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【完結】美人の先輩と虫を食う  作者: 吉田定理
冬の章
35/44

10 我が家のトイレのユウレイ③

 一月二日は昼過ぎに目覚めた。昨日からケータイを見ていなかったので、久々に見ると凜ちゃんからメッセージが届いている。

『あけましておめでとうございます。新作です』

 写真も添えられていた。首の長い四つ足の恐竜の骨格。骨アートだ。

「あけましておめでとう。めちゃくちゃカッコいい……っと」

 送信。他の人からメッセージは来ていない。

 と、思いきや、いきなり電話の着信。慌ててケータイを落っことした。もしかして先輩か!?

 画面に表示されている名前は、中学のとき仲の良かった友だちだ。

 ど、どうしたんだろう?

 久しぶりすぎてうまくしゃべれる自信がない。着信はなかなか途切れなかったが、ようやく途切たかと思いきや、すぐにメッセージが来た。

『悠一、久しぶり! 今どこにいる? もし帰省してたら、みんなで遊びに行かん?』



 およそ四年ぶりに再会した友だちは変わったようで変わっていなかった。髪の色が違ったり、ちょっと太ったりしたヤツはいたけど。四年も連絡を取らなかったのに、友だちのままでいられるっていうのは不思議なものだ。

 僕ら五人は狭くてボロい車に乗り込んで、『ラウワン』へと向かった。

「田中って去年、結婚したんだってよ。黒崎と」

「えー、マジかよ」

「黒崎って誰だっけ?」

「卓球部じゃなかったっけ? 地味なタイプだったよな」

「意外過ぎるなー。からみ、なかっただろ?」

「だよなー」

「藤井ももう子供いるらしいぞ」

「はやっ。信じられねえ」

「そんなに急いで何になるのかねぇ」

「俺もそろそろ結婚しようかなー」

「おまえ彼女すらいねえだろっ!」

 車中、僕らは同級生の近況を話題にして盛り上がった。誰が結婚したとか、子供ができたとか、どこの大学へ行ったとか、どこに就職したとか、僕の知らないことばかり。気づかないうちに僕以外は着実にどこかへ向かって歩み始めていたのだ。

 なんだか現実の話とは思えない。結婚? 子供? 何それおいしいの? みんなが快速電車に乗ったのに、僕だけが普通電車に乗ってしまって、同じ時間に同じ場所には辿り着けないように感じられた。

 そのためか、うまく会話に入れない。あの頃のように名前を呼び合うには、あと一歩だけ距離を縮めなければいけないような、そういう距離感。

「関根は仕事いつから?」

「五日から。そんなに早くから働いてどうすんだって感じだよな」

「社会人は大変だなー」

「悠一はいつまでこっちいるんだ?」

「僕の大学も五日から授業だから、四日には戻らないと」

 次に先輩と会ったときにどんなふうに会話したらいいか分からないから、ちょっと気が重い。

 あまりしゃべらない僕に対しても、友人たちは話題を振ってくれる。決して居心地が悪いわけではないけれど、ここにいることが少し申し訳ない。

「そういや悠一、大学はどこ?」

「静岡だよ」

「へえ。また遠いところに。何してんの?」

「虫を捕まえて食べるサークルに入ってる」

「うげえ、マジかよ!?」

「悠一も食ったのか?」

「カブトムシってどんな味?」

「大学ってそんなサークルまであるのか」

「いや、普通ねーだろ」

 しまったと思っても、もう遅い。こういう反応をするのが普通なのだ。奇人、変人、物好き……そんなふうに見られて当然。あの人たちと一緒にいると感覚がバグってくるけど、日本社会では昆虫食はまだまだゲテモノだ。

「なんでそんなやべえサークル入ったんだ?」

 みんなは『やべえサークル』所属の僕の話に興味を持っているようだった。

 どう答えたら旧友たちから変人と思われないで済むだろうか? もうこいつは友だちじゃない、と思われないためには……。

『冗談だ! 引っかかったな!』とでも言って誤魔化そうか。

『もちろん僕はあんな気持ち悪いもの、一度も食べてないぞ』と嘘を吐こうか。

『昆虫っていうのは意外と栄養価に優れていて優秀な食材なんだよ』と博識ぶろうか。

 そんなことが頭をよぎって、それから先輩の顔が思い浮かんだ。先輩だったら、こういうとき、素直な気持ちを隠さずに言うんだろうな……。

「そ、そのサークルに、美人の先輩がいるんだ。その人に、誘われたから」

 数秒間の沈黙があった。

 ……あれ?

 僕、やらかしてしまったのか?

 だが次の瞬間、爆笑で車がドカンと揺れた。

「美女のケツ追いかけて虫食うサークルに入るとか、面白すぎっ!」

「悠一! おまえはやっぱ悠一だ!」

「最高だぜ! それなら仕方ねえや!」

「まったく変わってねえな! いい意味で頭がおかしいぜ」

「よほどの美人なんだな! 写真はねえの? 見せてくれ!」

 そのあとは車内で先輩との出会いから何から説明するハメになった。夢中で先輩のことを語れば語るほど、彼らとの四年分の距離が埋まっていく。ここにいることが申し訳ないという気持ちも、みるみる消えていった。

「そもそも静大しずだいに行こうと思ったのは、知り合いが少なそうな大学だからでさ。僕、高校のときゲームにハマりすぎて引きこもって、友だちもいなくて」

 思い切って灰色の高校時代についても打ち明けてしまった。彼らは面白がって話を聞いてくれた。

「なんだよ、実家でゲームやってるだけなら連絡してくれりゃいいのに」

「最近は何やってんだ? 面白いのある?」

 カラオケもボーリングも楽しくて仕方がなくて、あの頃のようにバカになって騒いだ。その後は目的もなく隣の県までドライブして、派手なネオンの中華料理屋で腹を満たして引き返した。尽きることのない話題と笑い。

 そうして夜遅くに帰宅した。くたくただったけど、久しぶりに満ち足りた気分だった。

 自室に戻って寝る前にトイレに寄り、用を足して手を洗おうとしたところで、洗面台の隅に虫がいることに気付く。

 小さくて、薄い。平べったいという意味ではなく、線が細くて色もはっきりしないので存在自体が薄いというか。

 よく見えるように顔を近づけても逃げる気配はなく、じっとしている。ふわっとした感じの糸――クモの巣がほんの少しだけ張っている。クモ……だよな? やたらと長くて細い脚。胴体部分はすごく小さくて、ひ弱そう。このクモ、たまに目にするけど、なんていう名前なのだろう?

 スマホで調べたら、『ユウレイグモ』だと分かった。なるほど、幽霊という名はぴったりだ。

 家にいるクモは益虫だと、いつか教授が言っていたっけ。コバエなどを食べてくれるからだ。しばらく眺めていても動く気配はなくて大人しい。あまり気持ち悪いと感じないのは、虫に慣れてきたからだろうか? なんだか可愛らしくさえ思えてくる。クモを見ると、先輩のことを思い出してしまう……。

 他の家族に見つかったら駆除されてしまうかもしれないけれど、このまま放っておくことにした。それが自然な状態だと思ったから。運が良ければ見つからないで生き永らえるだろう。こんなにひ弱そうなユウレイグモでさえ、食ったり食われたりの弱肉強食の世界でたくましく生きている。短い命を懸命に輝かせている。

 電気を消して、トイレを出た。

 布団の中で思う。

 今日は勇気を出して本当のことを話して良かった。過去のことは否定したり隠したりしなくていい。そのままの僕を受け入れてくれる人たちがいる。それは先輩が教えてくれたことだ。

 だから僕は先輩に対しても、本当の想いを伝えなければならない。

 偽りも飾りもない、この気持ちを打ち明けなければならない。

 たとえ先輩が僕のことを――好きじゃないとしても。

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