魔法少女は増えすぎた 〜妖精たちの魔法少女管理記録〜
悪の組織が人間界に侵攻し、はや十年。
各国にバケモノたちが出現し、世界は闇に包まれたかに思えた。
そんな絶望の中差し込んだ一筋の光。
僕ら妖精と、人間の女の子の持つエネルギーに親和性があることが分かったのだ。
そうして生まれた英雄たちを、人はこう呼ぶ。
「ゆけ、魔法少女。世界を救うんだみゅ〜!」
しかし返事はなかった。
かわりにさきほど出動要請を送っておいたスマホが小刻みに震える。
『みうみう、お金貸して♡』
『寝坊したので戦闘休みます』
『手首切った。死にたい』
「みゅ〜……」
この十年の間に魔法少女は増えすぎ、そして反比例するようにその質は落ちていった。
世界を守るという大義名分は形骸化。
彼女たちにとって魔法少女というのは稼げるアルバイトでしかない。
それでも僕らは彼女たちに縋るほかない。
世界を救えるのは彼女たちだけなのだから……
*****
「助かったぁ。みうみう、お金持ってきてくれた?」
乱れた髪。埃に塗れた頬。白いシャツには無数の靴跡。
何度倒れても立ち上がり、強敵に鋭い眼光を送ってきたその目には涙が滲んでいる。
あの魔法少女サリがなんてザマだ。
「そんな場合じゃないみゅ。すぐ近くで魔物が出たんだみゅ。早く戦うみゅ!」
「無理だよぉ。メイク落ちちゃうしぃ、売り掛け返すまで逃さないって言われてるしぃ」
思わず目の前が暗くなる。
まぁそんなことだろうとは思ったよ。
ホストなんてなにが楽しいのか僕には分からないが、ハマる魔法少女は少なくない。
というか、ホストに貢ぐ金欲しさに魔法少女をやっている娘が多いというか。
彼らホストは“未成年”という言葉を知らないらしい。
ホストクラブで石を投げれば風俗嬢か魔法少女に当たる、なんて言われだしたのはいつからだったろう。
サリから開店前のホストクラブに呼びつけられたことも今回が初めてではない。
「というか、お金が必要ならもっと働かなきゃダメだみゅ。今までなにしてたんだみゅ」
「だって彼と一秒でもいっしょにいたいんだもん。お母さんみたいなこと言うならお金貸してよ、みうみう〜」
プライベートでなにをしようが、得た金をどう使おうが口を出す気はないが。
「お金は貸せないみゅ」
僕たち妖精が魔法少女に求めることは一つ。
「悪い魔物を倒して、マジカルエナジーを得て、それを換金するんだみゅ〜!」
「そんな悠長なこと言ってたらケンジに嫌われちゃうもん!」
「ケンジ? ミツルくんは?」
サリの担当ホストの名前はハッキリ覚えていた。
会うたびに僕のふわふわお耳にタコができるほど惚気話を聞かされていたからだ。
しかし今、ミツルの名前を聞いたサリの表情は暗い。
「お店やめちゃったんだって……」
「みゅ〜……」
「でも良いの。ケンジさえいれば私はなにもいらないから」
そう言って健気に笑うサリ。
こういうとき、魔法少女も“少女”には違いないのだと強く実感する。
恋は盲目とはよく言ったもの。
こうなってしまえばもう他人の言葉に耳など貸さないし、世界の存亡などどうでも良いとさえのたまうだろう。
ならば大人同士で話をする他ない。なのでそうした。
「サリはどこ?」
「外で待機させてるみゅ。二人でお話するみゅ」
「はぁ? じゃあお前が金払ってくれるってこと?」
遊ばせた髪、赤い派手なスーツ、女の子のように化粧された顔。
前の担当ホスト、ミツルとよく似ている。というか、僕にはほぼ見分けがつかないくらいだ。
僕はかつてミツルにそうしたのと同じように言う。
「お金は払わないみゅ」
僕はふわふわの腕を差し出し、誰もが歓声を上げる可愛い笑顔を浮かべた。
「僕はケンジくんとお友達になりたいんだみゅ〜!」
と、すべて言い切ることはできなかった。
ケンジの重い革靴が、僕のふわふわなお腹を蹴飛ばしたからだ。
背中を壁に強打。浮力を失い、床にゴロンと転がる。
「魔法少女なんて簡単に金稼げんだろ? 払えないならお前が建て替えろ……よ……?」
怪訝な顔で靴底に視線をやるケンジ。
重くて高そうな革靴に緑色のネバネバが付着していることに気付いたからだろう。
「悪いけど、あまり時間がないんだみゅ」
地響き。
世界中の生ゴミを掻き集めたような悪臭。
ガラスを掻いたような身の毛のよだつ鳴き声。
徐々に大きくなっている。
真っ直ぐに向かっている。
ケンジの白い顔がどんどん青みを帯びてくる。
「な、なに? 地震?」
「魔物がこっちに向かってるみゅ。そのドロドロはヤツらの餌だみゅ」
「は!? ふざけんなよ、なんでそんなこと」
ペラペラとよく動くうるさい口だ。
そのうえ物覚えが悪い。
僕はムクリと起き上がった。親切にももう一度、噛んで含めるように言う。
「ケンジくんは僕とお友達になるんだみゅ。これは要請ではなく決定事項なんだみゅ」
「なっ――」
なにか言ったようだが、建物の崩れる轟音にまぎれて聞こえなかった。
巨大な腕に掴まれ、上空に消えていくケンジ。
その派手な警戒色のスーツを魔法少女の目が見逃すはずはない。
「ケンジ!」
ケンジは魔物を誘き寄せる餌であると同時に、魔法少女を釣る餌でもある。
眩い光が少女を包み、煌びやかな衣装と魔法の力を与える。
彼女たちの力の源はほとばしる“感情”。
「わたしのケンジに手を出すなぁ!」
僕のふわふわ体毛を焦がすような光。膨大な量のエネルギーを感じる。
大事なものを守るときにこそ魔法少女は輝くのだ。
勝ち確の戦いをつまみに、僕は床に転がるシャンパンを呷った。
「う~ん。ホストクラブも悪くないみゅ」
*****
「北風と太陽って知ってるかみゅ?」
力なく蹲るケンジを見下ろす。
サリの奮闘のお陰で怪我もなく帰ってこられたのに、なにをしょぼくれた顔をしているのか。
その遊び呆けている前髪をガッと掴み、商売道具の顔を上げさせる。
「お前もホストならちゃんと魔法少女の扱いを覚えなきゃダメだみゅ。奪うんじゃなく、差し出させるよう仕向けるんだみゅ〜」
「ハイ……」
魔法少女の管理は難しい。
過酷な戦いに身を投じるにはそれなりの動機が必要だ。
そういう意味では、ホスト狂いの魔法少女は扱いやすいと言えよう。
「なになに、二人して内緒話〜?」
「あっ、サリ!」
ニマニマしながら近付いてきた彼女が後ろ手に隠しているのは今回の戦いの報酬。
命を掛けて手に入れたそれを躊躇いなくケンジに差し出す。
「ふふふ……じゃーん! これで売り掛け払えるよ」
「良かったみゅねぇ、ケンジくん」
おいおい、なんで浮かない顔してんだこの三流ホストが。
僕らを足蹴にしてまで手に入れた金だと言うのに。
ケンジの肩に手を置き、ヤツの顔を覗き込んでいるとサリが無邪気に声を上げた。
「この短い間にすっかり仲良しだね」
「僕たち、もう友達だみゅ。ね?」
ミツルには逃げられてしまったが、同じ轍は踏まない。
ケンジの肩をガッと掴み、僕は誰もが歓声を上げる可愛い笑顔を浮かべた。
「ケンジくん、これからよろしくみゅ〜!」