プロローグ
「お手合わせ願う」
「今日もか。 …まあいい、いつもの場所だな」
「ええ、時間厳守で」
一人の騎士の目の前に現れた女性騎士が開口一番、凛とした声を上げてそう言ってくる。
最近、帝国騎士団―――殊にキルヒア・ラインにおいて、よく目にするようになった光景だ。
事の起こりは後に語るとして、まずこの二人について語らねばなるまい。
一人は男性の騎士。名をリュウガ・アスラナーダ。
年の頃は三十路間近。けれどほんの少し若づくりしたような容姿をしている。顔自体はそれこそ少女漫画に出てきそうな美形とは程遠い。平均的、というか年相応の魅力と野性味を備えた顔立ち、と言った方が妥当な所だろうか。髪も鎧の色よりも更に深い、漆黒である。
平民の出であるリュウガが本来、キルヒア・ラインの様な超エリート騎士団に入れる事自体がおかしい、というのが帝国―――特に【旧帝国派閥】やそれに同調する国民達―――における一般論である。
彼は言わば「曰く付き」の経緯があって、キルヒア・ラインへの入団を果たしている。
幼い頃から父の奨めで道場に通い詰め、鍛えた武術の腕で軍学校への特例入学を果たし、その後、騎士になったが、かと言ってすぐにキルヒア・ラインに入れるほど、そこは甘い所ではなかった。
術式に対する知識、術式の行使、術式への対処方法、色を見分ける眼…など、術式師をねじ伏せる術を身に付けなくてはならなかったからだ。
武術のみで騎士となった彼にしてみれば、それは死に物狂いだった。男手一つで自分を育ててくれた父に報いたい気持ちが、人目を憚らない勢いで術式の何たるかの猛勉強に駆り立てていたのだから…。
脇目も振らず人目も憚らない…、そんな一心不乱に術式の習得に励む姿が回り回って帝王の耳に届き、身分を問わず能力のある者を積極的に登用する彼の命を受けたキルヒア・ラインからのスカウトと術式に関する適性試験を受ける事となった。
結果的には栄転という形でキルヒア・ラインへ入団を果たすわけだが、その当初は並みの術式師よりマシな程度の術式能力であった。しかし、それを補って余りあったのが武術の才だった。
特に剣術に関してはキルヒア・ライン筆頭アウルス・ディザンをして唸らせたほどで、この報告を受けた帝王もいたく感心を寄せたほどだったという。
その証としてリュウガは、帝王自らが勅命を出し、最高の腕を持つ刀剣鍛冶を総動員して作らせたという、刻術武器にして大業物の騎士剣【カイザーリヘン・ゾアン】をその腰に帯びているのだ。
また彼にはその身にある秘密を宿しているが、それは後に語って然るべき事だろう。
もう一人の女性騎士。名はオルナ・オル・オルクリスト。
長いであろう髪をアップにして巻きつけて整えた髪は黒い、漆黒のように黒い髪色に艶のある輝きは黒曜石とも呼ぶべきほどの美しさを持っている。切れ長の目もまた美しく、一言でいえば「クールビューティー」である。
彼女は何と、弱冠二十歳。しかも女性にしては高い体躯を持ち、騎士としても並みの男性騎士など相手にならないほどの力量、術式に関してもキルヒア・ラインの名に相応しく上位の術式師と渡り合える実力…。
まさに【超戦術級】もしくは【戦略級】の戦闘力を備えているのだ。
だが、それほど屈強な騎士とはいえ、オルナとて一人の女性。悩みだって持っている。
数え上げればきりが無いが、掻い摘んでいけば「友達がいない」「なよなよした女性に(百合的な意味も含めて)好かれてしまう」「周囲の男に敬遠される」という事である。
更に上げれば彼女には嫌いなものがありすぎる事もこれに拍車をかけていた。
曲がった事が嫌い、犯罪者が嫌い、なよなよした女が嫌い、自分より弱い男はもっと嫌い…。
そして生真面目で融通の利かない性格が災いし、キルヒア・ラインはおろか、周囲の男達からはことごとく敬遠され、
―――『女のくせに騎士とは、何様だ』
―――『生意気な男女』
…などと陰口を叩かれてしまう始末。それ故に心許せる友達もいない。
そんな彼女にとって、男性騎士が友達と一緒に飲みに行ったり、彼らが一緒に稽古してる様は眉根が寄るほど物凄く羨ましいもの、とその目に映ってしまう。
けれども、それがまた周囲との隔絶を生んでしまい、次第に友達候補がいなくなるという悪循環に陥っている事にリュウガと会うまでは気づけないでいた。
何かと残念なエピソードが付きまとう彼女ではあるが…、帝国、いやユーグニスタニア大陸に三本しかない隕鉄製の剣――騎士剣【アルブリヒテン】に選ばれた所有者である事がオルナの強さと実力を雄弁に物語っている、と言うのもまた事実なのだ。
隕鉄という超希少金属で作られた剣というだけでも十分に厄介な代物だが、これは更に術式をも斬る事が出来る、刻術武器と呼ばれる類の剣である。
また、オルナ自身は高速移動と肉体強化の術式を最も得意とし、これらだけでリスリア王国から来襲した一人の【タクティクス・ブロンド】を追い詰めた事もある。その時は裏をかかれる形で取り逃がしてしまい、これを理由にあわや処罰が及ぶかと思われた所を取り成したのがリュウガと筆頭のアウルスである。
結局、この経験からローブを着た男も大嫌いになってしまい、リスリアの宮廷術式師や帝国の術式官、当然ながら犯罪者の面々は涙目だろう事は想像に難くない。
そんな二人が、グラナベルト帝国内部で渦巻く厄介事、暗躍する犯罪者や邪教、帝国の『人間至上主義』がもたらした筆舌にし難い怨嗟の渦…、そして現在、帝国において「歴史を根幹から覆しかねない」とまで言われるほどの激しい議論を巻き起こしている『女性の騎士登用及び女性騎士団の創設計画』…といった物事と対峙し、やがて帝国最強の象徴【帝国七武神】への道を歩む事になるとは、想像だにしなかった事でもある。
――これはユーグニスタニア大陸最大の軍事国家、グラナベルト帝国において、対術式師用騎士 -術式騎士- を擁する最精鋭部隊【キルヒア・ライン】を舞台に、後に帝国七武神の一角となる二人の男女が遭遇する ――【奇譚】というべき―― 物語である。
初めまして。
初投稿の作品なので、何かと至らない部分があると思いますが、温かく見守って頂けたら幸いです(;;
因みにカイザーリヘン・ゾアンとはドイツ語で「kaiserlichen Zorn」と書き、意味は直訳で「帝国の怒り」、転じて「逆鱗」だそうです。