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鬼帝国編 6

 暫しの沈黙が訪れ、ルイはただただ黙ってデヴィドの方を睨むように見つめていた。彼は恐らく、いや確実に羽根の秘密を知っているのだと、ルイは直感した。

 手にした羽根を弄びながら、デヴィドは片方の眉を上げ、ルイの反応を窺っていた。


「もしこれが、本当に天使の羽根であれば…我が軍の為に有効に活用するつもりだ。天使そのものを見付け出し、研究する。その力を得れば、我が軍は益々力を増すのだから」


「…仮にその羽根が本当にそうだとして…天使などという不確かな存在を、簡単に捕まえられると思っているのか」


「簡単だ。天使かどうか確かめる方法もある」


 そう答えると、デヴィドはすっと片手を上げた。それを合図に、何時の間にいたのか、二人の軍人がルイを捕らえ、彼女を無理矢理檻から連れ出す。少し前方を歩き出したデヴィドに続き、ルイも軍人に連れられて其方へ向かう。

 一歩踏み出すごとに、ルイは激しい眩暈とどうしようもない吐き気を感じた。視界が覚束なくなる。何処へ向かっているのかはわからないが、嫌な予感がしていた。

 やがて辿り着いたのは、無機質な鉄の扉の前。その向こうからは、今まで感じたことのない程、強大な魔力が感じられた。

 ルイの頬を、冷たい汗が伝う。この先に行ってはいけないと、本能が告げていた。


「この向こうに、今やこの国の支えとなっていると言っても過言でない物がある。予想はついているはずだ」


「…魔力、か」


 ルイの言葉に、デヴィドは返事をする代わりに、扉を開けて見せた。


「ただの衛兵ではこの国を守れない。だから強大な魔力を使える軍人が必要になる」


 少しずつ、頭痛が酷くなる。強大な魔力は、確実にルイの身体にダメージを与えていた。内側に溜まっていく魔力を感じながら、ルイは一刻も早く此処から離れなければと思っていた。

 開かれた扉の向こうから、一気に魔力による強大な波動が流れ出す。魔力はあまりの濃度に黒い霧となって、ルイの視界にもはっきりと映った。黒い霧であることから、この魔力は闇属性のものであると、彼女は察する。

 感じる魔力は強大だったが、開かれた扉の向こうには、手の平に収まる程の大きさの黒い水晶があるのみだった。不規則な形に割れたそれは宙に浮かび、時折鈍い光を放っている。水晶の下には魔法陣があり、紫色の光を放っていた。

 ルイの心臓が、一際強く脈打った。ぐらりと視界が揺れ、足元がふらつく。

 大きく態勢を崩した彼女を、軍人二人が半ば押さえ込むように支える。


「もういい、連れて行け」


 引き摺られるように扉の前から離されたルイは、その場に座り込み、震える手で口元を押さえていた。

 腕を引き上げられ、ふらふらと立ち上がる。

 そのまま再び連れて行かれ、気付けばルイは、広い部屋の中にいた。半円を描いて広がった天井や、俯いていて視界に入ってくる床は真っ白で、以前彼女がいた、天界の研究所が思い出された。

 部屋の中央の方まで来ると、軍人はルイを離し、部屋の隅の方に待機していた。支えを失い、ルイは再び座り込む。


「立て」


 頭上から降ってきたデヴィドの声に、ルイはゆっくりと顔を上げた。

 デヴィドは彼女から数歩離れた所に立ち、彼女を見下ろしていた。ルイがふらつきながらも立ち上がったのを確認し、彼女に近付いてその左手首を掴んだ。


「あれだけの魔力を取り込んだはずなのに、浄化された力が発生していないな。天使というのは本来、闇属性の魔力を取り込んで体内で浄化し、専らその光属性に変化した力を、自らの力として放出すると聞いたが…まさか、お前はハズレか?」


 何を言っているのだろうと、ルイはデヴィドの方を睨み上げながら、呆然と考えていた。

 不意にデヴィドがルイの左手を見て、片眉を上げた。


「…その指輪は何だ。魔法か何かで、封印が施されているようだな」


 そう言うなり、デヴィドは指輪に手をかけ、無理矢理ルイの指から抜き取ろうとする。慌ててルイは手を離そうとするが、彼女の力では無理だった。


「やめっ…離せ!」


 必死の抵抗も虚しく、あっさりと指輪を抜き取られてしまう。マズい、と思うルイの心臓が、一際大きく脈打った。


「…やはり封印がしてある。これで力を封じていたらしいな、お前は」


 その声が、やけに遠くから聞こえたような気がした。背中が熱いと感じる。早く此処から離れなければ、またあの羽が暴走したら、此処にいる者の命を一人残らず奪いかねない。

 焦るルイの心情を知らないデヴィドは、早く力を解放するようにと、彼女を急かす。

 力を封印する為の指輪が抜き取られてしまった今、少しでも気を抜こうものなら確実に力を暴走させてしまうと、ルイは理解していた。ユエがいれば、再び彼の力を以てして羽の暴走も、抑えきれない彼女の力も封じることが出来るが、この場に彼がいない以上、自力でどうにかするしかなかった。

 次第にルイの背から恐ろしい程の熱が発せられ、空気が揺らめき始めた。抑えられていた力が、熱となって放出されているのだ。

 必死に耐えていたルイだったが、有り余る力は抑えきれなかった。

 悲鳴にも似た叫び声と共に、ルイの背から真っ白な二枚の翼が現れる。光を受けて、羽根は銀色に輝いていた。その二枚の翼の間から、それと同じように真っ白な、あの骨だけの三枚目の翼が生えていた。

 三枚目の翼は周囲に人間がいることを察知し、大蛇が鎌首を曲げるように折れてから、ルイの目の前に立っていたデヴィドに襲いかかろうと、その鋭く尖った先端を勢いよく突き出した。

 だが、デヴィドは動じなかった。余裕からか、笑みすら浮かべている。

 ルイがその反応に疑問を抱く前に、何かが破裂するような音が彼女の耳を震わせ、同時に鋭い痛みが彼女を襲った――。


 * * *


「…まさか、このような所にこういったモノがあるとはな」


 少年は、目の前に浮かぶ黒い水晶を見て、感嘆の溜息を吐いた。

 彼の周囲には血の海が広がっていて、その中には何人もの人間が倒れ伏していた。――少年の手によって、既に事切れた人間達が。皆、少年が此処に来たとき、彼を敵と判断し襲い掛かって来た衛兵や軍人達だ。だが、少年に掠り傷一つ負わせることも出来ず、逆に全滅という結果となってしまった。

 自分を襲った者を一切の容赦もなく切り捨てた少年は、魔力を宿した黒水晶に手を伸ばした。彼の手が触れると、黒水晶の下にあった魔法陣は消え、黒水晶は彼の手の中にゆっくりと落ちる。


「さて、次は…」


 黒水晶を亜空間に仕舞うと、静かに目を閉じて意識を集中させる。そう遠くない所に、よく知った力を感知し、目を開く。


「…地下か」


 少年は踵を返すと、爆破されたように歪み、大きく穴の空いた壁を潜り抜け、広々とした廊下に出た。灯りとなるものがない為、廊下は暗かった。周囲の様子を確認しながら数歩進んだ所で、彼は足を止める。

 彼を取り囲んでいたのは、何人もの軍人と衛兵。全員武器を構え、じりじりと彼の方へと迫ってくる。少年に近付いてその姿をはっきりと確認すると、皆一様に驚愕の表情を浮かべた。


「例の脱獄者の一人だ、捕らえろ!」


 かけ声と共に、軍人と衛兵は一斉に少年に向かって走り出す。

 だが、少年は動じる様子もなく長剣を召喚すると、襲い掛かって来た軍人達を次々に切り捨てた。


「…その程度の力とはな。無駄なことを…」


 赤い髪をどす黒い赤に染めながら、彼は笑った。



「俺の何もかもがユエと同じだと思わぬことだな」




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