騎士の朝は休日だろうと早いんです
―――騎士の…【キルヒア・ライン】の朝は早い
俺―――リュウガ・アスラナーダ―――は、白みだそうとする空を窓から見て、時折そう思う。
だが、軍隊に身を置く者としてはこれが普通であるのもまた事実。これが有事、戦が起きたなら朝も夜も無い。俺は、いや俺達は帝国守護の要であり、帝王様の剣だ。
そこに年功序列があろうか?男女の差などあろうか?
他の連中はどうか分らんが少なくとも俺は『無い』と言い切れる。
何故?
帝王様の御言葉を借りるなら『実力こそが全て。そこに年の甲も男女も無い』のだ。
父さんもよくこの言葉を聞かされ、俺もこれを言い聞かされて育った。あの頃が懐かしく思える。その父は今も現役の帝国兵士だ。母さんは…大地に還ってしまったけど。
色々な思い出が頭を過りながら、俺は身支度を手早く終え、点呼が行われるいつもの広場に歩を早める。さっさと行かないと点呼の代わりに拳の洗礼が俺を待っているしな。
程無く、俺のとは違う軍靴の音が後ろで響くのが聞こえてくる。
「相変わらず早いな、貴公は」
「俺は、オルナみたく時間に正確じゃないんでね」
後ろからオルナに声をかけられた。彼女ほど完璧を絵に描いたような騎士は帝国、いやこのユーグニスタニア大陸において滅多にいないだろう。
俺などまだまだ術式の力が低い。武術と打たれ強さだけなら他の騎士団や兵団でも事足りる話だが、この【キルヒア・ライン】ではそうはいかない。高みを目指すためには弱い部分を克服するしかないのだから…。
…おっと、点呼の広場に着いた。と、同時に起床を告げる銅鑼がけたたましく鳴らされる。
当直や分隊長は俺達よりも早起きしなきゃならんから大変だよな、ホント…。
「リュウガ、オルナ、いつも思うが…お前達二人は早過ぎだ」
「お早う御座います、分隊長。自分はこうしなければ遅れます故」
「騎士たる者はいつ如何なる時でも対応出来る力が必要です」
分隊長の呆れたような口ぶりに俺とオルナがそれぞれ答える。やれやれと言わんばかりに頭をボリボリ掻く分隊長を余所に正騎士や見習い達がわらわらと集まり出す。眠そうな面をしている奴もちらほらといるが、まあ気にしない。何しろ今日は非番、つまり公休日だ。
集まり終えたのを見た分隊長が名簿を手に点呼を開始し出す。
「お早う諸君! では点呼を始める!」
次々と団員や見習いの名が呼ばれ、俺も返事を返す。だが…
「レンベル! ん? レンベル・フォルシュタット!!」
正騎士の一人、レンベルと呼ばれた奴がこの場にいなかった。そっと横目で確認すると確かにそいつの姿が無い。同時に見習いも…二人いない?確か二人の見習いはレンベル付きの見習いだったよな?
まさか…、と思った俺の嫌な予感が程無く的中する。
「うい~…、おはよーごぜーやーす、ヒック!」
泥酔状態だった。その後ろからこの場にいなかった二人の見習いも姿を現す。今日が非番だからと夜遅くまで酒を浴びるように飲んでたようだ。全く…、見習いまで巻き込むとは何考えてんだ、こいつは。
分隊長の顔が怒りで歪んで、青筋が浮かびまくりだ。あ~あ…、もう知ーらね。
「レンベル・フォルシュタット…、及び同行の見習い二名! 終わったらここに残れぃ!!」
「え…ヒィッ!」
「!!!!」
拳の洗礼が始まる証だった。これを聞いた三人がみるみる青ざめるのが分かる。俺も入団当時、数度喰らった事があるさ。それはもう筆舌に尽くせぬものだったよ、うん。口の中が派手に切れるし、目も青痣でみったくない面になっちまうし…、まあ散々だったんだよ。
殴る方も殴る方で本気だからね。規律が殊の他厳しい事で有名なここでは、並みの根性じゃ尻尾巻いて逃げちまう。現に何人もの正騎士や見習いがここを去るか逃げるかのどちらかでいなくなった。
ロンドリー・ファーバートのようなチンピラ貴族野郎は問題外として…。そういや風の噂であいつはアサッシンにまで身を堕として、挙句に殺されたと言うが…。ま、興味も無いし、生きてたとしても顔なんぞ見たくもない。
「よし。各自、くれぐれも羽目を外し過ぎぬよう、英気を養え! 以上、解散!!」
点呼を終えて、少し自由になったと思って空を見上げると、すっかり明るくなってる。後ろで分隊長の怒声と哀れな犠牲者の呻き声が響くが…、自業自得と言うしかあるまいよ。
さて、飯だ飯だ。点呼を終えた足で食堂に向かうと、数人が既に食事をとっている。俺達のために深夜から仕込みをやって作ってくれる調理係の人達には感謝感激ってもんだ。
配られた食事を持って適当なテーブルにつくと、間もなく目の前に現れたのが一人。オルナだった。
「ここ……、いいか?」
「ん? うん、空いてるよ」
俺がそう答えると一も二も無く、彼女は俺の目の前に座って飯を食べ出す。何の心境なのかと問うのも野暮っていうもの。俺もそのまま飯を食うとしよう…と思った刹那…。
「今日この後、暇か?」
「へ? 何だ、突然?」
「暇なのか、そうじゃないのか、どっちだ」
オルナも容赦のない問いを仕掛けてくるもんだな。
まあ、こんな日にやる事と言えば、自主鍛錬、母さんの墓参り、安酒かっ食らう、寝る、このどれかだ。
自主鍛錬というのは、自分の体力作りや術式の訓練も含めた全ての事だ。後の3つは言わずもがな。
…さてどう答えるべきものか。下手な嘘は彼女を怒らすに十分だし、かといって正直に言ってもどう反応されるか。はぁ…、人との付き合いってのは意外と頭が痛いもんだね…。
ここはオルナの手前、正直に言うか。
「せっかくの休みだからな。母さんの墓参りしたら…、適当な酒場で安酒でも飲むさ」
「ほう。ならば、それに付き合ってもいいか?」
「はい?!」
意外な誘いに思わず素っ頓狂な声を出してしまった俺を周りの団員が一斉に何事かと見ている。
そんな状況でもオルナは己のスタンスを崩さない。…ホント強いね、この人は。
「何をそんなに驚く。 わ、私が誘うのがそんなにおかしいか!」
「そ、そんなに怒らなくてもいいだろ…。その、何だ、ちょっと驚いただけだ」
「…で? 貴公の返事は?」
「いいよ。 俺で構わないっていうなら」
「そうか、分かった。 …部屋で待ってるから、準備が出来たら呼びに来てくれ」
同じ騎士とはいえオルナは女性であるが…、彼女は「女として」見られる事を嫌う性格だしな。
俺も他人と深い付き合いをしようと思ってなかったが…、かのオルナに誘われて悪い気がしないってのは、何とも複雑な気分にさせてくれるもので。
「ああ。なるべく急ぐよ」
「そうしてもらえると助かる」
互いにそんな返答をすると、俺達は黙々と飯を終えた。
さて…、曲がりになりにも女性同伴の行動となるから、それなりに小奇麗な格好を見繕う。
約30分して、準備を終えた俺は周囲の妙な冷やかしを浴びながら、オルナの居室へ向かう。
連中の冷やかしの意味を俺は結局理解出来なかったが、どうでもいい事か。
そして、彼女の部屋の前に着き、ドアをノックする。
同時に俺が騎士になって初めて、女性との休日を過ごす一日の始まりでもあった。
私のかつての職業経験を若干参考にしました。