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鬼帝国編 9

 目の前に現れたDユエの存在に、ルイは驚きを隠せなかった。何故彼が此処にいるのだろう、と思いながら、彼女はしきりに目を瞬かせる。

 Dユエはルイを一瞬だけ見たが、すぐにデヴィドに視線を移した。そして、右手に握っていた長剣を素早く振るう。喉元を捉えた切っ先が刺さるか刺さらないかのところで、デヴィドは一歩下がって長剣を避けた。

 漸く肩を解放され、ルイは痛む其処を押さえながら二人の様子を窺う。Dユエは尚も長剣を振るい、デヴィドをルイから遠ざけようとしている様子だった。本気になれば、Dユエがデヴィドを何時でも斬れるということはわかっている。それなのに、今はただ威嚇するように長剣を振るうだけだった。

 ふと、Dユエは動きを止め、視線を上げた。ルイもつられて見てみたが、その先には何もない。

 長剣を仕舞うと、Dユエは再びデヴィドの方を見て、呟くように言った。


「あと五秒」


「…何を…?」


 彼の行動を理解出来ないルイはそう問い掛けたが、彼の口から答えは返って来なかった。彼はただ、秒数を逆に数えていくだけだった。

 そして、彼が「ゼロ」と呟いた瞬間、大きな音と振動がその場にいた全員を襲った。建物全体が大きく揺れている。丁度、二度目の砲撃が城に撃ち込まれたのだった。

 衝撃で部屋の壁に亀裂が入る中、衛兵が駆け込んで来た。そして、デヴィドに報告する。どうやら、国王の方は革命軍により制圧されたようだ。じきに、此処にも革命軍はやって来るだろうという話だった。

 報告を聞き、デヴィドは何度かルイと衛兵を見た後、衛兵が来た方へと歩き出す。Dユエはそれを止めようとはしなかった。

 部屋を出た直後、デヴィドは一度振り返ると、黙って床に手を着いた。一言二言呟くと同時に、床に大きな亀裂が入る。周囲の床やを壊すほどの突風がルイ達を襲った。思わず目を瞑ったルイの前に立ち、Dユエは僅かに目を細める。そして、静かに片手を前に向けた。

 ルイは、突風が急に力を失ったように感じた。Dユエの前に風の壁が出来ているかのように、自分達の方に向かって来なくなったのだ。床へ入って行く亀裂も少なくなり、やがて風は消滅した。

 その間にデヴィドは逃げてしまったようだ。その姿を消した通路の方をDユエは見詰めていたが、直ぐにルイに視線を移す。少し不安そうな表情を浮かべる彼女に近付き、彼女の顔を覗き込むようにして座り込んだ。


「まさかとは思っていたが…」


 独り言のように呟きながら、彼は視線をルイの背の方に向ける。鮮血に赤く塗れた白い翼が、物珍しかった。

 ユエの姿を写し取ったときに、彼はユエの記憶の一部も写し取っている。ルイのことは当然知っていたが、それでもこうして実際に天使であると確認出来なければ、到底信じられない気持ちがあった。

 Dユエは静かに手を伸ばす。瞬間、ルイが怯えたような表情を見せた。だが、彼女は逃げようとはしない。否、翼を縫い止められて逃げられないのだと、彼にはわかっていた。


「…少し痛むかもしれないが、そのまま動かないでくれ」


 ルイは困惑する。何をするつもりなのかと問い掛ける前に、Dユエは立ち上がり、ルイの背後に回った。そして、翼を縫い止めている針に触れ、ゆっくりと引き抜く。鈍い痛みが走り、ルイは思わず小さく声を漏らした。

 Dユエは黙って針を抜き続ける。赤い血に染まった針は、抜くとすぐに空気に溶けるように消える。魔力で形作られた針は、その力をDユエに吸い取られ、形を失っているのだった。

 全ての針を抜き終えると、彼はまだ血の滲む翼に触り、静かに目を閉じた。彼が何か呟くと同時に、彼の手の平に光が集まり始める。淡い赤色を帯びた光に照らされると、傷口は塞がらなかったが、流れ出ていた血は止まった。


「生憎、治癒魔法は必要としないから使えない。…血止めだけはしておいた」


 言いながら、彼はルイの前に跪き、手にした指輪を差し出す。それは確かに、デヴィドに抜き取られてしまったルイの指輪だった。

 何時の間に奪い返したのだろうか。疑問に思うルイの手を取り、Dユエは彼女の細い指に指輪を嵌める。指輪が一瞬眩い光を放つと、ルイの背から翼が消えた。彼女の力が、指輪によって再び封じられたのだ。

 安堵の息を吐いたルイを、突然の目眩が襲った。無理に力を使った反動が、彼女の身体に重くのし掛かった。

 ふらりと床に倒れ込んだルイを、Dユエが優しく抱き上げる。ルイの身体を、今度はまた別の何かが襲う。強い魔力を受けたときと同じ、独特の気分の悪さや頭痛を感じた。


「…お前…魔力、が…」


「ああ、気付いたのか。ここに来る前に色々あってな。…辛いのか」


「少し…」


 ルイが目を伏せてそう言うと、Dユエは短く「そうか」と呟いた。

 疲れたように寄り掛かり、ルイは目を閉じる。いつもなら彼に身を任せるようなことはしたくなかったが、今は不思議と、彼が何もしないような気がしていた。根拠のない安心があったのだ。

 部屋中に亀裂が入っているのを見て、Dユエはルイを抱えたまま出入り口の方へと歩き出す。

 ふと足を止め、彼は一度振り返る。部屋の中に散らばったルイの羽根を、彼は少しの間黙って見ていたが、やがて片手を部屋の中へと向けた。手の平から幾つもの火の玉が飛び出し、散らばった羽根を焼き始める。


――此処に、ルイがいた形跡を残してはいけない。


――彼女の存在を、知られてはならない。


 それは、Dユエがユエから受け継いだ意志だった。彼女を他の者から守らなければならないのは、理由は違えどもDユエも同じ。

 崩れ始めた地下から地上を目指し、Dユエは再び歩き始めた。

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