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【完結】美人の先輩と虫を食う  作者: 吉田定理
冬の章
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12 赤の他人、黄色の他人③

 その後、先輩は僕や店主の意見を聞きながら、迷って迷ってクモのブローチを一つ選んで買った。「僕が払います」と言うべきかもしれないと思ったけれど、実際は彼氏でもないのにそんなことを言うのはおかしいような気もして、最後まで言い出せなかった。

 自分のヘタレっぷりに落ち込む。

「渡辺くん、どうしたの?」

 先輩のコートの襟にはクモが銀色の足を広げている。

「いえ、何でもないです。ところで、無難なチョウとかじゃなくて、クモを選ぶところが先輩らしいですね」

「私と渡辺くんを巡り合わせてくれたのがクモだったからね。これを選ぶのが正解の気がした」

 それを聞いたとき、僕は言葉を失くした。

「ありゃ? アシダカグモじゃなかったっけ? もしかして違った? 私、記憶喪失!?」

「い、いえ! 違わないです!」

 先輩が僕との出会いを覚えていてくれたことがすごく嬉しかった。

「それにどっかの少数民族の飾りで、ドリームキャッチャーってあるでしょ? あれもクモだよね。クモがいつもくっついてたら、幸運とかチャンスとかを捕まえてくれそうな気がしない?」

「はい、そんな気がします」

 実際僕はよく分からなかったけど、先輩のポジティブシンキングに乗っかってみたら、本当にいいことがありそうな気がしてくる。

 ……よし、告白するぞ!

 僕らは今度こそアオイタワーに到着した。一階入り口の自動ドアを抜けるとロビーに受付があった。

「申し訳ありませんが、展望台への入場は四十分までになっておりまして」

 受付のお姉さんにお断りされて、致命的なミスに気付く。展望台はまだ閉まっていなかったが、入場受付は終わってしまっていたのだ。

 お姉さんにしつこく頭を下げたら入れてもらえるだろうか。いや、告白前にそんなカッコ悪いこと、できるわけがない……。

 仕方なくアオイタワーを出ると、二月の冷たい空気が一段と冷たく身に染みた。

「先輩、すみません。時間の確認をしてませんでした」

「私のほうこそごめん。ブローチなんて見てたから」

「いえ、先輩は全然悪くないです。無駄に歩かせてしまって本当にすみません」

 展望台で綺麗な夜景をバックにして告白するのは、もう無理なのか?

「どうする? 仕方ないから帰る?」

 まずい。告白せずに解散するのだけはダメだ。僕は決意して今日、ここに来たのだから。

「ええと……そうだ! 他に夜景が見られそうなところがないか、調べてみます」

 僕はケータイでとにかく告白に良さそうなスポットを検索することにした。

 星が丘公園の展望台! ……バスで四十分もかかる。ダメだ、遠すぎ。

 駅ビルの最上階なら! ……現在改装工事中。

 市役所にも展望塔がある! ……でも観覧時間がもう終わってる。

「ちょっとあったかいコーヒー買ってくるね」

 先輩が通りに見えるコンビニを指差した。

「そうですよね、ここじゃ寒いですよね」

 僕らはいったんコンビニへ移動した。

 僕はなんて気が利かないのだろう。こんな冬の夜に外で立たされるのは、ただの苦行だ。一刻も早く告白スポットを決めなければ……!

 WEBページが開くまでの時間がじれったくてイライラする。

 先輩をこれ以上待たせるのはどうかと思うし、こうなったら夜景はもう諦めるしかない……。

 夜景だけにこだわるのをやめたら、良さそうな場所がすぐに見つかった。青葉通りのイルミネーション。徒歩十分以内。ここならロマンチックな雰囲気が味わえる!

 コンビニの前でホットコーヒーを飲んでいる先輩に「イルミネーションを見に行きましょう! 青葉通りです」と誘ったら、「お、近いね。オッケー、行こう」と嫌な顔せず付き合ってくれた。

 青葉通りが近づくにつれ、僕の心臓の音は大きくなっていく。ちゃんと告白できるのか。いや、できるかどうかじゃなくて、やらなくちゃ……!

 青葉通りがもうすぐ見えてくる。

「あれ……?」

 街灯の弱々しい光、街路樹の黒いシルエット、営業中の居酒屋ののれん。

 確かにここが青葉通りのはずなのに、イルミネーションなんて一つもない。

「ここが……青葉通りですよね」

「そうだね。なんにもないけど」

 近くにそれらしいものは見えない。ケータイでもう一度確認すると、イルミネーションが見られたのは先週までだと分かった。僕は急いで告白スポットを見つけようとするあまり、開催期間を見落としていたのだった。

「す、すみません」

 自分のバカさ加減に嫌気がした。

 どうしてこうなったのか分からない。途中まで順調だったのに。

 先輩は「気にしないで」と言った。「そういう日もあるよ」

 確かに人生には、うまくいかない日があってもいいかもしれない。……今日でさえなければ。

「次は、ちゃんと調べるので」

 本当はもう全部ダメになったという気持ちだった。検索ワードを打ち込む指が動かない。白い息と、冷え切った手。

 もう帰りのバスの時間を調べたほうがいいのではないかと思えた。そうすれば傷口をこれ以上広げないで済む。それとも懲りずに次の行き先を調べるか。ミスを帳消しにするような何かが見つかるとは思えないが……。

「ちょっとお手洗いに行ってくるね」

 すぐ近くに公衆トイレがあり、先輩が近づくとパッと自動で明かりが灯った。先輩は僕が迷っているのを見て、気を遣って考える時間を与えてくれたのかもしれない。

 先輩が戻るまでに、行き先を決めなければ。時間は多くない。すぐに決断しないと。

 僕は最後まで粘ることにした。ここは駅周辺エリアだぞ? 告白に相応しい場所が必ずどこかにあるはずだ。このまま終わるわけにはいかない。

 もう手段は選んでいられないので、通話履歴を開いて、こんな時に一番頼れる名前をタップした。

「もしもし、斎藤さん! 今、駅北の青葉通りにいるんですけど、時間がないんです。近くに告白スポットないですか。それっぽい場所なら何でもいいですから」

『何かと思えば……おまえ、今デート中なんだな?』

「はい。すみません。もう僕だけじゃダメなんです。助けてください……。お願いします」

『事情は知らんが分かった。駅から真っ直ぐ来た道、分かるか?』

「分かります」

『それと青葉通りがぶつかる角に、海鮮居酒屋が見えるか?』

「ちょっと待ってください。今から行きます」

 ケータイを握りしめて走り、一分もしないでその海鮮居酒屋の前に辿り着いた。

「今、その前にいます。営業中です」

『居酒屋の向かいにバーがある』

「ええと、でも、シャッターが……」

『二階だ』

「あっ! 明かりがついてます」

『そこがバーになってる。看板はないが登ってく階段があるだろ? 落ち着いた大人の雰囲気だ』

「僕、お酒はまだ……」

『コーラでも頼んどけ。考えるな、まずは行動しろ』

「わ、分かりました。ありがとうございます!」

 僕は急いで公衆トイレの前に戻った。

「先輩!」

 だが僕の声は無人の通りに消えていく。もうトイレから出てきてもいいだろうに。一分、二分と待ってみたが、先輩は出てこない。それどころか、女子トイレの電気が自動で消えてしまった。つまり中に先輩はいないのだ。


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