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19/27

7/7 AM5:00

 7月7日未明。

 それは、大きな波を伴って現れた。

 湯舟に飛び込むことで、湯が床に溢れ零れるように、波は陸に押し寄せてくる。

 波は振り子のように、岸や砂浜にぶつかって行き来をくりかえした。その度に波は大きくなって川へと流れ込む。

 大きな飛沫が土砂降りのように降って来て、地面や砂にしみ込んでいった。


 鉄の匂いと、塩の匂い。そして何かの腐った匂いに、思わず息を止める。


「……っげほ!」


 隣では、何時もは表情が変わらないケイが顔を真っ青にし、肘の裏側で口元を抑えた。だが間に合わず、せき込み始める。そりゃそうだ。こんな匂い、嗅覚が鋭い〈憑き物〉じゃなくても、常人の嗅覚しか持たないわたしだって辛い。胃液がせり上げてきそうだ。

 だが、ここでケイがこうなると……!

 わたしの心配は、すぐに的中した。


 巨大な何かが、こちらに振り落とされてきた。


「ケイ!」


 わたしはとっさにケイを()の糸で絡ませ、自分の腰に巻き付けた。そしてもう一つの糸で後方にあった木々の枝にひっかけ、上へ飛ぶ。

 押し寄せる波のように、その腕は地面にのめり込み、わたしたちがいた場所はサイコロの形にして割った。

 一瞬遅れて、砂埃と細かい石の破片が、あっという間に空気を汚染する。少し目に入り込んでしまい、涙で視界がゆがむ。

 糸を木に引っ掛けたのはいいものの、その腕の余波が地面に伝い、周辺の木がなぎ倒された。

 砕けた樹皮や鋭い枝が、矢のように地面に降り注ぐ。レンガやコンクリートの地面はえぐられ、何かが引き回されたように割れている。

 わたしはなんとか木に引っ張られぬよう、うまく糸を切った。そのまま風圧で吹っ飛ばされる。

 頭から落ちることを覚悟したが、ケイが何とか抱えて着地してくれたらしい。サザンカの生垣の上に落ちたこともあって、衝撃は殆どない。木の枝が、皮膚と爪の間に少し刺さっただけだ。

 ケイはわたしを離した。わたしは立ち上がって少し離れ、ケイの様子を見る。

 ケイの咳が止まらない。地面に手をついて、四つん這いになっている。ケイの赤く長い腰巻が、地面に広がっていた。

 ケイの右手は黒い鱗に覆われ、鋭い爪が地面に食い込んでいたが、左手はわたしを抱える際に爪でケガさせないようにしたのか、人間の手になっていた。――そのせいで、腕は土と血で混じり、痛々しい。〈憑き物〉の再生力・治癒力は高いとわかっていても、ちっとも平気に見れない。

 だが、痛みを想像することで平静さが保たれなくなるなら、そんな同情や共感は捨てる。

 わたしはケイの背中を撫でながら、海から現れたそれを見上げた。


 砂埃は晴れ、同時に夜の闇も消えていく。




 わたしは、言葉を失った。




 朱く、朱く染まった海と川が広がっていた。

 その水に染められた砂浜も地面も砂浜に打ち上げられた海藻もゴミも、まるで戦場のように朱く染まっている。

 その少し向こうには、船どころか街すら足蹴りにしてしまいそうな、巨大な怪物がいた。


 高さは……()()()()、3メートルほどだろう。()()が、()()()()()()()()()()()()()()。あれが海面から出てきたら、もうこの辺りは海に沈んでしまう。

 海面から飛び出した、長くぬらぬらとした腕の正体は、逆光でまだよく見えない。鎌のようなものが鋭く反射していた。


 低く、風をうねらせるような音が、全方向に響き渡る。

 この時期は梅雨に入るはずというのに、今日の夜空は雲がほとんどなく、星がよく見える日だった。今でも天の川がよく見える。

 音が止めば、風も止んだ。

 それなのに黒い山々が、その光景を称えるようにそびえ、ざわつく。

 東雲の空と、空を強く染めるかのように朱い海。

 逆光を浴びて這い上がる様に出てきたその怪物は――。








 ――話は、12時間ほど前にさかのぼる。

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