第6話「隠された羞恥のステップ」
日が完全に落ち、窓の外は漆黒の闇と海風が吹き荒れる冷たい夜の領域へと変わっていた。
浴槽の湯を落とし終えた部屋の中は、ストーブの熱気とバイオガスランプのオレンジ色の光に満たされ、外の厳しい寒さを完全に遮断していた。
アルフレッドは湯上がりの赤い肌を隠すように、俺が手渡した古い作業着に袖を通していた。
俺よりふたまわりは細い彼にとって、その分厚い綿の服はあまりにも不格好で大きく、肩のラインはずり落ちて袖の先が完全に手を覆い隠していた。
天上の布地とは比べ物にならないほど粗く固い繊維が彼の肌を擦るたびに、微かな摩擦音が静かな部屋に響いた。
しかし、その不格好なドレスに包まれた彼の姿は、太陽の光をたっぷり吸い込んだ布の匂いと俺自身の生活の匂いに包まれ、不思議なほどに周囲のガラクタの景色に馴染んでいた。
『ひどい格好だが、悪くねえ』
俺はストーブの上の鍋を火から下ろし、部屋の隅に置かれた古い機械の塊へと歩み寄った。
それはゴミ山から拾い集めた部品を繋ぎ合わせて修理した、前世代の手回し式蓄音機だ。
真鍮製のラッパ型のスピーカーはあちこちがへこみ、緑青が浮いているが、中のぜんまいと歯車は俺が丁寧に油を差して調整してあった。
俺は側面のハンドルを重い音を立てながら何度か回し、すり減ったレコード針を黒い円盤の上に慎重に落とした。
チリチリというノイズ音に続いて、古びた弦楽器の音色と、くぐもった打楽器のリズムが部屋の空気を震わせ始めた。
決して美しい音質ではないが、その傷だらけの音色は、この泥に塗れた島で生きる俺たちの呼吸のリズムに妙に合っていた。
アルフレッドは驚いたように蓄音機の方へ視線を向け、ぶかぶかの袖口から白い指先を少しだけのぞかせて音の鳴る方向を指さした。
「これは、音楽なのか。聖域で流れる水晶の調べとはまるで違う、ひどく土臭い音がする」
彼の声には非難の色はなく、純粋な好奇心と、未知の刺激に対する高揚感が含まれていた。
「水晶の音なんか、腹の足しにもならない。こういう泥臭いリズムの方が、血の巡りが良くなるってもんだ」
俺は蓄音機から離れ、音楽のテンポに合わせてつま先で軽く床を叩き、リズムを刻み始めた。
アルフレッドは俺の動きを目で追いながら、自らの足元へと視線を落とした。
彼はゆっくりと立ち上がり、裸足のまま鉄板の床を踏みしめ、音楽のリズムに合わせて体重を左右に揺らし始めた。
その動きは聖域の舞踏会で見せるような洗練されたステップとは程遠く、関節の動きがぎこちない子供の遊戯のようだった。
大きすぎる服の裾が彼自身の足に絡まり、何度もよろけそうになりながらも、彼は決して動きを止めようとしなかった。
彼自身の肉体が重力を感じ、床の冷たさと摩擦を感じながら、空間の中で自らの居場所を確かめているのだった。
俺は彼のもとへ歩み寄り、その不格好なステップに合わせて自分の足を動かし、向かい合うようにして立ち止まった。
「もっと力を抜け。頭で考えるな、腹の底の音に合わせろ」
俺が両手を差し出すと、彼は少しだけ躊躇した後に、その白い手を俺の分厚い掌の上へと乗せた。
俺たちは手を繋いだまま、古い蓄音機の傷だらけの音楽に合わせて、狭い部屋の中をゆっくりと旋回し始めた。
アルフレッドの足取りは依然としておぼつかないが、俺の手の引きに身を委ねることで、少しずつその動きに滑らかさが生まれてきた。
彼の呼吸が少しずつ荒くなり、額には微かな汗が滲んで、オレンジ色のランプの光を反射していた。
魔法によって隠されてきた彼の真実の姿が、この不格好なダンスを通して完全に表面へと浮かび上がってきた。
回転の速度が上がり、彼が大きく足を踏み出そうとしたその瞬間だった。
胃腸の激しい動きと身体の捻りが重なったことで、彼の腹部の奥底で抑え込まれていた空気が一気に押し出された。
ブッと、低くもはっきりとした破裂音が彼の足元から鳴り響き、音楽のノイズに混じって部屋の空気を震わせた。
アルフレッドの動きが完全に停止し、その顔から急速に血の気が引いていくのがわかった。
彼は繋いでいた手を弾かれたように振りほどき、顔を両手で覆ってその場にしゃがみ込んだ。
「あ……あぁ……っ、違う、私は、こんなつもりでは……」
彼の声は激しい羞恥と自己嫌悪に震え、肩を小さく震わせて毛布のように丸まった。
聖域の人間にとって、他者の前で音を立ててガスを放つことは、精神の死を意味するほどの決定的な恥辱だった。
しかし、俺はその不格好で生々しい音を聞いて、腹の底からこみ上げてくる笑いを抑えることができなかった。
「はははっ、いい音だ! どんな音楽より、最高に人間らしい響きじゃないか」
俺が声を上げて笑うと、アルフレッドは信じられないものを見るような目で、指の隙間から俺を見上げた。
彼の瞳には涙が浮かんでいるが、俺の心からの笑い声を聞いているうちに、その表情から少しずつ悲壮感が抜け落ちていった。
俺は彼の隣にどさりと腰を下ろし、笑いすぎて滲んだ涙を手の甲で拭った。
「隠さなくていいんだよ。腹にガスが溜まるのも、それが出るのも、お前が生きてる証拠だ。完璧な人間なんて、死体と同じだ」
アルフレッドは俺の言葉を反芻するようにゆっくりと瞬きをし、自らの腹部にそっと手を当てた。
そこからは、先ほどの音と共に放出された熱と、独特の香ばしい匂いが微かに漂っていた。
彼はその匂いを忌避することなく、むしろ愛おしいものを確かめるように深く息を吸い込んだ。
やがて、彼自身の口元から、押し殺したような小さな笑い声が漏れ始めた。
「ふふ……私は、なんて滑稽で……不器用な生き物なのだろう」
その笑い声は次第に大きくなり、やがて彼は両手で腹を抱えながら、涙を流して子供のように声を上げて笑い始めた。
彼を縛り付けていた目に見えない虚飾の鎖が、この不格好なステップと不浄な音によって完全に粉砕されたのだった。
誰もが内にガスを抱えて笑う。
完璧な彼も、泥だらけの俺も、この瞬間だけは完全に同じ地平に立っていた。
蓄音機の音楽が終わっても、俺たちの笑い声はガラクタの城塞の壁に反響し、温かな夜の空気の中でいつまでも響き続けていた。




