守る為の剣 7
久しぶり過ぎて私自身色々忘れてる気がする……。
採掘場は人の出入りの少ない奥側へと進むに連れて暗くなっているようだった。天井の照明が徐々に減っていき、代わりに壁の中に淡い光が灯るようになる。どうやら未採掘の鉱石が魔力に反応して光っているようだ。壊れやすい照明を減らして手が届かない壁の中の物に灯りの役割を持たせている。つまり、この先に灯りを壊してしまうようなモノがいるということだ。
仄暗い通路の先を注意深く観察していると、数個の岩の塊が動いているのが見えた。様々なサイズの岩が組合わさり一応人型を形成しているが、片腕が異様に大きかったり一部のパーツが欠損していたりと随分粗い作りだ。恐らくは人工的に作られた物ではなく、強い魔力の影響を受けて自然に岩が魔物に――所謂ゴーレムに変化してしまったのだろう。通常の魔物と同様に核となる魔力の宿る場所を砕けば元の岩に戻るはずだ。
ユエが剣を振るうのに邪魔となる距離ではないものの、今は指輪の効果でむやみやたらに動くことも出来ない。遠距離でも攻撃の出来る自分が動くべきだろう。そう判断して身構えたルイを、ユエは片手で制止した。
「まあ、ちょっと見ててよ」
どうやら昨日の成果を此処で披露してくれるようだ。ユエの手には既に鞘から抜いた獲物が握られていた。そういうことなら邪魔をする訳にはいかないと、ルイは大人しく後ろに控えていることにする。
数多の魔物達の中で、ゴーレムの動きはかなり遅い方だ。此方の存在にもまだ気付いていないようだし、動くのはゆっくりと核の位置を見極めてからでもいいだろう。
ルイを守るように前に立ったユエは、一分程その場から動かずに蠢く岩の塊を眺めていた。視認出来る範囲だと、動いているゴーレムは五体のようだ。更に奥の様子まではわからないが、同じようなゴーレムが数体はいると思った方がよさそうだ。
足音を忍ばせながら距離を詰めていく。見えていたゴーレム達以外が近くにいないことを確認して、ユエは正面に剣を構えた。集中する為に目を瞑り、昨日と同じように剣に力を流す。柄から切先へ、力を伝えていくに連れて灯りからの光を反射していた銀色が消える。刃の部分だけが金属の光沢を残し、剣身の中心を真っ直ぐに通る樋が少しずつ別の色へと変化していく。
樋の中から現れたのは、ユエの瞳と同じ蒼い宝石だった。硝子のような結晶の中では光の粒が螺旋を描きながら漂っており、まるで夜空に浮かぶ天の川のように輝いている。
自分の詠唱の声に重なり、背後からルイの感嘆の息が微かに聞こえた。期待通りの反応に思わず笑みが溢れるが、本当に驚くのはこれからだ。
構えていた剣を掲げると、切っ先から一斉に溢れ出した光の筋が空間を駆け巡る。ルイが昨日使っていた光線よりも細いものの、その数は比にならない程だ。そして眩い光に漸く此方の存在に気付いたゴーレム達を、動く暇も与えない内に粉々に打ち砕いた。光に照らされたことで更に奥にいるのが視認出来たゴーレムも、次の瞬間には岩石の欠片へと姿を変えていた。
岩の崩れ落ちる音が暫し響いた後、坑道内はしんと静まり返る。近くに似たような気配が残っていないことを確認して、ユエは剣を下ろした。真っ直ぐに続くこの坑道に何体も固まっていたのだろう。一度の魔法でも相当な数を纏めて倒せたようだ。
ルイは呆けたように坑道の先を眺めていたが、此方を振り返り自慢気に笑うユエの顔を見て、はっと我に返り拍手を返した。正直に言って、想定外のことだったのだ。魔術師の杖と同様に魔法の威力の底上げが出来るのは予想していた通り。だがその威力は考えていたよりも余りにも高過ぎた。ユエ自身が使った魔力の少なさに対し、常識では考えられない程の威力になっていたのだ。恐らく普段の数倍以上にはなるだろう。
「……力の消費量はどの位に出来るんだ?」
「いつもの十分の一!」
通りで大技らしき術を使ったにしては元気があり余っている訳だ。力の消費量がそれ程に減っているのに使い過ぎで倒れたとは、昨日は一体どれだけ魔法を乱発していたのだろう。
視線をユエの顔から彼の持つ剣へと移す。魔法を使った直後だからだろう、彼の力を宿した剣身は未だに光輝いていた。蒼い宝石も変わらず姿を見せている。剣全体に行き渡るようにきちんと力を通して初めてこの宝石が中から現れたのだとユエは口にした。
「どう? かっこいいでしょ?」
「……そうだな、私もかっこいいと思うよ」
武器を構えているとは言え、嬉しそうにはしゃぐ姿は可愛らしいとしか思えなかったが、そのことはそっと心に仕舞っておくことにした。武器については間違いなくユエと同じ感想を抱いたので、嘘は吐いていない。素直に述べるなら「凄い」と言うのがルイが一番に思ったことだ。
褒められて機嫌が良くなったのだろう、ユエは満面の笑みを見せていた。その調子でこの先も任せると伝えれば、張り切って先頭に立って進み始める。ルイも足元に転がる岩の破片に気を付けながら彼に続いた。欠片の中に混じって落ちていたゴーレムの核だった魔力の結晶は、まだ使えそうなので忘れずに拾っておく。
それにしても、生命の宿らない岩でさえ魔物と化してしまうとは。これ程の魔力の濃度になれば、余程の耐性がない限り命すらも危うくなってくるだろう。ユエのように魔界に縁のある者や魔術師のように魔力に慣れ親しんだ存在なら問題ないだろうが、ルイのような天使や普通の人間は生身では耐えられないかもしれない。この先の仕掛けが天力を利用した物なら影響はそれ程出なかったはずだ。侵食や呪いといった効果が強い魔力とは違い、元々は治癒や浄化を得意とする力なのだから。恐らく仕掛けをした魔導士が魔力しか扱えないか、この辺りには供給源となる力が自然に発生した魔力しかなかったのだろう。
段々と濃くなっていく魔力の濃度に比例して、薄暗い坑道内を彷徨く魔物も増えていく。先程のようなゴーレムの他にも蝙蝠等が変質した魔物も見掛けた。だが彼等よりもユエの反応速度の方が何倍も上だ。いち早く敵に気付いて剣を構え、次々と無力化していく。使用しているのが基礎的な魔法であることから詠唱時間も短く、それでいて強力な物を放つのだから反撃する隙もない。単純な属性で言えばユエの使う天力、即ち光の魔法は魔力相手には不利なはずだが、威力の底上げ効果の方が充分に高いようだ。ユエの活躍ぶりには流石のルイも完全に出番がなかった。お陰で魔力が充満する坑道内でも仕掛けの位置をじっくりと探すことが出来たが、根源の方から少しずつ感じ始めたのは魔力の他にも覚えのある力だった。
「ルイ、彼処に……」
囁くようなユエの声が耳に届いたのは、足元や壁に濃縮して結晶化した魔力の姿が目立ち始めた頃だった。どうしたのかと視線を彼が見つめる先へと向けると同時に、何処かで聞いたことのある、金属同士が擦れ合うような音が聞こえた気がした。
地図に記された複雑に張り巡らされた坑道の中で、唯一地上と最奥を真っ直ぐに繋げる円筒形の空間。地上から直接降りることが出来ない高さだからと迂回しつつゆっくりと下りてきたが、実際に足を踏み入れて納得した。見上げた先の天井が暗闇に吸い込まれているかのように遥か頭上にあるのだ。中央界にある高い建物でも殆どが丸ごとこの空間に収まってしまうことだろう。だが二人の視線を釘付けにしたのは其処ではなかった。
空間の中心に聳え立つ一際大きな魔力の結晶。地面に半分埋まった状態で妖しく輝くそれに絡み付き、罅割れた地面と壁や天井を繋ぐ黒い鎖。
「……同じだ」
二人が訪れたことのある、もう一つの採掘場。魔導鏡が封じられていたあの場所と同じ鎖が其処にはあった。
そして驚いたのはもう一つ。ヘルマの話からして、てっきり魔力の増幅装置のような物があると思っていたのだ。だが目の前のこれは明らかに違う。罅割れの隙間から覗く異界の光がそれを物語っていた。
間違いない。この場所に溢れる魔力は魔界の物だ。そしてそれは、この仕掛けによって――意図的に世界の交わりを引き起こすことで齎されたのだ。
眼前で流星石が降ってきたあの時と比べれば、此処の交わりは綻び程度ではある。だからと言って見過ごしていいとは思えない。何故ならこれ程の魔力が溢れているにも関わらず、此処には流星石の姿がないのだ。気配がないのはいつも通りだが、それらしい青い石も、効果を発揮する時に見られる虹色の光も見当たらない。そもそも流星石が降る場所なら、何もしなくても魔力は弱まるか消えるはずだ。態々魔術師を派遣して仕掛けを弄る必要はないだろう。
依頼を片付けるにしろ目の前のこれを壊すにしろ、近くで見なければ詳しいことはわからない。確認するようにルイの方を見れば、彼女も此方と同じことを考えていたようで、同意するように頷いていた。今回は足元に陣らしきものは敷かれていないが、それでも全容が把握出来るまでは下手に刺激しないよう慎重に近付くことにする。
改めて眺めた魔力の結晶は、最早塔とも呼べる大きさだ。脈動するように時折妖しげな紫色の光を放っている。足元の罅割れの隙間を覗き込んでもユエの知る景色は見えないが、この亀裂が広がるのは時間の問題だろう。
どうするかと問い掛けると、ルイは悩んでいる様子だった。正義感の強い彼女のことだ、害になりそうな物は壊してしまおうと即答するかと考えていたのだが。
確かに魔物が発生するような場所になってしまっているし、これ以上悪影響が出る前に壊した方がいいとはルイも思う。ただ、此処で採れる鉱石を元に生活を築いている住民のことを考えると、直ぐに実行するのには躊躇いが生じた。代わりとなる仕掛けを施そうにも、そういった魔法はルイの専門外だ。
「これまで流星石に頼らなくても長いこと調整だけで保てていたのなら、今後も直ぐに均衡が崩れることはないと思う」
最善策は一先ず依頼通りの調整だけを行い、理由を説明した上でヘルマ辺りの魔術師に増幅装置を仕掛けてもらってから完全に壊すことだ。それこそ魔術師の杖やユエの剣と同じような物を設置するのがいいだろう。目の前にあるのは相当な魔力を宿した結晶だ。増幅装置を組み合わせれば当分はこの魔力だけでも持つだろう。少なくとも此処で採れる鉱石が枯渇するまでは大丈夫なはず。鉱石に宿る所かこうして結晶化しているのは、そもそもこの場所の許容量を超えているからだと考えられるからだ。
「同じ仕掛けを作ればいいの?」
ユエの口から出ると思わなかった言葉に、ルイは驚きの表情と共に彼の顔を見た。彼は結晶の状態を確認するように表面に手を触れ、その内側に流れる魔力を量っているようだった。
「……出来るのか?」
「うん。それ位なら俺でも出来るよ」
剣を振り回すだけじゃ余りにも芸がないでしょ――ユエはそう言って苦笑する。
そもそもこういった魔力の結晶は魔界ではありふれた物だ。当たり前に存在していたから特別な物だとはルイに言われるまでは知らなかったし、興味が沸くこともなかった。ユエにとっては森を形作る木々や道端に転がる石と同じような物だったから。自分がそんな認識でいたのはルイも薄々わかっていたのだろう。だから余計に驚いているのかもしれない。本当に自信を持って可能と答えられるのかと再度問われ、ユエは説明した。
昨日はルイも把握している通り、確かに魔法の練習をしていた。だがそれは単に扱いやすい魔法を探りながら放っていた訳ではない。何処まで魔術師と同じことが出来るのか、ユエ自身の能力も試していたのだ。その中で魔術師の杖と同様の結晶や、日用品に使われているような力を宿したタイプの石も作ることが出来るのか傭兵仲間に問われ、試しに何個か作成してみたのだ。後者については指先程の石を使った試作とはいえ、消費した力はかなり多かった。力の消費量を抑えられるようになったはずなのに倒れたのは恐らくそれが一番の原因だったのだろう。
目の前にある結晶化した魔力は、既に力の充填が終わっている状態と同じだ。必要な術式さえ刻めば直ぐに作動出来るだろう。その要領は魔法を通す時と変わらない。違いとしては結晶を通しきるのではなく、その内部で留まるようにすることだ。
「本当に任せてもいいんだな?」
「大丈夫だってば。ちょっとは信用してよ」
再三の問い掛けにユエは少し拗ねるような様子を見せ始めた。其処まで自信があるのならと、此処は任せてみることにする。邪魔にならないよう数歩下がり、大人しく見守っていると伝えた。ユエは何か言いたそうな目で暫し此方を見ていたが、特に口を開くことはなく結晶に向き直った。
黒い硝子のような光沢に包まれた魔力は、やはり中央界に存在するには異常な量だ。定期的な調整が入るとはいえ、これまで流星石が降らずにいたことは殆ど奇跡だろう。或いは少しずつ鉱石という形で外に出ていたことで、感知されないギリギリの強さを保ってきたということか。
内側に刻むのは、この魔力を少しずつ採掘場内に放出する術式だ。時間が掛かるような複雑な術式ではないし、発動に必要な魔力も僅かで済む。それでも素人が施すことには違いない為、きちんと作動しているか後程他の魔術師等に確認してもらうことに決めた。
ルイは少し顔を上げれば結晶全体が視界に入る程の位置まで下がり、作業に取り掛かり始めたユエの背中をぼんやりと眺める。彼の身長の十数倍は優に超える大きさの魔力の結晶は、少しずつ、しかし確実に世界に影響を与えるだけの力を持った存在がいることを表していた。
此処に来てわかったことが二つある。一つは魔導鏡を封じた魔導士とこの仕掛けを施した魔導士が、恐らく同一人物であること。そしてその人物が何らかの目的で世界の交わりを起こしているということだ。
――サエなら間違いなく知っているんだろうけど……。
彼のことだ、問い掛けた所で返ってくるのは沈黙か話したくないという言葉だろう。此方が関わることを快く思っていない様子だったのだから。
不意に溢れ出した眩い光に、意識をユエの方へと戻す。丁度黒い結晶の中に数個の文字が浮かび上がり始めた所だった。徐々に風もないのに鎖が大きく揺れ、けたたましい程の金属音が耳を突く。中心の結晶は世界の交わりによって発生したと同時に、仕掛けを動かす為の原動力でもあるのだろう。どうやら他の力が働き始めたことに反応して揺れているようだ。
思い返せば、サエはこんなことも言っていた。長い時間を経て弱まっていた自分の封印は、余計な力が働いたことがきっかけで解けたのだと。それはユエの力による影響よりも、ルイの方が大きかったとも。
ヘルマの話からすると、この場所が出来てから百年とはいかないまでもそれなりの時間は経っているはずだ。仕掛けを動かす力は当初と比べてある程度弱まっているだろうし、通常でも余計な力を少し加えることで調整レベルの破壊は簡単に出来ていたのだ。それなら、本気で力を込めれば完全に壊せるかもしれない。
そのまま数分間ユエの姿を眺めていると、やがて彼は深く息を吐いてからルイの方へ振り返った。どうやら作業は無事に終わったようだ。労いの言葉を掛けると、まだ仕事は残っていると返された。
「最後にこれを壊さないとね」
壁と地面とを繋ぐ鎖を剣先で軽く突けば、じゃらじゃらと騒々しい音が響く。早速最初の一本を破壊しようと構えた所で、剣を握っていた自身の手にルイのそれが重ねられた。
少し前にもこうして手を握られたな……。そんなことを考えながらルイの顔を覗き込むと、彼女は真剣な眼差しをユエの剣へと向けていた。
「どうかした?」
「……私の力も、使えるだろうか」
剣身とルイの顔に交互に視線を送る。彼女の瞳が蒼い宝石の光を映しているのを見て、揃いで持っている短剣が同じ機能を持っていることを説明していなかったのを思い出した。
「試してみる?」
問い掛ければ、彼女は静かに頷いた。それならまずは短剣を持たせて……とユエが説明を始めようとした時には、既に彼女の手は仄かな光を帯びていた。慌てて止めようと口を開きかけたが、重ねられた手に宿る不思議な感覚に思考は瞬時に切り替わる。自分の力とは明らかに違うそれは完全に制御するには余りにも強く、気を抜いた途端に主導権を奪われてしまいそうだった。勿論、身体に掛かる負担も昨日の比ではない。宿る力が増していくにつれ、指先は痺れたように感覚を失っていく。覆うようにルイが手を握っていなければ、直ぐに剣を落としていただろう。
また、剣身の宝石は仄かに白色へと変化し始めていた。どうやら宝石の色は与えられる力に関係しているようだ――頭の片隅でそんなことを思っていると、ルイが不意に唇を動かす。それが呪文の発動を意味する物だと気付いた瞬間、手に掛かっていた重みが急に消え去った。否、剣の中に吸い込まれていったという方が正しいかもしれない。その証拠に銀の刃は自分が使っていた時とは違う光を纏い、異質な力を宿していた。はっきりと視認出来る魔力や天力とは違う。例えるなら霧のように曖昧に揺らぎ続けていて、けれども確かに其処に存在している力。どうにも本質が捉え難いのに、その強さだけは明確に感じ取れる。
ルイの手が離される。先程とは違い、自分の手だけで剣を握ることに問題はなかった。何の術を掛けたのか聞こうとしたが、彼女は話し掛ける前に一歩下がり、実際に試せばわかるとでも言うように視線を直ぐ近くの鎖へと送っていた。それはそうだけども……と思いつつも、大人しく従うことにする。
壁と地面を繋ぐ黒い鎖は実体こそあるものの、本物の鎖ではないようだ。その証拠に、触れた時には金属音を立てていても、表面には金属特有の光沢が見られなかった。ただ、それが意外であるとは思わない。普通の鎖ではないことは予想していたし、破壊する為にはただ物理的な力を加えるだけではなく、何らかの魔法を使用する必要もあるだろうと考えていた。
手にした剣を大きく掲げる。それから重力に従うように真っ直ぐに振り下ろした。通常なら力一杯振らなくても、剣の重さでそのまま鎖は叩き割れるはずだった。しかし金属同士が触れ合った瞬間、先程感じたルイの力が剣から一気に溢れ出す。鎖に流れる力と反発しているのか、弾き飛ばされそうな感覚に戸惑いながらも刃を振り切ると、硬質な音と共に鎖が粉々に砕け散った。直接刃が当たったのは重なり合った二つの輪の部分だけだったが、鎖はそこから両端に向かって連鎖的に壊れていく。その欠片は地面に着く前に砂よりも小さな粒子となって消えてしまった。振り下ろした剣の先から足元に視線を移していくが、破片らしき物も一片も残っていない。
「……何をしたの?」
ルイの方を振り返る。腕を組みながら様子を見守っていた彼女は、肩を竦めながら答えた。
「特別なことは何も。お前の剣でも私の力がいつも通り使えるようにしただけだよ」
当然のように言うが、そう簡単なことではないだろう。魔法に詳しくないユエでもそれぐらいはわかる。他者が同じ力を使えるようにするには、必要な術式の構築やら力の充填やら、高い技術に相当の手間も掛かるものだ。
だが、ルイは条件さえ合えば難しいことではないと返した。何の力もない物体で行うのであれば確かに色々と手を加えなければいけないが、それがそもそも魔法の類を補助するものであれば話は別だ。術式の構築も力の充填も、全てが最低限で済む。
「多分、お前のその剣はお前が思っているよりも凄いよ。私の力でも使えるんだから」
ルイの言う通り、単純な魔力や天力とは違う彼女の力でも問題なく使用出来る武器はそうそうないだろう。先程剣に力を宿した時と、実際に術が発動した時の感覚を考えれば、並の武器では込められた力に耐えられず壊れる可能性が高い。改めて思うが、強さは間違いないが相当扱い難い力だ。
「俺よりルイの力を使った方がいいのかな」
「どうだろう……性質が違えば大丈夫だとは思うけど」
同じ性質の力がぶつかると、壊すどころか寧ろ効果を増長させてしまうかもしれない。そういう点では他に使えるもののいないであろうルイの力が一番いいには違いない。しかし、鎖に流れる力と性質さえ違えば、尚且つそれが相性的に有利なものであれば充分だろうと考えていた。
「サエが以前言っていたんだ。あの場所の鎖が壊れたのは、余計な力が働いたせいもあるんだって」
時間と共に弱まっていた封印にトドメを刺したのは確かにルイの力だった。だが、ユエの影響が皆無だった訳ではないのだ。力の性質上、ルイの方が強く影響が出たというだけ。意識的に使うのであれば、ユエの力だって大いに役立つはずだ。
情報の出所に思うことはあったが、封印されていた当人の言葉には説得力はある。他の力に対して強く反応するルイの力は、ある意味相性がいいと言うべきか、悪いと言うべきか……。
ーーそう言えば、この鎖に流れているのは何の力なんだろう。
ルイの話を聞く限り、天力が源ではなさそうだ。それなら魔力だろうか。あの結晶の存在を考えると、原動力としては一番可能性が高い。
しかし、ユエの考えに対してルイは首を横に振った。魔力の結晶は仕掛けを作動させたことによる副産物に過ぎない。実際に鎖を機能させているのは別の力だと。
そもそも魔導鏡を封じていたものと同じ鎖だとしたら、普段から魔力を使用しているサエのことを同じ魔力で封印するのは悪手だろう。下手をすれば封じようとした魔力を逆に取り込まれてしまう可能性だってある。だからと言って天力では相性的に不利過ぎる。
「じゃあ霊力?」
「あぁ。サエもそう言っていたし」
生憎と霊力についての知識はユエには殆どない。魔力のように少ないのではない、持ってすらいないのだ。霊力を持たないのはルイも同様だが、知識としてはユエよりも幾らかは身に付けている。自分が感知した力に対して何の疑問も持たずにいたことはない。気になった点は調べていたし、聞いた情報やこれまでの経験から、どんな力かはある程度推察出来る。
鉱石や宝石の類には、元々少なからず自然界に溢れる力が宿っている。天力か魔力、或いは霊力だったり……兎に角一番近くにあった力の影響を受け易いからだ。魔法の増幅装置として使われるのはそれが理由の一つでもある。
この場所には沢山の鉱石が存在している。その鉱石に人為的に魔力を宿らせようとしたのは、この場所で採れるものには元々は魔力が宿っていなかったか、あっても少なかったのも理由の一つかもしれない。それなら、そもそもは何の力が宿っていたのか。
説明をする為か、ルイが視線を鎖の端へと向けたので、ユエも同じ方向を見てみる。黒い鎖の端は壁へと続いているが、壁に取り付けたと言うよりは、壁の中に埋まっていると言った方が正しいかもしれない。
「あくまでも私の予想になるけど、此処の鉱石には霊力が宿っているんじゃないかな」
「でも今も宿っているのかな……それこそ魔力に置き換わってるんじゃないの?」
「それならそれで不都合はないよ」
言っている意味がよくわからない。ユエが眉を寄せていると、ルイは苦笑しながら説明を始めた。
そもそもこの仕掛けを作ったのも魔導鏡を封じたのも魔導士だ。魔力には特化しているはずなのに、何故わざわざ霊力を使うのか。魔力に勝る力だからと言えばその通りだが、それならどうして魔導士が霊力を扱えるのか。
「多分、私みたいに力を変換して使っているんだ」
この場所にある魔力は、霊力に変換して扱っているのだろう。ルイのように魔力を天力へ変換出来る存在もいるのだ。他の力に関しても、同様のことが出来る存在がいてもおかしくはない。もしかしたらどちらかの力からもう一方に変えるだけではなく、相互変換も可能なのかもしれない。
ルイの考え通りなら、ヘルマから聞いた説明も矛盾しない。最初は鉱石の霊力或いは宿らせた魔力を変換して使用し、ある程度の魔力がこの場所に溜まったら……目の前にある魔力の結晶が出来上がったら、今度はその魔力を利用する。仕掛けが少し破壊されても、これだけの魔力があれば勝手に元に戻るし、使用された魔力は放っておいてもまた充填される。
鎖に流れているのが霊力だとしたら、ユエの持つ天力は寧ろ相性としては有利だ。剣で強化された状態であれば尚更心配する必要はないだろう。
「試しに使ってみただけだから、私の力は使えてもあと一回だ。もしお前の力で上手くいかないなら、また力を充填するよ」
言われて剣身を見てみれば、銀の刃に囲まれた宝石の色は先程よりも薄くなり、徐々に剣の中に消えようとしていた。ルイの力が宿っているのは感じ取れるが、一度使ったことでその量は半分程に減っているようだ。彼女が口にした通り、同じことはあと一度しか出来ないだろう。
私の方でもやってみるよ、と口にしたルイが近くの鎖へと手を伸ばすのを見て、ユエははっとして彼女を制止する。彼女の持つ短剣も自分の剣と同じ機能があると説明することをすっかり忘れていた。
「ルイに渡した短剣も同じように使えるらしいんだけど……使う?」
問い掛けると、彼女は少しの間驚いたような表情を見せていた。だがユエから渡されたものだから不思議なことではないと思ったのか、特に言及はしてこなかった。
「うーん……今回はいいかな」
ユエのように武器の扱いには慣れていないのだ。それに、ユエの剣よりも小さいのだから、短剣の方が力の許容量は少ないだろう。微調整が出来る程、ルイは自身の力を使いこなせてはいない。力加減を誤って短剣を破壊してしまったら、それは余りにも勿体ないと思う。苦笑と共にそんな言葉を返せば、ユエも同じような表情を浮かべていた。
二人は一定の距離を保ったまま、各々近くの鎖へと向き合う。ユエは自分の剣を、ルイは手の中に集めた力を、二人同時に黒い鎖に叩き込む。加えられた力に耐え切れず鎖が砕けていくのにつれて、この場を流れる魔力が僅かに軽くなったように感じた。ふと足元に視線を落とせば、少しずつ地面の亀裂が塞がっていこうとしているのが確認出来た。完全に塞ぐ為にはやはり流星石は必須かもしれないが、原因となっている鎖を壊すことも多少は有効的な手段になるようだ。
今度は自身の力を使ってみようと、ユエは静かに長剣に意識を集中させ始める。銀の剣身が再び蒼く透き通った宝石へと姿を変えていく。制御可能な範囲で収まるように、発動する魔法の強さは慎重に選んだ。
剣に魔法を纏わせると、改めて黒い鎖に視線を定める。じわりとした嫌な気配を放つ鎖に向かって、鋭い一撃を加える。剣から眩い光が溢れ出し、鎖の表面に白い亀裂を浮かび上がらせる。鋭い音と光を伴い、鎖は弾け飛ぶように砕け散った。風圧により宙を舞った破片は、直ぐに跡形もなく消えていく。
一瞬の静寂の後、ユエは安堵の息を吐いた。自分の力が何処まで通用するか不安もあったが、手応えは確かにあった。浄化系の魔法を選んだのも正解だったようだ。
天力にも魔力にもまだ余裕はあるものの、黒い鎖はかなりの数が残っている。だが、ルイとも手分けして行っていることだし、長剣で魔法の威力を上げつつ効率的に力を使っていけば、昨日のように力の使い過ぎで倒れることはないだろう。
次の鎖に目をやりながら、再度長剣へ力を流し込む。ちらりとルイの方に視線を送ると、真剣な眼差しで鎖に向き合っている横顔が見えた。手の中からも視界からも鎖の破片が消えているのを確かめてから、彼女は次の鎖へと手を伸ばしていた。
何も知らなければその力を感じられない故に、傍目には本当に彼女が鎖に触れただけに見える。何の力も使っていないように見えてしまうこと自体が異常だということに、ルイは気付いているのだろうか。属性に縛られない力は扱いが難しい反面、有用性は間違いなく高い。ユエの光の力と違って、誰にでも、どの力を相手にしても効果を発揮する……。
背中に視線を注がれているのを感じて、ルイは眉根を寄せながらユエの方を振り向く。どうしたのかと問えば、彼ははっと我に返った様子で、何でもないと告げた。呆然としている場合ではない。この空間に張り巡らされた鎖を、全て破壊する――そのために、今はそれぞれの力を集中させる時だ。
一本、また一本と、金属の砕ける音が空間に木霊する。それに合わせて、何処か重苦しさのあった空気が確実に軽くなっていく。
最後の鎖も問題なく砕け散ったのを見送ってから、ユエは周囲に視線を飛ばす。間違いなく鎖が残っていないことを確認して、剣を鞘へと納めた。
「特に、問題もなさそうだな」
ルイも胸の高さ辺りに掲げていた手を下ろし、ぐるりと周りを見渡してみる。鎖の消えた空間と亀裂の残る地面、そして魔力の結晶を眺めても、不安要素と思えるような異変はない。
「……それじゃあ、帰ろうか」
ヘルマへの報告も含め、街に戻ってからまだやるべきこともある。指輪の効果もあるとは言え、ルイの体調を考えれば、目的を終えた今は早く此処を出た方が良いだろう。
ユエの言葉にルイは静かに頷きを返し、彼に続いて出口へと足を向けた。しかしふと後ろに視線を向けて、中央に鎮座する結晶を改めて眺めてみる。ユエの力を受けて少し性質が変化したのだろう、闇属性である魔力の結晶であるにも関わらず、内包する光は清らかな物に感じられた。彼の優しさを象徴するような、暖かな光だ。
――やっぱり、人を傷付けることなんかに使わせるべきじゃない。
間違った力の使い方をしないようにユエを見守るのも、自分の役目だろう。間違っても、その光が暗いものに変わってしまうことのないように。
そんな誓いを胸に刻み、ルイは踵を返す。二人の去った暗闇の中で、結晶は静かに輝き続けていた。




