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聖域から落ちた純白の王子、辺境の島で無骨な修理屋に拾われる〜息が詰まる無菌都市を捨て、泥まみれの愛を歌う〜  作者: 水凪しおん


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第11話「泥だらけの凱歌」

 太陽が西の海へと傾き始め、天井の穴から差し込む光がオレンジ色に染まり、床に散乱する瓦礫の影を長く引き伸ばしていた。

 興奮と熱狂が過ぎ去った後の船内には、開いた穴から夕暮れの冷たい海風が容赦なく吹き込み、俺たちの体温をじわじわと奪い始めていた。

 俺はアルフレッドの肩を叩いて立ち上がり、散乱した部品の中から比較的形の保たれている鉄板を拾い集めた。

 それを崩れた壁の隙間に立てかけて簡易的な風除けを作り、その内側に冷え切った身体を休めるための小さな空間を確保した。

 装甲兵たちが残していった焼け焦げた武器の破片や、乾燥した木材の切れ端を集めて中央に積み上げ、俺は工具袋から取り出した火打ち石を打ち合わせた。

 何度か火花を散らすと、油の染み込んだぼろ布が小さく火を吹き、やがて木材に燃え移ってオレンジ色の炎がパチパチとはぜる音を立てて育ち始めた。

 炎の熱が冷たい空気を押し退け、俺たちの顔や手を温かく照らし出した。

 アルフレッドは火のそばに膝を抱えて座り込み、その揺らめく光をじっと見つめていた。

 彼の呼吸はすっかり落ち着きを取り戻しているが、激しい運動と感情の爆発を経験した肉体は、明らかに次の要求を始めていた。


 『腹が減ったな』


 俺がそう心の中でつぶやいたのとほぼ同時に、アルフレッドの下腹部から、空洞になった胃袋が収縮する低く長い音が鳴り響いた。

 ぐるるる、と空気を震わせるその音は、炎のはぜる音に負けないほどはっきりと静かな空間に響き渡り、彼が確かに生きていることを主張していた。

 アルフレッドは自分の腹の音に少しだけ肩をすくめたが、昨日までのように顔を覆って恥じ入るような素振りは見せなかった。

 彼は自らの胃の辺りをそっと撫で、少しだけ恥ずかしそうに口角を上げて俺を見た。


「私の身体は、本当に忙しいのだな。あれほど大きなものを出したかと思えば、今度はすぐに新しいものを入れろと騒ぎ立てる」


 その言葉には、自らの肉体のわがままさを面白がるような、柔らかな愛嬌が含まれていた。


「生きるってのはそういうことだ。出せば減るし、減れば腹が鳴る。燃やすための燃料が要るんだよ」


 俺は立ち上がり、爆発の被害を免れた木箱の中から、残っていた根菜と干し肉を引っ張り出してきた。

 鍋は吹き飛んで使い物にならなくなっていたため、俺は装甲兵が落としていった純白の盾の破片を火の横に置き、それを即席の鉄板代わりにした。

 盾の表面に施された清浄の魔法陣が熱で黒く焦げ、パラパラと剥がれ落ちていくのを気にすることなく、俺はナイフで削いだ肉と野菜をその上に並べた。

 肉の脂が熱い金属に触れて溶け出し、じゅうじゅうと食欲を刺激する音を立てて白い煙を上げた。

 香辛料を振りかけると、獣の肉の強い匂いと刺激的な香りが混ざり合い、戦いの焦げ臭さを上書きするように周囲の空気を満たしていった。

 アルフレッドの喉仏が上下に動き、彼が大量の唾液を飲み込む音が俺の耳にもはっきりと届いた。

 彼の肉体はもはや虚飾を必要とせず、ただ純粋に生存のためのエネルギーを渇望しているのだった。


「ほら、焼けたぞ。手でつまんで食え」


 俺がナイフの先で肉の塊を突き刺して差し出すと、アルフレッドは火傷を恐れる様子もなく、指先でそれを受け取って口の中へと放り込んだ。

 彼は熱さに少しだけ目を細めながらも、奥歯でしっかりと肉の繊維を噛み砕き、その旨味を逃さぬように力強く咀嚼を繰り返した。

 口の周りに脂がつき、手はさらに泥と油で汚れていくが、彼の食べる姿はどんな晩餐会の作法よりも美しく、生命力に満ち溢れていた。

 俺も自分の分の肉をつまみ、無言で口の中に放り込んで飲み込んだ。

 胃袋に熱い食べ物が落ちていく重たい感覚が、冷え切っていた身体の芯に火を灯し、手足の末端まで一気に血液を巡らせていった。

 俺たちは無心になって肉と野菜を焼き、すべてを腹の中に収めるまで言葉を発することはなかった。

 やがて鉄板代わりの盾の上が空になり、アルフレッドは満足げに深く息を吐き出して、背後の壁に体重を預けた。

 その直後、彼の喉の奥から押し上げられた空気が、小さく濁った音を立てて外へと逃げていった。

 食事によって胃袋に流れ込んだ空気が、満たされた肉体から自然に押し出された証だった。

 アルフレッドは自分の口から出たその音に目を丸くし、それからこらえきれないように肩を揺らして笑い始めた。


「私は……本当に、音ばかり立てているな。上からも下からも、こんなに騒がしい生き物だったとは」


 彼がつられて笑うと、俺も腹の底からこみ上げてくる笑いを止めることができなかった。

 2人の笑い声が、夕暮れの冷たい空気に溶けていった。

 空を覆う巨大な軍勢に勝利したことよりも、こうして泥にまみれ、腹を満たし、くだらない音を立てて笑い合えることの方が、俺たちにとってはるかに価値のある凱歌だった。

 彼の身体から発せられるすべての音が、この泥だらけの世界で俺たちが力強く生きていることを讃える、最高の音楽として響いていた。

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