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【完結】美人の先輩と虫を食う  作者: 吉田定理
夏の章
12/44

3 学内の嫌われ者③

トントントントン、とリズム良い音が聞こえる。

 僕は眠たい目を開けて体を起こし、辺りを見回した。オレンジ色のカーテンや寝具。

 え? ここは先輩の部屋!? しかも僕が寝ているのは先輩のベッドだ。

「あ、渡辺くん、起きた?」

 エプロン姿で台所に立っている先輩が、僕のほうを見た。寝ぐせのない長い髪をポニーテールにしている。控えめに言って天使だ。

 台所では鍋がグツグツ鳴る音。いい香りもしている。

 いや、これ、どういう状況だ!?

「せ、せ、せんぱいですよね!? すみません、僕、勝手にベッドで……!?」

「うん、構わないよ。それより、もう少しで朝ご飯できるから、いい子にして待っててね♡」

 いい子にして!? 語尾にハートマークが見えた気がしたのは僕の妄想だとして、三つ年上の先輩から見たら、僕なんて小さな子供なのかもしれない。

 先輩は間の抜けた鼻歌を歌いながら、料理の味見などしている。僕はその幸せそうな姿に見惚れて、ぼーっと眺めていることしかできなかった。

 まるで新婚夫婦の朝のような光景。家庭的な先輩、尊すぎる……!

 やがて先輩がエプロンをほどぎ、お盆に料理を乗せて持ってきた。

 テーブルに並んだ料理は思ったよりも普通のものだった。ご飯、みそ汁、目玉焼き。僕らは向かい合うではなく、隣り合って座った。先輩の甘い香りが鼻孔をくすぐる。

「あ、虫料理じゃないんですね」

「だね。はい、あーんして」

「へ!?」

「はい、あーん♡」

「い、いや、朝からそれはさすがに……!」

「遠慮しなくていいよ」

 先輩が体をこちらに傾けてくるので、僕はのけ反って逃げようとするけど、そのまま先輩に押し倒されてしまった。

 やばい。先輩の大きな瞳が、至近距離で僕を見つめている。垂れ下がった髪の毛先と、Tシャツからのぞく緩い胸元。心臓がバクバクと鳴っている。

「好き……だよ」

「え?」

 僕は思わず聞き返した。すると先輩は頬を赤らめてもう一度、唇を動かす。

「好き」

「あ、あ、あの……僕も……」

「マダゴキ、好き」

「へ?」

「マダゴキちゃん……もっと触っていたい。好き。大好き」

「いや、あの……」

「私に会いに来てくれたんだよね? おいで」

 先輩はもう僕を見ていなかった。先輩が伸ばした手を追って、僕は顔を右に向けてみた。すると床の上をマダガスカルゴキブリが歩いているではないか! しかも一匹ではなく、たくさん! 床を埋め尽くすくらい大量に! なんで!?

 ゾゾッと嫌な感触がして、自分の体を見ると、床に突いた僕の手をマダゴキが登ろうとしていた。

「うわああああああッ!!!」

 僕は叫び、反対のほうへ転がって逃げた。だがそっちにも無数のマダゴキが這いまわっていて、床は真っ黒。部屋がマダゴキに飲み込まれている!? いつの間にか先輩の姿も見えない。ブラックアウト。

「先輩、どこですか!? 無事ですか!?」

 ダメだ、何も見えない。息も苦しいし、体が動かない……!

 誰か助けてくれ……。

 ハッとして目を開けると、そこは自分の部屋だった。寝汗をたっぷりとかいていて、ゾッとするような感触が手に残っている。

 僕はブルッと震えて、「夢か」と呟いた。


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