イルが選ぶドレス
「従者もお連れになるとは聞いていましたが、着替えの部屋にまでお入りになられるのですか?よ、よろしいのですか?」
「ええ、イルに見立てて貰いたくって……」それらしい言い訳を思いついて店主に伝える。男性の従者を着替えにまで入れるのか?と不安げな様子が見て取れる。
「リタ様の仰せの通りになさって」
「で、ですが……侍女はいらっしゃらないのですか?侍女に手伝わせてはいかがでしょう?」今度はベスティアの顔を窺いながら店主は提案する。針子もいるので侍女はそれ程必要ないが、王族の賓客聞いているので男性を着替えの部屋に入れるのはやめたほうが良いとも強くは言えない。店主はただ、リタが高貴な者と予想されるだけに本当に男性を着替えの部屋に入れて良いものなのかと不安に思っているようだ。
ベスティアが店主の質問に答えようと口を開くよりも先に、リタがフォローを入れた。
「イルは何色が良いと思う?普段から緑色のワンピースだけど、イルとお揃いで薄い緑も可愛いよね。イルが選んだドレスが着たいな。ほら、私まだ腕も怪我してるから、イルがいないと上手く着替えられないかもしれないし。だからイル、選んでくれるでしょう?」
「はぅ!リタ様……!」
イルが口を押さえて悶え始めたので、リタは何事だ?と首を傾げる。周りを見渡すとベスティアは顔を赤くして俯いているし、後ろで待機している針子は目をキラキラさせている。主従の禁断な関係とかも聞こえてきた。店主はうらやまけしからん、と言って何故か悔しそうな顔をしている。
リタはまさか自分が貴方の色に染まりたいだとか、貴方に似合う女性になりたいとか、貴方がいなければ何も手がつかないなどと愛を囁いているとは気がついていない。リタはイルがまた危険な思考に陥らない様にと考え、周囲も納得しそうな理由をと思って言っただけだ。
さっきの理由だけじゃ不自然だったかな。もう一言押せばいけるか。
そう思ったリタは周囲を勘違いさせるには十分な言葉を発してしまう。
「イルが着替える部屋にいても大丈夫。偉大なるカイルスだって私達が一緒にいるのをお許し下さるわ」
「が、頑張って下さい、従者さん!」
堪らず一人の針子が興奮した様子で言い出した。すると他の針子も感化されて、皆一様にイルを激励し始める。
「あたいも応援してるわ!」
「誰も2人の邪魔はさせない……!」
「全力で支援!」
「す、素敵……!禁断の!」
針子達の言葉でようやく何か誤った事を言ってしまったようだ、と気がついたリタは、
「あはは……」と乾いた笑みを浮かべる。イルは安全な子だよ!きっと神様だって見てるんだから大丈夫!と軽い気持ちで言ったつもりだった。
だがこの感じは違うな、と理解した。しかしせっかく話が纏まりかけているのに、わざわざ否定する必要もないか、とリタは言葉を飲み込んだ。
「リタ様……!いつでも側でお守りいたします。さあ、皆さん。リタ様をご案内して下さい」
「キャー!こっちですぅ!」
偉大なるカイルスによって2人の間は祝福されたものである。つまり、2人は深い関係にある事を匂わせる発言だった事をリタは知らない。言われた方のイルは、リタが理解していないのを分かってはいたが、それでも喜びを隠せなかった。この世間知らずなお嬢様を必ず守ろうとイルは心の中で誓う。口元を手で覆い、頬が緩むのをそっと隠した。
いくつかあるドレスの中からイルは白に限りなく近い薄い緑色のドレスを選んだ。ふんわりとしたレースが腰からくるぶしまでを覆う。いつも身につけている針の手袋はこのドレスには合わない。長袖部分がレース状になっている。それが余計に花嫁感を演出している。
針は内側の胸元に挿しておける細工をしてもらった。背中は羽があるのでザックリと大胆に空いている。欠損もあり、まだボロボロではあるが一つに重ねると傷は目立たない。一つに重ねた4枚の羽が虹色に輝く。時間がないので同時並行で髪の毛のセットもされ、準備は万端だ。髪の毛には薄いピンク色をしたレースのヴェールを後頭部につけてもらい、羽の損傷を隠すように腰まで生地が垂れている。
イルはそのリタの姿を見てとろけそうなくらい恍惚とした表情を浮かべた。
「ああ、リタ様。そのお姿はまるで……」花嫁、と言いたかったが、流石のイルも周囲への体裁を考えてそれは言わなかった。従者が言っても良い領域ではないと思ったからだ。従者が花嫁のような衣装を主人に選び、それを従者も自覚した上で選んだとあれば不埒な関係だと思われかねない。リタをそんな主人だと思われたくなかったので、イルはただジッとリタを見つけるだけにとどめた。
「選んでくれてありがとう、イル!イルがくれた指輪と色彩が調和していてとても素敵ね!」
リタの発言にイルはハッと息を飲んだ。同時に針子達も一斉にイルの方を見つめる。せっかくイルが黙っていたのに、リタがイルの忠誠を象徴する指輪について話してしまった。急に恥ずかしくなり、かあっと顔を赤らめるとイルはリタを直視していられなくなった。スッとリタから目を逸し、胸の高鳴りを落ち着けようと試みる。
針子達はニヤニヤしている。一人だけ禁断……禁断……と言いながら鼻を押さえている変わり者もいる。店主も何故か顔を赤らめポリっと頭をかいた。
「どうしたの、イル?」
「いえ、余りにも美しくて……直視していられません。はあ、リタ様、もう少し言動にお気をつけください。勘違いされますよ」
「ん?何が?良く分からないけど、別にいいんじゃない?」リタにはイルが何を言わんとしているのかも理解できていない。リタは適当に話を流したつもりでいるが、周囲はリタが、『勘違いではなく2人の関係は事実上深いものである』と認めたと理解した。
イルはリタに抱きつきたくなる衝動を堪え、拳をグッと握る。かろうじて衝動を抑え込んだイルは、リタの腰に手を回し、もう片方の手でリタの手を取り優しく言った。
「リタ様、今日は従者としてではなく、あくまでリタ様の付き添いでパーティーに出席してもよろしいでしょうか?」
「え?今日は最初からそのつもりだよ?」
さも当然と言わんばかりにリタが言って退けるので、つい勘違いしてしまいそうになる。普通の令嬢が親兄弟にエスコートしてもらう感覚でイルを今夜のパーティーのパートナーに指名するとリタは言っているのは理解している。しかしそれを知らない者から見ればどうだろう?私はこの人に気がありますと言っていることになる。イルはリタの言葉に深い意味はない事を分かっていても、歓喜する心を抑えられない。
リタが意味を知らなくても良い。イルは仄暗い独占欲が自分の中に生まれるのを感じた。
「エスコートいたします」
「ありがとう」
腰から手を離し、触れていたリタの手をさり気なくキュッと握り、リタを仕立屋の外へ連れ出した。
「王宮に急ぎます」ローブを羽織り、フードを目深に被るとベスティアは御者席に座り、2人が馬車に乗り込んだのを確認してから馬車を走らせ始めた。イルはリタと隣り合わせで扉側の席に座った。
馬車内から見える外はみるみると景色を変え、森を抜けている。
「来た道とは異なるルートを使っているのでしょうか?景色が変わりましたね」
「準備に時間がかかったからね。近道でもしてるんじゃない?」
そう話している間に馬車の側面が大きな音を立てた。
バン!
馬が音に驚いて嘶きを上げる。
「キャッ!」
「リタ様!」
急停車した馬車でバランスを崩したリタが座席から滑り落ちそうになる。イルは咄嗟にリタを支え、守るように腕の中に囲う。
急停車したはずの馬車が再度走り始め、馬車が激しく揺れを起こす。時折何かを踏んづけたようにガタンと上下に馬車が跳ねる。
暫くすると馬が落ち着き、馬車の揺れも収まった。そのタイミングでイルは状況を確認しようとリタを包んでいた腕を緩める。
「リタ様はこのままお待ち下さい。様子を見て参ります」
馬車の扉を開け、外に出る前にリタに声を掛けた。
「う、うん。分かった。気をつけてね」
イルは安心させるようにニッコリ微笑むと外に踏み出す。
馬車の扉を閉めると、あれだけの揺れがあったのにフードを未だに目深に被って御者席に座るベスティアに向かって話しかけた。
「何事ですか?」




