表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/45

紅と蒼 2

 一瞬、何が起きたのかDユエには理解が出来なかった。

 実際に傷を負わせるつもりはなかったものの、彼は確かにルイに斬り掛かったのだ。彼女が避けようとバランスを崩し、転んだのも見た。反射的な行動からか、彼女はしゃがんだ状態で短剣を受け止めるように左手を伸ばしていた。

 短剣が当たるか当たらないかの距離に届いた直後、Dユエの耳に囁くような小さな声が届く。何を言っているのかわからない程の声量だったが、それはルイの声に間違いなかった。

 固い金属音が響き、短剣を持った腕が止まる。否、それ以上振るうことが叶わず、その場で止めさせられたのだった。ルイの伸ばした手の先で短剣を受け止めていたのは、淡い光を放つ、円盤状の『何か』。

 それが結界であると気付くのに、時間は掛からなかった。僅かな範囲だけを守る代わりに極限までその防御能力を高めた結界は、例えどのような強化をしていたとしてもとても破れるものではないと、Dユエは直感的にわかっていた。

 同時に、いつの間に結界を張る為の呪文を唱えていたのかという疑問が浮かぶ。強い力を使う程、必要な呪文は長くなる。従ってそれだけ時間が掛かるはずだ。自分が短剣を振るう直前に詠唱を始めたのであれば、間に合うはずがなかった。


「――呪文は方程式だから」


 Dユエの疑問を知ってか知らずか、ルイがぽつりと呟く。彼を見上げる少女の水色の瞳には、僅かな焦りと確かな自信が入り混じっていた。

 ルイは剣を受け止めることが出来たのに一先ず安堵を感じながら、再び口を開いた。


「技を発動させる為の方程式。様々な呪文を組み合わせて、当て嵌めて、方程式を解く。そうして導いた『答え』が発動される技。方程式を解かなければ、呪文を詠唱しなければ答えは出せない……技は発動しない。複雑化すればするほど、上位の技を使う程、方程式を解くのには時間が掛かる」


 数日前に別の世界で教わった言葉を借りて、ルイはそう説明した。Dユエが知っているかはわからないが、例えるならこう言うのが正しいだろう。ルイは結界を破られないように警戒しながら、言葉を続けた。


「それなら、私は……答えを直接出せばいいと思う。こんな感じで、ね!」


 Dユエがはっとしてルイの手元に目をやると、結界を張った方と反対の手には既に術が完成し、後は発動するだけという所だった。

 こんな間近で当てられては流石に敵わない。結界を短剣で弾き、放たれるであろう技を避ける為にルイから距離を取る。斬られるのを防ぐ目的で張っていた結界は、押さえ付けるような力に耐えられるようにしていた。だが急に後ろに押されるような力を掛けられて、ルイは危うく転びそうになったが、何とか堪えて右手を前に出す。後は『答え』である技の名前を口にするだけだ。

 ルイが叫ぶのと同時に、彼女の手に無数の光球が現れる。光球は青白い炎を纏い、螺旋を描くようにして次々と飛び出していった。螺旋の軌跡には同じような炎の光球が現れ、それらも全てDユエ目掛けて飛んでいった。

 自分に当たる直前で光球を避けながら、Dユエはルイの周囲を駆け回る。彼の側を通り過ぎた光球は少し進んだ所で方向を変え、再び彼を追い始める。木々の合間を縫うようにして避けていくが、思いの外正確に狙ってくる為、なかなか反撃する暇がない。幾つか木に当てて少しでも数を減らしたい所だが、上手く避けて狙いにくる。


「直接答えを、か」


 ちらりとルイの方を見やると、彼女はDユエと数十個の光球に交互に視線を送りながら、光球を操っていた。彼女が腕を振るうと、何時の間にか追い付いてきていた光球が、Dユエの周りを螺旋を描きながら回っていた。見上げれば、頭上も塞がれている。完全に囲まれてしまっていた。


「……簡単にそんなことが出来るのならば苦労はしない」


 周囲を旋回していた光球が一斉に向かってくる。全て当たっても大事に至るようなことはないが、それでも多少の傷は覚悟しなければならないだろう。そんなことを頭の片隅で考えながら、Dユエは目を瞑りその場にしゃがみ込む。光球が当たる直前、彼の周囲に黒い稲妻が走り、全ての光球を弾き飛ばした。弾かれた光球は纏っていた炎を散らしながら消えていく。

 静かに目を開き、Dユエは立ち上がる。これ以上の強さの魔法は、流石に詠唱なしでは使えない。彼自身、こうしてここまでの魔法を詠唱せずに使えるようになるまで相当な時間が掛かった。それなのに、ルイは既に呪文の詠唱なしで技を発動出来ている。短期間で――どの程度かはわからないが、確実に彼よりも短い期間で技を発動出来るようになったのだ。魔力や天力、他のどのような力を使うのにも呪文は必須だ。……一体、彼女の力はどういうものなのだろうか。常々彼は疑問に思っていたが、理解出来ない何かの力、それこそ属性のない力としか今の所は言いようがなかった。


「この程度じゃお前には効かないか」


 わかっていたけれど、と苦笑を浮かべてルイは呟く。対峙するようにDユエの正面に立ち、どうやって彼を止めようかと思案する。先程の攻撃で少し牽制出来るかと考えていたが、今の彼の様子ではそんなことはなさそうだ。それなりに強い技を使ったつもりだったが、簡単に打ち消されてしまった。しかし、強過ぎる力を使えばDユエの身が危ないだろう。

 そんなことを考えるルイに対し、Dユエは溜息を一つ落とした。何処が『この程度』だと言うのだろう。自分の力がどういうものか、彼女は理解していない様子だった。

 やがて彼はくつくつと笑い始める。彼の記憶の限りでは、これ程までに強い存在など片手で足りる程度しかいなかった。その中の一人に、ルイは入っているのだ。

 急に笑みを浮かべたDユエを見て、ルイは不思議そうな表情を向けていた。その『それらしくない』顔が、また面白可笑しく感じた。


「貴様は本当に面白い存在だな」


 ルイの強さを感じると同時に、その力がどれ程のものか、試してみたい衝動に駆られる。今此処で彼女の力を測る方が、死に際のユエよりも興味を持った。その気になれば、ユエの命の灯など簡単に消してしまえる。恐らくは、否、力だけで比べれば確実に、ルイの方がユエよりも強い。自分と戦うには充分過ぎる程の力を、彼女は持っている。

 Dユエは短剣を持った手を静かに上げる。何をするつもりなのかと様子を窺うルイの顔が短剣の向こうに見えた。


「直接答えを出せばよいと言っていたが……それすら出せぬ内に攻撃されたら、貴様はどうする?」


 薄笑いを浮かべてそう呟いたDユエの手の中には、いつの間にか三本の短剣があった。彼が新しく短剣を出す様子はなかったのだが、短剣を握る手を軽く緩めた瞬間に、それは確かに三本に増えていた。

 目を見張るルイに向けて、Dユエは手にした短剣を投げる。我に返り瞬時に結界を張ったルイだったが、短剣は彼女に届くことなく、何故かDユエからそう離れていない所で動きを止めた。投げられた時のままの、刃を向けた状態で。何故止まってしまったのかと首を傾げるルイを他所に、Dユエは空中で静止した短剣の上に手を翳す。そして、大きく腕を振るった。

 直後、彼を取り囲むようにして幾つもの短剣が現れる。振るった腕の軌跡から、霧を集めて作られたかのようにして、突然現れたのだ。よく見てみれば、短剣は彼の背後にも、同じように円形に何列も並んでいた。それらは全て、ルイの方に刃を向けている。

 攻撃のチャンスがあったにも関わらず、ルイは大人しく様子を窺うだけで何もしなかった。命を奪い合うような、少しの油断も許せないような戦いというものは余り経験をしていないのだろう。ただただ驚いたような表情を浮かべて立っている彼女を見やり、Dユエはそう考えていた。

 周囲に浮かぶ短剣の内の数本を手にして、彼はルイの方に向き直る。先程彼女が張り直した結界は、短剣を受け止めた時のものとは違い、少し薄いように感じた。恐らく、短剣のような物理的な攻撃ではなく、魔法による攻撃を弾く為のものだ。それでも、投げられただけの短剣位は弾けるのだろう。そうでなければ、短剣を投げられたことに対してこのような結界は張らないはず。

 戦闘に慣れているのかいないのか、よくわからない奴だ――ルイの行動と考えを、Dユエは不思議に思う。一言で述べるなら、中途半端。本気を出す様子はなく、かと言って特別手を抜いている訳でもない。攻撃をされてその対処は出来ていても、容赦のない攻撃を自分からしないだけだ。

 ルイの行動に謎は残るものの、彼女が本気を出さないからと言って同じようにするつもりはDユエにはなかった。彼女が大怪我をしない程度に、間違っても殺してしまうことはない程度に済ませられればそれでいい。彼女の力量を知り、そしてどんなに彼女が強かろうと捻じ伏せる。どんな形であれユエに関わろうとする以上、彼女は障害になるだろう。邪魔をさせない為に、Dユエは彼女の相手をすることにしたのだ。

 手にした数本の短剣を、Dユエは勢いよくルイに向かって投じる。投げた側から周囲に浮かんだ短剣を手にしては再び放った。間隔を空けることなく次々と向かってくる短剣を、ルイは予想通り先程張った結界で弾いた。

 結界に意識を集中させつつ、ルイは心の中で小さく舌打ちする。正直、こうも多くの短剣を連続して投げられるとは思っていなかった。あくまでも最初の数本の短剣を受け止める為の結界だ、長くは持たないだろう。呆然と見ている場合ではなかったが、今更悔やんでも仕方がない。

 ルイは少しずつ後退る。結界が壊れてしまう前に、近くの木々の後ろへと隠れようと考えていた。一歩下がる度に、硝子の割れるような音――結界に罅の入る音が耳に届く。

 自分の身を隠せる程の太さの木に近付くと、ルイは急いでその後ろに隠れた。同時に結界が割れ、硝子片のようになって飛び散る。そしてそれは地面に落ちる前に霧散して、跡形もなく消えていった。

 木に寄り掛かってその様子を見ていると、背後の木に何かが刺さる音が数回聞こえた。それが投げられた短剣であることはわかっていた。Dユエはそれ以外の攻撃をしていないし、他に魔法を使おうとしている素振りも見せていない。それに、数本の短剣がルイの近くで、木に当たらず地面に突き刺さっていた。

 容赦がないな、とルイは溜息を吐く。連続して短剣を投げられていれば、避けるのに必死で呪文を唱える暇はない。攻撃をし返す所かもう一度結界を張ることも出来ないのだ。木の後ろにこうして隠れていなかったら、今頃は結界を壊されて滅多刺しにされていただろう。彼女は何本もの短剣が突き刺さるのを想像してから、考えなければよかったと後悔した。


「時間稼ぎをしなければやはり無理か?」


 嘲るようなDユエの声に、やかましいと呟く。誰が全く時間を掛けずに力を使うと言ったのか、自分はそんなことを口にした覚えはない。そう言葉を返そうとしたが、彼が近付いてくる気配と足音がしたので、そんなことを言っている場合ではないと思い直した。

 さて、どうするか。

 何本もの短剣が突き刺さった木の向こうを覗き込めば、片手で短剣を弄びながら余裕気な表情を浮かべているDユエの姿があった。彼の周囲には、あれだけ投げたにも関わらず少しも減っている様子のない短剣の数々が見える。全て彼の手の届く所に、しかし邪魔にならない範囲に浮かんでいた。何の考えもなしに近付こうものなら、数瞬の間もなく手にして放ってくるだろう。よく見ると幾つか旋回するように独りでに動いているものもあるが、あれは何なのか。そんな疑問は直ぐに解消された。彼が片手を振るうと、それらの短剣は一斉に切っ先をルイのいる木の方に向け、次々と飛んできたのだ。慌てて身を隠すと、先程と同じように木に突き刺さる音が聞こえた。

 投げられるだけでは済まないのか。これは面倒そうだとルイが思っていると、再びDユエの声が投げ掛けられた。


「いつまで隠れているつもりだ。……面白くない」


「本っ当に容赦がないなお前は! 何が『面白くない』だ、さっきと言っていることが違うじゃないか!」


 拗ねたような彼の呟きに、ルイは思わずそう口にしていた。誰のせいで隠れてやり過ごそうとしているのか、わかっているのかと。どうせ出て行ったら額に綺麗に当てるつもりだろうと問えば、其処まではしないと返された。確かにずっと此処に隠れているだけではどうにもならないことはルイにもわかっている。しかし、対策を立てなければ動こうにも動けない。

 ちらりと背後の木を見やれば、視認出来る範囲だけでも相当な数の短剣が刺さっていた。Dユエが近付いてきていることも考えると、そろそろ何か手を打たなければならない。さもないと、気付いた時には自分に切っ先を向けた短剣の数々に囲まれていた、ということにもなりかねないのだ。

 両手の間に静かに力を集中させ、小声で必要最少の詠唱を始めた。幸いにも、此処は森だ。多くの木が生い茂っている為、上手く利用すればDユエの攻撃を防ぐことはそれなりに出来るだろう。

 詠唱を終えたルイの左手に、小さな光の粒が集まり始める。それらを纏った手をぎゅっと握り締めて、彼女は自分の足元に視線を落とした。術を完成させていつでも放てるようにすると、ルイは足元に刺さっていた短剣を一本だけ引き抜き、右手に持つ。こうして武器らしい物を自分の意志で手にすることは初めてだった。ユエに貰った方の短剣は実戦では一度も使ったことがないまま、スカートのポケットにずっと入っている。光を反射する様から短剣の刃先が余程鋭利であることを察して、緊張から息を呑む。刃物を使うことが怖くないと言えば嘘になるが、怖がっている場合ではない。

 ルイは覚悟を決め、勢いよく木の陰から走り出す。Dユエの周囲を回るようにしながら木々の間を駆け抜けると、彼女の通った場所に次々に短剣が放たれる。少し遅いのか、ルイの長い銀髪に掠ることもないまま、短剣は硬い木の表面に突き刺さった。

 それならばと、ルイの向かうであろう方向を予測して、Dユエは放つ軌道を変える。走る彼女の少し前を狙って、腕を振るった。彼の手を離れた短剣は、真っ直ぐに飛んでいく。丁度ルイが今狙った位置を通る時に、彼女の目の前に突き刺さるように調整した。予想通り、ルイは狙った所へと走ってきた。自分の方へ向かってくる短剣に気付き、ルイは右手を大きく振るう。手にした短剣で飛んできたそれを弾くと、強い衝撃が走る。右手から短剣が滑り落ち、弾いたそれと共に地面に転がった。

 短剣を放った直後で、Dユエはまだ新しい物を手にしていない。一瞬でそのことを確認し、ルイは左手に完成させていた技を発動させる。左手に集まっていた光の粒が天の川のように広がり、流星の如くDユエの元へ降り注いだ。周囲に浮かんだ短剣に当たると小さな爆発を起こし、次々と壊していく。短剣だけでなく、Dユエ本人も狙って光の粒は降り注ぐ。だが、彼は焦る様子もなく、静かにその様子を眺めていた。

 何故避けないのかとルイが思った次の瞬間、Dユエに近付いた光の粒が突然消えた。爆ぜることもなく、彼の近くで全て消えてしまったのだ。

 よく見てみると、いつの間にか彼の周りには短剣以外の物が浮かんでいた。姿見よりはやや小さい何枚もの鏡が、彼を守るようにして立ちはだかっている。光の粒は細かな装飾が縁に施されたその鏡に、吸い込まれるようにして消えていた。

 突然のことに目を疑うルイに向かって、鏡の後ろから現れたDユエが再び短剣を放つ。慌ててそれを避けながら、彼女は思考を働かせる。あの鏡は一体何なのか、いつ召喚された物なのかと。自分の攻撃を弾いていない所を見ると、結界の一種という訳ではなさそうだと考えたが……。

 鏡面が俄かに光ったかと思うと、幾つもの光の粒が飛び出してきた。それも、自分がそれを放った時と全く同じように。予想外のことでルイは避けることも出来ずに、降り注ぐ光の粒に真面に当たってしまった。爆ぜた衝撃で軽く吹き飛ばされ、数メートル後ろに転がされる。そもそも自分で放った技であるが故にそれ程のダメージはなかったが、何が起こったのか理解出来ず、彼女は尻餅をついたまま暫し呆然としていた。


「俺が何者か忘れたのか?」


 驚きを隠せないルイの顔色を窺いながら、Dユエは問い掛ける。彼女が呆気に取られているのは、恐らくあの鏡が結界ではない為、攻撃を弾くことはないと考えていたからだろう。頭の片隅で、彼はそんなことを思った。

 鏡を出現させるのに、詠唱も何も必要ない。何故ならそれは、彼本来の性質の一つを使っただけのことなのだから。


「鏡は、何かを反射させるものだろう?」


 冗談じゃない――ルイは顔を引き攣らせる。彼女の視線の先で、Dユエは数本の短剣を片手に、不敵な笑みを浮かべていた。

やっつけ仕事感が若干ありますがご了承下さい。

弾幕で想像すると楽しい、かも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ