運命の日に
タイトルに関わる話(?)。
(2018年2月12日加筆・修正)
何処まで行っても、砂と岩場、そして水分のない乾いた空気が続く。地平線の彼方まで続くその砂の海に、ルイは辟易していた。訪れたのは数時間前だが、一向に街らしい物が見付からない。何時になったらこの砂漠から出られるのだろうかと、心配し始めていた。
それにしても、暑くて仕方がない。疲れたようにユエの方を見ると、彼は呆れる程元気だった。この暑さを物ともしていない。
「ユエ……」
「どうかした? って、大丈夫?」
何処が大丈夫に見える。心中でそう呟きながら、首を横に振って答えた。
ユエは少し休憩をしようと、近くの岩場の陰に移動した。日陰に座り込んだルイの隣に、彼も座る。
この砂漠に迷い込んだのは今朝のことだ。ユエは此処から何か不思議な気配を感じ、嫌がるルイと共にやって来た。
朝はよかったが、太陽が高くなるに連れて気温はどんどん上がっていく。ルイは飲み水を口にして、暑さに火照った身体を冷やした。
「急に砂漠に来て……もう昼過ぎだぞ? 街に戻ろうにも方向がわからないし……。どうするつもりだ、野宿は嫌だからな」
「気が早いなぁ、もう。夜までには何とかなるよ」
根拠のない自信を見せるユエに呆れ、ルイは岩に寄り掛かった。歩き続けて、流石に体力的に限界だ。一眠りしようと、フードを目深に被る。寝てしまうのかと尋ねてきたユエに、見張りを頼んで目を瞑った。案外疲れていたのか、彼女の意識はあっという間に夢の世界へ飛んでいった。
隣で眠ってしまったルイを起こさぬよう、ユエは静かに立ち上がって周囲を見回す。遠くの方で風に巻き上げられた砂が、竜巻になっているのが見えた。
今日は随分風が強いように感じる。風で乱れた髪を直しながら、振り返ってルイの様子を見る。やはり疲れていたのか、全く起きそうにない。
取り敢えず今の所は危険もなさそうなので、彼女の隣に座り直し、これからどうするかを考えることにする。
「困ったなぁ……」
実はユエには少し前から、ルイに黙っていることがあった。本来なら直ぐにでも伝えるべきなのだが、どうしても彼女に言えずにいた。確実に怒られると予想していたからだ。
だが、何時までも黙っている訳にはいかない。それに、自分から口にした方が、各段に彼女の怒りの度合いは少なくて済むだろう。それでも、何かしらの術を放たれる危険はあるかもしれないが。
微笑で怒りを表すルイの顔を想像して、ユエは軽く身震いした。
* * *
ルイは三十分程で目が覚め、少し寝ぼけながらユエの方を向いた。丁度ユエも暇だったので、うとうとし始めていた所だった。彼はルイが起きていることに気付き、目を擦りながら視線を移した。
「あ……起きたんだ、ルイ」
「ん。さて、休憩も出来たし、先に進むか」
進むと言っても、何処へ行けばいいのかは全くわからない。そもそも此処に来たいと言い出したのはユエなので、これからどうしようかと、ルイは彼に尋ね掛けた。
とうとう言う時が来てしまったか――ユエは頬を掻きながら少し目を逸らす。一体どうしたのか。ルイが首を傾げると、ユエは恐る恐るといった様子で口を開いた。
「いや、あの……怒んないでね?」
「何のことだ。それと、怒るのは場合による」
そういうことなら、多分怒られることになるか。ユエは意を決して、ルイに打ち明ける。
「ええと、あのね。砂漠に入る前に変な気配を感じたんだけどね、それが……」
「それが?」
「……砂漠に来たら、わかんなくなった」
ルイの機嫌を損ねないよう、笑顔で言ったのが逆効果だった。
瞬時に彼女は詠唱を始めていた。彼女の手から雷が放たれ、ユエに直撃する。黒焦げになるような威力ではなかったが、衝撃で彼の頭の上には星が回る。
暫しの間目眩に襲われ、ユエはその場にしゃがみ込んで治まるのを待った。落ち着いてから深呼吸をして顔を上げると、何時の間にか詰め寄ってきていたルイの顔が目の前にあり、驚いて少し身を引いた。
「わからなくなった、だと?」
「ご、ごめん。だって、気配が砂漠に散っちゃってて」
彼女の背後で炎が揺れている気さえする程、激しい怒りがユエに伝わってくる。暑い所に引っ張り出され、連れ回された挙げ句の果てにこうなったのだから、彼女が怒るのは当然だ。やはり言うべきではなかったかと、ユエは打ち明けたことを後悔した。
「だ、だってわかんなくなったものは仕方ないし、だから落ち着いて」
言い訳と共に何度も宥めていると、彼女は漸く大人しくなった。だが、その顔は不機嫌そうな表情のままで、冷たい視線がユエの元へと飛んでくる。責任を取って、街などを探せと言っているようだ。
ユエは溜息を吐き、周囲を見回す。此処でずっと立ち止まっていても仕方がない。何処へ行けばいいかと考えながら、取り敢えず歩き始める。ルイは何も言わずに付いてきた。
サクサクと音を立てつつ砂の海を進んでいると、突然、地面に足が飲まれるような感覚に襲われた。足下が陥没するような大きさではないことから、流砂ではないと判断した。どうやらこの砂の下に、空洞か何かがあるようだ。
気になって砂地を掘っていると、ルイは不思議そうな表情を浮かべていた。ユエは彼女の視線を全く気にせずに掘り続ける。
砂を掻き出し続けること数分。腕の長さ程の深さの穴が出来た辺りで、ユエの手に何か固い物が当たる感覚があった。どうやら、此処に何かが埋まっている為に、砂が不自然に沈んだようだ。
粗方砂を退かすと、埋めてあった物は砂の中から顔を出す。どうやら、石盤か何かの一部らしい。遺跡を回るユエは古い言葉を解読することは得意だったが、彼が今までに見たことのない言葉のようで、書いてあることは読めなかった。
ユエの肩越しに、ルイも石盤を覗き込んでくる。まさか彼女に読めるとは思えないが、一応問い掛けてみる。彼女は暫し黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「えっと……『古より伝わる言葉を此処に残す。選ばれし者よ、その力を以て扉を開け。汝の目に真実を見せよう』……だと思うが」
すらすらと読み終えたルイに、ユエは驚いて言葉も出なかった。どうして彼女には読めたのだろう。
ユエが驚いた表情を浮かべていることにに気付き、ルイは思い出したかのように答えた。
「私の詠唱は全て、今は使われなくなった古い言葉なんだ。此処に書かれた物は、それと同じだ」
何か思うことがあるのか、彼女は少し目を伏せると、石盤をそっと撫でていた。
不意に、石盤に書かれた文字が光り始めた。驚いて一歩下がった二人の足元に、光の線が砂の海を割くように現れる。光の線が二枚扉の形を描いたかと思うと、扉が開いて地面に穴が空き、其処に吸い込まれるように砂が落ちていく。二人はその砂に足を取られ、共に穴に落とされた。
ユエは悲鳴を上げるルイを素早く引き寄せて抱える。暗闇の其処に溜まった砂の山へ、勢いよく落ちた。細かな砂は衝撃を和らげた為、それ程身体に痛みは走らなかった。しっかり庇っていたからか、ルイにも見た目にはケガはなさそうだった。
「大丈夫?」
「……何とか、な」
砂の山から滑り降りると、穴の底には冷たい岩場が広がっているようだった。所々に、同じような砂の山が出来ている。だが、光は少ししか入ってこない為、奥の方は真っ暗で何も見えない。
頭上に視線を向けると、自分達が落ちてきた穴は大分上にあった。先程の場所へ戻るのは、困難そうだ。
ユエが両手の間に魔力を集めているのを見て、ルイは彼を制止する。
「私がやるから、お前はやらなくていい」
「え……でも、」
「お前には、それがあるだろう?」
ユエの長剣に視線を向け、ルイはそう告げた。長剣と彼女の顔を交互に見ながらユエは暫し迷っていたが、黙って手を降ろす。
彼に魔法を使わせては、いざという時に困るかもしれないと、ルイは考えていた。ユエに何らかの力を使いながらの戦いをさせるよりは、長剣に集中させた方がいいだろう。
「さて、取り敢えず先へ進むか」
ルイはそう声を掛け、手の中に光の玉を三つ程生み出すと、自分達の周囲に浮かべた。光に照らされた地下の岩場には、通路になっていると思われる穴が彼方此方に見えた。
どの穴に進めばよいだろうか。ユエは暫し迷っていたが、ふと、隣に立ったルイが穴の一つを指差した。
「彼処から、微かにだけど魔力を感じるんだ」
身に感じられる程の強さの魔力が、自然に現れることはない。従って、穴の先には人工的に魔力を強めた場所があるはずだ。もしかしたら、其処が出口なのかもしれない。
二人は注意深く穴へと足を踏み入れる。最初は自然に出来た岩の穴のようだったが、先に進むにつれて、石畳の通路へと変化していた。だが、風化がかなり進み、彼方此方に窪みが出来ている。油断すると足を取られる為、結構歩き難い。
ユエも少しずつ、通路の先に魔力があるのを感じ始めていた。同時に、感じる魔力に何処か懐かしさを覚える。
――そうか、この魔力は……。
ユエは心中でぽつりと呟いた。彼が感じていたのは、中央界に来るずっと前から、馴染みのあった空気。――魔界の空気だ。
もしや、此処は魔界と繋がっているのではないかと思ったが、魔界全体に流れているはずの魔力は、全く感じられなかった。その証拠に、ルイに体調を崩しているような様子はない。
一体此処は何なのだろうか。考えながら暫く歩き続けたが、ふいにルイが立ち止まった。
「……行き止まりだ」
ルイの操る光に照らされた、無機質な茶色と灰色の混ざった壁。目の前に大きく広がったそれを見て、彼女は溜息を吐いた。どうやら、この道は外れだったらしい。
引き返そうとするルイとは逆に、ユエはその場に立ち尽くしていた。彼は、何故だか強い胸騒ぎを覚えていたのだ。
「……ユエ?」
ルイの声が、何処か遠くから聞こえてくるように感じた。
誰かに呼ばれている気がして、ユエは夢遊病者のような足取りで一歩ずつ前へ踏み出す。壁の直ぐ前まで近付いた瞬間、彼の足元に白銀の光を放つ線が現れ、やがて複雑な陣を作り出した。
空間同士を繋ぐ、転移魔法の為の陣だ――それに気付いたルイは、はっとしてユエの方へ走り出す。置いていかれないように、彼の背に抱き付いた。
彼女が陣に入ると同時に、閃光が辺りを眩しく照らし出した。ぐにゃりと周囲の景色が捻れ始める。歪む視界に眩暈を覚えて、ルイはきつく目を瞑った。
やがて周囲に働いていた魔力が消えたことに気付き、ゆっくりと目を開ける。ユエの顔を覗き込むと、彼はただ呆然と、前方に視線を向けていた。
ルイも同じ場所を見て、思わず驚嘆の声を上げる。二人がいたのは、先程とは違い、明るく広い空間だった。白い大理石で出来た壁が、頭上から入って来る太陽光に反射して輝いている。
この場所に辿り着いて、ユエは漸く気が付いた。砂漠の方に感じた気配が、訪れた途端にわからなくなってしまった理由。それは、砂漠全体にこの気配――魔界の魔力が広がっていたからだった。
「ルイ、あのさ……」
「何だ?」
「此処……魔界と同じ空気を感じる」
ルイに向かってそう呟くと、彼女は目を見開いていた。彼女は魔力を感知してはいたものの、どのような魔力かは、はっきりとしなかったのだから。恐らく、魔界をよく知っていたユエだからわかったのだろう。
大理石の壁を撫でたユエは、ふと、表面に彫られた文字に気が付いた。地上で見た石盤と同じ文字だ。よく眺めても、やはり読むことは出来ない。彼は手招きをしてルイを呼び寄せ、解読を頼んだ。
「ルイ、これは何て書いてあるのか、読める?」
「えっと……」
指でなぞりながら、ルイは文字を目で追う。丁寧に彫られたそれはかなりの年月が経っている様子ではあったが、殆ど削れてはいない。先程の石盤よりも、読むことは簡単だった。
よくよく読んでみると、壁に書かれていたのはこの世界の成り立ちについての詳しい話だった。
* * *
この世界の創造主は、双子の神であった。兄の神は生き物を創り、妹の神は一つの世界を創り出した。
やがて分裂した世界は、独自に発展を遂げる。
まず創られた人は、善悪の区別を付けられぬ愚者だった。善悪を定める為に天使と悪魔が創られた。
だが、神に創られた人の子は、やがて愚かな感情を抱くようになった。それは神の元へ近付き、自らも神と同じ力を手に入れるという物だった。
兄の神は悟った。生物はただの野蛮なモノに成り下がってしまった。世界を一度リセットし、創り直さなければならないと。
しかし、妹の神は抗議した。兄の意志に逆らい、彼女は生き物を庇おうとしたのだ。
全ての生命が死に絶え、新たな世界が生まれるか。それとも生き残り、更なる発展を遂げるか。
運命が決まるその日、二人の神は全ての世界から姿を消した。妹の神により、生命は死なずに済んだが、彼らは今も争っているという。
妹の神が負けた時、世界の終わりが訪れるだろう。運命の日は、何時訪れるのかわからない。
* * *
「……此処で終わっているな」
文章を読み終えると、ルイは長い息を吐いた。
ユエは彼女の後ろで腕を組みながら、文章の意味することを考えていた。よくある伝説の類にも思えるが、ユエが今まで聞いてきた、人間の間に伝わっている話とは、明らかに違う点があるのだ。それに、『運命の日』とは一体……。
暫し考え込んだ後、ある一つの答えが浮かんだ。
「ルイ、『ラグナロク』ってわかる?」
「……一応、聞いたことはある」
悪と神の戦いにより、神と世界が滅ぶとされる話のことだっただろうか。ユエに確認すると、彼は頷いた。
「よく似てるよね、この話と」
神同士の争いという点は異なるが、他の点は確かに似ている。
このような、数々の『世界が滅ぶ伝説』を、ユエは旅の中で耳にしてきた。悪と神、即ち魔界と天界の戦いというのは、題材にされやすいのだろう。ラグナロクは人間の住む物質界に伝わる話だが、中央界にも同じような話は幾つもある。
「ただね、『双子の神』の記述があるのは、中央界だけなんだ」
神への信仰を殆ど失った物質界には、人間が独自に生み出した話が伝わっている。全体の流れは合っていても、細部はかなり異なっているのだ。神に関する記述は、最も変化してしまっている点だろう。
「つまり、この伝説は正しい可能性があると?」
「……其処なんだよね、問題は」
ユエは難しそうな表情と共に、何時も持ち歩いている帳面を開く。彼が今までに調べてきた遺跡に残る伝説などを纏めた物だ。
紙面と壁を交互に見つめて、ユエは溜息を吐いていた。
「今まで調べた話には、『運命の日』がこれから訪れるかもしれないなんて、全く書いてなかったんだよね。寧ろ、妹の神が勝ちました、って記述で終わってるんだよ」
伝わっている多くの話の中で、共通している部分というのは、それだけ信憑性が高い。そう考えれば、壁に書かれたこの話の最後の記述は、嘘ということになる。
だが、魔界の空気を感じるような場所にある、即ち、わざわざ転移しないと見られないように隠していることなのだとすると、途端にこの話に真実味を感じるようになる。
腕を組んで唸るユエから一旦視線を外し、ルイは再び壁に手を触れた。何か他に記述はないのかと見ていると、ふと、隅に書かれた短い文章が目に付いた。何のことだろうと思い、心中で読み上げ――同時に、目を見開いた。
彼女の表情の変化に気付いたユエが、どうしたのかと視線を向けると、彼女は少し躊躇いながら口を開いた。
「……『これは、天界の一部に伝わる神の記録から抜粋した物である。来る日の為に、此処にこれを残す……ルシファー』」
最後に読み上げられた名前に、ユエは驚愕した。
嘗て天界を裏切り、魔界の王となった堕天使の名前。自分の父親であった初代魔王レイドを、魔王の座を奪う為に殺した男の名前。
「な、何で彼奴が……」
「まさかそれを簡単に読める奴がいるとは思わなかった」
ユエの声とほぼ同時に、低い声が聞こえた。二人がはっとして後ろを振り返ると、其処に立っていたのは二人が正に話していた、黒き四枚の翼を持った堕天使だった。
「ルシファー……!」
魔王と呼ぶに相応しい漆黒の髪と瞳。纏っている服は、やはり同じ闇のような黒。そんな容姿の現魔王は、ルイに一瞬視線を向けると、ユエに向き直って問い掛けた。
「どうやって此処に来た? あの石盤は、強い魔力にしか反応しないはすだが……」
その言葉に、ユエはちらりとルイに視線を送る。強い魔力を持っているのは、ユエではなく彼女なのだから。
ユエの視線に気付いたルシファーは、彼と同じようにルイの方に目を向けた。二人の視線を浴びて少し気まずいのか、彼女は少し目を逸らす。
「あぁ、そうか。お前、俺と同じ堕天使なんだな。だから魔力を集めやすく、ユエよりも強い魔力を持っている訳か」
腕を組みながらルシファーが問い掛けると、ルイは顔を俯かせた。全てその通りだったからだ。
一般的に、天使は空気の浄化などの理由から魔力を体内に集め、自らの身体で以てそれを浄化して光属性の力にする。ルイの場合は、浄化しきれない程の魔力も体内に留めてしまうことがあるのだ。それ故に、気を付けなければ身体が弱ってしまうことが多い。下手をすれば、死にも至る。
ルシファーはユエの横を通り過ぎると、ルイの額に手を翳した。彼女は少し怯えた様子を見せたが、自分の身体が変化したのを感じ、大人しくなった。先程より、身体が軽くなった気がしたのだ。
ルシファーは暫くして手を放すと、溜息混じりに呟いた。
「幾ら俺でも、お前の全ての魔力を吸収するのは無理だな」
ルイの想定以上の魔力の量に、彼は内心驚いていた。
ユエは彼らの遣り取りを心配そうに眺めていたが、ルシファーを見ていると、ある疑問が浮かんだ。
「ルシファー、お前、どうして此処に? 魔界にいるはずじゃ……」
「……もう彼処で大人しくしてはいられない」
彼は淡々と答えを返した。
大人しくしてはいられないとは、どういうことなのか。ユエが問い掛ける前に、ルシファーは再び口を開いた。
「其処に書かれている運命の日。確かにその日は一度過ぎた。その日は兄の神が死んだ日であり、運命が狂った日だ。この意味がわかるか?」
問い掛けられ、ユエとルイは互いに顔を見合わせた。神は無限の時を生きられるはずだ。普通なら、死ぬことはない。
だが、もし神が殺されて死んだのだとしたら。そんなことが出来るのは、同じ神しかいない。
「妹の方か。其奴が……」
「そうだ。妹の神が殺したんだ。残酷な運命から、生き物達を守る為に」
しかし、それ故に運命が狂い、世界は不安定になってしまった。それこそ天使と悪魔の大きな戦いが起きれば、五つの世界全てが簡単に壊れてしまう程に。
では、妹の神はどうなったのだろう。兄妹の神として世界のバランスを取っていたというのに、それが崩れてしまうことはないのか。妹の神一人でそのバランスを取れるのか。
「妹の神は行方不明だ。天界の何処にもいない。勿論、他の世界にもな」
ルシファーは其処まで言うと、彼らに踵を返した。何処へ行くのか問い掛けようとするユエだったが、ルシファーは彼が言いたいことを理解したのか、先に口を開いた。
「次の運命の日が近付いている。兄の神は近々蘇るだろう」
「蘇る……? どうしてわかるんだよ」
ユエの問い掛けに対し、ルシファーは長い前髪を掻き分け、額に片手を当てた。黒い瞳に、一瞬だけ強い光が宿る。今はまだ答えられないと、彼は呟いた。
「俺は、もう魔界には戻らない。次の運命の日の為に……俺に出来ることをする」
それだけを言い残すと、ルシファーは漆黒の翼を広げた。ユエがはっとして引き止めようとしたが、彼は一瞬だけルイに目を向けると、振り返ることなく何処かへ飛び立っていった。
複雑な表情を浮かべるユエの前に、彼の黒い羽根が舞う。
もしかしたら、ルシファーは何時の日か魔力が強くなったユエが此処に来るように、あの石盤と同じ物を様々な世界に仕掛けていたのかもしれない。その証拠に、転移魔法の陣は、ユエの存在に対して反応していた。
そうだとすると、自分に正しい伝説を教えたということは。ユエも、何れ運命の日に関わることになるのかもしれない。
ルイと出会ってから、自分の運命が何処か定められた方へ動き始めているとは感じていた。それに、彼女の力を封じる指輪は、ルシファーに手渡された物だ。あの時も彼は、『何時か』必要になると口にしていた。ルイが自分の運命に関わる存在だと、教えられたように思える。
――お前には、何が見えてるんだよ。
先の見えない世界に自分一人だけが取り残されている気がして、ユエは唇を噛んだ。