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04 期待が重い(物理)




 店舗経営から離れ、自堕落に過ごすための業務形態。

 私が考えたのは、"商品を商業ギルドに卸す”形だ。


 店を構えることはせず、商品を商業ギルドにまとめて売り渡す。そこから卸す商会や取引先はギルドにおまかせ。商業ギルドが買い取った商品をどう扱うかは、ギルドの責任になる。

 対面販売も客の応対も不要。信頼できるギルドであれば、防波堤になってくれる期待もある。


 商品の選定も、その方針に合わせて検討した。

 売る場所が市場ではなくギルドになるなら、多少高級志向で、厚利少売を狙いたい。それはやはり、貴族層を狙った美容品が堅い。

 シャンプー、化粧品、スキンケア用品。香りがよくて、使った瞬間に違いが分かる。しかも、戦闘にも軍事にも関係しない。貴族や富裕層に人気が出るジャンルだろう。

 しかも、消耗品だ。高級志向の層に受ければ、リピーターになりやすい。


 問題は、顧客に貴族が絡んでくることだ。数多読んできたこの手の小説では、わがままな貴族に理不尽に絡まれる面倒な展開はお約束。

 でも、それについては商業ギルドを間に挟むことで対策できる。私はあくまで商品の運び屋として立ち回り、顧客を直接相手にしなくて済むなら、貴族と揉める心配もだいぶ減るだろう。

 それに、ギルドの販売網なら、上の層から段階的に広める形を取ってくれると思う。私が直接庶民市場に流して貴族に話が届くより、よほど混乱を防げるだろう。


 もちろん、ギルドへの卸売が可能かどうか。想定した商品がこの世界で需要があるかなど、実際のところはどうかわからなかった。


 ──というわけで、商業ギルドへサンプルを持ち込む前日いっぱいを使って、市場調査に出かけた。


 宿周辺から街中を歩きまわって、この世界製の服を見繕いつつ、商業ギルドについて訊きながら、主に女性向けの店を中心に覗いていったのだ。

 庶民向けの雑貨屋、ちょっと洒落た小物を扱っている店舗、職人が作った石鹸や香油を並べている店……それぞれ価格帯や質が違っていて、なかなか興味深かった。


 中でも目を引いたのは、庶民向けの店で普通に肌水(化粧水)や化粧品を扱っている点だ。

 特に女性店主が切り盛りしていた小さな店では、効果効能について詳しく説明してくれる様子も見られた。どうやらこの世界でも、美容の概念はしっかり根付いているらしい。


 公衆浴場は市民向けに複数あるようで、朝方にはタオルを持った女性客がちらほらと通りを歩いていた。宿の女将さんに聞いたところ、それなりのお値段の宿屋や裕福な家には風呂がついているそうだ。

 この世界なりに、入浴文化もちゃんと成立している。


 で、入浴や美容に大きく影響のある石鹸について。

 市内の雑貨屋でいちばんお高い石鹸をひとつ購入。一つで銀貨5枚、つまり5000円くらいしたが、香油入りで香り付きだったり石鹸自体飾り切りしてあったりしたし、現代でも5桁の石鹸は存在するので、まぁ想定の範囲内。

 宿に戻ってから手を洗って試してみた。泡立ちは悪くなかったが、洗い終わったあと、手がつっぱるような感触が残った。おそらく、これを髪に使ったらたぶんキシキシするだろうな、という感じ。

 それを補完する役どころの香油は、流石に市民向けというにはちょっと高価(たか)かった。


 そんなこんなで、昨晩宿で考えたいくつかの商品候補の中から、シャンプー系の販売に舵を切ることに。


 リンスとシャンプーを分けて売るのは後回しにして、まずは一体型で様子を見る。使い方が簡単で効果もわかりやすく、髪質が良くなるのを実感できれば、評判も広まるだろう。


 流石にシャンプーボトルのような容器は見なかったので、別の容器に詰め替えて売ることにした。

 詰め替え用のリンスインシャンプーをまとめて通販で仕入れ、あとはそれを移し変える作業が必要になるが、やることは簡単だし、単純作業は嫌いじゃない。多少の手間は"働いてる感"が出て、スキル頼りの罪悪感減るし。


 街を見た感じ、ガラス製品やコルクも存在しているようだったので、詰め替え容器としてガラス瓶を使用するのに支障はなかった。密閉性が下がることになるが、瓶のサイズで内容量の調整が可能だ。販売ロットはひとまず1ヶ月で使い切れる分量で様子を見ることにした。


 ──すべてはうまくいっていたように見えた。

 サンプルをギルドに渡してから5日後。試用結果の確認と本契約への納品に向かうその道中。

 私はこの選択を後悔していた。


 問題は、持ち運びの重さだ……。


 液体物を詰めたガラス瓶を三十詰め込んだトランクは、持って立ち上がった瞬間に思わずげんなりするくらいの重量感だった。背負えるタイプのトランクを買ったので背負い込めば多少軽減されたが、本納品で50個を持ち込むことを考えると……。


「……やっぱり、手押し車とか買ったほうがいいのかも」


 町で見かけた荷車や籠背負いの商人たちの姿が脳裏をよぎる。私のような非力な人間が、手で持てる量にはどうしても限界がある。でもなぁ……今後、街の外から「納品に来ましたよ〜」の体でやってくる時もゴロゴロしながら来なきゃいけないのも邪魔臭いだろうしなぁ……。利益と手間のことを考えれば、出来れば手で持てる最大くらいが理想だと思うんだけど……。


「おとなしく香辛料とかにしておけばよかったかなぁ〜〜……でもそのレベルの高級品になるとやっぱり既得権益が怖そうだったからなぁ〜……」


 正直、アイテムボックスがあるからと重さや分量の限界については見込みが甘かった。

 とはいえ、もはや仮契約はしてしまったし、今回は初回納品。頑張って運ぶしかない。対策は次の納品までに考えよう。

 こうして準備を整え、私は再び商業ギルドを訪れた。


 受付で仮契約の証明書を見せると、すぐにセルディが呼ばれ、応接室へ案内される。先日と同じ部屋、同じテーブル。だが、今回は私の隣に大きなトランクがある。


「お持ちいただけたのですね」


 セルディは変わらぬ調子で挨拶したが、その瞳はほんのわずかに──期待にきらめいているように見えた。


「はい。ご依頼いただいた初回分を三十本、こちらに」


 私はトランクの金具を外して蓋を開け、緩衝材の布を取り払って小瓶を並べて見せた。

 彼女は一言断って、瓶のひとつを軽く持ち上げる。前回の試供品と同じ構造の瓶──けれど、それを見つめるまなざしには明らかな変化があった。


「ありがとうございます。状態も問題なさそうですね。では……まずは、お礼を申し上げさせてください。先日のサンプル、予想をはるかに超えて評判がよかったんです」

「本当ですか?」


 思わず声が漏れる。少しだけ緊張していた肩が、ふっと緩んだ。


「ええ。実は、私も個人的に試させていただきました」


 そう言って、セルディは前髪をかき上げるようにして笑う。そういえば、先日はきちんとまとめられていた髪が、今日はハーフアップにして一部をおろしている。綺麗な胡桃色がどこか柔らかく、艶やかに見えたのは気のせいじゃなかったようだ。


「最初は半信半疑でした。でも、泡立ちの良さと、流した後の指通りの滑らかさ。髪のまとまりが良くなるのがはっきりわかるんです。香りが控えめなのも、香油と合わせやすくて好評でした」


 セルディは声を弾ませながら続ける。熱のこもった口調で語るセルディを見て、私は少し驚いた。最初に会った時の彼女は、あくまで冷静なプロフェッショナルという印象だったから。

 セルディは、にっこりと満足そうに笑った。その様子は、売り手というよりも、商品を気に入ってしまった一人の顧客のようだった。


「ギルドの女性職員を中心に試用してもらったんですが、ほとんどの方が『買うならこれが欲しい』と即答していました。もちろん、成分が不明である点や量産体制など課題もありますが……商品としての魅力は非常に高いと判断されました」


 そこまで聞いて、私はふぅ、と胸を撫で下ろした。ちゃんと通じたらしい。

 とはいえ。自分の世界では当たり前だった日用品が、ここではまるで魔法の道具のように扱われている。そう考えると、なんだか妙な気持ちだった。改めて、自分の持っているスキルの力と、そして現代技術の凄まじさに驚かされる。


「ちなみに、ギルド内だけでなく、貴族の縁故の方にも試していただいたんですよ。私どもの支部長の姪御様が、少し肌や髪のトラブルに悩まれていたようで……その方にも一瓶お渡ししたのですが、昨日『あれは一体どこで買えるのか』とわざわざ使者が来ました」

「えっ、もう……?」

「早いですよね。でも、こういう分野での違いのわかる人というのは、往々にして最前線で価値を見極めるものです」


 セルディは、きっぱりと断言した。その眼差しには商人としての自負が宿っている。


「おかげで私の評価も上々です」


 冗談めかしてセルディが目を細める。私もつられて破顔した。


「いえ、それはもう、どうぞ上手に使ってください」

「そう言っていただけると助かります。正直なところ、私個人としてもこの商品には大いに将来性を感じております。つきましては、買取金額についてのご相談です」


 セルディはトランクの中をひととおり確認した後、書類の束の一部を手に取った。


「仮契約時には価格の設定は未定でしたね。正直なところ、当初は庶民向けに落とした価格帯も検討しておりました。石鹸を水に溶かした延長線上のものだろうと……。ですが、これはそんなものとは全く違う、別物です。使用感と品質、そして“類似品が存在しない”という点を考慮しギルド内部での検討の結果──初回納品分の販売価格を一瓶、金貨一枚で設定することになりました」

「……えっ?」


 思わず声が漏れる。

 それは、想像していたよりもずっと高い価格だった。私の中では、精々銀貨5枚、行ってプラス数枚程度が限度ではないかと考えていた。効果は確かだが、先日買ったあの高級石鹸のような華やかさや付加価値はない。

 今回は30瓶で金貨30枚。つまり30万。50の納品で50万。予想の倍だ。多少罪悪感がある。

 だが、販売価格が予想より高いということは、納品量を抑えても十分利益が出るということだ。つまり「働かずに暮らす」計画が、より現実に近づくということで……。


 私の葛藤の表情を見たセルディが少し困ったように眉を下げ、申し訳なさそうに続けた。


「……やっぱり、少ないですよね」

「え?」


 あまりに意外な言葉に、間抜けな声が出る。


「これだけの技術と希少性、そして先行優位性。本来はもっとお支払いすべきです」

「えっ、いや、そんな……」

「当然のご判断です。申し訳ありません。ちょっと、欲張ってしまいました」


 セルディはそう言ってうんうん頷いた。どうやら、私が「高すぎる」と思っているのではなく「安く買い叩かれた」と受け取ったのだと認識したらしい。なんという誤解。ギルド側として"ちょっと欲張った"のは事実なのかもしれないが、全然納得していたのだけど!

 セルディは、目の前の契約書案の金額欄にペン先を滑らせ、あっさりと二重線を引く。


「……買取価格は、一瓶《金貨一枚半》。初回納品分も、この価格で買い取らせてください」

「ちょっと待って!? 本当にそんなに取るんですか? 高すぎません!?」

「いえ。正当な価値評価です」


 セルディは、はっきりとそう断言した。


「それだけの価値がある、と判断されました。むしろ“この価格だからこそ売れる”と考えてください。安物と誤解されるほうが問題です。既に興味を持たれている貴族筋の方々に対しても、最低でもこの価格帯は維持しないと、むしろ不信感につながります」

「……そんなものですか」

「そんなものです」


 まるで当然のことのように即答されてしまった。どうやら、富裕層相手の“価格設定”には、私の常識が通じないらしい。

 買取価格が金貨1万5千円としたら、販売価格は2万とかだろうか。いや、それはギルドが商会に卸す価格か。店頭に並べて3万とか……? まぁお貴族様が美容のために月3万出す、という話なら無理のない値段かもしれないが……。

 確かに現代でも5桁のシャンプーはあるけども。これはサロン専売でもないし1本千円以下の安いやつ、しかも分量もちょっとケチってるのに……。


「私どもは、この商品が長期的に安定供給されることを望んでいます。ならば、供給者であるあなたが正当な利益を得られる形に整えるのが筋でしょう?」

「それは、まぁ、はい、そうなんですが」

「もちろん、次回以降、量産可能な場合は再調整します。ただし現段階では《希少品》《紹介制販売》《貴族層への限定展開》の方針ですから。支部長も了承済みです。よろしいですね?」

「は、はい」


 私は完全に押し切られてしまった。これが商業ギルドという組織の、そして彼女自身のやり方なのだろう。


「ありがとうございます」


 セルディは満足そうに微笑んだ。何かを守るような、誇らしい笑顔だった。


 ──こうして、私は異世界で「自堕落に暮らすための商品卸業者」としての立場を、想像以上に有利な条件で確立してしまったのだった。




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