断罪された悪役令嬢は、魔王様と恋をする
目を止めていただきありがとうございます。
さくっと読める短編
【典型的なドアマットヒロインが溺愛される話】
【お望み通り悪役令嬢になって差し上げます】
【悪役令嬢は白銀の老紳士と結婚したい!】
も、よろしくお願いします!
「アデライード・フォン・ローゼンベルク。君との婚約を破棄する!」
王立学院の卒業式。
国中から貴族が集まる大広間に、その声が響き渡った。一瞬で空気が凍りつく。
壇上に立っていたのは、この国の第一王子――レオンハルト・アストレア。
そして、その隣には一人の少女がいた。
淡い桃色の髪に、涙で潤んだ瞳。
男爵令嬢のエミリアである。
そして、レオンハルトの正面に立っているのが、公爵令嬢アデライードだった。
銀色の髪に、冷たい青い瞳。
誰もが認める美貌と、王国でも五本の指に入るほどの魔力を持つ少女。
そして、王太子レオンハルトの婚約者であった。
本来ならば、彼女は今日王太子妃としての地位を正式に認められるはずだった。しかし。
「君はエミリアを虐め、階段から突き落とし、さらには毒まで盛ったそうだな」
「……身に覚えがございません」
「まだ言い逃れをするのか!」
レオンハルトが怒鳴る。
アデライードは、静かに彼を見つめた。
その瞳には怒りも涙もなかった。
ただ、深い失望だけがあった。
「証拠は?」
「エミリアが証言している」
「それだけですか?」
「彼女が嘘をつく理由などない!」
「ございます」
アデライードは淡々と答えた。
「殿下に気に入られたい、という理由が」
「貴様……!」
レオンハルトが顔を赤くする。
周囲から、ひそひそと声が漏れた。
けれど、アデライードには分かっていた。
もう何を言っても無駄なのだ。
婚約者である自分より、出会って数か月の男爵令嬢を信じる。
それが、彼の選択なのだから。
「アデライード。君を王都から追放する」
レオンハルトが宣言した。
「そして、二度と王国へ戻ることを禁ずる」
大広間がざわめく。
公爵令嬢を国外追放。
それは、事実上の社会的な死だった。
「……承知いたしました」
アデライードはドレスの裾をつまみ、優雅に礼をした。
「では、最後に一つだけ」
「何だ」
「殿下」
アデライードは微笑んだ。
「どうか、お幸せに」
その言葉に、レオンハルトは何も返さなかった。
その日。
アデライード・フォン・ローゼンベルクは、すべてを失った。
家名、婚約者、未来
そして、愛していた人。
けれど、彼女はまだ知らなかった。
この日から始まる人生のほうが、今よりずっと幸せになることを。
◆
アデライードが追放された先は、王国の北、人間の領域と魔族の領域を隔てる、深い森だった。
馬車を降ろされた彼女は、一人で森の中へ歩き出した。
「……寒い」
息が白くなる。
ドレス一枚では、あまりにも寒かった。
それでも戻ることはできない。
戻れば処刑される。
進むしかなかった。
やがて、雪が降り始めた。
視界が白く染まる。
足元がふらつく。
もう一歩も歩けない。
そう思った瞬間だった。
「そこで何をしている?」
低い声が響いた。
アデライードが顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
黒い髪。
紅い瞳。
人間離れした美貌。
そして、頭から伸びた二本の角。
「……魔族」
アデライードが呟く。
男は眉を上げた。
「そうだ」
「……あなたが、魔王?」
「なぜ分かった?」
「その角と魔力です」
男は面白そうに笑った。
「なるほど。肝が据わっているな」
普通の人間なら、魔王を目の前にして腰を抜かす。
しかしアデライードは違った。
彼女にとっては、今さら死ぬことなど怖くなかった。
「殺すなら、どうぞ」
「……」
「もう、失うものなどありませんから」
男の表情から笑みが消えた。
「人間」
「はい」
「名は?」
「アデライード・フォン・ローゼンベルク」
「公爵令嬢か」
「元、ですが」
「なぜ追放された?」
アデライードは少しだけ黙った。
そして答えた。
「婚約者に、別の女性を愛していると言われました」
「それだけか?」
「濡れ衣も着せられました」
「なるほど」
魔王はアデライードをじっと見た。
そして突然、彼女の前にしゃがみ込んだ。
「立てるか?」
「……もう少しだけなら」
「嘘だな」
「……」
「足が震えている」
魔王は彼女を抱き上げた。
「きゃっ……!」
「暴れるな」
「降ろしてください!」
「嫌だ」
「なぜ!」
「死にかけた人間を森に放置するほど、俺は冷酷ではない」
「魔王なのに?」
「魔王だからといって、何でも殺すと思うな」
彼はそう言って歩き出した。
腕の中で、アデライードは呆然としていた。
生まれて初めてだった。
誰かに守られたのは。
◆
魔王城は、アデライードが想像していた場所とはまるで違った。
巨大な城ではあった。
しかし、使用人たちは皆親切で、食事も温かい。
何より驚いたのは――魔王本人だった。
「アデライード、食事は?」
「いただきました」
「薬は?」
「飲みました」
「寒くないか?」
「大丈夫です」
「本当に?」
「……はい」
魔王は、何かと彼女を気にかけた。
最初こそ警戒していたアデライードだったが、次第に分かってきた。
この男は、不器用なだけなのだ。
そして、とても優しい。
ある日、アデライードは庭園で魔族の子供たちと遊んでいた。
「アデライード様!」
「一緒に魔法使おう!」
「ええ、いいですよ」
彼女が笑うと、遠くから魔王が見ていた。
側近が尋ねる。
「陛下」
「何だ」
「アデライード様を見すぎでは?」
「……そうか?」
「一日中見ています」
魔王はしばらく黙った。
「……人間の女を好きになるのは、おかしいか?」
側近は絶句した。
「……はい?」
「聞いたことがある。人間は、好きな相手を見ると胸が苦しくなるらしい」
「陛下、それは恋です」
「これが?」
「おそらく」
魔王はアデライードを見た。
彼女が笑っている。
その瞬間、胸の奥が温かくなる。
「……そうか」
魔王は小さく呟いた。
「俺は、あの女が好きなのか」
◆
一方、人間の王国では異変が起きていた。
アデライードがいなくなったことで、王国の結界が弱まり始めたのだ。
実は、王国を守っていた巨大な魔法陣を維持していたのは、アデライードだったのだ。
彼女の魔力は、実質王国で最も強かった。
しかし、彼女が追放されたことで結界は崩れ始める。
魔獣が国境を越え、人々が襲われる。
それでもレオンハルトは認めなかった。
「アデライードがいなくても問題ない!」
しかし、エミリアが聖女として持ち上げられたことで、さらに事態は悪化した。
彼女には、聖女の力などない。それどころか、身を守る術すらろくに持たない、ただの少女だったのだ。
やがて王国は知る。
自分たちが追放した少女こそが、国を守っていたのだと。
◆
ある夜。
アデライードは魔王城の屋上にいた。
満月が空に浮かんでいる。
「綺麗ですね」
「そうだな」
隣には魔王がいた。
「アデライード」
「はい?」
「お前は、人間の王国へ帰りたいか?」
彼女は少しだけ考えた。
「……以前なら、帰りたかったと思います」
「今は?」
「帰りたくありません」
魔王が目を見開いた。
「なぜ?」
アデライードは彼を見上げた。
「ここには、私を必要としてくれる人がいるからです」
魔王は黙っている。
「それに……」
「それに?」
「あなたがいますから」
魔王の紅い瞳が揺れた。
「アデライード」
「はい」
「俺は、お前を愛している」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
アデライードは目を見開く。
「私は……」
「返事は急がなくていい」
魔王はそう言った。
「お前が傷ついたばかりなのは知っている」
「……」
「だから、俺は待つ」
その言葉に、アデライードの胸が熱くなった。
かつての婚約者は、自分を信じてくれなかった。
けれど、この人は違う。
自分の気持ちを急かさない。
自分を所有しようとしない。
ただ、待つと言ってくれた。
「魔王様」
「何だ?」
「私も……あなたを愛していると思います」
「……本当か?」
「はい」
「後悔しないか?」
「しません」
アデライードは微笑んだ。
「あなたとなら、どこへでも行けます」
◆
数年後。
魔族の国で、一つの盛大な結婚式が開かれた。
花嫁は、かつて悪役令嬢と呼ばれた人間。
花婿は、魔族の王。
二人は種族の違いを越えて結ばれた。
式の途中、アデライードは遠くに人間の使者たちを見つけた。
その中には、かつての婚約者もいた。
レオンハルトは何も言わなかった。
ただ、頭を下げた。
アデライードも、それ以上は何も言わなかった。
もう過去に戻る必要などない。
隣には愛する人がいる。
「アデライード」
「はい」
「幸せか?」
魔王が尋ねる。
彼女は笑った。
「はい。とても」
そして、彼の手を握る。
「魔王様と恋をするなんて、断罪されたあの日には想像もしていませんでした」
「俺もだ」
「では、これからも想像できないような未来を作りましょう」
「喜んで」
魔王は彼女の手の甲に口づけた。
かつて彼女を悪役令嬢と呼んだ者たちは、もういない。
彼女を必要としなかった王国も、もうどうでもいい。
アデライードは今、世界で一番愛する人の隣にいる。
断罪された悪役令嬢は、誰よりも優しい魔王様と、恋をした。
そして二人は、これから先永遠に幸せに暮らしていくのだった。




