ー 逃国の試練 ー
様々な準備が終わるのに二日かかった後の朝、朝霧がまだ森を包む中、エリスと信太はセレナに見送られ、霧の谷へと続く古い石畳の道を歩き始めた。エリスは手形を首にかけ、ネックレスと並べて胸元で光るそれを見つめた。信太は背囊を背負い、エリスの少し前を歩きながら周囲を警戒した。
「信太、なんかドキドキするね! 遂に始まった!って感じね」エリスはスキップするように歩き、手形を握り直した。
信太は振り返り、軽く笑った。「エリス、楽しそうなのはいいけど、セレナさんの話、ちゃんと分かってるか?守護者とか、マジで出てきたらどうすんだ?」
エリスは胸を張り、手形を掲げた。「この通行手形があれば、なんでも来い! 私のネックレスもバッチリ、星脈の力、絶対私を導いてくれるよ!」
二人が森の奥へと進むにつれ、霧が徐々に濃くなりはじめる。木々の間から冷たい風が吹き抜けた。手形の青い宝石が、まるで鼓動のように緩やかに光り始め、エリスと信太を導くように一筋の光を放った。その光は霧の中を切り裂き、かすかに揺れる道を照らし出した。
エリスは光を見つめ、深呼吸した。「よし…行くよ、信太。霧の谷、待ってなさい!」
信太はエリスの横に並び、静かに頷いた。「ああ、行くぞ。十分覚悟はできてる。エリス、一緒に頑張ろう」
二人は光に導かれ、霧の谷の入り口へと足を踏み入れた。手形の光が一層強く輝き、ネックレスがそれに応えるように脈動した。どこか遠くから、低い唸り声のような風の音が聞こえてきたが、エリスは迷わず進んだ。彼女の瞳には、冒険への期待と、星脈の力を信じる強い意志が宿っていた。
エリスと信太は、手形の青い宝石が放つ光に導かれ、霧の谷の奥へと進んでいた。霧はまるで生きているかのように濃密に立ち込め、足元の石畳を隠すほどだった。木々の間を抜ける風は冷たく、時折遠くから響く低いうなり声が二人の心をざわつかせた。エリスは手形を握り、ネックレスが胸元で温かく脈動するのを感じながら、信太の後ろを小走りでついていった。
「信太、なんか…めっちゃ静かじゃない? ちょっと不気味なんだけど。」エリスは周囲を見回し、声をひそめた。光が照らす道は細く、両側は霧に飲み込まれた闇が広がっている。
信太は肩越しにエリスをちらりと見て、軽くうなずいた。「ああ、確かにヤバい雰囲気だ。セレナさんが言ってた守護者…といってもいつ出てくるのかな。というか手形、ちゃんと持ってるな?」
エリスは胸元の手形を叩き、ニッと笑った。「バッチリ! これがあれば、どんな守護者だってへっちゃらよ…うわっ!」彼女の言葉は突然の振動に遮られた。地面が軽く揺れ、霧の奥から重い足音が響いてきた。信太は即座にエリスの前に立ち、背囊から短刀を取り出した。
霧はさらに濃さを増し、エリスと信太の視界を完全に奪った。足元の石畳は振動でひび割れ、冷たい風が木々を揺らし、低いうなり声が絶え間なく響き渡る。謎の気配が霧の奥で膨れ上がり、まるで谷全体がその存在に支配されているかのようだった。エリスは手形の青い宝石を握り締め、鼓動する温もりにすがるように力を込めた。信太は短刀を構え、霧の闇を睨みながらエリスの前に立つ。
「エリス、絶対離れるな。こいつ…ヤバいぞ。」信太の声は震え、緊張が隠せない。
「うん、わかった! でも…地面、めっちゃ揺れてる!」エリスの言葉が終わるや否や、大地が爆発するような衝撃とともに黒々としたムカデのような姿が地中から飛び出した。その昆虫のような多くの足を動かし、その巨体をくねらせ、全長七メートルを超える赤黒い体が霧を切り裂く。無数の目が頭部でぎらつき、鋭い牙から滴る粘液が石畳を溶かした。衝撃で砕けた石が二人の周囲に降り注ぎ、エリスは咄嗟に手形を掲げて光の盾を作り出した。
「うわっ、キモい!サングロームだ! 信太!」エリスが叫ぶ中、サングロームは地響きを立てて突進してきた。信太は短刀を手に飛びかかり、側面に斬りつけたが、刃は硬い外皮に弾かれ、火花を散らすだけだ。
「硬すぎる! エリス、どうする!」信太が叫びながら横に飛び、サングロームの尾の攻撃を辛うじてかわす。尾が石畳を粉砕し、衝撃波がエリスを吹き飛ばした。彼女は地面を転がり、岩に背を打ち付けてうめいた。
「うっ…!」エリスは激痛の中立ち上がるが、先ほどの一撃で荷物が飛散している。その中にはエリスの短刀も入っていた。サングロームが再び突進してくる。信太はエリスの決意を見て、短刀を握り直した。「エリス、俺が引きつける! お前は周りを見て何か使えそうなものを見つけろ!」彼は叫び、サングロームに向かって突っ込んだ。サングロームの足が信太を襲うが、彼は身を低くしてかわし、足の間に潜り込んで関節部分を狙った。短刀が一本の足を切り裂くと、緑色の体液が飛び散り、サングロームが苦痛の咆哮を上げた。
エリスは霧の中で周囲を見回した。視界はほとんどないが、足元の砕けた石畳や、近くに倒れている枯れ木に目が留まる。彼女は枯れ木を拾い上げ、その先端が尖っていることを確認した。「これ…使えるかも!」エリスは枯れ木を槍のように構え、サングロームの動きを観察した。
信太はサングロームの足を次々と切り裂き、動きを鈍らせていたが、サングロームの尾が彼を直撃。信太は霧の中に吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられてうめいた。「信太!」エリスが叫び、枯れ木を手にサングロームに突進した。彼女はムカデの足の間をくぐり抜け、頭部に飛びついた。無数の目が彼女を睨みつけるが、エリスは怯まず、枯れ木を力の限り目に突き刺した。
サングロームが激しくのたうち回り、エリスは振り落とされそうになるが、必死にしがみついた。「この…化け物! 目を潰してやる!」彼女は枯れ木を引き抜き、次々と目を突き刺した。緑色の体液が飛び散り、ムカデのような咆哮が谷に響き渡る。
信太は這うようにして立ち上がり、エリスを見て叫んだ。「エリス、俺も行くぞ!」彼は短刀を手に再びサングロームに飛びかかり、ムカデの足を切り裂きながら頭部に登った。エリスと信太は協力して、サングロームの目を片っ端から潰していった。ムカデの動きが徐々に鈍くなり、ついに最後の目が潰された瞬間、サングロームは力尽きたように地面に倒れ込んだ。巨体が地面に倒れ込むと、谷全体に響いていた咆哮が途絶え、霧に包まれた空間に重い静寂が訪れた。赤黒い外皮から滴る緑色の体液が石畳に広がり、ジュウッと音を立てながら地面を溶かしていたが、その動きも徐々に止まっていく。無数の足はピクリとも動かず、ぎらついていた目はすべて潰されて濁った色に変わっていた。エリスと信太は息を切らし、互いに見つめ合った。
エリスはサングロームの頭部から滑り落ち、地面に膝をついた。彼女の手は緑色の体液でべとべとになり、握っていた枯れ木は折れて先端が欠けていた。肩で大きく息をしながら、汗と血で濡れた顔を袖で拭った。「はぁ…はぁ…やった…本当にやったんだ…!」彼女の声は震え、疲労と安堵が入り混じっていた。
信太もサングロームの体から飛び降り、よろめきながらエリスのそばに近づいた。脇腹から血が滲み、短刀を持つ手は震えていた。顔には土と体液がこびりつき、額から流れる汗が目に入って痛そうに瞬きしている。「エリス…無事か?」彼はエリスの肩に手を置き、彼女の顔を覗き込んだ。信太の声はかすれ、極度の疲労が感じられた。
「うん…なんとか…。信太こそ、めっちゃ血出てない!? 大丈夫!?」エリスは慌てて信太の傷を確かめようとしたが、力尽きたようにその場に座り込んだ。二人はしばらく言葉もなく、肩を並べて息を整えた。霧の中で聞こえるのは、互いの荒い呼吸音と、遠くで木々が風に揺れる音だけだった。
その時、サングロームの巨体が微かに震え始めた。エリスと信太は驚いて顔を上げ、倒れたムカデを見つめた。「…何!? まだ生きてる!?」エリスが叫び、折れた枯れ木を構えた。信太も短刀を握り直し、立ち上がろうとした。
だが、サングロームが再び動き出すことはなかった。代わりに、その赤黒い外皮がまるで風化したようにひび割れ、黒い塵となって崩れ始めた。ひび割れは頭部から尾まで広がり、ムカデの体が徐々に形を失っていく。黒い塵は霧の中で舞い上がり、まるで闇そのものが溶けていくかのように、ゆっくりと谷の空気の中に消えていった。緑色の体液もまた、地面に吸い込まれるように跡形もなく消え、最後にはサングロームが存在していた証さえも残らなかった。森の中で倒したシャドーウルフのと似た拳大の石がサングロームのいた場所に落ちている。
エリスは呆然とその光景を見つめ、枯れ木を下ろした。「…消えた…完全に消えた…倒した。」彼女の声には安堵と同時に、どこか不気味な感覚が混じっていた。信太も短刀を下ろし、深い息を吐いた。「…ああ、こいつ…本当に死んだんだな。化け物め…。」
霧がわずかに薄れ始め、谷の奥へと続く道がぼんやりと姿を現した。二人は互いに支え合うように立ち上がり、傷だらけの体を引きずって前に進もうとした。
エリスと信太は互いに支え合い、傷ついた体を引きずりながら霧の薄れた石畳の道を進み始めた。谷の空気は冷たく、木々の間を抜ける風が彼らの汗と血にまみれた顔を刺すように吹き抜けた。エリスの手には青い宝石の手形が握られたまま、かすかに脈動する光が彼女の疲れ切った心を支えているようだった。信太は脇腹の傷を押さえ、短刀を腰に差しながら周囲を警戒していた。サングロームの消滅で谷は静けさを取り戻していたが、どこか不穏な気配が漂っている気がしてならなかった。
「信太…この先、なんか変な感じしない?」エリスが小声で囁き、霧の奥をじっと見つめた。彼女の声には疲労と不安が混じり、手形を握る手がわずかに震えていた。
「…ああ、俺もだ。サングロームがあんな化け物だったんだ。この谷、まだ何か隠しててもおかしくねえ。」信太は低い声で答え、足を止めて耳を澄ませた。霧の奥からは、かすかな風の唸りと、木々が揺れる音だけが聞こえてくる。だが、その静寂の中に、何か大きな存在が潜んでいるような圧迫感があった。
エリスは手形を胸に押し当て、深呼吸した。「…でも、戻るわけにはいかないよね。絶対灰の民を見つけなきゃ。」彼女の声は震えていたが、決意に満ちていた。信太は彼女の横顔を見て、苦笑いを浮かべた。「お前、こんな状況になっても。はぁ、行くぞ。」
二人は互いに頷き合い、霧の奥へと続く道を進んだ。石畳はさらに荒れ、ところどころで苔や根が絡まり、足を取られそうになる。霧はまだ視界を狭めていたが、サングロームの戦いの後、わずかに薄れ、谷の輪郭がぼんやりと浮かび上がっていた。道の両側には、切り立った岩壁と、枯れた木々が不気味な影を落とし、遠くで時折鳥の鳴き声のような音が響く。だが、その音はどこか不自然で、まるで谷が彼らを見張っているかのようだった。
しばらく進むと、道は急に下り坂になり、霧がさらに濃くなった。エリスは手形の光を頼りに足元を照らし、慎重に進んだ。「信太、なんか…空気が重くなってきた。変な匂いもする…。」彼女は鼻をすすり、土と何か腐ったような匂いを感じた。
信太も眉をひそめ、短刀に手をかけながら答えた。「…ああ、なんかヤバい気配だな。気ぃ引き締めろよ、エリス。」彼の言葉が終わるや否や、霧の奥から軽快な口笛の音が響いてきた。ピーヒョロロ、という陽気なメロディが、谷の重苦しい空気を切り裂くように聞こえてくる。二人は驚いて立ち止まり、音のする方向を凝視した。
「…何!? 誰かいる!?」エリスが手形を掲げ、光を強めながら叫んだ。信太は短刀を構え、霧の奥を睨んだ。「人間か…? こんなとこで口笛なんて、ただ者じゃねえぞ。」
霧の中から、軽やかな足音とともに人影が現れた。それは小柄な男だった。身長はエリスより少し高い程度で、灰色のローブをまとい、頭にはフードをかぶっている。ローブの裾には複雑な紋様が刺繍され、腰には小さな袋と短い杖がぶら下がっていた。男は口笛を吹きながら近づき、二人の姿を確認すると、ピタリと口笛を止めて手を振った。
「おっと、こりゃびっくり! こんな霧の奥で生きてる人間に会うなんて! いやぁ、驚いたぜ!」男の声は明るく、まるで友人に会ったかのように気さくだった。彼はフードを下げ、顔を見せた。浅黒い肌に、鋭い緑色の目、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべている。年齢は二十代後半に見えたが、その目にはどこか古びた知性が宿っていた。
エリスと信太は警戒を解かず、互いに身構えたまま男を見つめた。エリスが先に口を開いた。「あなた…誰? ここで何してるの? 敵じゃないよね…?」彼女は手形を握り締め、男の動きを注視した。
男は両手を広げ、にっこり笑った。「おお、敵だなんてとんでもない! 俺はティル、灰の民の守護者さ! この谷をうろついて、迷い込んだ奴らを助けたり、化け物を追い払ったりするのが仕事。いやぁ、でも君たち、サングロームを倒したんだろ? そりゃすげえ! 匂いで分かったぜ、体液の臭いがプンプンする!」ティルは鼻を鳴らし、感心したように目を輝かせた。
「匂い…? って、ちょっと待って! 灰の民の守護者って何!? あなた、サングロームのこと知ってたの!?」エリスが驚いて声を上げ、信太が彼女の肩を押さえて落ち着かせた。「エリス、落ち着け。…ティル、てめえ、俺たちのことどこまで知ってんだ? いきなり馴れ馴れしく出てきて、信用しろって方が無理だぞ。」信太は短刀を下ろさず、ティルを鋭く睨んだ。
ティルはハハッと笑い、杖をくるりと回した。「いやいや、疑うのは分かるぜ! でもな、俺は敵じゃねえ。灰の民ってのは、この谷の奥に隠れて暮らす古い民。で、俺はその守護者。手形…ほら、君が持ってるその青い宝石、あれ持ってる奴が谷に来ると、俺が様子を見に来る決まりなんだよ。」彼はエリスが握る手形を指さし、にやりと笑った。「で、見た感じ、君たちはただの旅人じゃねえな。サングローム倒すなんて、並の奴には無理だぜ。どこの人間の差し金かな?」
エリスは手形を見下ろし、ティルの言葉を頭の中で整理した。「…手形のことを知ってるんだ。じゃあ、この手形の力とか、灰の民の秘密とか、教えてくれる?」彼女の声には期待と警戒が混じっていた。
ティルは顎に手を当て、考えるように首をかしげた。「んー、教えるのは簡単だけど、谷の掟ってのがあってな。手形の持ち主で、隠れ家を知らないとなれば、試練を乗り越えて自分でアッシュヴェイルの答えを見つけるもんなのさ。…でも、君たち、ボロボロじゃん? このまま谷の奥行っても、化け物に食われるか、霧で迷うかだぜ。どうだ、俺がアッシュヴェイルまで案内してやるよ。そこなら休めるし、傷も治せる。ついでに、君達が知りたがってることも少し話してやる!」
信太はまだ疑いの目を向けていたが、エリスの疲れ切った顔を見て、少し肩の力を抜いた。「…エリス、どうする? こいつの言うこと、信じていいか?」
エリスはティルの緑色の目を見つめ、しばらく考え込んだ。手形の温もりが彼女に勇気を与え、彼女はゆっくり頷いた。「…うん、信じてみよう。サングローム倒したけど、私たち、このままじゃ進めないもん。ティル、案内お願い! でも、変なことしたら、許さないから!」彼女は精一杯強がって、ティルを指さした。
ティルはケラケラと笑い、杖を肩に担いだ。「おお、気に入ったぜ! いいよ、ついてきな! 隠れ街は霧の奥、谷のどん詰まりにある。道は俺が知ってるから、もう迷う心配はねえ!」彼は再び口笛を吹き始め、軽やかな足取りで霧の奥へと進み始めた。
エリスと信太は互いに顔を見合わせ、疲れた体に鞭打ってティルの後を追った。霧はまだ濃く、道は険しかったが、ティルの口笛が不思議と心を軽くしてくれるようだった。谷の奥へと進むにつれ、岩壁には奇妙な紋様が刻まれ、地面には古びた石碑が点在していた。それらは灰の民の歴史を物語っているようだったが、エリスにはまだその意味を理解できなかった。
やがて、霧が突然晴れ、目の前に巨大な岩壁が現れた。壁には巨大な門が刻まれ、表面には青い光を放つ紋様が浮かんでいる。門の前には二体の石像が立ち、槍と盾を持った戦士の姿をしていた。ティルは門の前に立ち、杖を地面に打ちつけた。ゴーンという低音が響き、門がゆっくりと開き始めた。
「ようこそ、灰の民の隠れ街アッシュヴェイルへ!」ティルが振り返り、誇らしげに笑った。門の向こうには、岩壁に囲まれた小さな街が広がっていた。石造りの家々が並び、青いランタンの光が通りを照らしている。人々は灰色のローブをまとい、静かに暮らしを営んでいるようだった。空気は清らかで、谷の外の重苦しさは感じられなかった。
エリスは目を丸くし、信太も驚いたように口を開けた。「…こんなとこが、谷の奥に…?」エリスが呟き、手形を握り締めた。ティルは二人を振り返り、にやりと笑った。「さあ、休んで、傷を治してくれよな?それともお前らの目的を統領に話をするか?」
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