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鬼帝国編 11

 ユエ達が無事に外に出ると、街に繋がる城門の前でエミルやリュクス達が待っていた。戻ってきたユエ達の姿を見て、二人は安堵の表情を浮かべた。


「ちゃんと見付かったみたいで、よかったですわ」


「うん……協力してくれてありがとう」


 微笑みながらそう言ったユエの隣で、ルイはぺこりと頭を下げた。


「デヴィドが行方不明なの。逃げたのかもしれないわ」


 サリナに何か知らないかと問われ、ルイは記憶を探ってみる。だが、デヴィドに捕らえられていた覚えはあるものの、そこからユエに起こされるまでの記憶がない。

 何か、忘れているような気がする――それだけは感じていたが、何だったかは思い出せなかった。

 とりあえず城を出ようとユエに促され、ルイは彼の後ろを歩き始める。彼の様子が先程から何処かおかしいことに、彼女は気付いていた。何かあったのかと問い掛けたかったが、無駄なことだろうと直ぐに諦める。

 ユエは今、何か考えている様子だった。その内容については、ルイには心当たりも特にないのでわからない。ただ、問いを投げ掛けても上の空で返事をされることだけは確実だった。…自分の知らない間に、何かあったのだろうか。それとも、自分が何かしてしまったのだろうか。不安のようを抱えたルイはそんなことを考えながら、黙ってユエに付いて行く。

 ルイの考えていることを知らないユエは、彼女が困ったような表情で自分を見ているのを不思議に感じていた。だが問い掛ける気にもなれず、前を行くサリナ達の後を、黙って歩いていた。今のユエの頭はルイのことよりも、この国に現れたDユエのことでいっぱいになっていたのだ。

 ルイを見付けてから、Dユエらしき気配は今の所感じてはいない。たが、また何時現れるかもわからない。気配もその魔力も隠されてしまったら、急に彼が現れたときに対応出来ないかもしれないと考えていた。

 魔力、と呟いて、ユエはふと気が付いた。そう言えば、地下でDユエの魔力を感じたあの時、彼の魔力は以前にも増して強くなっていた。その代わり、城内で感じる魔力は少なかった。もしや、彼はこの城から発せられていた魔力の源を手に入れたのではないだろうか。


――何か、対策を考えないと……。


 Dユエのような強い闇属性の魔力に対抗するには、ユエの光属性の力では分が悪い。ルイの力は無属性だから、Dユエには充分対抗出来るだろうが、自分は……。

 ユエは溜息を落とす。自分が剣ぐらいでしかDユエと同等の戦いが出来ないことを、思い知らされた気がした。


「ユエ」


 ぽつりと呟くようなルイの声に、ユエは意識を現実に戻す。振り返ってどうしたのかと問い掛けると、ルイは小さく溜息を吐いた。


「此処で私に会う前に、誰かに会ったのか?」


「……」


 ユエは少し考えた後、黙って首を横に振った。ルイがもしDユエに会っていたとしたら、自分が何を考えているか感付くはずだ。彼女は恐らく、Dユエに会っていないのだろう。

 知らないのならその方がいい――彼女に、余計な不安を抱かせたくはなかった。


「何でもないんだ。ただ……」


 ユエの声が小さくなる。いつもと違う、ユエらしさの感じられない弱々しい声に、ルイは静かに耳を傾けた。


「……俺に守れるのかな、って。ルイのこと……今回、守れなかったから」


 ルイを本当の意味で助けたのは、ユエではない。中庭で感じた気配、ユエが来るまでルイを見守っていたあの気配は、間違いなくDユエのモノ。ルイを助け出したのは、十中八九彼だろう。

 唇を噛み締めて俯くユエを、ルイは暫くの間見つめていた。彼女の口からは、自分の不甲斐なさを責める言葉が出るとユエは思っていた。

 しかし、彼女が口にしたのは思いもよらない言葉だった。


「お前、バカなのか?」


「……え」


 顔を上げると、呆れたような表情を浮かべたルイの姿があった。目を瞬かせるユエの頬にそっと両手を当てると、強く引っ張る。

 痛い、と思わず叫んだユエに、ルイは少し顔を近付けた。


「何が"守れるかな"だ、お前らしくない!」


 困惑した表情を浮かべるユエに対し、ルイはそう言い放って手を放す。両頬をさすりながら、ユエは珍しく少し怒っているように見える彼女に視線を向けた。

 ルイは両腕を組むと、いいか、とユエに言い聞かせるように呟く。


「そもそも今回は私が油断していたせいで捕まったんだ。お前が気にすることじゃない。それに、お前はちゃんと助けに来てくれたじゃないか。私が無事なら、まあ怪我は多少あっても、命を守れたならそれでいい」


 お前はちゃんと守ってくれたよ、とルイは微笑んだ。

 ユエは暫くの間唖然としていたが、やがて彼女につられて笑う。


「そう……。ルイがいいなら、それでいいか」


「ああ」


 私を守ってくれなんて頼んだ覚えもないしな、とルイは呟いていた。

 確かに、ルイのことを守ろうとユエは勝手に決めていた。だが、彼にはどうしても彼女を守ってやりたい理由があったのだ。

 ルイの力は余りにも強過ぎる上に、彼女自身が天使であることを考えると、今回のようにもし彼女のことがばれてしまったら、誰もがどんな手を使ってでも彼女を手に入れようとするに違いない。彼女自身ではなく、その魔力を狙ってくるDユエのような奴もいるだろう。

 その時は、自分が守ってみせる――ユエにとって、ルイは大切な仲間である。彼女のことを今一番わかっているのは彼なのだ。隠していた秘密をユエが知っていることは、ルイが彼に信じ、頼っている証拠だ。

 だからユエはそれに応えるべく、ルイを守ろうと決めた。自分を信頼してくれる仲間を、彼にとって大切な人になろうとしている彼女を守ろうと。

 ユエは深呼吸をすると、夕暮れに染まる街並みに目を向ける。城門から出た先には、既に内戦からの復興を始めている人々の姿があった。数歩前を歩いていたエミル達は、そんな人々と共に散乱した瓦礫を片付けている。

 内戦はもう終わったんだな、とルイは安堵の表情を浮かべていた。彼女の方に少しだけ顔を向け、ユエは同意の言葉を述べようとした。

 だが彼の視線の先、細く暗い路地裏から何者かの殺気を感じると共に、黒光りする何かがルイを狙っていることに気が付いた。それが何なのかがはっきりする前に、ユエは動き出していた。

 素早くルイの背に腕を回し、彼女を抱き寄せる。この距離では長剣が役に立たないことを、ユエは感覚的に理解していた。彼は長剣ではなく、共に腰に差していた銃を思わず手にし、銃口を路地裏の方に向ける。エミルから聞いた使い方通りに引き金に指を掛け、安全装置を外した。

 銃声が鳴り響く。ユエが撃った為に鳴ったものではない。ルイを狙っていた黒光りする銃口が、火を吹いたのだ。

 ユエの頬を魔力の塊である銃弾が掠めていった。彼は少し目を細め、銃弾が飛んで来た方に狙いを定める。

 引き金を引こうとした瞬間、彼の耳に悲鳴にも似た叫び声が届いて来た。


「ユエ、やめろ!」


 必死なルイの声に、ユエは我に返る。びくりと震えた手から銃が滑り落ちたが、暴発することはなかった。地面に落ちた銃は、乾いた音を立てて転がった。

 銃を取り落としたユエの腕の中で、ルイは両手の間に力を溜めていた。ユエが銃を構えるのとほぼ同時に、ルイも背後から感じる気配に気が付いていたのだ。詠唱をしていたのでは間に合わないと咄嗟に判断した彼女は、最早呪文もなしに技を完成させた。呪文の詠唱など、あくまで技を発動する為の儀式に過ぎない。力が強ければ、余程その技を使いこなせているのであれば、呪文なしでも力を使うのは可能だ。

 ルイは両手の間に出現させた幾つもの氷の刃を、素早く路地裏に向けて放つ。風を切る音が数瞬続いた後、路地裏の方から数人の男達の叫び声が聞こえてきた。手加減はしてあるので、男達が死ぬことはない。

 発砲音にも気付いていたのだろう、叫び声がしてから直ぐにサリナ達が路地裏に走って向かっていた。軍人である彼女達が向かったなら大丈夫だろう。

 自分を狙っていたのはデヴィドの部下だろうと、ルイは知っていた。自分をこのタイミングで狙ってくるのは、彼奴しかいない、と。

 ルイは溜息を一つ落とすと、その場に座り込んで俯いているユエに視線を向けた。彼女が技を使った時、ユエは呆けたように抱えていた彼女の身体を放し、そのままへたり込んでしまっていた。


「……ユエ」


 顔を上げないユエに視線を合わせる為に、ルイは彼の横にしゃがみ込む。大丈夫か、と声を掛けると、彼はゆっくりと頷いた。

 彼が銃を持ち出したのは、咄嗟に反応してしまった結果だったのだろう。我に返ったユエは、今になって後悔している。ルイにはそう思えた。


「何で撃とうとしたんだ。その銃、魔力が関係しているんだろう?撃ったらどうなるか、お前ならわかっているはずだ」


 ユエは再び力なく頷いた。

 魔力を原動力として動く銃。本来それを使う為に国中に溢れていた魔力は、今は殆ど薄れて感じない程になっている。しかし、銃を手にしたユエの隣には、強い魔力を持つルイがいたのだ。銃から放たれた力がどのようなものになるかは、容易に想像出来る。


「……ごめん」


「謝らなくていい。……止めて正解だったな」


 ぽつりとそう呟くと、ルイは地面に転がった銃を拾い上げる。触れた瞬間、自分の魔力が吸い込まれるのがわかった。


「ユエ、聞いてくれないか」


 ルイがそう声を掛けると、ユエは少しだけ顔を上げた。


「私は誰かが傷付くのは見たくない。それが敵であっても、誰かが死ぬのは嫌だ。…何より、お前に誰かを傷付けることなんてしてほしくない」


 だから、もうあんなことをするのはやめてくれないか。ユエの顔を覗き込みながら、ルイはそう呟いた。

 ユエは暫くの間黙ったままだったが、不意に彼女の方に顔を向けた。彼は苦笑を浮かべていた。


「うん。……ごめんね」


「もういいんだ。わかってくれたなら、それで。……それにお前、さっき自分で言っていたじゃないか」


「え?」


 ルイは微笑みながら、ユエの頬を指で軽くつついた。


「守れなかったって言っていただろう?お前は私のこと、守ろうと思っていてくれたんだな」


「……うん」


「だったら、お前がすべきなのは誰かを傷付けることなんかじゃない。私を守ることじゃないのか?」


 お前の手は、守る為にあるんだから。ルイのその言葉が、ユエの中に木霊した。何度も何度も、言い聞かせるように彼女の言葉を自分の中で繰り返す。

 やがてユエは、そうだね、と呟いて頬をつついていたルイの手を握り締める。両手でしっかりと抱え込んだ彼女の手を額に当て、目を瞑った。


「ルイ。……約束する。今度は、絶対に守ってみせるから」


「……ありがとう」


 顔を綻ばせてそう口にしたルイに、ユエも微笑み返す。そんな二人を包み込むように、魔力を含まなくなった清涼な風が吹いていった。

 それは、この国の争いの終結を象徴していた。


 * * *


 フレスティーノ国を囲う森林の一角で、デヴィドは狙撃失敗の報告を受けていた。せめて深手を負わせてこの国に留めさせておこうと考えてのことだったが、失敗してしまったのでは逆効果だろう。いつまでも残ることに危険を感じ、直ぐにでも移動してしまうはずだ。国を出られたら、山林の中でユエ達の後を追うのは難しいだろう。

 デヴィドは失敗の報告を伝えてきた部下を下がらせ、これからどうしようかと思案する。暫くは近くの国に留まり、自国が落ち着いてほとぼりが冷めた頃に戻るのが得策だろう。

 一先ず近くの国を目指そうと、引き連れてきた部下に指示を出す。

 その時だった。


「――見付けた」


 静かな声が聞こえ、デヴィド達は声のした方を向く。赤い髪の少年が、右手に長剣を握り締めて歩み寄ってきていた。

 見覚えのあるその少年の姿に、デヴィドの表情が変わる。目を細めて少年を睨み付けた。

 少年は口角を吊り上げ、小首を傾げながら尋ね掛けた。


「何故俺が此処に来たと思う?」


「そんなものは、知らん」


 そうデヴィドが口にした瞬間、銃を構えていた部下達が一斉に発砲した。だが、少年は取り乱すことなく何ごとか呟き、剣を持たぬ手を掲げた。少年を囲むように光の幕が現れ、それは放たれた銃弾を次々と跳ね返す。

 銃が効かないと気付かされた部下達が怯んだその隙を見て、少年は地を蹴り跳躍した。デヴィドの前に並んだ部下達の集団の中に着地すると、素早く長剣を振るう。一瞬の静寂の後、部下達は次々と身体から血を噴き出して倒れ込む。その様子を見て逃げ出そうとした者も、少年は容赦なく切り捨てた。

 全ての部下が倒れ伏したのを確認すると、少年は辺りを見回す。部下達の相手をしている間に、デヴィドは逃げ出したようだった。

 少年は黙ったまま周囲の様子を見ていた。ふと、妙な気配を察知して其方に目を向ける。

 直後、少年の直ぐ横の木の幹に風穴が開いた。少年が一歩分身体をずらした為に、気配のした方から飛んできた銃弾は木を貫いたのだった。

 少年は気配を感じた方へと走り出す。幾つかの木の向こうにデヴィドの姿を見付け、手にした長剣をきつく握り締めた。

 突然向かってきた少年に咄嗟に反応出来ず、デヴィドは少年が振り下ろした剣に腹部を切り裂かれ、傷口を押さえて力なく地面に膝を着く。致命傷にはなっていなかった。

 わざと本気で剣を振るわなかった少年は、その場に頽れたデヴィドの顔に長剣の切っ先を突き付けると、静かに口を開く。


「一つ聞かせてもらおうか。貴様に"天使"の存在を教えたのは誰だ?本当にいるかもわからないというのに、何故信じた?」


 デヴィドは呼吸を荒げながら、少年がどうしてそんなことを尋ねるのかと疑問を抱いていた。早く答えろと言いたげに、少年は切っ先を少し近付けてくる。

 呼吸を落ち着けながら、デヴィドはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……異国の魔導士からの、情報だ。翠色の長髪の男……」


 少年の顔が、僅かに強張った。彼の脳裏には、よく知った男の姿が過ぎっていた。

 彼の反応を不思議に思い、デヴィドは向けられた長剣の向こうに見える彼の様子を見る。長い前髪の奥で、少年の血の色をした瞳が揺れていた。

 今なら反撃出来る――そう感じたデヴィドは、懐に隠していた銃に手を伸ばす。

 しかし、その前に少年が再び口を開いた。


「――それだけ聞ければ充分だ」


 少年の振るった長剣が、空中に鮮血の軌跡を作り出す。彼の足元に、切り落とされたデヴィドの頭部が転がった。

 目を細めながらその様子を見て、少年は呟くように言葉を口にした。


「幾つか、いいことを教えてやろう。貴様が失敗した理由は、ルイに直接手を出したからだ。彼女の一番の利用法は、彼女の力を彼女以外に使わせようとすることではない。彼女の力は、彼女にしか使えない。……そして、ユエや俺の存在を考慮していなかったのも原因の一つだ」


 所詮貴様にはどうにも出来ない力だ、と言いながら、少年はくつくつと笑い出す。


「今回は貴様のせいで少々予定が狂ったが、さほど問題はない。安心しろ、あの黒水晶――いや、魔力の塊か。あれは俺が有効に使わせてもらうからな」


 デヴィドに踵を返し、少年――Dユエは鮮血に濡れた長剣を片手に、森の奥へと姿を消した。

 最後に、一言だけ残して。


「ユエ、俺はもう直ぐ動くが……お前に、何が出来るだろうな」

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