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【完結】美人の先輩と虫を食う  作者: 吉田定理
夏の章
13/44

3 学内の嫌われ者④

 回収したスズメバチトラップには、ちゃんと獲物がかかっていた。スズメバチはもちろん、蛾やハエのような虫もいたが、今回はスズメバチのみいただくことにした。ちなみにスズメバチ被害はその後報告されていないため、とりあえず様子見ということになっている。

 本日の夕食はスズメバチと雑草のかき揚げ丼だ。

 スズメバチはあらかじめ熱湯で絞め、数分煮て中まで火を通す。毒針はそのままでも問題ないらしい。きちんと加熱すれば毒が分解されるのだそうだ。気になる人は取るが、このサークルの人々は気にならない人たちである。

 雑草は、ドクダミ、オオバコ、シロツメクサ、時期外れのヨモギなど様々だ。どれも河川敷や原っぱや公園で収穫した無料の食材である。こういう雑草が食べられるとは知らなかった。すべてよく水洗いしておく。

 食材の下準備ができたら、天ぷらの衣を作る。小麦粉と片栗粉を水に溶いて混ぜ合わせ、ほどよくドロドロになったらオーケー。ここに先ほどのスズメバチと雑草をぶちこんで混ぜ、油でカラッと揚げる。

 炊き立てのご飯の上に乗せて、めんつゆをかけたら完成。緑が美しく、食欲そそる一品である。

「いただきます!」と唱和して、夕食にありついた。

 僕はすぐには手をつけず、隣の凜ちゃんが味見もとい毒見をするのを待つ。バリバリと音がするのはちょうどスズメバチを噛んでいるからだろう。

「毒針あった?」

 尋ねると、凜ちゃんは首を横に振った。それに合わせてツインテールが波打つ。

「あっても死なないです」

「でも、さすがにスズメバチは怖くない?」

 僕が一人だけいつまでも雑草部分のみをかじっていると、凜ちゃんが自分の箸で揚げスズメバチをつかみ、それを僕の顔の前に持ってきた。

「渡辺さん。くち」

 いつまでも踏ん切りのつかない僕に「あーん」させて食べさせようということらしい。いつもの冷たい目と無表情で迫ってくる。

「り、凜ちゃん、さすがにそれは」

 今朝の夢のことを思い出して寒気がした。

「間接キスは……気にしません」

 じゃあなぜ目をそらした!?

「それもあるんだけど、それだけじゃなくて!」

 いつの間にか全員が僕ら二人に注目している。変な汗が出てきた。須藤教授は穏やかじゃない顔をしているし……。

「口を開けて閉じるだけの簡単なお仕事なのですが」

「簡単じゃないよ!」

 凜ちゃんがますますかき揚げを近づけてくるので、僕は椅子の上でのけぞって逃げる。凜ちゃんのツインテールの髪が、僕の手の甲をさらさらと撫でていく感覚。分かっていても今朝の夢のせいで変な鳥肌が立ってしまう。

「渡辺さん、いい加減、手が疲れました」

「だったらいいよ! 自分で食べるから」

「渡辺さんが自分で食べたら、私があげた腕はどうしたら……」

「普通に下げようか?」

 ようやく凜ちゃんが箸を引っこめ、僕は解放された。凜ちゃんが落胆したような顔で僕を見ている。怖いよ!? そんな顔をされても困る。

「せっかくおいしいところだったのに。もったいないっすね」

「そうだよ渡辺くん。こんなに可愛い女子高生が『あーん』してくれたのに」

 石橋さんと先輩が口々に言った。女子高生に慣れていない僕が人前で『あーん』なんてできるはずがない。恥ずかしさで悶絶することになる。須藤教授はいつもの穏やかな表情に戻っていた。

 凜ちゃんの視線が痛いし、いつまでも食べないでいるとまた同じことをやられかねないので、僕は意を決してハチを口に放り込んだ。エビの尻尾のようにバリバリした歯ごたえで、かむたびにジューシーな中身があふれてくる。それが雑草の初夏の香りと合わさって……うまい。ほのかな甘味を感じるのは……スズメバチジュースだな。毒針も気にならない! あの凶悪なスズメバチがこんなにうまいなんて……! 

「おいしいです。エビの尻尾みたいで」

 凜ちゃんは頷き、こぶしの親指を立てた。僕も同じように親指を立ててみた。……よく分からん。

「渡辺くんって、凜ちゃんと兄妹みたいだよねー」

 先輩がふと、そんなことを言った。

「歳が近いせいかなー?」

「いいえ。私と渡辺さんは普通の人、他は全員変人ですから、当然です」

「凜ちゃんの中でそんな分類になってたなんて、私は驚きだよ!?」

「俺の中では、凜ちゃんと猪俣先輩が脳ミソはみ出しチーム。他が脳ミソはみ出してないチームっていう感覚っすけど」

「それは石橋くんの女性に対する偏見だよッ!」「石橋先輩は人を見る目がチリほどもないですね」

 わめく先輩と、ゴミクズを見るような目でさらっとひどいことを言う凜ちゃん。

「猪俣が宇宙人。他が地球人だろ」と斎藤さんの見解。

「私こそ立派な地球人だよ!? みんな分かってないようだけど、私からすれば、私と渡辺くん以外みんな変人だよ!」

「一番分かってないのは猪俣先輩っすね。あなたは全会一致で変人サイドっすよ?」

 全員が先輩を見て、同じタイミングで頷いた。

「何それひどっ!!」

「渡辺さんは誰が普通サイドだと思いますか」

 凜ちゃんに聞かれて、僕に注目が集まる。

「え? 僕……?」

「どうなの渡辺くん!? 一番普通っぽい君が教えて! 誰が君の本当の仲間なのかを!」

「渡辺さん、答えてください」

「そ、そんなこと言われましても……」

 どうやっても角が立つではないか。身を乗り出してにじり寄ってくる先輩のプレッシャーもすごいが、おしとやかに腰かけたまま氷点下の視線を投げつけてくる凜ちゃんからのプレッシャーも尋常ではない。

「ええと、じゃあ……須藤教授です」

「ダメ! 教授以外で!」

 なぜか先輩に却下された。

「いや、そんなこと言われても。僕としては、みんな個性的で、うらやましいなと思いますし……」

「渡辺くん、誰の名前を言っても角が立つと思ってるんじゃないっすか?」

 石橋さんにズバリ胸中を言い当てられ、僕はうろたえた。

「す、すみません、その通りです」

「もったいないっす! 惜しいっす! こういう場ではそういう曖昧な返答が一番白けるんすよ!」

「そ、そうなんですか……?」

 全員が頷いている。

「そうっす! いいですか? 誰の名前を出しても角が立つってことは、誰の名前を出しても絶対ウケる状況だった、ということっすよ? つまり確実に笑いがとれる、滅茶苦茶おいしい場面だったわけですよ! そこで尻込みしてたらもったいないっす。コミュニケーションとおにぎりにはノリが大事っすよ」

「言われてみれば、そうですね。分かったような気がします。勉強になります」

 石橋さんがスッと寄ってきて、耳元に顔を近づけ、僕だけに聞こえる声で囁く。

「今の場面で、例えば猪俣先輩以外の全員を普通サイドにしちゃえば、猪俣先輩をいじれたんです。正解とか事実とかなんて、誰も気にしてないんすよ」

 確かにもし僕がそういう機転をきかせていたら、場がどうなっていたか、なんとなく想像できる。本当に僕は惜しいことをしたのだと理解した。

「え? 石橋くん、何を耳打ちしたの? なんで今、私のほうチラ見したの!?」

「俺の口からはとても言えないんで、知りたきゃ渡辺くんに聞いてください」

「何それ!? 渡辺くん、どういうこと!?」

 先輩が僕にからんでくる。石橋さんが狙ってそう仕向けたのは明白なので、僕はその技に感服して――いる暇もなく、迫りくる先輩からどう言い逃れるかで困ってしまった。こういうときにうまく切り返せない自分が情けない。困り果てていた僕に、助け舟を出したのは凜ちゃんだった。

「渡辺さん、私と平凡な会話をしましょう」

 すでに一言目から平凡ではないような気がするのだけど、僕は先輩を放置してそちらに乗っかっていく。

「い、いいね! 平凡な会話!」

「渡辺さんは兄弟いますか」

 よし、本当に平凡な話題だ!

「うん、弟が一人」

「さぞ平凡なのでしょうね」

 凜ちゃんにそう言われた場合、怒ったり悲しんだりすべきではなく喜ぶべきなのだろう。素直には喜べないけれど。凜ちゃんに悪意はないと信じたい。

「私なんて一人っ子だからなー。弟とは仲いいの?」

 先輩も僕に追求するのをやめて、同じ船に飛び乗ってくれた。

「仲はその……」僕は何と答えるべきか逡巡した。だが結局、本当のことを言うことにした。「あまり、よくはないと思います」

「意外だね。渡辺くんって人当たり良さそうなのに」

「俺も姉貴とはほとんど絡まないし、兄弟なんてそんなもんっすよね」

「ふーん。そんなもんか」

 兄弟の話題は、意外とあっさり他の話題に取って替わられた。弟についてあれこれ聞かれなくてよかった、と僕は内心で安堵していた。

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