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守る為の剣 3

 後を追ってきた傭兵仲間達はユエが弱かったから負けたのではないと慰めてきたが、ユエの耳には大して入ってこなかった。彼が欲しかったのはそんな言葉ではない。自分に何が足りなくて、何故強くなれないのか。どうすれば充分な力を手に入れられるのか。誰かにそれを教えてほしかった。

 ルイを守ると約束したのに、彼女にさえ歯が立たない。これでは一方的に自分が守られるだけになってしまう。悩むユエの足を止めたのは、少し後ろを歩いていた傭兵達が不意に口にした会話だった。


「腕は悪くないんだから武器をもっといい奴に変えるのが一番なんじゃ……」


「いやいや、今使ってるのよりいい剣なんかそうそうないだろうよ」


 ユエが急に立ち止まった為に、真後ろにいた者は彼の背にぶつかる寸前で慌てて足を止める。自分より背の高い男の向こう側を覗き込むようにして後ろを見ると、ユエの視線に気付いたのか、会話をしていた二人が目を向けてきた。


「ちょっと聞きたいんだけど、皆から見た俺の剣ってどれ位いい物なの?」


 前々からユエの剣の価値について言及する者はいたが、彼らの目にどれ程価値のある物に映るのかを考えたことはなかった。数々の伝説を生み出している聖剣のような輝かしさもなければ、華美な装飾が施された美術品としての価値がありそうな代物でもない。剣士であれば誰もが持っていそうな普通の長剣だと思っていたのだが、わかる者からしたら前述したような代物に匹敵する価値があるのだろうか。ユエの問い掛けに対し、傭兵達は互いに顔を見合わせた。


「いや、俺達もそんなに詳しい訳じゃないんだけどな。魔法を扱える武器ってそんなに多くないって聞いたんだよ」


 普通の武器では魔法を纏わせることが出来ず、寧ろ大抵は魔法によって壊れてしまうらしい。魔力の結晶や塊など、力の触媒となるものがないと魔法を纏わせられないのだ。そういった物は魔法の強化に使われることが多く、主に魔術師などが使う杖などに付いているという。滅多に魔法を使わない剣士などよりも、魔法を使用する者の為に使う方が有益だからだ。

 単純に魔法の威力を上げたいのであれば、本来はそれに見合った魔力又は天力を身に付ける必要がある。強い魔法を使うには、より多くの力が消費されるからだ。だが、自身の力の量を上げるのはそう簡単なことではない。普通では強い魔法に、その力に耐えられないのは武器だけではないのだ。力を受け入れる才能がなければ、器となる身体も壊れてしまう。魔法を使う者にとってこの才能の差を埋めるのが触媒の役目だ。

 触媒の価値は基本的に扱える魔法の強さで決まる。より強い魔法に対応出来る物程貴重なのだ。そんな貴重な触媒が使われているユエの長剣は、魔法への耐性の高さと希少価値の高さ、その両方を考慮してかなりの代物と言える。

 仲間に魔術師がいる上に自身も魔法を使うのに触媒のことを知らないのかと問われ、ユエは素直に頷く。傍目には魔術師と同じように見えるルイだけでなく、ユエも魔法を補助する物を必要としなかった。少なくともルイは触媒などなくても充分強い術を放てるし、そもそも力の相性を考えれば彼女に敵う者などまずいないだろう。

 腰に差していた長剣を抜いて掲げる。柄の部分から剣身へ、じっくりと眺めてみても特に変わった点があるようには見えない。触媒となっていそうな物と言えば、鍔の所に輝く小さな宝石位だ。だが、ユエの瞳と同じ蒼色を纏う石から特別な力は感じない。

 今此処にいるのはユエを除いて魔法を使えない者だけだ。先程詳しくないと口にしていた彼らに聞いても何もわからないだろう。


「誰か魔法とか詳しい人っていない?」


「それなら、この街でヘルマ婆さんより詳しい奴はいないぞ」


 傭兵が口にしたのは武器や魔具などを扱う店の主の名前だった。嘗ては優秀な魔術師として各地にその名を馳せていたそうだが、引退した今では傭兵御用達の店を経営しているのだという。魔術師の使う杖の作成もしている為、魔法の武器についても詳しいはずだ。それだけではない。遺跡等から出土した古い魔具等の鑑定も出来る彼女なら、ユエの剣に使われている魔法の触媒についても一目見ればわかるだろう。

 ヘルマの店の場所ならユエも知っている。傭兵だけではなく多くの者が利用する店なだけあり、この街でも一番栄えている通りに面した所に構えている。ユエは実際に利用したことはないが、回収した魔具の鑑定をよく頼んでいると数時間前にルイが口にしていた。

 だが、傭兵曰くヘルマは少し曲者らしい。一流の魔術師であったが故に、彼女は自分が受ける仕事には相当な金額を要求してくる。また、扱っている品物はどれも一級品であり、その中でも魔具に関しては計り知れない価値を持つ品も少なくない。彼女のお眼鏡に適うだけの魔法を会得した者か、或いは相応の品物を売買しなければ碌に話も聞いて貰えないそうだ。


「まあユエなら大丈夫だと思う……って、待て待て!」


 ヘルマのことを説明している間に目の前から移動した蒼は、既に大通りの方へと足を運んでいた。せっかちにも程があると、傭兵達は慌てて彼の背を追い掛ける。ユエが何ごともなく鑑定をしてもらえるかを心配した訳ではない。ただ、自分達にも愛用する武器があるからこそ、仲間が持つ珍しい獲物の価値が気になってしまうのだ。

 魔法のことがわからない者をぞろぞろと引き連れていたら、それこそ古い魔術師の癇に障るのではないだろうか……。一体どのような魔法の剣か勝手に想像しては盛り上がり始める一団を眺めながら、ユエは密かに溜息を吐いた。


 * * *


 噂に聞いたヘルマの店は、占い師の館を思わさせる外観をしていた。木の板に擦れた文字で書かれた店名と塗料の剝がれかけた壁はそれなりの年季を感じさせる。分厚いカーテンで覆われた入り口から一歩店内へ足を運ぶと、独特な香の匂いが鼻に付く。

 薬草の入った瓶と何に使うのかわからない道具が所狭しと陳列された店の奥で、一人の老婆が魔具の作成に勤しんでいた。カウンターの向こうに座っていた彼女は、客の気配を感じて顔を上げる。


「何が必要なんだい。さっさと決めておくれ」


 手の中の小さな石によくわからない術式を刻みながら、ヘルマは面倒臭そうに片眉を上げて団体の先頭に立つユエを見た。彼が腰に差していた長剣をカウンターの上に置くと、溜息と共に手を止める。


「鑑定かい? うちは高く付くよ」


 まだ幼さの残る少年の顔と長剣に交互に視線を向ける。目の前に置かれた長剣は特に装飾が施されている訳でもなく、柄に残る細かな傷からは使い込まれているのがよくわかる。一見するとどう考えても価値のない品物だが、ユエがその場から動かないのを見て仕方なく長剣を手に取った。

 こんな物の鑑定を頼むなんてね――そんなことを思っていそうな表情の老婆を眺めていたユエは、長剣を鞘から抜いた瞬間、その顔付きが変わったのに気が付いた。先程までとは正反対の真剣な視線を剣身に注ぎながらユエに問い掛ける。


「お前さん、何処でこんな物を手に入れたんだい? ……これは、そう簡単に手に入る代物じゃないよ」


 ヘルマはもっとよく見えるようにと拡大鏡を取り出して長剣を眺め始める。様々な者が価値のある代物だと口にしていたが、どうやらそれは間違いではなかったようだ。俄に騒がしくなる後ろの集団を抑えながら、ユエは確信する。

 自分の親から貰った物で詳細については自分もよく知らないのだと告げると、呆れたような表情を返された。謂れがはっきりしている方が、より価値が上がるのだけれど。ヘルマはそう言葉を紡いだ。

 棚に並んでいた杖の一つを手に取り、その先端がよく見えるようにユエに向ける。木の枝をそのまま切り出したような杖だ。先端には蔦のような装飾が絡み付いた、掌ほどの大きさの結晶が嵌め込まれている。


「魔法の杖にはこういった魔法の威力を増大させる為の石が必ず使われている。大きさや色、形なんかも様々だ。さっき私がやっていたように、石に術式を刻むことで作ることが出来る」


 勿論、使うのは道端に落ちているような普通の石ではない。魔法との相性が良い、水晶や紅玉といった宝石の類だ。

 結晶の中を覗き込めば、光の当たり具合で微かに文字列や記号のようなものが浮かび上がって見えた。表面に刻まれているのではなく、金色の文字が結晶の中に閉じ込められているようだ。


「お前さんの剣にはこれと同じ物が使われてるんだ。……それも、一般的な魔法の杖より遥かに優れた物が」


 驚いて自分の剣へと視線を移すが、同じような模様は剣身にも嵌められた蒼い石にも見られない。そもそも剣身は金属で出来ているはずだ。普通に考えれば、光が透けることなどあり得ない。だとすると、威力の増幅を担っているのは鍔の蒼い宝石か。先程の杖の物と比べるとかなり小さいが、これがそんなに優れていると言うのだろうか。

 しかし、ヘルマはゆっくりと首を横に振りながら、剣身の方を指差した。


「金属にしか見えないけどね、魔法を使えるようにしているのは刃の方だよ。確かにこっちの宝石にも何らかの術式は刻まれているが……残念だけど、私でも解析出来ないね。こんな術式は見たことがない」


 具体的な方法は不明だが、そのままでは脆過ぎる石を加工したか、或いは金属で覆ってしまうことで剣として使えるようにしたのだろう。見た目が普通の剣であるのはその為だ。鞘に収まっている時には気付けないが、剣身を見ればどれだけの代物か直ぐにわかる。仮に魔法の知識がない者が見ても、特有の輝きには思わず魅了されてしまうだろう。

 剣身全てが魔法の増幅器であるとすると、この剣の価値は計り知れない。使い方次第では、魔法の杖として今よりも格段に強化された魔法を放つことも可能になる。ちょっとした魔法ですら、一流の魔術師しか扱えないような威力にまで跳ね上がるだろう。時には相性すら無視する程に。

 上手く使いこなすことが出来れば、光魔法でも充分に戦えるかも知れない――ヘルマの説明を聞き、ユエは期待に胸を弾ませた。


「因みにこっちの剣はどうですか?」


 鞘から抜いた短剣を、柄の方を向けるようにヘルマへと手渡す。剣身が仄かな光を反射して煌めくのを 見て、これも同様だとヘルマは告げた。長剣よりも小さい分威力は衰えるだろうが、それでも充分過ぎる程の物だと。

 長剣とは違い、短剣についてはルイにも全く同じ物を渡している。使い方さえ覚えれば、彼女も更に強力な術を放てるようになるだろう。


「所で婆さん、もしもこれを売るって言ったら幾ら出すんだ?」


 どうしても聞きたかったのだろう。後ろにいた傭兵の一人がユエを押し退けるように前に出てヘルマに尋ねた。ユエは慌てて売るつもりはないと訂正するが、傭兵達は聞く耳を持たない。興奮した様子で詰め寄ってくる彼等を前にしたヘルマは、正反対の冷めた表情を浮かべていた。


「あたしは買わないよ」


 先程から価値のある物だと口にしていた割には、随分あっさりと言い放つ。まさか値段云々以前に拒否されるとは思っていなかった傭兵達は、呆然と立ち尽くしていた。

 机の引き出しからパイプを取り出し、ヘルマは煙草を吹かす。白煙と共に口から出たのは、とんでもない価値があるからこそ買い取るつもりにはならないのだという言葉だった。価値が高い物を買い取るには、相応の額を払わなければならない。その価値を持ち主がある程度把握しているならば、買い叩くことは不可能だ。そもそも信用で成り立つ客商売をしているヘルマには、そんな選択肢は最初から存在しない。相応の額を払って買い取った後は、当然店の利益に繋がるような値段で売ることになる。買い取り金額の数倍は見積もらなければならない。それは有名な貴族や国に雇われた近衛騎士のトップなら兎も角、この店をよく利用する者達、即ち雇われの傭兵の手が届くような値段ではない。売れない品物を何時までも置いておくのでは、幾ら良い物であっても意味がない。


「それに、お前さんにとっては大事な物なんだろう。売らないのが正解さね」


 見た目の古さは置いておいて、手入れの行き届いた様を見れば使い込んでいても大切にしていることは一目瞭然だ。自分が最も使いこなしている武器を手放すのは余りにも勿体ない。

 パイプを加えたまま緩慢な動作で立ち上がると、ヘルマは先程の魔法の杖を手に店の外へと足を運ぼうとする。何処へ行くのかとユエが問えば、剣を持って付いてくるようにとだけ返された。


「どれ、ちょっと試してみようじゃないか。口で説明するよりも、実際に見た方がわかりやすいからね」


 ユエの後ろに並んでいた傭兵達を押し退けるようにして、店の出入り口に向かう。座っている時には気が付かなかったが、自分の獲物を構えた姿は間違いなく歴戦の魔術師のそれだった。独特の覇気を放つ後姿は、黙って付いてこいと語っているような気がする。

 傭兵達にちらりと視線を向ければ、大人しく従った方がいいと目で語っていた。カウンターに置いていた剣を鞘に収め、ユエは傭兵達と共に老婆の背を追い掛けることにした。

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