鬼帝国編 1
初の長編作品です。
森に囲まれた、この大陸でも有名な強国"フレスティーノ"。国王は強大な軍事力を保持し、幾多の戦争から国を守って来た。
「俺はそういう血生臭いの、好きじゃないんだよね」
木に寄り掛かりながら、ユエは呟く。眼下に見える大国の様子を、目を細めながら眺めていた。
城を中心とした造りで、それを取り囲むのは人々が往来する賑やかな街並み。少し遠いが、此処からでも、その様子は確認出来る。
ユエの隣にしゃがみ込み、ルイも同じように街を見ていた。こんなにも大きな国は、今まで見たことがなかったので、少しだが好奇心が湧いて来る。
そろそろ日も暮れるだろうと思い、彼女がユエの方に向くと彼も同じことを考えていたのか、木から背を離し、彼女の手を引いて歩き出す。この辺りは急斜面の所も多いので、彼女が転ばないようにという、彼の心遣いだった。
二、三十分後、彼等は漸くフレスティーノ国に辿り着いた。
賑わう大通りを、彼方此方に視線を向けながら歩く。こんなにも賑やかな街は、そんなに多くあるものではない。国自体が大きいので、此処には多くの人々が住んでいる。
ユエは以前にも、他の国のこんな様子を見たことがあったが、ルイは初めてだったので、驚きを隠せなかった。何時だったか見た、物質界の賑やかな風景と、よく似ている。
「ちょっと、貴方達!」
突然、二人は後ろから声を掛けられた。振り向くと、其処には少女が二人立っていた。一人は黒い軍服、もう一人は緑色のワンピースを纏っている。
「…えっと、俺達に何か用?」
ユエが問い掛けると、彼女達は黙ってユエとルイを取り囲む。
「…見たことない人ね。旅人かしら?」
黒い軍服の少女に問われ、ルイが頷く。ユエも「そうだけど」と言葉を返す。
すると、反対側に立った緑色のワンピースの少女が、じろじろと二人を見て来た。
「…ただの旅人…ですわね、どう見ても」
「そう?…じゃあいいわ」
途端にユエ達から視線を外し、少女達は帰ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ユエは慌てて彼女達を引き止めた。いきなり訳のわからないことをされたので、理由を聞きたかったのだ。
それに、ちょっと失礼なんじゃないかとも思っていた。
「何よ。何か用?」
「私達忙しいので、もう行きますわよ?」
「何か用って、それはこっちの台詞なんだけど…」
呟くユエの横で、ルイは不思議そうな表情をしていた。
軍服を着ているということは、目の前にいる少女は軍人なのだろう。女でも軍人になれるとは知らなかったのだ。
ルイの視線に気付いたその少女は、「兎に角」と呟いて、ユエとルイに人差し指を突き付けた。
「もし怪しい動きがあったら、私達が捕まえるからね!」
「怪しい動きって…」
脱力しながら呟くユエ。だが、少女達は踵を返し、とっとと何処かに行ってしまった。
ユエとルイは互いに顔を見合わせる。何だったんだと思いながらも、とりあえず街を探索することにして、その場を離れる。
何時の間にか、夜空には白い月が出ていた。
* * *
夕食を済ませたユエは、宿の一室で自分の剣を磨いていた。彼の隣に座り、ルイはその手慣れた様子を見ている。
「大分使っているのか、その剣は」
「うん。父様…レイドに貰ったんだ」
魔王である父の形見である割には、剣は禍々しい気配を放つこともない。きっと、ユエの持つ光の力の為だろうと、ルイは考察していた。
ユエはふっと長剣を上に投げると、回転して落ちて来たそれを受け止め、舞うような滑らかな動きと共に、剣を操り踊らせる。そして、綺麗に鞘に収めて見せた。
ルイが拍手をすると、彼は恭しく頭を下げる。
「器用だな、お前」
「そう?」
微笑みながら答え、ユエはルイの隣に座った。
暫く二人で他愛もない話をしていると、ふと、騒がしい音を耳にした。窓の外から聞こえて来る。
窓から外を見ると、宿の前の通りで、数人の男達が喧嘩をしていた。皆、相当酒に酔っている様だ。
「…ルイ、頭冷やしてあげてよ」
ユエに言われ、ルイは仕方なく両手の間に力を溜め始める。そして、現れた水の塊を、男達の頭上に落とした。
急に身体を冷やされた男達は、何が起きたのかわからず、呆然とする。
「頭冷えたかー?他の人の迷惑になるから、酒も程々にねー」
男達を見下ろしながら、ユエは間延びした声を投げ掛ける。ルイも彼の隣から顔を出し、頷いていた。
男達は我に返った様で、何処か罰が悪そうに帰って行った。
「…さて、と。そろそろ寝ようか」
「そうだな」
ユエの提案に賛同し、ルイは窓を閉めようとする。だが、窓の外から誰かに呼び掛けられ、手を止めた。
「ねぇ!今の、貴方達がやったの?」
声の主は、少し前に会った少女達だった。
ユエが不思議そうな表情を浮かべながら頷くと、彼女達は互いに顔を見合わせあっていた。そして、再びユエとルイの方を見上げると、二人に此方に来るようにと呼び掛ける。
何なのかと思いながら二人が下りて行くと、少女達は二人の左右に付き、何処かへ連れて行こうとする。
「ちょ、何処に行くの!?」
ユエが慌てて問い掛けると、少女達は澄ました表情で答えた。
「私達はこの国の軍よ。私はサリナ、そっちがエミル」
「私達は使えそうな人がいたら、軍に雇用出来るか審査するのですわ」
「はぁ!?」
「さ、早く行きますわよ」
エミルに押され、ユエは仕方なく歩き出す。ルイはどうしているのかと見ると、溜息を吐いていた。彼女も渋々だが、行くことにしたらしい。
サリナ達に連れられ、ユエとルイは城の前まで辿り着いた。門番に話し掛けているサリナを待つユエの袖を、ふと、ルイが軽く引っ張った。何かと思ってユエが振り向くと、彼女は何処か不安そうな表情を浮かべていた。
「ユエ、中に…入るの、か?」
「え?そうなると思うけど…」
「…出来れば、入りたくないんだが…」
その言葉に、ユエは「どうして?」と首を傾げた。すると、ルイは少し不機嫌そうに答える。
「…感じないのか」
言われてから、ユエは気付く。城の方から、禍々しい気配が出ているのを。そう、多量の魔力が出ているのを。
確かに、ルイは行きたがらないだろう。
ユエはルイに手招きをすると、彼女の指輪に手を触れて、静かに呪文を唱える。すると、彼女の指輪が一瞬青く光った。
「これで大丈夫。多少だけど、ルイの中に魔力が集まらないようになるから。ただ…これやってる間は、俺の傍から離れないでね。効果がなくなっちゃうから」
「わかった」
ルイは頷くと、ユエの手を握る。「其処までしなくていいよ」と彼は言ったが、彼女は「これでいい」と、手を離さなかった。
仕方ないなとユエが思っていると、サリナが城の中に入るように呼び掛けて来た。
ユエは言われた通りに中に入ろうとしたが、手を握っているルイが少し足を止めたので、彼女に声を掛ける。
「ルイ、行くよ?」
「あ、あぁ」
ルイは一瞬、不思議な気配を感じたのだが、彼女は気のせいだと自分に言い聞かせ、ユエと共に城の中へ入って行った。
* * *
その少年は、フレスティーノ国の様子を見下ろすことの出来る、街の外れにある教会の塔の上に立っていた。
「俺の気配に気付くとはな…まぁ、気付いた所でどうということはないが」
闇夜に広がる眼下の街の灯りを眺め、彼は歪んだ笑みを浮かべる。
「さて…今度こそその魔力、頂こうか。ルイ・ミローズ…」
城の中に入って行くユエとルイの姿を見詰め、Dユエは声を抑えながら、不敵に笑った。