作られた学校の七不思議・怪異事件の正体
どーして口に出してしまったのか。言霊が~とか偉そうなことを言っていたのに、我ながら迂闊な行為をした。
でも、気づいてしまったら口に出したくなるのだ。うん。何回自分が階段の踏板を踏んだか、このわたしの優秀な(強調)頭が覚えていたのが悪い。
というわけで、現在遭遇した〇×学校の七不思議はこちら。
一.4時44分(アナログ時計なら7時16分)に踊り場の鏡の前に立つと、鏡の世界に引き込まれる。
二.音楽室から流れる『エリーゼのために』を4回聞くと死ぬ。ピアノを弾いている姿を見ても死ぬ。
三.理科室の骨格標本が追いかけてくる。捕まると肉を剥ぎ取られる。
四.テケテケさんの足音が聴こえてくる。ふりむくと食われる。
五.夜、3階から屋上に通じる階段の数が1段増える。登るとないはずの4階に通じる。そこを登った人間は二度と戻れない。(New!)
あんだけ逃げまくってたんだから、踏む回数を増やして階段の数を間違えたかもしれない? そうかもしれない。しかし、あるはずのない4階が目の前にある以上、どうやら五つ目の怪談に遭遇したのは確定のようだ。
「残り二つは? 調べている時には見つからなかったんだけど」
「えーっと……俺もよく知らない。七つ目は、全部知ると、人知れず不幸になる、みたいな話だったと思うけど……」
確かに七つ目も怪談あるあるだけど、なんというかネタ切れ感がする。遭遇した怪談だって、4に関するものと、追いかけるものと、階段に関するものが、それぞれ被ってるし。設定スッカスカでは?
「トイレの花子さんとかいないの?」
「いや……誰も入ってなくても、音がしたり勝手に水が流れるのも普通になったし」
「トイレの花子さんより、T〇T〇の技術が勝っちゃったかー……」
おまけにやたらと明るいしね、最近のトイレ。トイレの花子さんがトイレから追い出される日も近いかもしれない。
そういや組織に所属している河童が、「もう河童はトイレに出てこれねえよ!」って泣いてたな。40年以上前は、河童もトイレの怪談として、まことしやかに語られていたんだとか。
「第一怪談だって、先輩たちが受験疲れで、無理やり作ったって聞いたけど」
「え」
「俺たちが中一の頃だったから、えーと五学年上の先輩たち。その人たちが、夏休みの補講で夜遅くまで残るものだから、ハイになって肝試しを企画したんだって。その時に作られた怪談なんだよ、これ」
そんでバレて先生たちに怒られて、全校集会で呼び出されたんだ、と黒田くん。
「中等部じゃ有名な話なんだけど、聞かなかった?」
「初耳ですわ……」
ちょっと聞いてないんですけど、と、わたしは心の中で調査員に対して念話を送る。悪ぃ、とどこからか聞こえた気がした。ここ異界だから多分幻聴だけど。
「でも結局先輩たちは、『出てくるポイントがわかるお化けより、参考書の答えに乗ってない複素数の方が怖えわ!』ってオチをつけておしまいにしたとかなんとか……」
「お化けより虚数の方が怖かったか……」
けど、逆に納得した。この怪談は、『肝試し』のために即興で作られている。――出てくる怪談のレパートリーやパターンが限られているのは、「すぐに生徒が出来ること」に限られていたからだ。
肝試しは踊り場からスタートして、音楽室の前で『エリーゼのために』をi〇honeかスマホから流し、動く骨格標本やテケテケさんは、ドン・〇ホーテかAm〇zonでTシャツやコスプレ服を買えばいい。
1段増える階段は、そもそも昼間に階段の数を数えるほど暇な奴はいない。だから1段増える、という表現だったのだろう。
そして、六つ目が知られていなくて、七つ目が「すべてを知ると人知れず不幸になる」となると、恐らく先輩たちは六つ目を作らなかった。全部知っても不幸にならないことはわかりきっていたから、雰囲気を作るために仄めかしたのだ。だから、本来なら七つ目の怪談は成り立たない。
――それを成り立たせるキーワードが、うちの調査員や黒田君が言った「蜘蛛」だ。
つまりこの先には、「作らなかった六つ目の怪談」の「蜘蛛」が待ち受けている。
これは怪異の自然発生ではない。誰かが、生徒の隙間だらけの怪談に手を加えた、人為的な儀式だ。その『誰か』というのは、間違いなく素人ではないだろう。
このまま術中に嵌っていいのだろうか?
だが、真っ暗闇でも、キラキラ七色に見える杼の糸は、ないはずの4階に繋がっていた。多分、4階のどこかが出口なのだ。
虎穴に入らずんば、なんとやら。
わたしは、黒田くんの前に立って、4階を通ることにした。
4階は、下の階と大して変わらない。教室が並んでいるだけだ。
ただ違うのは、教室のプレートには一桁だけの数字があること。おまけに、わたしたちが日常ではめったに使わない、『壱』『弐』『参』が割り振られている。……ここは、文字が反転していないんだな。現実世界にはない4階だからだろうか?
もう一つは、廊下側にある教室の窓はすべて、カーテンが閉め切られていた。教室に入らなければ、中の様子はわからない。
わたしはひとまず、『壱』の教室を開けた。
教室の中央では、机が円になるように集まっていた。
天井には、大量の白い糸が弛んで下がっており、中央には繭玉が出来ていた。机はまるで、繭玉を拝んでいるかのよう。
その繭玉から生えたように、手首が二つ出ている。繭糸に絡まって、手首には指先の自由しかないようだ。もっともその指は、まるで蝋燭のように固まっていたけれど。
ひっ、と、黒田君が声を漏らす。
わたしは、邪魔な机を押しのけて、糸に近づいた。そして手首から脈を図る。
「大丈夫。生きてる」
「躊躇わずに手首触った⁉」
この手は若い女の子のものだ。人差し指と薬指の長さがほとんど同じだし、手のひらの皮が薄くてしっとりしている。けれど、指は長いし細い。訓練を受けたような指だ。何か、指を使うことをしていたんだろうか。
糸を引っ張ってみたが、腕の力では切れない。コートの裏側に入れていた糸きり鋏で切ってみるが、切るたびにまたすぐ繋がってしまう。
ひとまず『壱』の教室を出て、他の教室も見てみる。
『弐』の部屋には、糸によってミイラのようにつつまれた人間が、マリオネットのように糸に吊り下げられていた。顔や具体的な体つきはわからないが、身長からして成人、もしくは成人に近い男性だろう。
『参』の部屋には、繭玉から上半身だけ出た女の子が、口をぼんやりと開けて、うつろな目でぶら下がっている。目の前で手を振ってみても、動きを追うことはない。光に反応して、かすかに瞳孔が閉じるだけだ。
――この子、さっきの『テケテケさん』だ。そう言えば、あの時は命の危険で思い出す余裕もなかったが、この顔は行方不明者の写真リストにあった。受験に来た中学生の一人だ。
もしかして、この七不思議は、先輩たちが肝試しをしたように、被害者たちが『怪異』を演じているんじゃないだろうか。
さっき遭遇した七不思議は、四人いる被害者のうちの、三人が『役者』として利用されていたんだ。
『壱』にいた女の子の指は、恐らくピアノを習っている。そう言えば、被害者の一人はピアノをやっていると聞いていた。音楽室でピアノの演奏をしていたのは、あの子の指だったんだ。ごめん下手とか言って。この状態で『エリーゼのために』弾けるの、寧ろすごいわ。心の中で謝っておこう。
『参』がテケテケさんなら、消去法で『弐』の男性は追いかけてくる骨格標本だ。そういや、走っているような格好でぶら下がっていたし。
……じゃあ、最後にいなくなったと言われる、行方不明者はどうなった?
『参』の教室から出ると、今まで空白だった隣の教室のプレートに、『死』という文字が、じわじわと現れた。
杼の糸は、閉じられた教室の向こうに繋がっている。空気がよどんでいるように感じるのは、恐らく気のせいじゃない。
やはりここを出るには、会わなければならないようだ。──六つ目の怪談の「蜘蛛」に。
「……覚悟はいい?」
「おう」
わたしの言葉に、黒田君は頷く。
扉に手をかける。
その途端、物凄い力に吸い込まれるように風が吹いた。髪が激しくなびき、身体が前に吹っ飛ばされる。
わたしは出来るかぎり腕を交差して、目を閉じないようにした。
両手で膝をついた時には、暗闇は月明りが差し込んでいた。ただし、窓からではなく、上からだ。周りは高い壁が囲んでおり、夜空は楕円に切り取られていた。真上にある月は、少し雲に隠れていた。そこに、キラキラと光る糸が繋がっている。あの上が出口だ。
まるで、落とし穴か壺の中だ。
――壺の中。
ぐちゃり。ぬかるんだ地面のような感触の中に、ゴツゴツとしたものがある。
泥の中に、何かを埋めているのか。……地面は真っ黒で何も見えない。しかし、甘い香で覆いかぶせるように誤魔化しているこの鉄と腐臭は隠せない。
ああ、やっぱりこれは。
「蠱毒の儀式だ」
「え? 何それ?」
「壺の中に虫を入れて、共食いさせる儀式だよ。生き残った最後の一匹は、人を呪う力を持つと言われているんだ」
本来なら蟲や動物を使うけど、この蠱毒は人間……ちゃんと言えば、人間が演じる『怪異』を使った。
儀式にはよく『見立て』が使われる。例えば、神様への供物は実際は人間が食べているが、それを減らすことで神様が「食べた」ということになる。これも同じだ。怪異に「見立てた」人間が、蠱毒の儀式に使われたのだ。
怪異の役割を果たした人間。そして怪異同士での食い合い。外界に通じる上の穴。
……そういうことか。
怪異の中で勝ったものが、この空間から出られる仕組みになっている。
そのうち勝ち進んだのが、わたしと黒田君だ。
そして、被害者の内、最後の一人は……。
「――ふざけんな」
あまりに胸糞悪い推測に、言葉を込めて吐き捨てた。
さぞかし密閉された学校は、蠱毒に使いやすかっただろうよ。
真っ暗な奥から、赤く光るものが二つ。
「うわ!」黒田君が姿勢を崩す。
地面自体が、うねうねと動き出したのだ。わたしもバランスをとるのに必死だった。その時。
シュルル、という音がした。