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【完結】美人の先輩と虫を食う  作者: 吉田定理
冬の章
36/44

11 いつか羽ばたく眠り姫①

 静岡大学は山をまるごと大学にしたようなところだ。階段と坂ばかりで、学生や教師たちは日々登山をさせられる。山の天辺にある人文学部棟は『天空の城』と呼ばれているほどだ。

 僕が歩いているのは、すっかり葉を落とした木々が寒々しい山中である。ここも大学の敷地内だから驚きだ。『マムシに注意』と書かれた看板がどのくらい世に貢献しているのか、僕は知らない。

 新年一発目の活動は、冬山散策であった。狙うは冬眠中のイモムシたちである。

「こうやって朽ち木を割るんすよ」

 石橋さんが軍手をはめた手で朽ち木の皮をはぐと、ずんぐりした幼虫が眠っていた。頭部は黄色っぽいが、胴体は白くつやつやしている。

「カブトムシですか」

「クワガタっすね。カブトの幼虫は土の中にいるんで、泥臭いっす。食うなら断然クワガタっすよ」

 朽ち木のベッドからひょいとつまみあげ、仕切りのあるプラスチックケースにおさめる。

 クモやハチや毛虫まで食った僕が言うと説得力がないかもしれないけど、このずんぐりした幼虫を食べるのは勇気が要りそうだ。

「成虫は正直うまくないんで無視でいいっす。幼虫はイケるんで即ゲットっす。一度朽ち木を割っちゃうと、元に戻しても死んじゃうんで、見つけたら捕らないとダメっすよ」

「了解です」

 僕は石橋さんにレクチャーを受けながら転がっている朽ち木を見つけては、皮をはいだり割ったりして幼虫を探した。

 今日、須藤教授の研究室の扉をたたくまで、僕は先輩や斎藤さんにどんな顔をして会えばいいか分からなかった。だがあんなことがあったのに、二人とも以前と変わらない様子だった。だから僕も何も変わらない、これまでの僕として振舞うことにしたのだ。ただ時折、斎藤さんが何か心配するような目で僕を見るのが気になる。

 しばらくすると付近を散策していた斎藤さんが近づいてきた。

「石橋、レクチャーは終わったか?」

「だいたいオッケーっすね」

「そうか。渡辺、おまえ元気か?」

「まあまあ元気です」

 嘘ではない。僕はもう吹っ切れたのだ。

「斎藤さん、年末のこと……すみませんでした。あんなに色々協力してもらったのに、関係ないとか言って。本当に、すみませんでした」

 頭を下げる。

「いや、あれは俺のほうがすまんかった。あいつがあんな行動に走るとは、想像してなかった」

 こんなにすまなそうにしている斎藤さんは初めてだ。

「いいですよ、別に斎藤さんは何か悪いことをしたわけじゃないですし」

「あのあと猪俣を探して家まで送り届けたが、それ以上は何もない。そもそも俺には彼女がいる。あいつもそれを知っていたんだが」

「一つ聞きたいのですか」

 僕は思い切って尋ねてみた。

「斎藤さんは、先輩のことをどう思っていますか」

「どうも何も、今までおまえに言ってきたことと変わらん。当然、あんな告白は断った」

「そうですか」

 内心ほっとした。両想いが成立してしまえば、さすがに僕の出る幕はないだろうから。

「斎藤さん、石橋さん、今までありがとうございました」

 僕は改めて二人に頭を下げた。

「な、なんだ急に」

「まさか辞めるんすか?」

「違いますよ。これまで斎藤さんと石橋さんが協力してくれたおかげで、研究室の外でも、先輩とおしゃべりできるくらい仲良くなれました。すごく感謝しています。お礼を言っておきたかったんです」

「お、おう……」

「ここから先は、自分でケリをつけます」

 斎藤さんも石橋さんもちょっと驚いていた。

「ケリをつけるって、どうする気っすか」

 足元の枯れ草はカサカサ鳴り、葉を落とした広葉樹が寂しげな腕を寒空に伸ばしている。冬の寒さに、いつまでも身を縮めているわけにはいかない。

「僕、先輩に告白します」

「渡辺……」

「渡辺くん……」

「あれからいろいろ考えました。先輩の気持ちを考えても考えても、やっぱり分かりませんでした。それで結局、僕がどうこうできるのは、僕のことだけだって分かりました。だから告白します」

「そうか」

 斎藤さんはそれ以上は何も言わなかった。「やめておけ」とも「いいぞ行ってこい」とも。石橋さんも同じ。だけど二人の目は「頑張れ」と言っている気がした。

「うっし。サボってねえで幼虫、探すか」

 斎藤さんが太い肩をぐるんぐるん回した。

「俺はあっちのほうでも探して来やす」

 二人とも行ってしまい、僕は一人で幼虫探しを始めた。


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