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聖域から落ちた純白の王子、辺境の島で無骨な修理屋に拾われる〜息が詰まる無菌都市を捨て、泥まみれの愛を歌う〜  作者: 水凪しおん


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第12話「究極の愛と解脱の形」

 夜が完全に島を覆い尽くし、天井の開いた穴の向こうには、冷え切った冬の空に無数の星が鋭い光を放って瞬いていた。

 海から吹き付ける風はいっそう冷たさを増し、火除けの壁の隙間から入り込んで俺たちの頬を凍らせるように撫でていった。

 ストーブの火はすっかり弱まり、赤く燃える炭がわずかな熱を放つだけになっていた。

 俺は部屋の隅から奇跡的に焼け残っていた2枚の古い毛布を引っ張り出し、そのうちの1枚をアルフレッドの肩からすっぽりと被せた。

 もう1枚を床に敷き、俺たちは火のそばで互いの体温を逃がさないように、身体をぴったりと密着させて横たわった。

 俺の分厚い作業着と、彼の大きすぎる服の布地が擦れ合い、その下にある互いの肉体の熱がじわじわと伝わってきた。

 アルフレッドは俺の胸元に額を押し当て、まるで凍える小動物のように身体を丸めて俺にすがりついていた。

 彼の冷たい鼻先が俺の首筋に触れ、そこから漏れる規則正しい吐息が俺の皮膚をくすぐるように温めた。

 静まり返った暗闇の中で、俺たちの耳に届くのは風の音と、互いの内側から響いてくる微細な生命の音だけだった。

 俺の鼓動と彼の鼓動が、衣服と皮膚を通して重なり合い、1つの不規則なリズムを作り出していた。

 彼の腹の奥底では、先ほど食べた肉と野菜を消化するための腸の動きが、時折くぐもった水音を立てて活動を続けていた。


 『なんて愛おしい音だろうか』


 俺は彼の背中に腕を回し、その細いが確かな弾力を持った筋肉の動きを手のひらで感じ取りながら、ゆっくりと撫で下ろした。

 アルフレッドは心地よさそうに目を閉じ、俺の撫でる手に合わせて少しだけ身体の力を抜いていった。


「カイ……私はずっと、恐ろしかったのだ」


 闇の中で、彼がぽつりとつぶやいた言葉が静寂に溶け込んでいった。


「何が恐ろしかったんだ」


 俺が静かに問い返すと、彼は俺の胸に顔を埋めたまま、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


「自分が、生き物であることが恐ろしかった。聖域では、汗を流すことも、匂いを発することも、排泄をすることも、すべてが忌むべき汚れだと教えられてきた。魔法の枷をつけられ、私は自分の内側に汚物が溜まっていくのを感じながら、それを誰にも気づかれないように息を止めて、ただ美しい作り物のふりをして生きていた」


 彼の言葉には、長い間誰にも言えずに抱え込んできた孤独と、息が詰まるような虚飾の世界への呪詛が込められていた。


「もし、私の身体から不浄な音が漏れてしまったら。もし、私の肌から臭い匂いが放たれてしまったら。誰からも愛されず、軽蔑され、社会から見捨てられるのだと……その恐怖だけで、私は自分の内側にある本当の声を殺し続けてきた」


 俺は彼を抱きしめる腕の力を少しだけ強め、その耳元に唇を寄せて低く語りかけた。


「だが、お前はもう息を止めなくていい。お前の腹が鳴る音も、食べたものを消化する匂いも、今日お前が兵士たちを吹き飛ばしたあの凄まじい音も……俺にとっては、お前が生きているという何よりの証拠だ」


 アルフレッドはゆっくりと顔を上げ、暗闇の中で俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。

 星明かりに照らされた彼の翡翠色の瞳には、もう過去への未練も恐怖の影もなく、ただ澄み切った確かな熱が宿っていた。


「綺麗に着飾った案山子なんか誰も愛せやしない。俺が愛しているのは、泥だらけになって、汗をかいて、腹にガスを溜めて笑う、生身のお前だ。その不格好で臭い真実ごと、俺がお前を肯定してやる」


 俺の言葉を聞き終えたアルフレッドの目から、再び一粒の涙がこぼれ落ち、俺の頬を温かく濡らした。

 それは悲しみではなく、自分が最も醜いと思っていた部分を無条件に受け入れられたことによる、深い安堵と救済の涙だった。

 彼は口角を上げ、涙で濡れた顔のまま、俺の唇に自らの唇を静かに重ねてきた。

 触れ合う唇からは微かな塩の味と、先ほど食べた獣の肉の香ばしい匂いがした。

 それは決して聖域の住人が好むような清らかな口付けではなかった。

 しかし、生きた人間同士が互いの熱と匂いを共有し合う、これ以上なく純粋で生々しい愛情の表現だった。

 唇を離すと、アルフレッドは再び俺の胸に顔を埋め、深く安らかなため息をついた。

 その直後、弛緩した彼の下腹部から、布団の布地を震わせるような微かな排気の音が小さく漏れ出した。

 彼はもう恥じることなく、ただ少しだけ肩を揺らして俺と一緒に声を出さずに笑った。

 恥と排泄の果てに見つけたのは、互いの存在を根源から肯定し合う究極の愛の形だった。

 俺たちは泥と錆の匂いに包まれながら、明日へ続く嘘のない冷たいゆりかごの中で、深く穏やかな眠りへと滑り落ちていった。

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