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4℃風景

作者: 小笠原留守

季節は冬だった。

12月,街はイルミネーション。

僕と彼女が付き合って初めての冬…。


気温は摂氏4度



「あのね,私意外だった。あなたって実は誰ともおつきあいしたことなかったのね。」


「僕だって,まさか君が誰とも付き合ったことないなんて知らなかったよ」



僕と彼女は,大学一年の5月の末に,交際を開始した。


僕は男子校だったし,彼女は女子高,とても保守的な二人が,お互い右も左もわからないまま交際をスタートした。


初めてのデートは,講義をぬけだし大学のそばの喫茶店で。


僕も彼女もとても根がまじめで,だから講義を抜け出して二人でデートをすることになんだかとってもわくわくしていた。


付き合うって,たのしい。彼女がつぶやいた。

僕はとっても嬉しかった。

まだ手しか握っていない,お互いまだ何も分からない。

お互い歩き出したばかりだった。


そう,何もかもが僕たちの中にあった,何もかもが僕たちに味方をした。

6月の雨さえ,優しく僕たちを濡らした。


何も知らなかった僕たちも,やがていろいろなことを知るようになった。


彼女は一人暮らしで,僕は実家から大学に通っていた。



僕はいつしか,彼女の部屋に入り浸りになり,いつの間にか彼女は自分の時間を失っていた。



僕もいつしか自分の時間を持てなくなって,何もかもが彼女のために行うようになった。


そして彼女のためにやったことが彼女のためにならないことを知ると僕はとてもイライラして,彼女はとても悲しんだ。



彼女がつぶやいた



「ねえ,どうしていいかわからないの」



彼女は泣いていた



「僕もわからないんだ」




交際を始めて半年ほど,いつのまにか僕たちは道に迷っていた。








街のイルミネーション


行き交うカップル




「ねえ,こういうのをさ,あげたいと思うんだけど」


僕は友達に打ち明けた。


聖夜がちかい。

彼女にプレゼントを贈りたかった,指輪,そう初めてのアクセサリーショップ。


「いいんじゃないか,まあ頑張れよ」




お店の名前は何て読むのだろう


「4℃」


変なの。



いつも気になっていた。

「4℃」


予備校の通り道だったし,なんとなく窓越しに指輪をみてこんなのを彼女とするのかななんて見ていた気がする。



とうとう僕にもその日が来たのだ。




「何かお探しですか?」



お店のお姉さんが僕に近づいてきた。



「ええと,これ,これがほしいんです。」


「サイズはどうしましょう?」


「サイズ?」


「彼女さんの指の大きさです」



「えーと」



「大きすぎたら調節します,たぶんこのサイズで大丈夫だと思います」




僕は生れてはじめて指輪を買った。


細長い銀のリングに青い石が入っている。

我ながら素敵なデザインだと思う。




彼女にはクリスマスだからって,プレゼントするのは日本人としてばかばかしいなんて日々言ってある。ちょっとしたサプライズのための布石だ。



僕は彼女の部屋にいる。


二人で暖かい紅茶を飲みながら,何の話をするでなくただただ二人で並んで座っていた。


最近会話が少ない。



「ねえ,冷蔵庫を開けてみてよ,ケーキの箱が入っているだろう」


「ええと,あなたが持ってきた箱ね」




簡単な仕掛け,ケーキと言って指輪の箱を冷蔵庫に入れておいた。




「ねえ,開けてみて」



彼女が箱のふたに手をかける


「えっ」



「うん,一応クリスマスだから,おめでとう」



僕は驚いて呆然とする彼女の右手を握り,そっと薬指に指輪をはめた。



「なんか,すごくうれしい,単純ね,私,びっくりしちゃった。」







僕の腕枕に,彼女が小さく寝息を立てる。


彼女の温度が伝わってくる。



とても温かい,僕は右手で彼女の髪をなでる。




彼女の顔のそばに,指輪があった。






「4℃」とは、氷が張った水面の底の温度を表しています。それは唯一魚たちが生息できる安息の場であり、厳しい環境下でも『地球上のあらゆる生命に潤いをもたらすように』という意味が込められています。






その昔,彼女の安息の場は僕の腕のなかだった。

ある日彼女は失われていた自分の時間を思い出し,指輪と引き換えに自分の時間を手に入れる。





「ねえ,きっと私じゃないのよ,あなたは私のためっていうけれど,疲れたの,ごめんね。」






4℃




氷の下の安息の地




4℃の風が僕を包んだ




凍えてしまわないように僕は4℃を後にした。


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