形容しがたい気持ちにさせてくれる…
「えっ…と、大丈夫…か?」
「大丈夫な訳ないだろ! 痛い! 顎が物凄く!! 硬いというにも程があるだろ!」
「だから言ったろ、試作段階だって…」
「作るならちゃんとやれ!」
心配そうに声をかけてくる彼に思わず八つ当たりをしてしまった。
だが、事実である以上、私としても黙ってるわけにもいかなかったし、
先に言ったように食料は前線で動くもの達の生命線だ。
中途半端に作られても現場の受けが悪ければ、迷惑な物にしかならないのだから。
「とは言っても、実際に食べてもらう人がいなきゃ、どこまでやれるか分からん」
「…もう少し柔らかく出来ないか?」
「え?」
「バターや山羊乳を増やすとか、腹持ちを良くさせる、とか」
少し提案をしてみた。
実際に戦や野外で動く状況になれば、味とかに拘ってる暇は無い。
私としては、現場を乗り切るだけの力を与える…、つまり栄養が行き渡ればいい訳だ。
貴族どもが道楽で狩りとかの合間に食事を作らせ、優雅に食べてるのとは訳が違う。
まして、物見遊山な気分でまともに前線に出ない間抜けな貴族どもが幕舎で呑気に食事をしてる姿を見ると、無性に腹が立つ。
そんな連中に付き合わされる事も多い私達だから、食事くらいもう少しまともにして欲しい、って思う事は多々あるのも、否定出来ない気持ちなんだけど…。
「じゃあ、次はこれで試してみてくれ」
言われて目の前に差し出されたのは…、白湯が入った椀だった。
「白湯? 何の真似だ」
「それをその中に浸してくれ」
「…??????…」
何が何のことやら、と率直に思った。
まさに『?』が頭に浮かんでいると言った方が正しい表現だろうか…?
だが黙ってる訳にもいかない。
言われた通りに固形物を白湯の中に浸す…のはいいんだが…。
「で? これをいつまで浸せばいいんだ?」
「とりあえずこいつが完全にふやけるまで…だ」
「あのな…。 これが戦時下だったらどうする気だ?」
「指摘は尤もだが…、それを含めた検証で来たんじゃないのかよ」
「そう言われてもな」
何度も言うように『食料(糧食)=生命線』である。
真面目に考えない奴は間抜けであると同時に、兵士とさえ呼べないレベルだ。
戦を生活の糧にする傭兵の方がまだ現実的と言える。
リュウガもそれを弁えてくれてると思いたいが、私としても譲れない問題になってきていた事に気付いたは少し後の事だった、と言うのは蛇足だ。
まず、壊れないようにしたいからって、無暗に硬くされては食べる気が失せる。
かと言って柔らかくされ過ぎては、運んでる最中に粉々…。
作る方にとってはこの塩梅は難しいんだろう。
乾物や干物の摂取、輸送されてきたり、川で獲った魚や森林で採った木の実などの生ものを使った現地での調理が野外での食事手段だ。
まあ、野外での調理は大人数が前提だから、
大概は大きな鍋を使った具沢山のスープ―――要するに「ごった煮」―――である。
勿論、これは本当に余裕がある時にしか行われない。
調理の煙は「奇襲して下さい」なんて態々狼煙を上げてるようなものであり、
敵側にとっては絶好の攻め時に他ならない。
こんな『携帯食料』などと言う物を作らなくてもいい、なんて思わなくもない。
普通は食べ慣れた干物や乾物、干し肉で済ませてしまうものだ。
干物はいちいち焼けないからそのまま食らうし、乾物は言うに及ばず。
干し肉は保存も利くし、携帯にもいい。
実際に野外の遠征や訓練でも、そうやって凌いだ事が殆どだ。
だがデメリットだって勿論ある。
干物は大きいから、予め切っておかなきゃいけないし、下手に扱うと魚の臭いや脂分が装備にこびり付いてしまう。これを落とすのは非常に大変な作業だし、一日で消える臭いじゃない。慣れも必要だろうが、曲がりなりにも国から与えられた装備を魚臭くするほど私は愚かじゃない。
乾物や干し肉は逆に持ち運びには適している。適してはいるんだが…。
水分を余計に摂る必要が出てくる。水は食料や燃料と同じ、いやもしかしたらそれ以上に貴重であろう物的資源だ。
川の水や湧水だって何時もあるとは限らないし、井戸水だって無限じゃない。最悪の場合、毒を流し込まれる危険性だって孕んでる。
当然、飲めないほど汚かったら問題外だ。これは術式で浄化出来るならいいが、私を含めて「出来ない」のが多数を占める。リュウガについては彼自身が話さないので知りようもないが、その内にでも聞き出す事にしようか…。
―――なんて、色々と考える内に白湯に浸かっていた固形物がすっかりふやけていた。
見た目は確かにオートミールそのものだ。
何人かに試していたと前に言ってたが、もしかして調理係にも頼んでたのか?
「こんな風に変わる物か?」
「オートミールをそのまま固めたような物だしな。とりあえず食べてみてくれ」
「あ、ああ」
促されて、恐る恐る食してみたが…―――
味は確かに普通のオートミールだ。
うん、悪くは無い。
不満を挙げるとするなら、やはり固形物の異常な硬さとふやかすまでの時間。
それさえ無ければ、可も不可もなく、といった所だろうか。
―――と思った所で、私は彼に問いをぶつけてみる。
「なあ、リュウガ。 これを考え付いたのはどうしてだ?」
「個人や少人数で動いてる時に食事で不自由するのを無くしたいから、だな。 態々炊き出しするような資材や糧食は持ち歩けないし、持って行けても最低限だろ? それに食事を摂る場所だって野外じゃ限られる。何度かの野営訓練で思い知ったのさ。『手軽に摂れるもの、持ち運びに困らないもの』を創らないと近い内に困るなあ、って」
彼の言い分は正しい。
中隊規模なら、炊き出し出来る位の資材や糧食は運べるだろう。
でも小隊、いや班や組単位なら、そんな資材を持っていく事なんて出来やしない。
同じ事をしようものなら進軍にも支障が出るし、任務にも不都合だ。
私やリュウガのように殆ど個人単位で動かされる者にとって、装備や物資、糧食のバランスは死活問題でもある。どれも疎かには出来ない。
黒装や武器だけ、なら誰でも出来る。そこにランタンや松明といった照明、これを維持するための燃料、水筒(勿論、水が満タンの)、手入及び補修用具、塹壕掘るための折り畳み式の携帯シャベル、毛布、着替え、等々…。冬にはこれに防寒具も加わる。
そこに更に糧食が加わる、といった具合である。
想像してみて欲しい。
これだけのもの揃えたら、どれだけの重量となってその身に圧し掛かってくるのかを…。
兵士は軽装が多いからまだしも、私達【キルヒア・ライン】の騎士は黒装という格段に重い鎧を身に纏うのだ。当然ながら、その重さに負けてしまう者は【キルヒア・ライン】にいる資格も、それ以前に騎士として働けもしない。
【キルヒア・ライン】では黒装を己の衣服のように自在に着こなし、重さにも負けないだけの力と体力を有していなければいけない。術式騎士とは言え、根幹は『騎士』そのものなんだから。
しかもこれらの装備の重量は軍馬や騎竜にそのまま負担となって圧し掛かってくる。
彼らはれっきとした生き物であって、道具ではないのだ。
武装した私達の重量が彼らの体力を奪うと言っても過言じゃない。
隠密任務のために黒装を外す事もあるが、結局はこれを持ち歩く羽目にはなる。理由は黒装自体が【キルヒア・ライン】である事の証、つまり身分証明だからだ。
そこに食事や休息という重要な要素も加わるとどうだろう。
場所もそうだし、手段も限られてくる。
雨風を凌ごうなんて贅沢は言えないし、睡眠だって如何に体を冷やさないようにするかを考慮しないといけないし、食事を摂るにも時と場所を選ばないと隙を見せる事にもなる。それこそ、リュウガの言った事に繋がる。
色々言ってみたが、結論を言ってしまうと―――
装備だけではダメ、兵士や騎士は『胃袋で動くものだ』という事。
その後、粥というかオートミールのようになった携帯食料を平らげ、様々な指摘を行ったという、半ば事務的な作業を二人でこなした次第である。
個人的な感想を言えば不満もあるが、任務に必要となると思えばそれほど悪いものでは無かったと思う。実際に思い知る事にもなったのだから。
私達のこの一連の作業の影響からか、肉類を加工したり、果物類をドライフルーツのようにしたりなど、様々な工夫が成され、これらを一纏めにした『戦闘糧食セット』が開発される事になるのは、この後の事だった。
随分と遅れてしまいました。申し訳ありません。
言い訳がましいかもしれませんが、
愛用のパソコンが死んでしまい、新しいのを買うのに時間を要しました。
(特に予算の関係で…)
おまけに書き貯めていたテキストデータもクラッシュという散々な目に遭いました…。
正直言って泣きました…。
こんな状態ですが今後も掲載できるよう頑張りたいです。