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アヤカシ探偵社。其の壱拾弐

京都の地蔵盆は風情があってとても趣深い夏の風物詩です。その地蔵盆をモチーフに原点である妖怪退治のストーリーを書いてみました。京都に観光した様な気分でお楽しみください

 猫又は百歳を超えた老猫の尾が二本に分かれ、同時に神通力を得た妖怪である。日本特有の妖しと思われがちだが中国にも似た存在がいる。いや、妖怪伝承のルーツが支那である事が殆どなのである。



 京都の夏と言えば祇園祭と十六日の大文字の送り火が有名だが残暑の中での地蔵盆は京らしい風情溢れるイベントである。街のあちらこちらに燈火が掲げられ地蔵尊の前に屋台(テント)を設営し子供達はお菓子を求めイベント(ゲーム等)を楽しむ関西特有の夏の風物詩である。


 アヤカシ探偵社事務所は東山の、清水寺から更に奥に入った山道にある老夫婦の棲む民家の離れを拠点としている。京都は八月二十四日。地蔵盆のまっ最中である。爽・箔は老婆に各々水色と桃色の花柄の浴衣を着せてもらい少々退屈な得度を聴いてお菓子を貰うべくワクワクしている。蛟の姿では子供達の輪に入れない為あんじーに変化の術を掛けられて幼児の姿に化けている。

「くれぐれも術が解けぬよう注意するのじゃぞ。衝撃を受ければ蛟に戻ってしまい大騒動になるからの。京の民は物の怪には敏感じゃからのう」

 あんじーに忠告され爽と箔は尋ねた。

「あんじーは一緒に行かないの?きっと楽しいよ」

 あんじーはちょっと困った顔をして返答した。

「ううむ、儂とてお前達が心配で付き添いたいのじゃが地蔵盆は子供の祭りじゃからのう。確かに見た目は小学生じゃが歳は千歳を超えておる老猫なんでな。道義的に難しいのじゃ」

 箔は不思議そうな顔をした。

「ふうん…そんなもんなの」

 あんじーは微笑みながら送り出す。

「暗くなるから行ってこい。遅くなる前に帰ってくるのじゃ」

「あ~い~♪」

 爽・箔は元気よく出掛けて行った。近隣には地蔵盆がなく清水坂まで歩いて行かねばならない。あんじーは二人が見えなくなったタイミングで巳之助を呼んだ。

「巳之助、あ奴等を尾行するのじゃ。大事に至ればすぐさま儂に知らせよ」

「承知いたしました、あんじー様。必ずや蛟の兄弟はお守りします!」 

 あんじーは困惑した。

「いや、余計な事はせんでよい。知らせるだけで十分じゃ。お前も人間には見つからぬ様注意せい。己の身は己で守るのじゃぞ」

 巳之助は頭を垂れた。

「は!お任せください。では、行って参ります」

 言うが早いか巳之助は猛スピードで蛇行していった。

「やれやれ、あの速度では爽・箔を追い越してしまうやも知れぬな」

 どうしても不安を拭い切れない二人と一匹(正確には三匹)であった。


 夕暮れ時の清水五条。四丁目路地にある地蔵尊にテントが張られ提灯が灯されている。ぼちぼち近所の子供達が集まっていた。皆顔を赤らめて説話が始まるのを待っている。子供たちの中には爽・箔兄弟の姿もあった。程なく町会長が役員を連れて現れ、子供たちを呼び集める。役員の一人が茣蓙に行儀よく座った子供達に向かい有難いお釈迦様の話を説き聴かせた。だが子供には退屈らしく早く終わらないかとそわそわしている。だが爽と箔はしょっちゅうあんじーに説教されているので平気だ。内容が理解できず聞き流しているので馴れているのである。半時も過ぎ、やっと話が終わり町会長がお菓子の詰め合わせを配り始めた。子供等は列を成して順番を待つ。爽と箔も列に並んで己の番を待っていた。その時列に割り込んでくる子が。幼少の子供が大半なのだが年上の、小学三年生くらいの背丈はある。その姿を見て二人は驚いた。なんとあんじーそっくりなのである。しかしボブ・カットながら金髪ではなく黒髪で眼鏡もしていない。服装もエプロンドレスではなく黒基調のゴシックロリータ風ワンピースで頭に黒のヘッドドレス、黒い日傘を持っている。

「あ、あんじー?」

 思わず爽が尋ねた。

「ほう。儂を知っておるのか、童」

「違う、見た目はそっくりだけどあんじーじゃない!この子あたし達を知らない!あんた誰?」

 箔の発言に怪訝そうな少女。

「貴様も今呼んだろうが、私があんじーさ。そんな事はどうでもよい、爺い菓子を寄越せ」

 町会長が言葉を返す。

「お嬢ちゃん、割り込みはいけないよ。第一君は後から来ただろ。ちゃんと仏様の有難いお話を聞かないとお菓子はあげられないんだよ」

 拒否されたあんじーは怒りを顕わにした。

「知った事か!菓子を全部寄越せ!」

 自称あんじーは日傘を振り回し怒鳴った。顔が見る見る猫に変わりヘッドドレスの後ろから獣耳がニョキニョキ出てくる。周囲は騒然となった。

「ば、化け猫じゃあ!」

 皆一斉に駆け出し散りじりに逃げた。誰もいなくなった祭場には自称あんじーと爽・箔だけになった。

「ほう。お前たちは逃げぬのか。だろうな、同じ物の怪の匂いがプンプンしよるわ」

 箔が尋ねた。

「あんた何者?何でこんな悪さするのさ!どうしてあんじーに化けてるの⁈」

 自称あんじーは苦笑いしながら答えた。

「おやおや質問が多いねえ。じゃあ順番に答えようじゃないか。まず私はアヤカシ探偵社主宰あんじーさ。化けているんじゃない、本人そのもの。そして日本のお菓子が大好きなのさ」

 爽が鋭い指摘。

「今日本の、て言ったね!日本の子供はそんな事言わない!貴方外国の妖怪ね」

 図星を突かれて苛立つ自称あんじー。

「しつこいね、あんじーと言ってるだろうが!聞き分けの無い子はお仕置きだよ!」

 対峙する自称あんじーと爽・箔。

「婆ちゃん、御免。折角の浴衣だけど」

 二人は互いの頬をビンタした。軽い衝撃だが怒りに震える爽・箔には十分だった。鹿の様な角が突き出、背中から背びれが生えた。浴衣はビリビリに破れ光沢のある鱗の肌が露出。胴体と同長の太い尻尾が露出。

「おや、お前達蛟かい。龍神の仔がまさか日本の、京都にいるとは意外だよ」

「爽、コイツ中国の妖怪だよ。何となくヘンな喋り方だと思ってたんだけど馴染みがある…同じ国の妖怪だったんだ」

 箔に見抜かれ切れた自称あんじーは日傘を槍に見立て切っ先で突いてきた。咄嗟にお互いを突き飛ばし反対方向に避ける爽と箔。箔が口から火炎を吹き反撃するが素早く日傘を開いた自称あんじーに防がれてしまう。ならばと爽が水流で吹き飛ばそうと口から水流砲を発するが日傘に弾かれる。蛟の状態では本来の龍の力が出せないのである。

「お前達の能力はそんなものかい。所詮龍と言っても子供さね。今度はこっちからいくよ」

 自称あんじーは日傘の先端を天に翳した。すると暗雲が空を覆い雹が降り注ぐ。無数の落雷が東山一帯に火柱を突き立てた。焦る爽と箔。が、何故かいきなり黒雲が空の一点に吸い込まれ星空が表れた。その一点から人影らしき物体が降りて来る。地上に着いた者…長い黒髪の、二人と同じ年齢らしき美少女である。半透明の長襦袢を羽織っている。

「我が名はアマビエ。か様な街中で天災を引き起こすとは何事か?!」

 呆気にとられる爽と箔。偽あんじーは苦虫を噛み潰した様な顔をしている。

「ちっ!またややこしい奴が現れたね。凄まじい妖力を感じる。こりゃ分が悪い、此処らで退散するとしよう」

 言い放つと偽あんじーは日傘を開いた。傘はクルクルと回り空に舞い上がる。偽あんじーは西方へ飛び去った。

「まてー!!逃げるな、偽者!」

 箔が喚く。

「無駄だ、あの速度では追いつけまい。第一お前達では太刀打ちできんだろ?」

 アマビエの一言にムッとする爽。

「ウチらだって龍の姿になればあんな奴…!」

 アマビエは軽く微笑んだ。

「蛟のお前達が急に成長できるものか。子供の考えだの」

 二人はシンクロしたかの様に同じ台詞を吐いた。

「あんじーの成竜丸さえあれば!」

 アマビエはハッと険しい表情に変わった。

「あんじーとは猫又のあんじーの事か?全国各地で暴れ回っている大悪党妖怪の」

 アマビエの発言に驚く二人。

「あんじーは悪い事なんかしないよ!平和を守る良い妖怪なんだ」

 箔が反論する。

「今の奴があんじーだろ?そう名乗っていたが」

 爽と箔は激怒した。

「違うよ!何度も言ってるけど別人だよ。あんじーは悪さなんかしない」

「いや、私は全国各地を巡り悪行をこの目で確かめてきた。奴は相当な極悪妖怪だよ」

 アマビエと爽・箔が言い争っている時坂の上から馴染みのある声が聞こえた。

「お前達、無事か?」

 爽・箔とアマビエの三人は声のする方を見た。其処にはあんじーと巳之助の姿があった。二人の危機を察した巳之助が急遽呼びに戻ったのだ。

「あんじー!」

 歓喜する二人。その名を耳にしたアマビエは怪訝そうな顔であんじーを見つめている。

「先程の妖怪と瓜二つだが髪の色も衣装も変わっている。お前があんじー?これは一体どう云うことだ?」

 爽と箔は声を揃えて答えた。

「こっちが本物のあんじーだよ!」

 釈然としないアマビエを尻目にあんじーは二人に近寄り尋ねた。

「お前達、無事か?巳之助の話では儂にそっくりな妖怪らしいが」

 二人は喜々として答えた。「そうなんだよ!でもめっちゃ悪い奴だよ、みんなが楽しみにしてた地蔵盆をめちゃくちゃにしていったんだ」

 あんじーは事態を理解できず辺りを見回してみた。

「其方があんじーか?」

 アマビエが問い掛けてきた。振り返ったあんじーが答える。

「如何にも儂があんじーじゃがそちらは?」

「我はアマビエ。預言者にして現世を見守る者」

 ふむ、とあんじーは腕組みをした。

「噂には聞いた事が有る。天変地異を予知し民を災厄から救う土地神様じゃと。じゃが確か肥後の国のお方でしたな。そのアマビエ殿が何故京に?」

 アマビエはあんじーの眼を見て言った。

「確かに我は肥後、今で言うところの熊本を拠点としている。だが最近全国各地で悪しき予兆を感じてな。その根源を探っていたのだ。其処で目にしたのは数々の暴挙の跡。聞けば皆一様にあんじーと名乗る妖怪の仕業だと。其の方の所業か」

 あんじーはアマビエの疑問に答えた。

「成程。それは儂の名を語る者の仕業じゃ。おそらく先程の偽者が犯人じゃろう。とするとまだ市内の地蔵盆を狙っている可能性が高い」

 アマビエは非礼を詫びた。

「疑うような発言をしてしまいすまぬ。我も早とちりをしたようだ。ならば共に力を合わせて偽者を捕まえようぞ」

 アマビエの申し出を快く受け入れるあんじー。

「願っても無い事。アマビエ殿の神通力をお借りできれば千人力じゃ」

 二人の会話に箔が割って入る。

「ねえ、呑気に喋ってる間にも彼奴が悪さしてるよ!早く探しに行こうよ」

 アンジーも箔の意見に同意である。

「そうじゃな。早速八咫烏殿に知らせて烏共に市内を捜索させるよう依頼せねばな」

 あんじーの案にアマビエも同調。

「我も八卦を頼りに上空から監視しよう」

 あんじーにはアマビエの言葉がとても頼もしく思えた。

「ならば共に行動しよう。仲間に空を飛べる者がおる。早速呼び寄せよう」

 あんじーはぬこ神と鎌鼬を招集した。その間に爽と箔が尋ねた。

「ねえねえあんじー、オイラ達は何をすればいい?」

 あんじーは爽・箔を優しく諭した。

「危険じゃからお前達は家で爺と婆を守ってやれ」

 爽がぐずる。

「え~⁈オイラ達も一緒に行くー!彼奴には借りがあるんだ、次はコテンパンにしてやる」

 アマビエが鼻でせせら笑う。

「おやおや、お前達はまだ飛べんじゃろ?」

 アマビエの上から目線にムッとした箔が言葉を返す。

「成竜丸で大人になれば飛べるよ!」

 あんじーが窘める。

「成竜丸で龍に成れるのは精々五分程度じゃ。効能が切れれば偽の儂とは戦えんぞ。いざとなれば助太刀を頼むからそれまで事務所で連絡を待つんじゃ。本社を狙われるとも限らんじゃろ」

 二匹は渋々承諾した。巳之助と爽・箔は家に戻って行った。そうこうするうちにぬこ神が鎌鼬と共に到着。

「発見されれば烏共から連絡が入る。儂等も空から捜索するとしよう。鎌鼬は周囲の妖怪達から聞き込みをしてくれ」

 鎌鼬が答えた。

「任せてくれ。知り合いに片っ端から声をかけるぜ」

 待ちきれずアマビエが告げる。

「我は先に行かせてもらうぞ。見つかれば呼んでくれ」

 あんじーが答える。

「あいわかった。儂もすぐ続く」

 アマビエは薄衣を翻し飛び立った。あんじーもぬこ神に跨り空に舞い上がる。二人は其々逆方向に飛び去っていった。



 あんじーとぬこ神は烏丸七条の京都駅上空を回遊していた。其処へ一羽の烏が近づいてくる。

「あんじーさん!仲間から通報がありました、吉祥院天満宮近くの地蔵盆テントで騒ぎが起きてるようです」

「誠か!ならば偽物が移動せぬ内に急がねば。直ぐ向かってくれ」

 あんじーの要請に答えるぬこ神。

「あいわかった。全速で飛ぶぞあんじー」

 ぬこ神は巨大な翼を羽搏かせると上空高く舞い上がり、南に向け滑空を開始。凄まじいスピードで吉祥院に近づく。天満宮が見えた時何処からともなくアマビエが現れた。

「あんじー殿!貴殿も感じておったか。我の予兆は確かな様だな」

 あんじーは照れながら答えた。

「儂には予知や超感覚など無い、偶々烏に教えられたのじゃ。そんな事より急がねば偽者が移動してしまうぞ」

「確かに!」

 アマビエは衣をはためかせ地上に舞い降りていった。あんじーとぬこ神も続く。天満宮近くまで来た時、政所町の一角で火の手が上がっていた。なんと地蔵盆の周囲が燃えている!

「何と云う奴じゃ、テントに火を放つとは!」

 あんじーの怒号にアマビエも同調する。

「我も各地を周り悪事を観て回ってきたが村事焼き払うわ山を崩し埋没させるわ、正に極悪妖怪である」

 アマビエの体験談に絶句するあんじー。そこへ再び烏が近づいて話しかけてきた。

「あんじーさん!例の奴が桂で見つかったらしいですぜ」

 あんじーとアマビエは互いに顔を見つめ合い、吐息を吐いた。

「何と言う奴じゃ、京都中の地蔵盆を狙うつもりか」

 アマビエはあんじーの苦言を遮る様に促した。

「躊躇している暇は無い、また移動してしまったら追い付けぬぞ」 

「おお!そうじゃ、何としても捕まえねば」

「離宮の近辺で目撃との連絡が」

 烏の情報に答えるあんじー。

「そうじゃ、お前達で何とか足止めできぬか?たとえ五分、十分でも構わぬ」 

 烏は即答した。

「承知しやした。仲間に伝令しやす」

 言うなりカアカアと鳴き指示を伝える烏。

「アマビエ殿、烏達が時間を稼いでる内に参りますぞ」

「御意」

 あんじーとアマビエは桂離宮を目指した。



 桂離宮上空。無数の烏達が空を覆い尽していた。その中心に偽あんじーの姿が。

「ちっ、小賢しい烏共め!何の恨みがあって俺の邪魔をする?!」

 偽あんじーは行く手を阻まれ苛立っていた。

「雷撃で蹴散らしてやる!!」

 偽あんじーは黒い日傘を天に突き上げた。暗雲が渦を巻いて出現、稲光が降り注ぐ。だが暗雲を切り裂く様にあちこちから日光が差し瞬く間に暗雲を蹴散らしてしまった。

「だから街中で天災を起こすなと言うとろうが‼」

アマビエが怒りも顕わに吠えた。傍らにはぬこ神に跨ったあんじーもいる。偽あんじーは舌打ちした。

「ちっ。ややこしいのが揃っちまったね。本家と神使、おまけにキメラまで」

 あんじーは偽者に問いただした。

「貴様は何者じゃ?爽と箔から志那の妖怪とは聞いておるが何故儂そっくりの恰好をしておる?」

 偽あんじーは薄笑いを浮かべながら答えた。

「ふん、どうも日本の妖怪は質問が好きだねえ。何でもかんでも聞きたがる。そんなに私の事が気になるのかい?私は気前がいいからね、教えてあげるよ。私の名前はシェン・リー、中国の仙狸と言う妖怪さ」

 アヤビエがあんじーに耳打ちする。

「昔小耳に挟んだ事がある。確か長寿の猫が人に化けて精気を吸い取る志那の妖怪だと」

 あんじーは成程と頷いた。

「とすると儂の同類か。もしかするとご先祖やも知れぬな」

 あんじーは核心に触れてみた。

「シェン・リーとやら、儂に化けているのは何故じゃ?お主の目的は何なのじゃ」

 シェン・リーはせせら笑いながら答えた。

「あるお方からお前様の存在を聞き及んで会ってみたくなったのさ。周りの物の怪に愛され頼られているのが気に食わなくてね、お前を悪者に仕立て上げ孤立させたいのさ。だけど似せてるんじゃない、この姿が素のあたしなのさ」

 あんじーは落胆の仕草を見せた。

「はあ…また彼奴の入れ知恵か。毎度毎度儂に嫌がらせをしてきよる。困ったもんじゃ」

 気になったアヤビエはあんじーに尋ねてみた。

「嫌がらせをするとはあんじー殿と因縁のあるあのお方の事か」

 あんじーは不機嫌そうな顔で答えた。

「ご存じか。まあ日本の妖怪で儂の話を知らぬ者はおらぬでな。そう、白眉じゃ。アマビエ殿もご存知あろう、狐どもの神」

 アマビエは複雑な表情である。

「とすると白眉様の差し金か。成程、あんじー殿に化けてイメージダウンを計るとは…ちとやり方が姑息だのう」

 あんじーはアマビエの敬称に不満気である。

「貴殿まで様付けか。あのような邪神に敬意など不要じゃ。先の一戦以来直接手を下さず眷属共を焚き付けて回りくどい事をしよる」

 アマビエが引き攣った顔で言い返した。

「何を言われる!白眉様は性分はどうあれ狐だけでなく万物の神であることには違いない」

 アマビエとあんじーのやり取りに業を煮やすシェン・リー。

「ごちゃごちゃと何を世間話してるんだい。あたしと闘りたいんだろ?願っても無い事さ。日本の猫鬼がどれ程強いのか試してやる」

「猫鬼?」 

 聴きなれない名称にあんじーは疑問を抱いた。アマビエが耳元で囁いた。

「猫鬼も中国にいる妖怪で人を襲う猫ゾンビというか人狼みたいな存在である。仙狸に比してかなりの低級妖怪だ」

 格下扱いの物言いをするシェン・リーに怒り心頭のあんじー。

「ええい。、ルーツは貴様と同じじゃ!同族の誼で穏便に済まそうと思ったがようわかった、勝負してやる!此処では住民に迷惑がかかる、儂について来い!」

 あんじーはぬこ神に西京極競技場へ行くよう指示した。踵を返して西京極に向かうぬこ神。アマビエが追随、シェン・リーも二人に続く。



 西京極総合運動公園は右京区にある京都市最大のスポーツ施設である。アリーナ、陸上競技場、野球場等全ての競技に対応できる広大な敷地を擁する公園である。あんじー達は桂川を飛び越えて、たけびしスタジアム(陸上競技場)のピッチに降り立った。

「此処ならば周りの住民に迷惑を掛ける事もない、恰好の戦場じゃ。ま、多少施設が損壊するかも知れぬが」

 あんじーの台詞に傍らのアマビエは苦笑いである。件のシェン・リーも程なくあんじー達に対峙するかのように向かい側に降り立った。

「被害が及ばぬようにわざわざこんな場所を選ぶなんて、噂通りの人間好きなんだねえ。あたしは何でもいいんだけどね。じゃあおっぱじめようか。何なら全員で掛かってきて良いよ」

 シェン・リーは右手の黒い日傘を前に突き出した。あんじーもわきのパンダ・ポシェットから割り箸ほどの長さのデッキブラシを取り出す。と、見る見るうちに二メートル近くにまで長大化。大振りのデッキブラシを一扇、薙刀の型に構えた。睨みあう二人。

「あたしの得意な天候操作はそちらの妖怪に尽く阻まれてるからね。肉弾戦でいくよ!」

 シェン・リーは日傘の先を伸ばし物凄い勢いで突進してきた。身体に当たる瞬間デッキブラシを回転させ弾き飛ばすあんじー。後方に飛び退いたシェン・リーは跳ね上げられた日傘を瞬時に開き回し出す。傘は回転速度を上げ周囲の空気を巻き上げる。やがて渦は竜巻となり周囲の塵や我楽多を吹き飛ばした。シェン・リーは傘をあんじーに向ける。あんじーは暴風に巻き込まれ空に吹き飛ばされた。危機を察知した無数の烏達が集まりあんじーを受け止める。其処へぬこ神が落ちてきたあんじーを背に乗せた。更にぬこ神がシェン・リーに向け口から火榴砲を吐き出した。痰状の液体は空気に触れて発火し火の玉となる。その温度は四千度にもなりシェン・リーを襲う。だがシェン・リーは日傘を翳し回転力で弾き返した。他方に飛ばされた火の玉は観客席に当たると爆砕。その様を見てアマビエの顔が歪む。次にシェンリーは日傘の柄から細身の剣を引き抜いた。恐ろしく眩い光の剣である。

「あたしは剣技には自信があるんだ。あんじー、お前を切り刻んでやるよ」

 言うなり剣先を稲妻の如く突き刺すシェン・リー。目にも見えぬ程の手数を繰り出すがあんじーはデッキブラシで尽く刃先を弾く。

「ほう。我が剣は遠い昔呂布奉先に習った技だがその仕手を躱すとは…貴様の師もかなりの剣豪と見た」

 あんじーは息を切らしながら答えた。

「言っても知らんだろうが儂の師匠は宮本武蔵殿じゃ」

 ふん、と鼻を鳴らして言い返すシェン・リー。

「よく知っておるぞ。我はネットで邦画の時代劇を観るのが趣味なのだ。日本では最も有名な剣豪だとか」

 あんじーはシェン・リーの戯言に耳を貸さず上段からデッキブラシを打ち込んだ。が、シェン・リーは剣で薙ぎ払う。キィーンと高周波音が辺りに鳴り響く。

「驚いたね。この魔剣・七星龍淵でも傷一つ付かないとは」

 感心しているシェン・リーにあんじーは苦々しく答えた。

「このデッキブラシは白眉の尻尾の骨を加工して作った代物じゃ。此の世の刀剣で切れる物はない」

 驚くシェン・リー。

「白眉様の骨とは!!成程切れぬ訳だ。だが貴様の身体は不死身ではあるまい」

 シェン・リーは打突から剣舞に切り替え、七星龍淵剣と日傘を巧みに操りながら舞うように回転し切り付けてきた。千変万化の奇妙な動きに翻弄されるあんじー。

「なんと珍妙な剣技よ。呂布の技にしては異和感がある」

「さもあらん、この剣は花木蘭から盗み取ったものだ!」 

 あざ笑いながらシェン・リーは攻めた。右に左にデッキブラシで打ち返し応戦しながらもじりじりと後退、防戦する一方のあんじー。形勢不利と思われたその時、聞きなれた声がした。

「あんじー!」

 あんじーは声のする方を見た。其処には鎌鼬と見知った妖怪仲間達がいた。あんじーの動向を知って皆集結してくれたのだ。彼等は観客スタンドに陣取っていた。

「おお!皆来てくれたか」

 シェン・リーは予想外の応援団に不機嫌になった。

「ちっ。完全アウェイだねえ。この際だから皆殺しにしてやろうか」

 観客の方に気が散っているシェン・リー目掛けてあんじーはデッキブラシの穂先を擦り付けた。はっと気づいたシェン・リーは傘を開き防いだがブラシの削除能力で布の大部分が消失、骨組だけになった。顔を真っ赤にして怒るシェン・リー。

「あたしのお気に入りだったのに!許さないよ!!」

 シェン・リーは剣を天高く突き上げた。空がどす黒い暗雲で覆い尽くされ、雷撃が降り注ぎスタンドを次々と破壊する。

「愚か者め!何度同じことを繰り返す」

 アマビエが両手を上げ何やら呪文を唱えた。暗雲を切り裂くように日光が差し込む。日差しは瞬く間に増え続け暗雲を凌駕していき、やがて晴天を取り戻した。

「ちっ!やはりこの手は通用しないようだね。ならば」

 シェン・リーは吐き捨てる様に呟き地面に手を翳した。地面に魔法陣が表れ文字盤が光を放つ。そのサークルから巨大な白虎が出現した。背に巨大な翼を持ち尾は蛇である。見た目はぬこ神?だがその体躯はぬこ神の優に三倍はある。驚いたのはあんじーだけではない。周りの者は一様に驚愕した。

「キメラを飼ってるのはお前だけじゃないんだよ。大猫、やっておしまい!」

 シェン・リーに命じられた白虎は大地が揺れる程の咆哮を放ち口から火を噴いた。その時火炎に向かい火の玉が突っ込む。ぬこ神の火榴弾が当たった瞬間大爆発を起こし火は霧散した。

「俺に任せろ」

 ぬこ神は白虎に向かい再び火榴砲を浴びせた。白虎も火炎を吹き対抗する。その攻撃は爆炎と共に火花を散らした。ぬこ神は白虎の頭上に舞い降り空に誘う。

「お前の相手は俺がしてやる」

 ぬこ神が上空へと上がると白虎は怒号を上げて翼を羽搏かせ後を追うように飛び立った。

「ありゃ、まんまと誘いにのるとは…知能の低いペットはホント役に立たないね」

 シェン・リーは骨組みだけの傘を捨て剣を構えた。

「仕方ない、もう一度こっちで勝負だ」

 京劇のポーズで一本足立ちのシェン・リーは宙を舞い剣先を小刻みに回転させながらあんじーに迫った。デッキブラシで弾き返すあんじーだが剣の速度が凄まじく全ては捌き切れない。徐々に袖・エプロン・スカートと端々が切り裂かれていった。回転技とデッキブラシの相性が悪いのだ。ジリ貧のあんじー。と、其処へ助け船が入る。

「あんじー。受け取れ」

 見ると小豆洗いが手に持った大きな徳利を投げようとしている。

「ほれ!」

 徳利は弧を描いてあんじーの元に届いた。受け取ったあんじーは栓を抜き中の匂いを嗅ぐ。ニヤリと笑うあんじー。

「なんじゃ其れは?俺に対抗する毒でも入っているのか」

 舐めた口を利くシェン・リーに対し不敵な笑みを浮かべるあんじー。

「毒どころか百薬の長じゃ」

 ムッとするシェン・リーは更に剣撃を仕掛ける。あんじーは徳利を口に当て中身を含むと霧状に吹き掛けた。やや赤みを帯びたガスがシェン・リーに罹る。

「な、なんだ此れは」

 シェン・リーの動きが急に鈍くなった。まるでスローモーションのようにふらふらになりながら剣を振るうシェン・リー。あんじーは再度口に含んだ中身を吹き掛けた。シェン・リーは立っているのもやっとである。

「もうまともには動けまい。コイツの匂いを嗅いでまともでおれる猫族など皆無じゃ」

 あんじーの言う通りだった。身体から気の抜けたシェン・リーはへなへなと地に崩れ落ちた。

「種明かしをしてやろう。此の中身は特上のマタタビ酒じゃ。それも五十年物の古酒。儂がわざわざ長野の野沢から取り寄せた逸品じゃ。長年待ち侘びた儂の依頼品がやっと届いたんじゃがまさかこの様な場で無駄遣いしようとはな」

 ひと嗅ぎしただけで体中の力が抜け、もう立ち上がる気力も無いシェン・リー。

「百戦錬磨の我がまさか酒如きで負けようとは」

 マタタビ酒の効能で息を吹き返したあんじーはへたり込むシェン・リーに尋ねた。

「もう戦えまい。どうじゃ、もう手を引かぬか。儂は殺生はしない主義なのじゃ。大人しく国に帰るなら見逃してやろう」

 先程までの威勢は何処へやら、悔しそうに唇を噛むシェン・リー。すると天からどさっと目の前に落ちてくるものが。傷だらけ,血塗れの白虎であった。

「倒すのに苦労したぜ。流石お仲間、能力は互角だったが知恵の無さが仇になったな」

 天上でぬこ神が旋回している。シェン・リーは悟った。

「参ったね。負けを認めるよ、色々面倒起こして悪かったよ」

 あんじーは安堵した。

「帰ったら白眉に伝えてくれ。もう無駄なちょっかいは無用と儂が言っていたと。何度やっても同じことじゃ、と」

 シェン・リーはこくりと頷いた。

「ああ、伝えとくよ。あんたが手強すぎる事もね。大猫、まだ飛べるかい?」

 白虎は弱々しく首を縦に振った。シェン・リーはやっとの思いで白虎に跨った。

「再戦する機会があれば次は負けないよ。それまでにマタタビ酒とやらの耐性をつけとく」

 言い捨てると白虎とシェン・リーは空へと飛び立った。ふらふらと揺れながら去って行く。消えゆくその様を眺めながらアマビエとあんじーは溜息をついた。

「あんじー殿も大変なお方に目を付けられたものじゃな」

 あんじーがアマビエに答えた。

「なあに、単なる腐れ縁じゃよ」

 だが観衆は大歓声である。妖怪達はあんじーの勝利を讃える。

「さて、一件落着した処で我も帰るとしよう」

「左様か。此度は誠に世話になった。何かあれば今度は儂が力添えしよう」

 あんじーの言葉にアマビエが微笑んだ。

「そう、何も起こらんことを願うばかりじゃ」

 アマビエは薄衣を翻し空に舞い上がった。

「さらばじゃ。また相まみえんことを!」

 去って行くアマビエを見送りながらあんじーと鎌鼬は顔を見合わせた。

「そう言えばあいつ等の事を」

 鎌鼬の言葉にあんじーも思い当たるものがあった。

「そうじゃ、爽と箔!」

 本日も京の街は快晴であった。

 


                           ー第壱弐話・完ー


 


 

 









 







 





  

 












 





 




冒頭にもあるように世界中には様々な妖怪(ビースト)伝承があり、日本の妖怪達はその大元が中国伝来の物も多く存在します。その内あんじーも志那(中国)や東南アジアに渡り彼等と戦わせたいと考えております

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