レイズの心配事
ひたすら羽と太ももの傷痕を弄られ続けたリタは放心状態になっていた。無防備で敏感な羽を優しく触れらまくって羞恥で動けなくなっていた。
2人の息遣いが部屋の中をこだまする。
「そういえばリタ様……」
羽の穴が空いた箇所には薄らと膜が張り、太腿の傷口がリタの皮膚と同化し始めた時だった。
グサッ!
「いたああああーい!」
『譲渡』
イルがリタの不意を突いてずっと隠し持っていた針をリタの手の甲に刺した。針が発光し、魔力登録が完了する。
「針をお返しします。これはリタ様のものですから」
そう言ってイルはリタの手袋に針を戻した。
「うわああああ!やられたー!まさかこのために油断を誘ったの?!」
リタはイルに針を譲渡したままである事を忘れていた。
「それもありますが、防御壁だけでは治りが不十分でしたので……治癒術師からこの方法を聞いて試したかったのもありますよ」
ニッコリ微笑むイルの表情は悪戯に成功した少年のようだ。
「これさえなければ他の武器が使えたのにい!」
両腕を拘束されたまま抗議するが、迫力はない。
「そうなのですか?でも僕がこの針を持っていたままでも使い道に困りますからねえ。とりあえず、だいぶ羽と傷が治りましたよ。一旦これで綺麗にしておきましょう」
『洗浄』
まるで何事も無かったかのように水魔法で清潔にして貰ったリタは一呼吸をついた。針が手元に帰ってきたのを喜ぶべきなのか、他の武器がこれでまた使えなくなった事を悲しむべきか反応に困るところだ。どうやらまだ針の呪縛から逃れられそうにはない。
・・・
・・
・
リタが眠っている間、レイズは埋葬業を手伝った後は必ず書庫に行き、本を読んでいた。
リタが眠っている間はずっとこうした日々を送っていた。だが悪いことばかりではなかった。ネクロマンサーの謎に少し近づいたのだ。
埋葬業者に会いにきて正解だった。王宮にはこうした文献はない。命の扱いや弔いに関してはここが一番情報が手に入る。
前々から分かっていた事ではあるが、ネクロマンサーという存在を必要とするのは、やはり人族だけだと言う認識を深めた。人族だけがネクロマンサーによって浄化される必要がある。冥土の扉をわざわざ開けてもらい、扉を潜らなければ霊魂は地上に溢れ返ることになる。そして人族の人口がそれに伴い減少し始める。一時期ネクロマンサーが全員サボって、霊魂を放ったらかしにしていた時代があるらしい。その時は人族の子どもが減ったと歴史に書いてあった。霊魂は輪廻の輪にネクロマンサーを通じて戻されると言われているので、因果関係はあるのかもしれない。
獣人族の文献にも、人族で言われているように、サートゥルの配偶者、ヘハーデスが人族に恋をしてしまい、サートゥルが嫉妬に狂ったことが発端であると記載があった。だが、そのような記載がある事が既におかしいのだ。なぜなら獣人族には信仰が存在しない。自然こそが信仰対象なのだ。獣人族の文献に人族の伝承が記載されていることはよくある。しかし、もしそうであれば参考文献として『人族の伝承より』と追記されていなくてはおかしい。これではまるで神々の存在自体は獣人族も認めているようにとれる。
また、肝心な女神へハーデスはどこに行ってしまったのだろうか?大地の男神サートゥルが嫉妬に狂い、創造神のカイルスがへハーデスに罰を与えて力を奪った後のことは記載がない。この記述を最後にへハーデスは存在さえしていなかったかのような扱いになっている。
たとえ神々の伝承が事実だったとしても、神々の事となるとただの人族であるレイズに何かができるとは思えない。神々の件は一旦保留にし、別のアプローチをレイズは探した。すると別の文献で、冥土の扉と魔族は密接な関係があるという記述を発見するに至った。
ネクロマンサーの師匠から言われた通りの方法で素直に冥土の扉を開けていたが、確かに冥土の扉は一体どこに繋がっているのか、レイズにも分からなかった。魔族の王が代々その秘密を守っているとあるが、たかが人族の伯爵が尋ねたところでそう易々と教えてもらえるものでもないだろう。
ここはリタに動いてもらうしかないかもしれない、とレイズは考えた。リタはギルド長のアイザックと親しい。ギルド長の執事であるヴァンピーロは魔族側の使者であると聞く。この辺りに上手くアプローチしてリタと繋げれば何か分かるかもしれない。まだ先のことになるが、レイズはネクロマンサーを解放するにはどうしたら良いのかとプランを考えていた。
その他、なぜ人族の公爵家の令嬢が途中で魔法を使えなくなったのかもレイズはずっと気にかかっていた。通常貴族が魔法を使えない事があった場合、その家で秘匿されるのだ。それなのに、なぜこの公爵令嬢は途中で魔法が使えなくなったのが明らかになったのか?
その疑問には次の記述が答えてくれた。どうやら最初の方は使えていたらしい。貴族院在学中に使えなくなったことで露見してしまったようだ。そのようなことが獣人族の文献には残っていた。なにやら魔力を増幅させるためにこの公爵令嬢は日頃から色々と薬を摂取していたようだ。まだ魔法の能力も開花していないはずの年齢で、そこまでして魔力を増幅させる必要はあったのだろうか?それとも早期に発見されたのか……。ニチアメリ王国の文献では一切なかった記述だ。しかしそれが原因だとは書かれていなかった。
これまでに読んできた本の内容を思い出しながら部屋で考察をする。今日はパーティーの日だな、とゆっくり部屋で借りてきた本を読みながらレイズは一人でお茶をしていた。まだリタは目覚めないのだろうか。今日はリタ抜きでパーティーに出席か、と憂鬱な気持ちでページを捲る。
「いたああああーい!」
リタの事を考えていたからだろうか?幻聴か?と思ったがそんなはずはない!と思い直し、レイズは本を放り投げてリタの部屋に急いだ。
ガチャ
「リタ!」
ノックもせずに乱暴に扉を開ける。
「あ、レイズ!おはよ!」
扉を開けた瞬間に目に入ったのは、イルに両手を後ろに拘束されているリタの姿だった。それを見てレイズの顔色は瞬時に真っ赤に染まる。
「イルウウウウウー!お前!ぬ、ぬ、抜け駆けは許さんぞ!」
「抜け駆け?何のことです?こうして私はリタ様の針をお返ししていただけですが……」
「え?!あ、針?!」
「抜け駆けって、どういう意味ですか?」とニヤニヤするイルの顔付きが腹立たしい。
「どういうって……そ、それはだなっ!」モゴモゴ言い淀むレイズの返答を待たずにイルは話を続ける。
「まあ、それはいいです。不意打ちじゃないと譲渡出来ないので、こうして不意を突いたのですよ」
「だ、だが、そんな体勢を取る奴があるかー!」
イルをリタからポイッと引き剥がすと、レイズはイルを部屋から追い出し、鍵を掛けた。
ガチャッ
「あ?!ちょっと!レイズ様!」
ドンドンドン、と後ろで扉が叩かれる音がするが、レイズはツンッとして取り合わなかった。
「俺の気が済むまでイルはこの部屋に立ち入り禁止だ」
「え?でも、治療してくれたみたいなの」
リタはイルのフォローを入れた。何も説明がなければイルの印象がレイズの中で悲惨なことになりかねないと思ったからだ。しかし、それが間違いだった。
「治療?何をされたんだ?」
難しい顔をして体勢を整えるリタの元へレイズは近づいた。
「羽と足にイルの魔力を流し込んでもらったの!イルの魔力が私に影響されているから出来る芸当なのかな?治癒術師にやり方を聞いたんだって」
そう言いながら、うつ伏せになっていた体勢をまたヘッドボードに背中を預けてよりかかる。レイズはベッドに座るリタの隣へ腰かけた。レイズの左腕の横にすぐリタが座っている形になり、距離が近くなってリタはドキッとした。
「リタが防御壁に包まれた後、俺達は無力だったからな。イルも俺も、リタが眠っている間にせめて自分達が出来ることを精一杯やろうと必死だったんだ」
「そうだったんだ。レイズにも心配をかけちゃったね、ごめんね。……凄いね、皆は……私が眠っている間にどんどん成長して……私ばっかり置いてけぼりというか、足手纏いというか……」
リタは自分の非力さを嘆いた。尻すぼみの声になって眉をひそめて困った顔をする。俯いた顔にかかった髪がリタ表情を隠す。
「リタ、俺達はリタが起きるのをずっとまだかまだかと待っていた。それはお前を足手纏いと思って待っていたんじゃない」
「でも、私……こんなに心配までかけちゃって」
「そうだな。心配したぞ」
「その上ずっと寝たり起きたりで役にも立ってないし……」
「確かに。調査はジルクが1人でやっていたな」
「ううっ……しかもヨアフパロ王国にまで迷惑かけちゃうし……」
「ああ、王宮もビックリだろうな。賓客がいきなりボロボロな状態で挨拶にきたんだからな」
「うわあ……どうしよう……自分の役立たずさに凹んで来た……」
喋っていて自分で言ったことに自分で傷ついて凹んだリタは首をガクッと前に倒し、項垂れた。
「だがな、リタ」
「ん?」
そんなリタをレイズは真っ直ぐな青い瞳で見つめる。
「早くお前の笑った顔が見たいと思って俺はずっと楽しみに待っていた」
俯いたリタの顔にかかった髪を右手で掬い、リタの左耳にかける。先程までイルに触られて敏感になっているリタは、耳にレイズの手が触れたことで思わず小さく声を上げた。
「あっ」
「ん?どうした?耳にも怪我していたのか?」気になったレイズはリタに覆い被さる形でリタの左耳たぶを右手で摩りながら、顔を近づけた。
「キャッ!」
いきなり近づいてきたレイズに驚いたリタは、レイズの胸を手で押さえ、距離を取ろうとした。
「なんだ?イルにはあんな体勢を取らせておいて、俺には近づくのも嫌なのか?」
ムッとした顔でレイズはドンッという音と共にヘッドボードに左手を置いた。リタの顔の横にレイズの左手があり、右手はリタの耳を捉えている。レイズの腕で覆われたリタはレイズとの距離にかあっと顔が赤くなるのが分かった。
「ち、ちがっ!そうじゃなくて……あの、種族の象徴は敏感なのです……」リタはドギマギしてつい敬語になる。
「ほう?そういえば最初に出会った時もそうだったな」ニヤリと唇の端を吊り上げ、リタの耳元で囁く。
「ひゃっ!」体を仰け反らせ、リタはヘッドボードに体を密着させた。耳元からレイズを遠ざけようと、左耳をヘッドボードに押しつけ隠す。しかしそうすると右耳を差し出しているようになった。
プルプル小刻みに震える様子に堪らなくなったレイズは、リタの右耳に口を近づけ、意地悪を言う。
「右耳に話しかけて欲しかったのか?」
「んっ……」
右耳を隠せばまた左耳が犠牲になると思いリタは正面を向くが、するとレイズの唇が目に入って意識してしまう。
顔を背けてなんとかレイズをやり過ごそうとするが、その様子に不満そうな顔をしたレイズは「ふーん?」と言うのだった。
「そうだ、塗り薬を貰っていたんだ」良いことを思いついた、というようにベストの内ポケットにある魔力袋から塗り薬を取り出した。
「太腿のここだったか?」
レイズは霊魂の力を使って塗り薬を風魔法で自分の人差し指に付け、手をリタの太腿に伸ばす。
ヌルッとした指が縫い痕の消えかかった傷口に触れる。するとピリッとした刺激を感じ、リタは声をもらした。
「あっ……」




