ジャックという男
本日、何本か更新する予定です。完結まで行けるかは謎です。(一応、ハロウィンもの)
ジャックは悪党だった。
剣も魔術も優れた男で、戦時中であったのなら、英雄になれたかもしれない。
いや、平時であっても、ほんの少し真面目に生きるだけで、尊敬されるだけの才は持っていた。
が、ジャックは、人を信じない男だった。
人を信じず、常に昏い生き方を選び続けた。
ある時、狡猾な悪魔が、ジャックの魂をだまし取ろうとやって来たが、ジャックは悪魔を捕らえて、決してジャックの魂は地獄に入れないという誓約をさせた。
その誓約はジャックの左手に刻まれ、ジャックの死後も有効となった。
だが、死した悪党が、天国に行けるはずもない。
ジャックは、天国にも地獄にも行けず、地上に戻ることもかなわなくなった。
──疲れた。
肉体を伴わない魂は、天国に行くか、地獄に行く。
そこで人生の徳と罪の清算が終わると、輪廻の列に並ぶことになっている。
どこにも行けないジャックは、始祖の混沌をさまようしかない。
万が一にも天国に向かう一筋の道が、あるかもしれないという死神の言葉を信じて。
薄明りで、形のない魑魅魍魎の漂うその世界を、死神がお情けでくれた炎だけを頼りに進むことは、地獄の責め苦より残酷だった。
「ねぇ。君、体が欲しくない?」
魂が疲弊し、己が何者であったかも忘れかけたある時。
ジャックの前に金髪碧眼で、白い服をまとい、背中に羽のある男性が現れた。
──天使?
ジャックは悪魔とは会ったことがあるが、天使を見たことなどない。
だが、目の前にいる男は、どう見ても天使としか呼べない容姿だ。
──しかし、ここに来る天使などいるはずがない。
始祖の混沌は、悪魔にさえ見放された空間だ。
「僕の名はアザゼル。僕を手伝ってくれれば、体をあげるよ?」
にこやかに笑うそいつは、ジャックが思っていた天使にしては、随分と世慣れていて、しかも腹の読めない顔をしていた。
生前のジャックであれば、頷くことはなかっただろう。
だが。
ジャックは疲れていた。むき出しの魂は安息の場所を求めており、たとえ、それが地獄への誘いであったとしても、了承したであろう。
「僕と一緒に来て、失われた七つの神宝を集める手伝いをしてほしいのさ。そうすれば君の魂は浄化されて、天国に行くことを許されるはずだよ」
満面の笑みを浮かべたアザゼルはうさん臭さ満載だったが、それでも、始祖の混沌の世界であてもなくさまようよりは、マシだ。
「行く。体をよこせ」
ジャックが頷くと、アザゼルは、パチンと指を鳴らした。
「くっぅ」
まばゆい光とともに、ジャックはできたばかりの肉体と魂がなじむのを感じた。
そして、取り戻したばかりの右の手の甲に痛みが走る。
左手にある悪魔との誓約とは違う、アザゼルとの誓約が刻まれた。
「これは……」
「うん。正直、君が素直に善行を積んでくれるなんて思っていないから、保険にね。僕をだましたり、出し抜こうとしたり、逆らったら、いつでもこの混沌に戻ってくるようにしておいたから」
そう言って、天使にしては策士めいた笑みを浮かべたのだった。




