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藤見の話 サトシのぼやき

 皆さんこんにちは、改めて初めまして。『黄昏堂』の調査員、サトシと言います。ちなみに仮名。

『サトリ』という妖怪の〈憑き物〉――あー、敬語かったるいわ。普通に喋ろう。


 この組織(『黄昏堂』)、表向きは宗教法人だが、本職は知っての通り妖怪退治だ。

 そのため『黄昏堂』には術士(聖職者もここに含む)、〈憑き物〉、〈血族〉、呪具使い、妖怪、一般家庭で育った普通の人によって構成される。

 だが、そんなくくりや役職とは関係なく、殆どの団員がお祭り好き、イベント事好き。特に大人組はイベントと言ったら酒、酒と言ったらイベント。誰かの誕生日を喜んで祝うのも、「酒が飲める」から。どんだけのん兵衛が多いんだよ。

 まあそういうメンバーだから、『怪談の蠱毒』の一件が片付いた時には、とっくに桜は散り、花見の中止が言い渡された。『黄昏堂』のメンバーからはブーイングが起きており、そろそろストライキでも起きるかと思われていたところだ。


 けど、ギリギリ間に合ったイベントがある。それが藤の花。平地ではすでに散ってしまったが、山中は今が見ごろだった。









 ということで今日は、花見ならぬ藤見。

 藤棚から零れる木漏れ日。藤の花かおる風。――なにより、机の上で蓋が開けられた重箱には、華やかで鮮やかなおかずが詰められている。錦糸卵が乗ったちらし寿司がお(ひつ)ごとあり、自由によそいで食べられるビュッフェ形式になっていた。端にはガスコンロがあって、藤の花の天ぷらが揚げられている。抹茶ケーキもあった。食堂の人達が腕を奮ってくれたみたいだ。


 早速、大人組はさ……般若湯(隠語)が入り、どんちゃん宴会騒ぎだ。

 宴会はいくつかグループが出来ており、皆それぞれ好きに過ごしている。その中でもひと際人数が多いグループがあった。

 皆が座っている中で、一人立っているのは『黄昏堂』調査員の一人、川姫だ。主に福岡県・大分県・高知県に伝わる妖怪。妖怪には美女が多いが、彼女も例に漏れない。

 ふわりと風にのる長い髪には、両サイドに藤の花を模した髪飾りと、鈴が付いている。若緑色のストールを領巾のように絡ませた腕は、「白魚のよう」だと評されるほど細く美しい。


「みなさ~ん」頬をほんのりと赤く染める川姫は、瓶をかざしながらこう言った。




「今からアマノウズメの踊りを見たい人~」


「はあああああい゛‼」

「こらこらこらこら」



 勢いよく手を挙げ、アイドリング時のエンジン音のような声で賛同したのは、団員からは「(ひょう)ちゃん」と呼ばれる河童。と言っても、頭に皿はなく、甲羅もない。また、一般的には「イケメン」と言われるぐらいには人の形をしている。代わりに腕は緑で、水かきがついている。そしてスケベだ(大体河童はスケベ)。

 ちなみに川姫が言ったアマノウズメの踊りというのは、天岩戸の際、「(うけふ)せて踏み轟こし、神懸かりして胸乳かきいで裳緒(もひも)(ほと)に押し垂れき」と言われる踊りのこと。……まあつまりは、そういう踊りだ。

 さすがにそれは許さないのが、『黄昏堂』福岡支部の局長だ。


「さ、……般若湯はまあ目をつぶるとしても、公序良俗は守ろうね。未成年もいるし」

「ええ゛~‼」


 兵ちゃんからブーイングが巻き起こるが、局長は譲らない。お坊さんのように黒い着物を着ている局長は、名の知れた陰陽家の出だ。風のせいか寝ぐせなのか、はたまたは酒飲みに絡まれたのか。髪は少しぼさぼさだ。眼鏡の向こうの瞳はつぶらで、いつも柔和な笑みを称えている。

 だが局長は、絶対に「NO」と言わせない気迫を持っていた。


「まあ。こんな麗らかな日に、心のままに踊るなと言うのかしら?」

「踊りにもいろいろあるじゃないか」


 艶やかな唇を尖らせる川姫に、局長はそっと藤の髪飾りをすくう。


「せっかくこんな美しい花が咲いているのだから、その花にふさわしい踊りが見たいな」


 そう言うと、まあ、と川姫は頬を染めていった。局長の首に、細い腕を絡ませて微笑む。


「じゃあ今夜、二人きりで眺めましょう? きっと夜の方がきれいだわ」

「ああ、いいとも。素敵な踊りを見せてくれたらね」


 その言葉に、少女のようだった彼女の顔は、花が開くように色めきたっていく。

 川姫という妖怪は、主に「美人だが、見惚れると若い男の精気を抜いて殺す」と言われている。……まあつまりはそういう妖怪。うっかりすると男性陣が全員彼女に骨抜きされる。そして精気をごっそり搾り取られるぞ。

 その美貌の妖怪に、まったく動じず接するのが局長(28歳)だ。局長しゅごい。


「それじゃあ――」


 そう言って、川姫は瓶を下ろした。その途端、小さな竜巻が彼女の腕に纏いつく。

 風が晴れたときには、藤の花が下がった棒と、黒塗りの笠が現れた。

 それを見た局長が、持っていた三味線を取り出す。


 藤娘が、風と共に踊る。

 五月の風が、藤棚から下がった花房と川姫のストールをカーテンのように揺らした。零れた花弁は、藤棚から漏れる木漏れ日を反射しながら、川姫の踊りを隠すような、あるいは魅せるかのように散っていく。

 川姫の視線は、広がる髪は、そのピンクのワンピースのしわは、大樹を制そうと絡みつく藤の枝のようだ。


「『いとしと書いて 藤の花』、か」


 水筒で緑茶を飲んでいた八蝶(やちよ)が、そう言った。


「何だよそれ」

「この踊りの歌詞。ほら、ひらがなの『い』を10個書いて、真ん中にひらがなの『し』を通したら、藤の花に見えるでしょ」


 そう言って、八蝶は砂に絵を描く。

 ……確かにそう見えなくはない、か?


「しかしまあ、歌と踊りに夜の誘いを重ねてくるなんて、さすが姫ちゃんだわ」

「え、これそういう意味なの? 藤の精じゃなくて?」


 俺の尋ねに、さあね、と八蝶が返す。こいつ、色々詳しいよな。



 八蝶(やちよ)。本名なのか、仮名なのかは知らない。名前は簡単に知られると呪いをかけられてしまうため、基本的に団員(主に術士)は明かさない。だが、偽名だろうか本名だろうが、基本苗字とセットで登録されているにも関わらず、八蝶は苗字にあたる名前を登録していない。

 その上、男か女かもよくわからない。日によって装う性別が変わる。今日はチェック柄のワイシャツに白いズボンを履いていた。……男、なんだろうか。いやでも今日は口調とか声が女っぽいんだよな……。

 それ以外はごく普通の人間で、本来なら退魔能力どころか、霊や妖怪を視認する『見鬼の才』もない。それを〈ソメさん〉と呼ばれる()の付喪神の力を借りることで、戦闘員に相応しい活躍を見せている。先程言った、「呪具使い」に入る人間だ。


 そう、普通の人間なのだ。……こんなフツーじゃない組織の中では、『異常』とも言える。


 さっき言った通り、『黄昏堂』の事務や雑務では、一般家庭から入って来る人もいる。けどそれは、あくまで裏方の仕事だ。

 普通呪具使いは、見鬼の才があるか、なかったとしても術士の家系に生まれ育ったものがなると言われている。だがこいつは、そんなバックボーンもなく、ごく一般的な家庭で育ったらしい。

 なんでこいつがこの歳でこんな「普通じゃない」世界に入ったのか。本人は、


『やってみたいからなってみた』


としか言わない。

 おそらく、〈憑き物〉の昔馴染みだという影響があると思うんだが……。

 そう思っていると、「おい」と声をかけられた。噂をすれば影だ。





「早く取りに行かないと、大人組に全部食べられるぞ」



 そう言って、太い藤の幹の向こうから顔を出したのは、戦闘員のケイだ。

 顔だちも体つきも中性的で不明な八蝶とは違い、見た目も中身も厳つい男なんだが、なぜかスカートを履いている。今日は戦闘じゃないからか、飛んだり跳ねたりするには制限されそうな、ソムリエエプロンのようなロングスカートだ。だが、ノースリーブのシャツから覗く上腕二頭筋は、成人男性と比べても勝るとも劣らない。つまり、完璧に「男」。女装ではない。

 以前『なんでスカートを履いてんだ?』と俺が聞いた時、ちょっと考えたケイから、


『機能性か好みか主義主張、どれが一番納得するんだ?』


と返された。――結局こいつら、はっきりとした答えを言ったことがねえ。


 八蝶(やちよ)と同い年で、俺より二つ年下だが、生意気にも身長は俺より高い(ちなみに八蝶は俺と同じぐらいだ。多分俺の方が高い)。見下ろしてくる目は蛇のようで、虹彩は縦に細長い。

 実際、コイツは蛇の〈憑き物〉だ。

 目があまりに威圧的で、年少組からは大概恐れられるんだが……。


「……懐いたな、そいつ」


 ――ケイの筋肉質な腕には、猫がくつろいでいる。

 実際猫ではなく、西牟婁郡タイプの牛鬼が憑いた〈憑き物〉で術士。だが、困ったことに口もきけず、俺が読心しても思考らしきものが存在しないため、名前も性別もわからなかった。幼い頃にいじられ、人として過ごした時間が少なかった弊害だろう。

 野生の動物よろしく、警戒心が強く、俺たちには近寄らないし、俺もこいつの邪気にあてられやすくて遠ざけてたんだが――なぜかケイには懐いた。


「そりゃ、ケイがご飯を毎日作ってあげてるからでしょ」


 八蝶(やちよ)がサクッと言う。


「佐藤さんにも懐いてて、結構食堂にいるよ。この子」

「マジ?」気づかなかった。



 佐藤さんは『黄昏堂』の食堂のおばちゃん(一般家庭出身)だ。おばちゃんっていう歳じゃないんだが、佐藤さんが「食堂のおばちゃんって言われたい」と主張するため、俺たちはそう呼んでいる。でも本人の前以外では、俺らは「佐藤さん」と呼んでいる。

 ちなみに、でっかいお腹を抱えてリーマンの恰好をした狸のおっさんの隣に座っているふくよかな女性が、佐藤さんだ。


「子どもはご飯くれる人に懐くんだよ。ねー」


 八蝶(やちよ)はそう言って猫と目を合わせようとするが、ふい、とそっぽを向かれてしまった。


「……お前はやってないのかよ」


 どう見ても懐かれてない。


「たまにあげてるよ? ポッ〇ーとか。全然食べてくれないけど」

「猫にあげちゃだめだろそれ!」

「猫じゃないよ人間だよ‼」


 そう言って八蝶は食って掛かる。


「君がずっと『猫』『猫』って呼ぶから、皆『にゃん』だの『にゃんこ』だの呼び始めたんだよ! 特に子供とか動物とか可愛がりたくって仕方ない男性陣に!! いい加減、そろそろちゃんとした名前決めてあげよう⁉」

「えー……」


 本人の同意なく名前を付けるのはいいんだろうか。

 名前はこの世で一番短い呪だ。名前を付けることで、その魂の形を定義づける。だから不本意な名前を付けられると苦しむし、名前を知られれば危険な目に遭うこともある。現在も名前の呪いというのは強固で、インターネットに本名を載せたら危ないのも、後者に分類される。

 非人道的行為を受けていたとは言え、SFで出てくるような、ナンバーでしか呼ばれない被験者とは違い、おそらく術士として名前を付けられていたこいつに、勝手な名前をつけてもいいんだろうか。何かの呪いが発動したりしないか?

 だが、八蝶は「『猫』なんて不本意な動物名で呼ばれるよかマシだよ! もはや名前呼びになりつつあるじゃん!」と主張。


「ほら、素敵な名前を考えて! 男の子でも女の子でも違和感ない名前!」

「えー……うーん……」


 俺は、風に揺れ、クマバチが漂う藤の花房を見ながら言った。


「じゃあ……、






『しのぶ』」



「待て待て待て待て待て」


 八蝶が待ったをかけた。


「今何想像した? 何想像した?」

「いいじゃねーか。きっと多くの小学生は『竈門(かまど)に生まれたかったなあ』とか、『名前、しのぶがよかったなあ』って思ってるぜ」

「もういろんな意味でアウトだアウト‼」口調が大分荒くなる八蝶(やちよ)

「何ならお前も『八蝶(やちよ)』じゃなくて『胡蝶』に――」


 ギンッ。

 ……心臓と脈が、一瞬止まった。

 ギギギギ、と、動かなくなった首を、何とか動かす。

 八蝶の後ろに立っていたケイが、俺を睨みつけていた。蛇の妖怪特有の『邪視』だ。これに睨みつけられると、メドゥーサのように身体が硬直する。


「……わ、悪かった。ナシな」

「いやまあ、素敵な名前だけどね? もっと自由でいい名前にしよう! ケイは何かある?」


 八蝶(やちよ)が振り向いた時には、ケイは邪視を解いていた。止まっていた血が、ふたたび身体全身に巡り始める。ドックドックという動悸が、こめかみあたりからした。

 ……おいおい、八蝶(やちよ)に不本意な名前をつけただけで邪視かよ。過保護にも程があんだろ。


「センスがないから、パス」

「ノリ悪いな‼ ちょっとは考えてよ⁉」

「お前なー。人にはいろいろ文句つけるだけで、お前は案出さないのかよ?」


 呆れた俺の言葉に、うーん、と八蝶(やちよ)が悩み始めた。

……こいつが黙ると、急に静かになるんだよな。喋るとドローンよりうるさい。

 さっきまでは耳に届かなかった三味線の音と、川姫がつけた髪飾りの鈴、藤に集うクマバチの羽音と団員たちの笑い声が響く。


 あ、と八蝶(やちよ)は言った。



「『(かなで)』とかどうかな? 音楽を演奏したり、舞を舞ったりって、いかにも自由な感じじゃない?」

「確かに、今日名前を付けるなら、そうだな」

「でしょ? それに――」


「だめだ」


 とっさの言葉だった。

 八蝶(やちよ)とケイが、こちらを見る。

 八蝶の大きな目が、蝶のようにゆっくりと瞬く。

 そのまつ毛の風なのか、それとも気のせいか。散っていく藤の花びらが、少しだけ動きを変えたように見えた。


「……『奏』はほら、某アーティストの歌思い出すから駄目だ」

「いやこのタイミングで思い出すことある???」

「どうせなら、『響』にしよう。ヒビキでも、キョウでもいいけど。そっちの方がいい」


 音が大気を震わせる。舞が風を起こさせる。

 揺れる藤の花。風に舞う花びら。舞うストールとワンピースの裙。

 元々、『揺れる』とは、エネルギーがあることを指す。呪術においても、魔を祓う行為として使われる。『響』にも、その意味が込められている。

 そう言うと、八蝶はそうだねえ、と言った。


「なんかヒビキのほうがキョウより音が強そうだし、そっちにしよっか。ヒービーキ!」


 八蝶(やちよ)の言葉に、ヒビキと呼ばれたそいつは、耳だけをピクリと動かしただけで、ケイの腕に鼻をうずめていた。

 だが八蝶はそれに怒ることなく、にっこりと笑っている。触れることなく、囁くように、八蝶は言った。


「きっと、名前と、『黄昏堂』の皆が君を守るからね。もちろん、わたしも」


 突風が吹いた。

 八蝶の髪が、頬を叩きつけるようになびく。


 遅れた春の嵐のようなそれは、あっという間に多くの花びらを連れ去っていった。


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