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アンナのまほう -in The Polar Night Veil-  作者: 白ノ汽車
序章〝Polar Night Veil〟
2/11

No.2:流れ星

 初めは、魔物に襲われたから呼ばれたのかと思った。

 ギルベルト・ロートシルトと名乗った者の外套や剣ダコに気づいて、ああそうではなかった、と考えが及んだ。彼は士官学校の学生だ。

 しかし、従騎士にしてほしい……という申し出をされるとは、思いもよらず。

 先月の騎馬パレードで、近海を守護する海の騎士団の老爺を訪ねてきた少年を思い出した。

 老爺騎士のオズは前線を引いて久しく、すでに顧問的な立場である。まだ若い時分から人を育てることによろこびを見いだしていた、と酒の席で語っていたのも知っているから、従騎士を何人も抱えて尚、まだ足りないと笑っていたことも不思議ではなかった。

 ただ、おれは彼とは違う。単騎で駆けることや一騎打ちが性に合って、同じく単独で過ごすのが好きな、この馬と巡り合った。

 気難しいが、ガタイが良くていい馬だ。……馬の精霊だ。

 昔、ちょうど百十五年前のこと。空にヴェールが出現したとき、一匹の野生の天馬が空に向かって駆けていった。

 大きな翼を目一杯まで広げて、視認できないほど雲の向こうまで行った天馬だ。

 通常の栗毛や芦毛の天馬は雲の下までしか届かないが、たった一匹だけ生きていた絶滅種である雌の〝黒衣の天馬〟は雲の上まで飛べた。

 野生の天馬はもともと人を乗せることを好まない。親の代から訓練し、人とともに生きた天馬の子だけが騎馬として人を乗せられる。

 その黒い天馬は野生だったために単騎で飛んだが、雲の上まで行って……ヴェールの魔力に耐えきれず翼が消耗し、墜落事故を起こした。

 全身打撲の重体だったが、特に翼の骨が砕けてしまっていて、回復する見込みはない。切り落とさなければここから腐ってしまうと言われたようだ。

 天馬はただの獣医では診られない。天馬の治療を専門にした獣医による手術で翼を切除してから生きる意欲を無くし、縄張りだった別の騎士団の領地を離れ、エルヴァスティ領内の湖で暮らしていた。

 おれの愛馬になるまで。

「セレン……今日は威嚇するなよ」

 嫌そうに鼻を鳴らすな。撫でたら少しおさまったが、今夜も威嚇するかもしれない。

 愛馬のセレンはもともと天馬だった。ヴェールに近づいたせいか、生まれたときからだったのか、一度どこかで死んでしまったのか、その体は精霊のものになっている。

 夜でも青白く光る蹄と、筋肉の隆起がくっきりしていて、一歩だけでも重たそうな馬体で仔馬のように軽快に走ることがその証拠だった。

 セレンはどんな馬よりも速く走るから、エルヴァスティ領内全域が庭のように思えるが、今夜は山際を巡回することはやめた。川の沿路から離れずに――魔物を追い込もうと思う。

 最近、一人だけ観客が来るからな。セレンの黒い(たてがみ)を撫でる。

 ギルベルトと出会ってから、思い出したことがあった。数年前、騎士の叙任を受けてしばらくしてから、〝黒衣の天馬〟のことを伝え聞かされ、会いに行ったことを。

 この川の沿路をもっと下っていき、馬車が通れる道を外れて森を抜ける。そこにある湖だった。まだ夜のうちに出たから、セレンと出会ったのは薄明の朝だった。

 空は薄く紫色で、ヴェール越しの朝日はほの白い金色で、空と陽の中間が橙色や桃色の散乱光を帯びていた。

 なぜ気に入られたかはわからない。おれはただ伝え聞いた話が気になって、夏至の休暇を使って徒歩で湖まで行き、セレンの水浴びや食事をぼんやり眺めて、草原に寝転んでいただけだった。

 おれが遠景を眺めていた間に、セレンの方からこちらに興味を示して近寄ってきたのである。

 不思議そうな目と目が合ったとき、あたりはもう夜の様相だった。ちょうどこんな、春になりきらない季節で。

 春の夜七時、湖のほとりと、この川の沿路。場所は違うが、今度はおれがセレンの方だ。

 草原の向こうで、一人の騎士見習い志望者と借りてきたという馬がやってきた気配がする。

 セレン……正式名を〝穏やかな夜(セレーネノート)〟で登録した愛馬と出会ったときのように、今度はギルベルトという騎士見習い志望者が、セレンに乗るおれを見に来ているのだ。

 今夜で四度目か。二度目から言葉を交わすことはない。毎度、獲物が一匹か一人か二人ほど獲れた頃、向こうの気が済んだら離れていく。

 狩りに手を出されたりすることはないし、邪魔にならないどころか人間が視認できるギリギリの範囲からこちらを見ているから、いくらでも見ていて構わない。

 だが、今日は月が出ない日だった。こういう日は決まって魔物の数が多い。エルヴァスティ領だけじゃなく、大陸全域で観測された統計結果に基づいても、新月や雨の日、雪、嵐の日……光が無く天候が悪い日、魔物は活発になる。

 すべて、あのヴェールが空に出現してからだ。ほとんど伝説や口承だった魔物が身近になったのは。

 この〝ヒスタル大陸〟を極夜で閉ざし、他の大陸との交流もままならなくしたのがヴェールである。

 魔法のヴェールに触れれば、古代から魔法生物として空に君臨していた天馬種だってただでは済まない。ヴェールを出現させた魔法使いは、依然として謎のままだった。

 彼は、いまもどこかで生きている――という話は、騎士でなくても、誰もが知っている。空に、ヴェールが存在する限り。

 魔法は、かけた本人が死ぬと解けるものだった。

 おれは魔法使いではないから詳しくはないが、この大陸にはもともと何人もの魔法使いがいて、毎年の夏至の始まりを告げる〝祝祭〟は、もともと世界で最初の魔法使いのための祝祭である。

 魔法使いたちが始めた、世界で最初の魔法使い……〝魔女王ワルプルガ〟のための。故に、公式文書や伝統的には〝ワルプルガの祝祭〟だ。

 祝祭を通じて、人間は魔法を見た。精霊に出会った。夏至の祝祭はもともと、神秘と人間が交歓する祭だった。

 〝太陽週間〟や〝自由週間(カデンツ・ウィーク)〟などといった、地上に太陽や自由のある時間が特別なものになる前の呼称だ。

 澄み渡る青い空に輝く太陽が、美しかった極夜が、美しかった白夜が。星空が。すべて、ヴェールの向こう側へ。

 おれたちが見ているのは〝極夜のヴェール〟などではない。〝魔法〟ではない。悪戯に生命の活力を奪っただけの暗幕である。

 暗幕が空を覆ってからというもの、魔物ばかりか犯罪が増えた。自治領の他民族が決起し、反乱が起こった。南の大陸〝ドレフティア〟との国交が困難になり、大陸間で船が出入りしなくなった。

 そんな情勢のなか、有望な騎士の予感が身近にあるのは悪いことではない。

 セレンの(たてがみ)をもう一度撫でてから、目を閉じて魔物の気配を探った。

 ――いる。遥か後方だ。山際から、群れで。両耳の裏がピンと張るような感覚が、理解するより先に、この身と剣に教えてきた。

 思っていたより数が多そうだ。これは……ギルベルトの方まで魔物の群れが及ばないように、奇襲して薙ぎ払うしかない。



 今夜で四度目だ。騎士ハーロルトの夜狩りを見にきたのは。今夜は今までのように山際ではなく、川の沿路を巡回しているルートだと思っていた。こういう月明かりがない日に、魔物は人間の通る道に出てくる。

 しかし、草原の向こうの影は、急に山の方へ向かって駆けだした。

 暗闇に青白い四本の線が引かれていく。――いや、これは目的地に向かって迂回する、大回りのルートだ。なにかを狙って草原を駆ける影が遠ざかっていく。

 その〝なにか〟が魔物だという予感がよぎり、こちらも距離を保ちつつ馬を走らせた。

 どれほど走ったか考える間もなく、追いかけるだけで精一杯だった。身軽な馬の精霊を見失わないように指示するだけで、ぼくも、借りた葦毛の馬も体力を使ってしまって。

「ありがとう、グラズル……」

 馬屋から聞いた、この馬の名前だった。〝歓喜(グラズル)〟といういい名前をつけられた葦毛の牝馬は、四度も指名して借りたおかげですっかり懐いてくれている。

 今夜は手綱を使わなくても、遠くの黒馬を見失わず、近づきすぎない距離を保てるようになった。

 水を飲ませてやりたいところだが、先に黒馬の方で動きがあった。もうぼくにもわかる。魔物の群れを、ハーロルトと黒馬が捕捉した。

 望遠鏡越しに見てみると、ハーロルトが両刃の長剣を抜いて、黒馬を走らせた瞬間だった。

 長剣の一閃で、魔物と思わしき異形の影が二、三匹斬られていく。野生の狼ほどの大きさの個体なら、黒馬の後ろ蹴りでも踏み潰せるようだった。

 騎士の剣の線と騎馬の蹄の線が夜の草原で鋭い螺旋を描き、紛雑に跳び動く魔物を仕留めていく。

 草原を踏み荒らす十匹、黒馬に飛びかかる五匹、ハーロルトに飛びかかる三匹、それらを遠巻きに見て隙を伺っていた他十数匹を……彼らはなんて早さで捌いたんだろう。

 騎士と騎馬が一心同体で、お互いが己の目と手足のようだった。

 魔物の群れは、すべて撃退された。

 ぼくは本当にそう思って望遠鏡を下げかけたが、次の瞬間、レンズの縁に黒い飛ぶ影が見えた。

 騎士ハーロルトに会いに行ったその日、ぼくが襲われたのは――空飛ぶ魔物ではなかったか。

 ぼくは望遠鏡を捨てて剣を引き抜き、騎馬ではないグラズルの手綱を握る。

 人やモノを運ぶ訓練しかしていない馬は怯えるかと思ったが、グラズルがぼくの指示を受ける体勢になったことが、馬具越しの馬体から伝わってきた。

 魔物はぼくを目がけて飛翔し、猛禽類がネズミを捕るように(あしゆび)を構える。

 鋭く長い鉤爪を剣の腹で弾くと、金属の反動が掌から伝わって、骨がジーンと震えた。訓練で得られない、本気の攻撃だ。

 それが絶え間なくやってくる。魔物の攻撃を馬上でいなすだけで、剣を振るう暇がない。

 手綱を取って距離を置こう――そう思ったとき、グラズルが魔物の攻撃をかわした。ぼくを守るように。

 そのおかげで飛ぶ魔物は目測を誤って草を引き千切っただけで終わり、また高く舞い上がる。

 ……まるで鷹、いや、鷲のような魔物だ。

 襤褸布のような翼を広げ、またこちらに狙いを定めようと旋回している。

 弓矢も持っていれば良かった。通常、空を飛ぶ魔物は天馬騎士団が狩り尽くすため、地上で出会うことはまず無い。

 この前ぼくを狙った魔物も、討伐されていなければこいつに違いないな。急降下してきたらぼくの間合いだ。そのときは確実に獲る。

 呼吸を整えて、魔物のスピードを目に焼きつけた。



 天馬騎士団の討ち漏らしがいる、とは聞き及んでいた。あいつなのだろう。エルヴァスティ領内へ再び入っていたとは。

 騎士見習い志望者の力試しにしては……あの魔物は大きすぎる。

 だが、最初から手を貸すのも野暮だと思った。

 わかるか、セレン。ギルベルトは、自分の馬と一緒にあの獲物を仕留めたいようだぞ。

 セレンの(たてがみ)を撫でつけ、まだ戦いたい、と訴えて駆けていきたそうな馬体を落ち着かせた。

 危なくなったら、もちろん助ける。

 そして、それは今じゃない。

 ギルベルトは鷲型の魔物の動きを見定め、いつでも迎え撃てる体勢だった。馬も体が温まっているらしく、主人の指示があればスムーズに動けるのだろう。

 ギルベルトと馬に注視されている魔物は、攻撃する隙を探っていた。

 両者の緊張は、鷲型の魔物が空を一周旋回するごとに高まり、極限まで張りつめたところで。

 一瞬前まで暗闇だった空が、緑白色の光で染まった。

 放射線状の光ではない。このあたりの空一帯を昼のように明るくして、草原の草の一本まで浮き彫りにするほどの。足元に野生動物の白骨が転がっていることも、たった今気づいた。

 鷲型の魔物でさえ、その姿を今初めて見たように思える。襤褸の翼は削られた炭のようだったし、落ち窪んだ眼窩には目玉らしきものがはまっていない。爪だけが精巧に造られた彫刻のようだった。

 魔物も人間も馬も、その形を克明にされる光だ。まだらに浮かぶ雲のシルエットが、緑白色の光の行き先を伸びやかに告げて暗くなる。

 光の靄を残して夜空に浮かぶ白い軌跡は、製鉄の火花が一線だけ焼きついたかのようだった。

 軌跡が向かった先は、山際から離れてエルヴァスティ領の端の森に行き当たり、その先の湖だ。昔セレンがいた、あの。

 そこまで思い当たったところで、鷲が動いた。

 こちらに向かったのではない。ギルベルトへ向かったのでもない。光を追いかけるように、湖へ飛び立っていく。

「……ギルベルト・ロートシルト! 追うぞ!」

「は、はい!」

 セレンの手綱を握って駆けながら呼ぶと、ギルベルトも馬を並走させた。

 多くの馬は、天馬か交雑種でもなければセレンと並走できない。速さの話ではなく、威圧感によって尻込みをし、スピードを落としたり、列を離れてしまう。だから騎士団の馬ではなく、おれが個人の馬として所有している。

 だがギルベルトの馬は、セレンと一定の距離を保ってついてきた。

「いい馬だ!」

「はい、グラズルといいます!」

 葦毛の馬は、黒い地肌に白い毛が生えている。年を取るにつれて毛並みは雪のように白くなっていくが、グラズルは斑点模様になった白毛が多く残る馬で、まだ若かった。

 セレンに負けないように駆けてくる馬の姿が、主人のギルベルトと重なる。いや、借りてきた馬だったか。それにしても、馬に好かれる人間はいい騎士になる。

 いい二頭の馬を併走させ、鷲型の魔物を追う道中で、空の軌跡はすっかり消えた。網膜の上には焦げたような残像がまだ浮かぶほどの光だったが、あれは……流れ星というには大きすぎる。

 鷲型の魔物も一直線に追いかけていった。狙った獲物を捨てて、脇目もくれず。……あの魔物だけが?

 森林が見えたとき、張りつめている顔をしたギルベルトが「ハーロルトさま!」と呼びかけた。

「なんだ!」

「向こうには他にも魔物がいるような気がします!」

「……だろうな、おれもそう思う!」

 羽虫のように光のもとへいざなわれ、他の魔物が集っていてもおかしくはない。

 森林付近まで到着してみれば、やはり野犬ほどの魔物がぞろりと取り囲んでいた。

「山ほどいるな……」

 剣を抜けば、魔物の群れはこちらに気づいて臨戦態勢になるものと、頭を低くして逃げ去るものとに別れて、だいたい三分の一は減る。だいたい二十か。造作もない。

 隣に並ぶギルベルトに「魔物を相手にしたことは?」と聞くと「先ほどが初めてです」と、正直な答えが返ってきた。

「じゃあ……離れて見てろ」

 二回戦は特等席だ。望遠鏡ではなく、自分の目で、存分に。



 騎士ハーロルトは、再び魔物の群れを斬り伏せた。魔物は屍骸を残さず黒い灰になり、散り散りになって暗闇に消えていく。

 どこか急いで切り伏せたようで、ハーロルトはサッと剣をしまうと「ギルベルト、湖へ行くぞ。魔物が向かってきても足を止めるな」と言って、振り乱れた前髪をかき上げた。

「次はぼくも戦います」

「初戦がこんな日じゃなくてもいいだろ……」

 新月の今日は、ちいさな聖火のランタンが二つだけの夜だ。こんな日だからこそ。

「ぼくも戦います」

「……好きにしろ」

 疲労が見えたハーロルト一人に、負担をかけさせたくない。

 だが、黒馬と走りだせば彼は呼吸を整えきって、いつも通りの平然とした表情に戻っていた。

 馬がよく通るのか、開けた道を一列になって抜けた先。急に開けた森林の中腹にあたる湖で、あの緑白色の光は空に向かって粉のように消えていくところだった。

 光の中心に、あの魔物が。

 ぼくが気づいたとき、黒馬から降りたハーロルトが斬撃を浴びせて……一撃だった。

 鷲の頭が胴体からきっぱり斬り離されると、頭も胴も、翼の羽根も残さず塵になっていく。

 しかし、それよりも。ぼくが馬上から降りて気づいたのと、ハーロルトが円筒型のランタンを向けて照らし出したのは同時だった。

「人だ……!」

 鷲型の魔物は、人間を襲っていたのだ。ハーロルトすら息を飲む。

 ぼくが倒れ込む誰かのもとへ駆けだして息を確認しながら顔を見るのと、ハーロルトがある部位をぼくから隠したのは同時だった。

「待て、見るな」

 見るな、と言われる前に、見てしまった。

 曲線的な華奢な脚が、左脚部が、膝から下――無い。

「あ……っ」

「だから待てと……」

 最初から無かったわけではないのだ。この被害者は、ぼくと同じくらいの年頃のこの子の脚は、魔物に。

 意識がくらりとした。脳裏で救命救急の講義が叩き起こされる。傷口を洗って、清潔な布を当てて、圧迫止血して。万が一の応急処置に使うためのガーゼならグラズルの荷に載せている。

 脚の断面に足りるだろうか、いや、早くガーゼを取ってこよう。そう思い急いで立ち上がると、ハーロルトがぼくを片手で制止した。

「ギルベルト……ここを見てみろ」

 そんな、悠長に。しかし、目線だけは示された場所へ素直に向かうものだった。

 ハーロルトの指先は、脚部の……血が流れていない断面に向かっている。

 そして、切断されたはずの断面は、ほの明るく光っていた。早足で駆けるときの、ハーロルトの黒馬の蹄のように。

「血が一滴も流れていない。この子は、精霊だ」

 冷えて青白い頬で、寝間着のような服で、湖に倒れ込む――この少女が。

 ハーロルトが自分の外套で少女をそっと包み、頭が揺れないように寝かせ直して、ほどなく。空の異変がこの方角へ落ちたのを見たという、エルヴァスティ騎士団の夜間部隊が駆けつけた。

 脚の断面はぼくのハンカチで隠しておき、ぼくは荷馬車に乗り換えて、少女とともに騎士団の兵舎がある一帯へ運ばれていく。

 荷馬車の最後部座席で寝かされている少女は、白い瞼を固く閉ざしたまま、温度があるまま、どんな呼びかけにも答えない。

 地面をならしていく荷車の車輪が跡を作るように、ぼくの胸の内にも、そう簡単には消えない溝が彫られていった。

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