ある使用人の日常
とある世界のとある国の辺境の地には四季想館と呼ばれる、とてもすごい魔術師が住む館がある。上空から見下げれば赤紫色に統一された屋根とクリーム色の外壁が一面の緑の中で存在感を放っているのがよく見える。そんな景色を眺めながら人々が魔鳥と呼ぶそれは館の方へ飛んでいき、赤紫の屋根に止まって朝を告げた。
…魔鳥のさえずりと共に目を覚ます。窓から射し込む朝日に照らされた部屋はほのかに明るい。ボサボサな紺色の髪を手でときながらベッドから起き上がり、窓を覗き込む。空は鮮やかな浅葱色をしていて、美しい。そんな美しい色の名前を持っているものとしての矜持が背筋を伸ばさせる。今日もまた変わらず、新しい1日が始まる。
使用人用の部屋は二人一部屋でシャワーとテーブル、一人一つ計二つずつクローゼットとベッド、デスクも完備されている。この待遇の良さには今でも慣れない。
朝はまずシャワーを浴び、制服に着替える。白色のシワひとつ無いシャツ、黒のズボン、黒のベスト、最後にスカイブルーのリボンタイを結ぶ。そして同部屋の相方、超がつくほどのサボり魔、良いところはいびきをかかないことくらい。布団にくるまって黒に少しオレンジが混ざった髪を少し覗かせている、この寝坊常習犯を起こさなければならない。取り敢えず布団を勢いよく剥ぐ…全く起きた様子は無い。いつものことだ。耳元で「起きろ!」と、怒鳴ってやりたいが普通に近所迷惑になるので断念すして肩を掴んで大きく揺する…やはり起きた様子は無い。と、いうことで最終手段を使うことにした。やり方は簡単。まずどこにでもあるペンを用意します。必要なのはこれだけ。次にそれを握って頭の上で掲げます。後は殺意を持って相手の首に振り下ろすだけ。ペンが当たるギリギリで「おわッ!」ほら、飛び起きました。飛び起きた寝坊常習犯は「いい加減その起こし方やめてよー」と、首に手を当てながらごねる。
「こうでもしないと起きないやつが悪い」
「そりゃそうだけど…うわっニコニコしてる。怖ぁ」
小声で呟かれたその言葉を逃さず、言い切る前に間合いに入って腹に一撃。寝坊常習犯は無事うずくまりながら「僕が悪かったです」と白旗を揚げた。
この屋敷には大量の危険な魔法道具が置いてあるため基本、二人組で行動しなければいけない。ので、しかたなく相方の支度が出来るのを待つ。手際は良いので少し窓の外を眺めていれば、すでにブラッドオレンジのリボンタイを着けているところだった。外では一面の緑の上を青い魔鳥が悠々と飛んでいる。
「早く朝飯食べ行こー」
「じゃあいい加減自分で起きろ」
「え〜」
「え〜じゃない」
などと言い合いながら部屋を出て料理を受け取るため調理室へ向かう。
この屋敷はとても広く、使用人用の食堂や調理室、図書室などその他諸々が用意出来てそれでも空き部屋が残るほど。本館と別館に分かれており、使用人用の部屋は基本別館にある。ちなみに本館にはめったに入らないし、本館で働いている使用人やメイドなんかは名前も知らない人ばかりだ。それだけ人数も多いのに仕事の場所や内容を全くかぶらず振り分けている執事長はたぶん人じゃない。
しばらく歩き調理室に着くと入る前からいい匂いがする。
「今日はなんだと思う?」
「…キノコのシチュー」
「なるほど、ぽいな」
さて答えは、
「これは…」
「今日はグラタンだよ。新しくお嬢様に出そうかと思って。後で感想教えてねー」と、料理長。
「惜しかったね」と、言われてなんかムカついたので脇腹に一発入れる。隣から微かに「なんで…」という声がした。グラタンののったトレーを持って隣の食堂へ。どちらからともなく手を合わせて「いただきます」と言って食べ始める。ホカホカと温かいグラタンをほとんど食べた頃食堂に誰かが入ってきた。ルージュとイエローのリボンがついたメイド服を着た二人組だ。「あれ?先輩方が食堂で食べてるなんて珍しいですね」「ほんとだ珍しい」と言いながら対面の席に座る。ルージュのリボンをつけた方がアカネ、イエローのリボンをつけた方がカナリー。二人とも後輩のメイドで、二人とも洗濯を担当している。「スーカ先輩、グラタンおいしいですか?」とカナリー。
「最っ高に美味しい。さすが料理長って感じだよ。二人も早く食べな。」
「はーい」
そう言って二人はグラタンを食べ始めた。時々、うまっとかあちっとか言いながら美味しそうに食べている。こちらはもう食べ終わったので席を立とうとするとカナリーに「で、先輩方はなぜここで?」と聞かれ、「気分だな/だね」と、スーかとまったく同時に返してしまう。「気分ですか。いつも通りですねぇ」とアカネ。「いつも通りが一番だ」そう言い残して食堂を出る。「わぁかっこいいー」と言った、スーカは食器を持っていれば俺が何もできないだろうと高をくくっているようだ。よっぽど仕事がしたいらしい。今日も厳しく行こうと心に誓った。
今日の担当区域は別館2階にある使用人用の図書室。ハタキなどで本の埃を取るのが主となる。
「ということで今日はここ全部の本棚の上を掃除してもらう」
「ちょっと待って」
「待たない」
「ちょっと待ってくださいお願いします」
「しかたない。で、何が不満なんだ」
「全部だよ!」
「?」
「?、じゃなくて。見える?あの本棚の量!知ってる?ここって本棚、35個もあるんだよ?一人で出来ると思う?」
「まぁ、いけるだろ」
「いや、いけないから言ってんだよ!」
「今日皿を2枚割ったのはー?」
「…僕です」
「よしっ自業自得だな」
「…はい」
やっと納得したのか、スーカは渋々本棚に登り始めた。(もちろん梯子を使って)ハタキを使って本棚に入り切らない本の上などをはたいていると、様々な本の題名が目に入る。今目の前にあるのは治癒魔法についての研究、魔鳥全書、美味しい焼き芋の焼き方などなど…いつかここは図書館になるのかもしれないとふと思っていると、本棚の上から「終わんないよー」と嘆く声が聞こえてくる。新種の生き物だろうか。
それからだいたい二時間が経つ頃にはほとんどの埃を落とせていた。スーカは、「ふぃー、やっと十個。先が長いなー」と言いながら上から降りてくる。そして、「昼飯食べに行こーよー!」と。何とも切り替えの速いことだと思いつつ頷き、図書室を出ようと扉に手を掛けようとし、突然、勢いよく扉が開く。少し開いた扉の向こうから「誰か!その子を止めてください〜!」という声が聞こえると同時に扉の隙間から何かが飛び込んで来た。間一髪で避けるとちょうど真後ろで「いでっ」とうめく声が聞こえた。後ろを振り向くと「なんか今日、運悪いな」と、青色の何かを抱えながら起き上がっている可哀想なやつがいる。額に当たったのか、少し赤くなっている。気にせず「それは?」と青い何かを指差す。次は真後ろの扉が勢いよく開きメイド服を着た少女が「今、ここに、、魔鳥、が、入って、きません、でしたか?!」と、肩で息をしながら入ってくる。チェリーピンクのリボンを着けているが少しよれていて、ずいぶん走ったようだ。「それより、魔鳥ってのはこの青いのか?」と聞くと少女は「そうです!よかった。さぁ帰りますよシアン様。」と言った。シアン様と呼ばれた魔鳥はスーカの腹の上から飛び立って彼女の頭の上に乗る。
「シアン様を捕まえて頂きありがとうございます。とても助かりました」
「そりゃよかった。でも何でこんなとこまで?」
「実は籠の掃除をしている途中、少し目を離した隙に逃げられてしまいまして…」
「お嬢様は魔鳥なんて飼ってたんだ。僕、全然知らなかったや」
「本館の最上階で飼っていますのでなかなか知る機会がないんだと思います」
「なるほど」
当の本鳥は少女の頭の上で呑気にあくびをしている。
「そういえば名前は?俺はアサギ。こいつはスーカ。見ての通り掃除担当。」
「ローズと申します。シアン様のお世話を担当しております。」と言い、ローズは綺麗なお辞儀をしてみせた。頭の上に乗っていた魔鳥が突然のお辞儀に対応できず落ちる。そこにいた三人があっと同時に声をあげる。魔鳥は地面に当たるギリギリで何とか飛び上がり、次はスーカの頭の上に乗った。「すみません!シアン様!」これは…とスーカと顔を見合わせ、頷く。「これはもしやドジっ」「言うな」当の本人には聞こえていなかったようで、スーカの頭の上の魔鳥に謝るのに夢中になっている。和解したのかまた魔鳥がローズの頭の上に乗ると「それでは、そろそろ戻りますね」と言って一人と一匹は帰っていった。
「なんか、嵐みたいだったね」
「実際、嵐だった」足元には青い沢山の羽根が散らばっている。「取り敢えず、昼飯食べる?」
「そうするか」今日の昼食は昨日料理長に頼んでおいたサンドイッチだ。外で食べるつもりだったが面倒くさくなったのでここで食べることにした。ちょうど扉が前方に見えるソファに座る。あいかわらず寝てしまいそうになる座り心地だ。スーカは少し離れた所からスツールを引きずってくる。
「僕、たまご〜」
「一口くれ」
「じゃあそのカツサンドってやつも一口くれよ」
「考えとく」
「それ結局くれないやつじゃん…」
なんとも平和だなと二人でサンドイッチにかぶりつく。食べたことのない味だけどうまいなと幸福感に浸っていると何か音がした。バサッという鳥がはばたく時のような音に嫌な予感がする。恐る恐る扉の方を向くとまた、開いたままの扉から青い鳥が入って来た。軽く気絶しかけた。結局、またローズが走って来て少し話をした後さっきと同じように帰っていった。サンドイッチに釣られたわけでもないようで、一体あの鳥は何がしたかったんだろうか。
昼食を食べ、午後も変わらず本棚を掃除をしていく。魔鳥の羽根は普通のゴミには出せないので集めなければいけないが、若干仕事が増えただけなので問題ない。それからだいぶ経ち青い羽根をなんとか集めきった頃、本棚の上から「よっしゃ、終わったー!」と、飛び降りてくる人影が。勢いよく飛び降りたその風圧で集めた羽根が再度周囲に舞い散る。あまりの衝撃に頭の中が真っ白になる。目の前にはいつの間にか大きな魔法陣があり、その向こうで「あっやべっ。終わった」と、呟きながら構えるスーカが見える。大きく息を吸って「なにしてくれてんだ!!」と、沸き上がる怒りをすべて込めて叫んだ瞬間、魔法陣から強い風が起き、目の前にあるものすべてを吹き飛ばした。
ドゴンッガッシャーンと盛大な音と共に図書室の扉、廊下の壁、そしてスーカごと外に吹き飛んでいく。風圧で周囲の窓なども巻き込んでいったのかガラスが散らばって光っている。また、やってしまった。風穴から青い空が見え、少しずつ冷静になっていく。大丈夫だとは思うが一応、綺麗にくり抜かれたそこから下の様子を見る。下ではちょうど庭の花壇に落ちたスーカが起き上がっているところだった。土を払っているとこちらに気がついたようで、「おーい、アサギー、生きてるよー」と口に手を当てて大声で手を振られた。
「そうかー」
「そうかー、じゃないよ!」と言った感じで言い合っていると廊下の奥の方から
「すごい音だったね。どうしたのって、うわぁ。盛大にやらかしてるねぇ」と本を持った男が歩いてくる。
「あぁごめん、アンバー。またやらかした。部屋大丈夫か?」アンバーは図書室の隣に部屋がある。ブラウンのリボンタイを付けていて同じくらいに雇われた、いわゆる同期だ。この時間は多分休憩中だったはずだ。
「ちょっと花瓶が割れただけ。前は俺の部屋、全壊だったからそれよりまし」
「あの時は本当に申し訳ない」
「その前に僕にも謝って欲しいなぁー」と壁を登ってきたらしいスーカが風穴からひょこっと、顔を出す。
「それは自業自得だ」
「こんだけやってといてよく言うよ」…もっかいぶっ飛ばそうかな。「ねぇ!すごい音したよ!大丈夫!?」「生きてるー?」と、アンバーの部屋とは反対側の廊下から洗濯物を持ったアカネとカナリーがやって来る。
「わぁ、あいかわらずすごいねぇ」
「また穴開けたの?!執事長呼んでこようか?」
「大丈夫!呼ばなくていいよ!頼むから呼ばないでください」
土下座までしたスーカのあまりの必至さにやや引く。だが、気持ちは分かる。あの執事長はくどくど説教をしてくるタイプなのでとても面倒くさいのだ。それに呼ばずともこの屋敷にはとても便利な魔法がかかっている。だからたとえ風穴が空いたとしてもほぼ完璧に元に戻ってしまう。その証拠にすでに本棚一つ分程の穴が空いたはずの壁は椅子一つ分の大きさの穴を残すのみとなっていた。バレなければセーフだ。廊下に飛んでいった本を抱えてアカネが「えーと、もうだいぶん壁も戻ってきてるみたいだから戻るね」と言いながら本をスーカに渡す。
「私も戻る」
「じゃあ俺も戻ろ。本、読み途中だったんだよね」
「いやーほんとうるさくしてごめん!」
「悪かった」
「いいよいいよ。もうだいぶ慣れたし」
「そうそう!」
「そうだね。執事長にバレないことを祈ってるよ」
と、去り際にカナリーが怖い言葉を残していく。三人が戻っていったあと。本を元の場所に戻しながら「…バレないといいなー」「そうだな」と、二人して今日は震えながら眠ることになりそうだと意気消沈したのだった。
夜、自室にて。今のところは執事長にバレていないようで安心する、今のうちだけなんだろうが。ベッドにお互い向かい合って腰掛けている。スーカは「いつバレるかなー。あいつ絶対いつか気づくよなー。…バレないといいなー」さっきから独り言がとてもうるさい。「なんとかならないかなー。こう、隕石が降ってくるとか、アサギが悪いこととかしたりしたら…」一回黙らせようかな。
「殺気出てますってアサギさん。めっちゃ圧すごいよ。怖いよ。悪かったって」
「あぁ、わるいわるい」
「絶対思ってないやつ…」
しばらくの間沈黙が流れる。
「……なぁ、寝れるか?」
「…じゃあ逆に聞くけど寝れると思う?」
「無理だな」
結局、二人とも深夜まで起きていたが寝落ちし、気付いた時には朝になっていた。
「やべっ早く支度しないと朝飯抜きだ!」
「急げスーカ!調理室まで走るぞ!」
「任せろ!」
いつもよりは騒がしいが…今日もまた変わらず、新しい1日が始まった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
ずっと書きたかった話をやっと形にすることができました。楽しんでいただけたら嬉しいです(^^)
ぜんぜん関係ないですけど花粉症って辛いですよね。




