ー 逃国の試練 ー
時計の針は午後10時を指していた。公民館のホールに響くざわめきと、開票速報を読み上げるアナウンサーの声。佐藤信太、28歳、市議会議員を経て初の国政選挙の新人候補。スーツのネクタイが息苦しい。壇上のスクリーンに映る得票数は、対立候補の票数のわずか下を回っている状況だった。
「佐藤信太、落選確定しました。」
アナウンスが会場を切り裂く。
突然のセリフに身体の血液が一気に引いていく感覚に襲われる。拍手も、ため息も、嘲笑も。信太の耳には何も届かない。
ただ、胸の奥で何かが砕ける音がした。努力の日々、握手の感触、街頭演説の熱。すべてが無に帰す瞬間だった。
「くそっ…こんなはずじゃ…」
言葉が喉で詰まる。それにしてものどが渇く。変な気持ち悪さもある。
突然、左胸を鋭い痛みが突き刺した。「うっ！」 信太はよろめき、演台に手をつく。視界が揺らぎ、冷や汗が額を伝う。会場の人々がざわつき、誰かが「大丈夫か！？」と叫ぶ。だが、その声は遠ざかる。
（死ぬ…のか？ こんな…バカみたいなタイミングで？）
心臓が締め付けられるように脈打ち、徐々に意識が闇に飲まれる。最後の一瞬、信太の目に映ったのは、スクリーンに映る自分の名前と、「落選」の二文字だった。
光。
柔らかく、温かい光が河村信太を包み込む。胸の痛みが消え、身体が妙に軽い。いや、軽いというより、力がみなぎっている。
（あなたが王の道標となってください、この世界を救ってください）
声と共に身体と景色が一気に光に染まっていく
目を開けると、目の前に広がるのは見知らぬ景色だった。
路地裏だろうか？
薄暗い景色から光の差し込む方向へ視線をずらすと石畳の通り、色とりどりの看板が並ぶ商店、馬車の軋む音。遠くで鐘が鳴り、市場の喧騒が響き、屋根には見慣れない白色の鳥たちが飛んでいた。
（ここ…どこだ？）
信太は立ち上り、自分の身体を見下ろす。スーツはそのまま、ネクタイも緩んでいない。28歳の自分の手、足、胸—すべて変わっていない。だが、左胸の痛みは跡形もなく消え、疲れも感じない。まるで先ほどまでの状況が夢現の状況の様だった。
「生きてる…？ いや、でも…ここって…？」
周囲を見回すために通りに身を乗り出す。通りには、革の服を着た商人や、剣を腰に下げた冒険者らしき男たち。カートを引く獣のような生物や、頭に角を生やした女性が笑いながら歩いている。まるでファンタジー小説のような、しかし圧倒的に現実感のある街だ。看板には知らない文字が並び、鼻をつくのはタイに赴いたときに香ったスパイスと煙の混ざった異国の香り。
信太はポケットを探り、スマホを取り出す、電源は付く。日時はあの時の20時過ぎの状況と電波は圏外を表示している。
（典型的なファンタジーものだな、ドラクエに近いものを感じる。スクエニに怒られるぞコレ）
スーツ姿のまま、異世界の街に立つ自分を想像し、思わず苦笑する。だが、すぐに状況を整理しようと頭を切り替える。落選の屈辱も、心臓発作の恐怖も、この状況になった原因も思い当たる部分は見当たらない。
考えていても意味がないが、それでも人間突然摩訶不思議な状況に巻き込まれると脳が停止してしまう。事実、信太は何も考えれなかった。
ふと通りすがりの人々の視線に気づく、風景に溶け込んでいない近代的な信太のスーツ姿にちらちらと好奇心と警戒心の入り混じった視線を投げてくるのが分かった。
（まずい…目立ってるぞ）
信太は一瞬、選挙の時ような笑顔を浮かべ、その場から元いた路地の方に戻る。
（この場にいても何も始まらないな…。）
そういえば、ここでパスポート的なものを持っていないのに、警察のようなものに話しかけられたらどうやって言い訳をすればいいのだ？
何もかも踏んだり蹴ったりの状況だった。
もう一度、目覚めた場所に腰を据えて頭を抱え込む、といっても頭に過る瞬間は自身が最後に経験した屈辱の記憶がよみがえり、頬に涙が伝い声を殺すが嗚咽が漏れる。
心から日本の為、多くの人たちを巻き込んで、敗北し、そして最後はそう思うと涙が込み上げてくる。
「…大丈夫？」突然、柔らかな声が闇を裂く。顔を上げると、ボロボロの服をまとった金髪の少女が立っている。
彼女の髪は汚れているが、陽光に照らされてなお輝く。疲れた瞳には心配と好奇心が宿り、信太をじっと見つめている。
彼女はゆっくり近づき、そっとしゃがんで信太の目線に合わせる。「ねえ、泣いてるの…何があったの？」彼女の声は優しく、だがどこか不安げだった。
信太が言葉に詰まると、彼女は小さく微笑み、汚れた手で君の肩に触れる。
彼女は立ち上がり、信太に手を差し出す。「とりあえず、ここは危ないよ。立てる？私の家、近いんだ。」彼女の瞳はエメラルドのように澄み、信太の答えを待っている。遠くで鐘が鳴り響く。まるでこの出会いを祝福しているかの如く遠く遠く響いていた。
この小説はXのGrokで精製した文章を含みます。
