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ニチアメリ王国、アメリゴ都市を歩いてみよう2

「ええええ?!ちょっ、リタさん!大丈夫?!」


都合良くリタのワンピースのポケットに入っていた、アイザックから昨夜手渡されたハンカチで顔を抑える。


「ずびばぜん。アイザックさんがイケメンすぎて興奮しました。」


「くっ!あっはっはっはっはっは!!!!それ本当?リタさんにそう言ってもらえて光栄だよ!ほら、ハンカチを貸してごらん?」


「いや、ちょっと血がっ。」


「大丈夫。」


ニコッと微笑まれては抵抗できないのが妖精さんだ(色んな意味で)。右頬をアイザックの左手で支えられて、右手にハンカチを持って、私のしがない鼻を摘んでくれている。


「恥ずがじすぎで、死にそうです。」


人生初デート(これは誰がなんと言おうとデートだ。道案内ではない。)でなんて醜態を!人生の黒歴史の内の1ページとして一生残ることだろう。


しばらく鼻を摘まれていると、アイザックが鼻から手を離した。


「そろそろ止まったかな?『洗顔、洗浄、乾燥』。これでどうだろう?」


パッと離された手にあったハンカチの鼻血は消えていたので、きっと私の小汚い顔もちょっとはマシになったはずだ。


「お手数をおかけしました……お詫びさせて下さい……ハンカチ新しいの買わせて下さい。」


「あ、それは嬉しいね。ハンカチの交換をしようか。」


「はい!是非!」


しかしリタは知らない。ハンカチの交換がこの世界で意味するところを。



鼻血を出すことになった要因の一部であったエスコートをまたされそうになるのをさりげなく回避しようとするが、呆気なく却下された。


貴族男性の隣に女性がいるのに、男性がエスコートしていなかったら、男性側は無教養だという烙印を押されるらしい。アイザックはここら辺では顔が知られているので、それはご勘弁願いたい、と悲しそうな、困った顔で言われてしまった。


「そうだったんですね!すみません!とっても恥ずかしいのですが、なにぶん経験が乏しいもので、緊張してしまって……腹をくくりますので!それでは、ど・どうぞお手を!」


文化ならば仕方がない。自分が慣れるしかない。


「恥ずかしいだろうに……ごめんね?ありがとう。でも他の男にはさせなくていいからね?」


リタの手を優しく取り、アイザックは自分の手の甲ではなく、手の掌に乗せた。


「え?手の甲では……?」


「ここから人が増えるからね。迷子にならないように握っておいたほうが良いかなって。手の甲だと人の流れにリタさんが流されてしまうかもしれないけど、いいの?」


「なんと!迷子!それは困ります!」


「でしょ?不安にさせたくなくて、つい先走ってしまい、断りも入れずに……」


また困った顔をさせてしまった。こんなに気遣いができる人に私はなんて無礼な事を……!


「いえ!!!そんな!!お気遣いありがとうございます!」


リタは色々と勘違いしているが、アイザックは飛んだ嘘つき野郎である。アイザックのいう文化も人が増えるなんて理由も、本当は存在しない。ただ手を繋ぎたかっただけである。


機嫌良さそうな顔で歩くリタに見えないよう、黒い笑顔を見せるアイザックだった。


「着いたよ。ここがさっき言ってたレストラン。入ろうか。ギルドカードの使い方を見せるから、ここは私に持たせてね。」


「ええ!そんな、悪いです……後で返しますから。ハンカチまで頂いてしまっていますし……」


「お二人でよろしいでしょうか?」


ウェイトレスが声をかけてきたが、それには答えず、手でちょっと待って、とサインを出しながら、リタに返答する。


「ハンカチに私の名前の刺繍を入れて返してくれたら、それで良いよ?」


「えっ、あ、分かりました!でも、いつでも使えるように、見られても困らないようにシンプルな刺繍を頑張ります!」


裁縫はそれほど得意ではなかったので、イニシャルだけにさせて貰おうと思ったリタだった。


「失礼、そうです。2人です。」


アイザックがウェイトレスに答える。


ウェイトレスに人数を伝えてから、リタにもお礼を伝えた。


「ありがとう、楽しみにしている。」


二人の会話を途中から聞いていたウェイトレスはなにかを我慢しているような、ニヨニヨした変な顔をしている。


なんだろう?とリタは首を傾げた。


リタは気がついていないが、ハンカチまで頂いてしまっていますし、から聞いていたウェイトレスにはこう見えていた。


ハンカチを交換する事になった婚約者同士の二人は想いがやっと通じ合ったばかり。男が想い人に自分への愛をハンカチに刺繍で刻んで欲しい、と。そうは直接言えず、自分の名前を刺繍して欲しいと照れ隠しで言っているのである。そして想い人は、それを『いつでもあなたのそばにいられるよう、どこに行って見られても恥ずかしくない存在になれるよう頑張る、と。そしてシンプルな偽りない自分の愛を刺繍に刻む』と言っているのである。

ここまでラブラブな会話を聞いてしまっては誰だってニヨニヨもするだろう。


もちろん、アイザックは全て意味を分かって言っている。こうして外堀から埋めていくのがアイザックのやり方だ。


「うふふっ!お二人様ですね。こちらへどうぞ!ぬふっぬふっんふふふ!」


この世界の女性は、皆こうした浮ついた話が大好物だ。一週間もすれば街のウェイトレスネットワークでアイザックに想い人が出来たことが飲食店に知れ渡っているだろう。


大丈夫か?この人、とリタは怪訝そうに見ているが、アイザックは何食わぬ顔をしてリタと手を繋いでいる。


席に案内された二人は窓際に案内された。落ち着いたアンティークな、雰囲気のあるお店だ。店内は多くの人で賑わっている。タイミングが良かったのか、後ろを見ると、リタ達の後には既に何組か待っていた。


「注文をお伺いいたします。」


メニューを見ても何か分からなかったのでアイザックに任せてもいいですか?とだけ伝える。


手慣れたもので、アイザックはひょいひょいと手早く注文を済ませた。


ウェイトレスは見た。


女性に食事の選択を男性に委ねさせ、『貴方に身を任せて、貴方の選択に着いて行く』とまで言わせる男の顔を!名前は知らないが、赤い髪、眼鏡、茶色い目の貴族風の男と美しい緑の妖精属の女性。羽を背中に覆って重ねているが、四枚確認できる。かなり高貴な存在だろう。


「はううう。初々しい!尊い!どちらも羨ましい!」


じゅるりと涎を垂らしかけ、焦ってそれを拭ってから、厨房から罵声が飛んだ。


「こら!オーダー取ったならさっさと言いに来い!」


「はい!ただいまー!」


ウェイトレスや周囲の客までもが二人の関係についてひどい勘違いをしているが、それを知っているのはアイザックだけだった。


昨夜から何も食べていないリタはもうお腹ペコペコだ。空腹を自覚し出した途端、もう我慢できなかった。


「お腹減りました〜〜。」


「ふふふ。そうだろうね。適当にサラダとスープにメインディッシュを頼んどいたよ。口に合うか分からないから無難そうなものにしといた。」


「助かります。どのメニューが何を指すのかさっぱりで。次は一人でも来た時に頼めるよう、少しメニューを説明していただけませんか?」


「いいよ。タスレとリッコブローのサラダとあるが、タスレというのはね……」


とメニューを片っ端から説明させてしまった。なぜかアイザックは楽しそうだったから良かった。そうこうしている間にサラダとスープが置かれていった。


どうやらただのレタスとブロッコリーに青じそっぽいドレッシングがかかったシンプルなサラダのようだ。スープは普通のコンソメスープで、ニンジンやジャガイモ、ウインナーが入っているが、きっとそれらも別の言い方があるのだろう。


「焼き立てのパンはいかがですか?」


ウェイトレスの持つカゴの中にはコロコロと小さ目のパンがたくさん埋まっている。


「そうそう、ここは焼き立てのパンが配膳されてくるのが人気なんだ。彼女にはこれとこれとこれを。私も同じ物で。」


さっとパンを皿の上に置いて、ウェイトレスは次のテーブルにうつっていった。


もくもくと前菜を食べていると、食べ終わった辺りを狙ってメインディッシュが運ばれてきた。タイミング狙ってるのかな?すごいな、とリタは感心した。


「これは何ですか?」


小声でアイザックに尋ねると、説明から牛肉であることがわかった。魔獣の一種、ボスタウルスというらしい。


「ボスタウルスは家畜化されていて、ニチアメリ王国でも育てられているが、獣人族のヨアフパロ王国の物の方が美味であることで有名だよ。獣人族は魔獣の扱いに長けていているからだろうね。」


この世界には動物の代わりに魔獣が存在するらしい。同じポジションではあるが、動物よりも獰猛で魔法を放ってくるらしい。恐ろしい。しかも駆逐してもまたすぐにどこからか湧いて来るらしく、各街は人の編み出した魔術結界で守られているが、街を出るとそこはダンジョンになっていて、魔物がそこら中を闊歩しているらしい。


「街を出て、次の街に行く時は必ず馬車で移動して、ギルドで傭兵を雇うんだ。力に自信がある者はそれを生業としていて、その者達を冒険者と私達は呼んでいる。気性が荒い者が多いから、それらしいのを見つけたらあまりリタは関わらないほうが良いかもしれない。」


ふんふん、と知識を貪欲に吸収していく。街は何かない限り出ないようにしよう。


リタはすっかり忘れていた。各種族王から謁見を求められるということを。時期が来れば、自分から会いに行かねばならない。


食事についてあーだこーだと雑談代わりに意見を交わし合う。

ボスタウルスは美味で、完全に味は牛肉だった。


食事の後に紅茶が二人に運ばれててきて、リタはゆっくりと香りを堪能した。


満足したリタの様子を確認して、アイザックはウェイトレスに向かって言った。


「お勘定を。」


「はーい!お待ち下さーい!」


「硬貨ですか?ギルドカードですか?」


「ギルドカードで。」


お!やっとみられる!なるほど、テーブルチェックをするのか。


鞄から財布を呼び出すと、財布からギルドカードを取り出した。それをウェイトレスが持ってきた掌サイズの四角く黒い物体にかざす。


ふわっと白く物体が光ると、会計が完了した。


「ありがとうございました。またのご来店を、ぎゅふっ!楽しみに、あ、間違い。お待ちしております。ふへへ。」


どいつもこいつも、頭の中はピンク一色である。


リタは若干引き気味に「あ、はい。ご馳走様でした。」とだけ答えた。


ウェイトレスが去ると、アイザックが口を開いた。


「あんな感じで、渡された魔道具の上にさっとかざすだけで支払いができる。あの魔道具を『照合機』と言って、カード情報をお会計額と照合して支払いが引き落とされることから、名付けられた。現金も同じ要領で、言われた金額通りに硬貨を渡すだけだよ。」


「なるほど!勉強になります!」


アイザックは元気に返事したリタに微笑みを返す。


「食事には満足できたかな?」


「美味しかったです!ご馳走様でした!」


席を立ち、レストランの出口に向かう所で、次の行き先を告げる。


「口にあったようで安心した。お腹もいっぱいになったところで、次は服と靴だね。自分でやってみる?」


「やった!やります、やります!行きましょう!連れてって下さい!」


自分からアイザックの手を両手で握り、お願いする。流石に手が触れ合っていることに慣れてきたリタである。人生何事も経験だ。


少し驚いた顔を見せたアイザックだったが、嬉しそうに手を握り返し、店を後にした。


後ろからまたふごっ!と聞こえたが、リタはあれはもう過去だと思い込む事にした。

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