山村
アザゼルの作った体は、ジャックの若いころに酷似していた。
二十代前半といったころだろうか。
黒の髪に鋭い光を帯びた黒い瞳。整ってはいるものの、酷薄な印象をうける顔立ち。
皮鎧をまとい、腰には剣をさした旅の傭兵といったいでたちだ。
もともとが悪党だったせいか、それとも、ジャックの肉体がアザゼルの作ったものだからなのか。
原因はわからないが、かなり陰鬱な空気をまとっている。
対して、アザゼルは、金髪碧眼、年齢的にはジャックと同じくらいだ。
服装も装備もジャックと大差はないが、なぜか、高貴に見える。曰く、天使としてのオーラが透けて見えるからなのだそうだが、ジャックと二人で歩いていると、あまりにも対照的だ。
「それで、ここはどこだ?」
ジャックは辺りを見回した。
そこはジャックの知っている街ではなく、人影のない山の中だった。
「君が亡くなってから二百年後のエイトラム帝国。サウント山だよ」
にこにことアザゼルが微笑む。
「エイトラム帝国?」
聞いたことのない国の名だ。
二百年という時間は長いのか、短いのかわからないが、国の名が変わっていても不思議はない。
「僕たちが向かうのはあそこだよ。さすがに田舎とはいえ、白昼堂々と村の真ん中に現れるわけにはいかないからね」
アザゼルが指した眼下に、山間の小さな村の集落が見えた。
天候が曇っていることもあって、石造りの家はどれも、どんよりとした暗い色合いだ。
「それで、あの村に何がある?」
ジャックは、イラついたようにアザゼルに問う。
「創世の神ルライオンの七つの神宝の『瑠璃』だよ。僕の同僚が持ち逃げしようとして、地上に落っこちてしまってね」
アザゼルは肩をすくめる。
「どんな形なんだ?」
「そうですねえ、もともとは青い石です」
「もともとは?」
地上に落ちて、壊れたり変色したりするということだろうか?
「穢れをまとって地上に落ちると、何になるのか、僕にもいまいち、わからないんですよね」
悪びれない笑顔で、アザゼルは答える。
「なんにせよ、あの村にあるのは間違いありませんし、視れば、わかります」
「ふーん」
在処がわかるのなら、どうして、ジャックの助けが必要なのか。
だが、ここでその質問をして、せっかくの肉体を奪われる愚は犯したくない。
「陰気臭い村だな」
かなり険しい山間の村だ。畑もそれほど大きくなさそうで、おそらく、林業とささやかな農業で身を立てている貧しい村だろう。
峠を下りながら、ジャックは長らく忘れていた、肉体の感覚に喜びを感じる。
五感のすべてが、鋭敏になっているようだ。
ぴくり。
ジャックは足を止めた。
肌を刺すような気配。
「うーん。思ったより悪さをしているようですね」
アザゼルは目を細めた。
やぶを何かが走る音。
「助けて!」
子供の声だ。
その声に、ジャックの身体が反応した。
ジャックの思考とは別に、声に向かって走り出す。
声の主は、すぐに見つかった。
幼い少女がオーガに襲われていた。
毛におおわれた体、クマと見まごう大きさ。涎をしたたらせる大きな口。手にしているのは赤い刃をした斧である。
どうやら、少女は、キノコを採取にきて襲われたようだ。
ジャックは、倒れた少女を小脇にかかえて、後方に跳躍する。
そしてそのまま、抜刀し、構えた。
「ジャック、その子は任せて」
遅れてきたアザゼルに少女を渡すと、オーガとの間合いを詰める。
オーガが振り下ろす斧をよけながら、ジャックは混乱していた。
『なぜ、自分は少女を助けようとしているのか?』
生前のジャックならば、人助けなど絶対にしなかった。
するとすれば、なんらかの旨味があるときだけだ。
こんな田舎のみるからに貧しい少女をたすけたところで、ジャックには何の利益も生まない。
──ありえない行動だ。
悲鳴を着た瞬間、身体が、勝手に反応したとしか言いようがない。
──まあ、いいか。
身体は昔より良く動くし、魔力も問題なく使えそうだ。
もとより、ジャックにとって、オーガなど敵ではない。
ジャックの剣が一閃し、オーガの胴を薙いだ。
すかさず、アザゼルが光の魔術で、辺りを浄化する。
魔物は殺したままにしておくと、さらなる魔物を呼びやすい。
「うん。強いねえ。さすが僕が見込んだだけはある」
アザゼルは保護した少女の頭をなでながら、満足そうに頷いた。