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【完結】美人の先輩と虫を食う  作者: 吉田定理
夏の章
14/44

4 いのち短し 食っとけエビチリ①

 前学期の試験は八月の第一週をもって終了した。初めての試験はそれなりに大変だったけれど、単位を落とすようなことはないだろう。

 大学は夏休みに突入した。九月末まで講義はお休みである。小中高生と比べて驚くほど長い休みなのに宿題は一つもない。僕のような一人暮らしの大学生は門限もないし、遊び放題である。モラトリアム万歳!

 そして夏といえばイベントだ。海水浴、花火大会、夏祭り、キャンプ、合宿。友だち同士で集まってワイワイ騒ぐ。若気の至りも何のそので、はっちゃける。これらのイベントこそ充実したキャンパスライフに必須の要素。夏を満喫せずして何が青春か。

「ただいまより、虫の輪、第三回ゴム銃王決定戦を開催します!!」

 先輩が岩に片足を乗せてポーズをキメながら、高らかに宣言した。一同が「わーっ」と歓声と拍手を送る。

 ここは静岡県北部に位置するキャンプ場だ。立ち並ぶログハウス、広々としたバーベキューの施設。セミたちの大合唱、清流のせせらぎ、生命力にあふれる森。そしてサークルのメンバーたち。これこそ僕が夢にまで見たリア充的光景だ。

「ルールを説明するので、よく聞いてください。特に集合時間! 夢中になりすぎて迷子になった人もいるので注意してください!」

 先輩の今日の姿は、ガールスカウトか探検家のようだ。上下ともカーキ色の半袖で、腰には無骨なベルト。つばの広い帽子もかぶっている。アクティブな先輩のイメージにぴったりだ。

「今年はなんとチーム戦でやります。二人組みを三チーム。時間内に捕まえた合計のセミが一番多かったチームが優勝です。死んでいるのを拾うのはナシ。捕まえたあと死んじゃったのはカウントしますが、ズルはしないこと。で、ここから重要ですが、セミを捕まえるときは必ずゴム銃を使うこと」

 先輩の指差すほうに簡易テーブルが一台あり、その上に木製の銃が並んでいた。片手で扱えそうな拳銃もあれば、長大なライフルのようなものもある。それぞれA、B、Cの札が貼られている。

「ゴム銃を使わずに捕まえるのはナシ。あと輪ゴムは極力回収すること。スタートは十一時。集合はここに置いてある時計で十二時きっかり。一分遅れるごとに一匹分マイナス。何か質問のある人は?」

「チーム決めはどうすんだ?」と斎藤さん。

「これから阿弥陀あみだで決めます。他に質問ある人?」

「優勝賞品は?」また斎藤さん。「あれだけ集金したくせに、ないとは言わせんぞ」

「ミスター斎藤。よくぞ聞いてくれましたね!」

 先輩がニヤリと口端をあげた。

「優勝賞品は、なな、なんと…………黒毛和牛のステーキ!! このあとのバーベキューで、とっておきの高級肉を食べる権利を差し上げます!」

 先輩が足元のリュックサックから肉を取り出して、僕らの前に掲げた。「おおー!」と一同が驚きの声をあげる。一枚の肉が文庫本より大きい。こんなに大きくて分厚いステーキは食べたことがない!

「それは一人分なのか」またしても斎藤さん。

「いいえ。二人で一枚です。思ってたより高くて。でも正真正銘、超高級です」

 みんな少し残念そうだけれど、それでもけっこうなボリュームがある。ごはん五杯は余裕でいけそう。

「さて盛りあがってきたところで、運命のチーム決め、いきましょー!」

 先輩がテーブルの上に阿弥陀の書かれた紙を広げた。順に出発点に名前を書き込んでいき、残った最後の一か所に先輩が『いのまた』と記す。

 チームが発表されていく。

「まずは……斎藤くん、Cチーム! そして……石橋くん、Aチーム! なんと次は……凜ちゃん、Cチーム! Cチームの名前は『ゲス』で決まりですね!」

「くだらねえこと言ってないでさっさと発表しろ」

 先輩がBチームになった。残るは僕と須藤教授が、石橋さんのAになるか、先輩のBになるかだ。

「ええと、渡辺くんは……」

 先輩が阿弥陀をたどる。

 お願いですからBチームにしてください! と僕は祈った。たった一時間でしかないけれど、どうか先輩と同じチームに!

「おおっ!」と先輩が感嘆をもらした。

 なんだ!? 願いが届いたのか!?

「渡辺くんはAチーム! 前回優勝の石橋くんとです!」

 僕は内心がっくりとうなだれた。石橋さんが「そういうこともあるっす。気にしない、気にしない」と僕の肩をたたく。悪気はないのだろうが、切れ長の目はいつも甘い笑みの形だ。

 自然とBチームは先輩&須藤教授のペアに決定したわけだが、先輩がわめき始めた。

「私、石橋くんとがよかったのに! 私たち最弱じゃないですか!? 先生、去年ビリだし! なんで!? せっかく私が食べたいヤツを選んだのに! このキャンプ場に神はいないのかー!?」

 司会者が司会するのを忘れて不満と裏事情をぶちまけるというのは、いかがなものか。

「そういう猪俣さんは去年、僕と一匹差だったじゃないか。大した差はないよ」

「だから絶望的なんですよぉ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ! 食べたかった! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛もうっ!」

 先輩はしゃがみこんで枝で地面をガリガリと削りながら、奇声をあげている。おもちゃ売り場でダダをこねる小学生か。学部四年生だから二十一歳ですよね? 僕の三つ年上ですよね? でもそんな、すでに敗北したみたいに悔しがっている先輩も、なんだか微笑ましく思えた。あんなふうに周りを気にせず感情を吐き出せるのは、先輩の魅力の一つなのだ。

 そう、僕はもう、斎藤さんや石橋さんや凜ちゃんや教授が軽く引いちゃうくらいのことでさえ、魅力的に見えてしまう境地に達していた。

「まあまあ、猪俣さん。今年はチーム戦なんだから何か起こるかもしれないよ。一緒にがんばろう」

 須藤教授が温かい言葉をかけた。

「おまえの個人的な思い入れなんぞ、どうでもいい。さっさと司会をしろ」

 斎藤さんは無慈悲だった。

 半泣きの先輩は弱々しく立ちあがって話し始めた。

「ゴム銃はそこにあるんで、テキトーに取っていいから」

「おい司会が雑だぞ」

 先輩は斎藤さんを反抗的な目でにらんだが、文句は言わずに司会を再開した。

「そこにチームごとに用意してあるので、振り分けられたものを使ってください。ぜんぶ石橋くんの私物なので取り扱いに注意。少し時間があるので、自由タイムにします。石橋くんにレクチャーを受けたり、チームで作戦会議をしてください。以上、一旦解散。十一時五分前に集合お願いします」

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