『変人』の印象
「思えば、私もどうしてあの男に関わろうと思ったんだろうな」
私―――オルナ・オル・オルクリスト―――は、思わず声に出してしまった。
リスリアから来た、忌々しくて気色悪い術式師の一件以来、分隊長の取り成しに異議を唱えた輩が本隊の方へ私の処罰を上奏し続けていた。結局、私は帝都部隊の筆頭の元へ出頭せざるを得なかったのだが…、そこで上奏を握りつぶし、最終的な取り成しをしてくれたのが筆頭とあの『変人』だった。
私が帝王様の命でこの【キルヒア・ライン】に来て、まだ一年弱だ。
だが周りの輩は私が「女である」という事しか目先が行っていない。
女だから何だと言うんだ! 奴らは私を騎士と見ないで、女である事を嫌味に使うのが不愉快極まりない!
…だが、そこに筆頭と同じような、いやそれ以上に私を「騎士として」見て、接し、話す者がいた。それがかの <【キルヒア・ライン】の『変人』> リュウガ・アスラナーダという男だった。
何が変人かと言うと、とにかく考え方が他と全く違っていた。
彼が公言する『強い者に男も女も無い』という言葉に、私は琴線に触れるような、そんな奇妙な感覚に囚われていた。
実力と言えば…、確かに他の連中とは違う。術式の力は並みよりマシ程度にしか感じられないが、武術と打たれ強さは異常だ。もしかしたら、剣の腕だけなら私は彼に負けるかも分からない。
彼が己の戦い方を見つけ、その型に嵌まった時、下手をすれば私もただでは済まないかもしれない…。 筆頭以外で初めてそう思えた。
彼を待つ間、あの出頭の事を思い出す。
「たかが女が騎士の真似事するからだ」
「今こそあのオンナの生意気な鼻をへし折るチャンスだ」
「あははは! ざまあねぇよな、お嬢ちゃまぁ~」
分隊長の取り成しが余程腹に据えかねたのだろう。
様々な悪口雑言を私の耳にわざと聞こえるように入れてくる。そして連帯感を増して何をしたかと思えば上奏を筆頭の元へ大量に提出していた。
実力で私に勝てないから、と小賢しい告げ口や小細工を弄して、騎士としてあくまでも認めないというのだろう。そして私を体よく追い出す腹づもりだったのが目に見えていた。
何と女々しいのだ、と【キルヒア・ライン】の連中を、いやこの組織そのものを嘆いたものだ。
そうして、私は隊長と通じて、筆頭のいる帝都部隊本部へと出頭せざるを得ない状況に追い込まれた。その時だった。彼が同行を申し出たのは…。
「二人といないだろう有能な騎士をみすみす見捨てる事は、【キルヒア・ライン】の騎士の名折れ」
そんな変な事を言って、無理矢理同行してきたわけだ。私は『女だからと下らない心配をしてるだけなんだな』と本気で思った。『結局、他の連中と一緒だな』とも思ったものだ。
ところがそれが杞憂だった、というか驚かされたのだ。
筆頭に謁見するなり、彼は私を一人の『騎士』として庇い、『女だから』などの言葉を一切口にしなかった。
「下らない讒言(ざんげん)を信じて、有能な騎士を見放すのは【キルヒア・ライン】にあるまじき愚行」
「帝王様が推挙なされた騎士を罷免する事は帝王様の御意思に反します!」
そう言いながら恐れも知らずに筆頭に力説する姿が何とも奇妙に映ってしまった。
騎士に限らず、この帝国では上下の差は厳格だ。帝王様に対して不穏な考えを持つ事は大逆罪になるから論外として、帝王様が全ての権限を持つ者として頂点に立ち、その指揮下で動くのが筆頭や団長、更にその下で動くのが隊長、分隊長、小隊長、班長となる。私とリュウガはなれてもまだ班長止まりだろうな。
私はここに来て一年も満たないし、彼は先輩騎士の大半に嫌われているからだ。けれども私達は帝王様直々の推挙でこの【キルヒア・ライン】へやって来た身の上同士。もしかしたらそういう所が通じ合える部分なのかもしれないな。
確か…、あの男は他の騎士団から抜擢された、と聞いたな。筆頭もどこかで彼の事を認めている所があるのだろうか?
機会があれば筆頭に聞いてみたいものだな。
おっと、思い出語りはこのくらいにして…、私から誘った手前、それなりの身だしなみは要るな。
…とは言ったが、私はドレスの類は好かないし、何よりここに持ち込む趣味は無い。彼は私の普段の姿に見慣れているだろうし、髪をおろして軽く整える程度で十分だ。服も軍服でいいな。
寧ろその方が私の事を騎士として見てくれるだろうし、女として見るのは二の次にしてくれるだろう。私にとってもそれが一番ありがたい。
…それにしても遅い。既に30分経とうとしている。これが戦場であったなら、厳罰は必至だ。
―――――コン、コン
「リュウガ・アスラナーダ、騎士オルナに用件がある」
やっと来たか。…にしても何とも硬い挨拶だな…。まあ、私も人の事は言えんか。
軽く溜息が出てしまったが、ここに来るという約束はきちんと守ってくれたんだしな。今回は大目に見てやるとするか。
そうして私は立ち上がると、部屋のドアを開けて彼を出迎える。その彼は私と同じ軍服姿だ。
「遅い。これが戦場なら厳罰ものだぞ」
「ああ、そうだな。悪い、手間取った」
さっき考えていた事が思わず口に出てしまった。大目に見ようと思ったのに…、悪い癖が出た。
だが、その私の言葉にもきちんと返答する彼の対応ぶりも少し見習うべきかもしれん。
―――男でも女でも無く、騎士として私を見る男
それがリュウガという男に対する、私の感想だ。そして初めての酒場での一日を楽しんでみよう。
私はそう思うと心なしか気持ちが昂るのを感じていた。
私達は連れ立って【キルヒア・ライン】の兵舎を出て、彼が先に寄る所がある、と町中に行くのでそれに同行するのだが…。
ともあれ、まずは…彼の母君の墓参に付き合うとするか。
オルナの視点から描いてみました。
今後は二人の視点、と三人称の使い分けになります。
ご了承頂けたら幸いです。