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村長の家

 村長の家は、ほかの民家と比べてかなり大きかった。

 母屋のほかに、離れが二つもある。蔵らしきものも見える。

 村の事実上の支配者なのかもしれない。

 立派な門もあった。

「何をする気だ?」

 そもそも、アザゼルの探している瑠璃というのが何なのか、ジャックにはわからない。

 どうやら、石になってしまうという疫病と関係があるようだが、アザゼルは説明する気はないようだ。

「そうですねえ、ちょっとした荒療治と言ったところでしょうか」

 アザゼルは形の良い口の端を少しだけ上げる。

 天使にしては、少々人の悪い笑みだ。

 そもそも、アザゼルが本当に天使なのかどうか、疑わしい。

 始祖の混沌は、神にも地獄の魔王にも見捨てられた場所だ。そんなところに、わざわざやって来たアザゼルが()()()天使なはずもない。

 天使というのは本来、罪人を忌み嫌うものだ。

 天に通じる道で出会った天使は、行き場のなくなったジャックを視界にすら入れることを嫌っていた。

 始祖の混沌での道しるべである炎をくれたのは、天使ではなく、死神だ。

 死神だけは、死んだ者を罪で差別しない。

 良くも悪くも、そのことをジャックは身をもって知っている。

「疫病の治療でもするのか?」

「結果としては、そうなりますね。するのは、僕じゃないですが」

「俺は医術の心得なんぞないぞ」

 ジャックは顔をしかめた。

 たとえ医術の心得があろうとも、ジャックは献身的に治療などできるはずもないし、する気もない。

 人を殺めることはあっても、救った経験などないのだ。

「もちろん知っていますよ」

 アザゼルは頷く。

「君は、しばらく何もしないで、黙っていてください」

 何もしないでと言われても、そもそもアザゼルが何をしようとしているのか。

 それすら、全くわからない。

 が。いちいち反抗することでもないので、ジャックは頷いて見せた。

 アザゼルはその様子に満足そうに微笑むと、パチンと指を鳴らす。

 すると、アザゼルとジャックの旅の傭兵のような出で立ちが、巡礼の神官姿に変わった。

 かざりけのない白のローブに青いラインは、巡礼者のあかしだ。

 もっとも、ジャックが神官の服を着たところで、『仮装』の域を出ていない。誰一人、ジャックを神官だと思う者はいないだろう。

──随分と便利だ。

 ジャックは声を殺したまま驚いた。

 天使か悪魔かは別として、アザゼルが人間でないのは、間違いない。

 人間は指を鳴らしただけで、姿を変えられないのだから。

「すみません。巡礼中の神官ですが」

 アザゼルは玄関の戸をノックしながら人を呼ぶ。

 同じことをジャックがやったとしても、戸を開ける人間はいなさそうだが、アザゼルの声は人の警戒心を解く朗らかなものだ。

 貧祖な巡礼の神官の服をまとっていてすら、その容姿は眩いばかりの美しさで、ジャックですら、つい目を奪われてしまう。

「何の用……神官さま?」

 出てきたのは老いた男性は、アザゼルの姿を見て目を見開いた。

 途中で会った農夫に比べるとずいぶんと良い身なりをしている。

 恰幅の良い体形を見る限り、彼本人は、野良仕事をしていないようだ。

「申し訳ございませんが、一夜の宿をお願いしたいと思いまして」

 キラキラとした笑みをアザゼルは浮かべる。

 都会ならいざ知らず、巡礼中の神官に宿を乞われたら、応えるのが礼儀だ。

 おそらくこの村に宿屋はない。

 人を泊めるだけの広さを持つ家は、パッと見たところ他にはなさそうで、門のそばにある魔よけの印を見る限り、それなりの信仰心はあるだろう。

 まして、輝かんばかりのアザゼルの美しさに、男は簡単に心を許したようだった。

「これはこれは。神官様が、このような村に来られるのは何年ぶりでございましょうか。狭い家でございますが、ぜひどうぞ」

「実は、連れがおりまして」

 アザゼルはジャックの方を指さした。

「私の弟子です。未熟者ですが、ご容赦くださいますと、ありがたいです」

 ジャックは、男が自分を見たのに合わせて、そっと頭を下げる。

 男はジャックの姿に多少不信感を覚えたようだが、アザゼルへの信頼の方が上回ったようだった。

「どうぞ、こちらへ」

 男に案内され、アザゼルとジャックは、玄関の戸をくぐる。

 家に入った瞬間、ジャックは空気がよどむのを感じたが、アザゼルが何も言わないので、そのままその背についていくことにした。

 



 

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