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パトラが落ちて来た時

今から約3暦前、15歳のパトラは高校に入学するまであと1週間を目の前にしていた。


もうすぐ高校1年生。前世のパトラは恋に憧れる、普通のどこにでもいる女の子だった。進学校に入学する予定のパトラは来年から本格的な受験戦争が始まる。入学前からすでにパトラは来年を想像して辟易した気分になっていた。


意識の高い者が集められた学校は、自分が選んだとはいえ、あまり楽しい学校生活が送れそうには思えなかった。


春休み中は入学した後の予習を塾で行っていた。今日も塾の授業が終わった後も講師に質問をしたり、自主勉強をしたりして遅くまで残っていた。もう時間は22時を過ぎている。


唯一のパトラの楽しみは、塾が始まる時間までの日中と塾から帰って寝るまでの間に、据え置きゲーム機で乙女ゲームをする事だ。始める時はサッと始められて、終わりたい時はセーブして、サッと終われる。戦闘シーンの多いRPGでは終わらなければならない時に終われないことも多いので、高校入学を目前にしてからあまり手にする機会がなかった。それでもゲームがしたい!と言うことで、恋することに憧れていたパトラは、乙女ゲームに手を出したのだ。


「高校に入学したら、あたしも恋がしたいなあ〜」漠然とした想いを胸に、今日もコントローラーのボタンをポチポチ押して疑似恋愛を楽しんだ。


いつも通りひとしきり楽しんだ後、塾に行き、課題をこなす。時間が遅くなって来たので22時には塾を出た。


「疲れた……いつまでこんな勉強の毎日が続くんだろう……ヤバイわ〜。いやいや、将来あたしは絶対良い大学に行って、大企業に勤めるの!そこで給料の良いイケメンの旦那さんをゲットする!そしたら専業主婦になって毎日乙女ゲームするんだ!あれ、旦那さんがいるなら乙女ゲームする必要なくない?いやいや、これは人生のスパイスよ、うん、うん」


真っ暗な住宅街をブツブツ1人ごとを言う怪しい女の子が歩いている様に見えるのにハッと気がつき、口を噤んだ。


家に帰るまで20分ある徒歩の道のりを歩いていると、見慣れぬ細い階段を見つけた。


「え?こんな階段あったっけ?」


見覚えはなかったが、階段を登れば20分も歩かなくて済む。通常、家に帰るにはU字型の坂道をぐるっと回る必要がある。ずっとそのU字型の坂道の途中に階段があれば10分は短縮できるのに、と思っていたのでパトラは喜んだ。


「いつの間にできたんだろ?ラッキー。絶対あたしの家付近の人は同じ事思ってたと思うのよねえ。登っちゃお!」


パトラ階段を登り出した。想像していた以上に段数の多い階段に息を切らし、真ん中まで来た辺りで一息をつく。あと数十段で終わりだ、と思ったその時だった。


「アッ……アガッ……」


突然の音にびくっと体を震わせる。何かの声が聞こえた。それも後ろから聴こえてくる。恐る恐る後ろをチラッと見ると、ボロ切れを着たホームレスが登ってくる所だった。


内心、ゲッ、来るなよ!と思いながら休憩は中断して急いで階段を登ろうと足を踏み出した。


「アヒャッ♪」


後ろでホームレスが喜ぶ声がした。不味い、何かを企んでいる!


無駄に警戒を悟られないよう、一歩一歩確実に進むが、ホームレスの後ろから来る足音が早まっている。


「アッハッッハッハハハハアハア!!」


大きな笑い声が辺りに響いたのを聞いたら、もう駄目だった。


「イヤー!来ないでえー!」


パトラは走り出した!


ホームレスは長く伸びた真っ白な髪を振り乱してパトラを追いかける!


「フフフウフフウウフフウフ」


錯乱状態にあるのか、目を見開いて怪しい笑い声がパトラ後ろに迫る!パトラの髪がホームレスに掴まれそうになるが、パトラはグッと頭を前に倒して回避する。


あと一歩で階段を抜ける!と思った時、分厚い空気の層にぶつかる感覚があった。パトラは構わずその中を駆け抜けた!その瞬間!


「キャアアアアアアアアア!!痛い痛いイタイイギャアアアア!」


パトラの体は炎に包まれた!


体が燃えている!薄く目を開けるとホームレスはおらず、無重力な空間を漂っていた。


チリン


ドサッ!


こうしてパトラは最初、獣人族となって人族のギルドに落ちて来たのだった。



諸手続きが終わり、無事種族の力が使えるようになり、名前も「パトラ・ティグレ」と授かった。不思議なことに、この世界の獣人族には既にティグレの名字を持つ者がいた。獣人族の公爵家だ。


ギルド長のアイザックが王族に異世界人の来訪を告げる手紙を書き、返事が返って来たことで判明した。


「これは運命よ!間違いないわ!これはあたしに公爵家に行けと言う神からの思し召しよ!」


パトラは興奮してアイザックにそう告げた。


「そうなのでしょうか?確かに公爵家しかティグレを名乗る者はいませんが……偶然でしょう」


「いいえ、そうに違いないわ!ここ人族の国だと言っていたわね?あたしは獣人族の国へ行くわ!さあ、今すぐ案内して!」


やった!異世界だ!これであの受験からも、つまらない毎日からも解放される!まるで乙女ゲームの世界みたい!私がやっていたのとは違うけど、でもこの際なんだっていいわ!元の世界よりよっぽど楽しそうだもん!


パトラはアイザックに案内するよう急かした。


「いやいや、まずは人族の王に面会してから決めるのがよろしいかと……落ち着くまでは、異世界人の所有権は最初に落ちて来た国のものなのですよ。この世界の事が理解できるようになってから異世界人自身が選ぶ運びとなっています。まずは王族との面会の日程を……」


「人族?絶対いや!!!人間なんて面白くも何ともないわ!あたしは獣人族の公爵家令嬢になる!今すぐ獣人族の王族に手紙を書いて!膨大な魔力を宿した虎模様の耳と尻尾を持った異世界人がそちらの国に行くことを望んでるって!」


「いや、ですが、まずは……」


ドン!


パトラは勢いよくアイザックの執務室にあった客用のコーヒーテーブルに拳を打ち付けた!


バキッ!


テーブルが真っ二つに割れ、崩れ落ちる。


「は・や・く♪」


「あー……はい、かしこまりました」


パトラの怪力にこめかみをピクピクさせて苛立ちを隠せないアイザックは、はあ、とため息をついた。


結局異世界人が望めばダメとは言えないアイザックは、面倒くさそうに手紙を人族と獣人族の王族に向けて書き始めた。


「一応少しだけ説明しておくと、獣人族は魔法を体の外に放出することは出来ません。魔力袋を発動したり魔法を行使するには魔石や魔道具を通さないといけませんからね。このままだと不便だろうから、これを渡しておきます。獣人族の異世界人が落ちて来た時ように用意してある物だから、返さなくていい」


アイザックからナックルを貰ったパトラ指に早速嵌める。


手のひらをグーパーさせて具合を見ると、キラキラした顔でパトラは先ほど真っ二つにしたコーヒーテーブルを再度見つめる。


「詠唱だっけ?そしたら魔法が使えるのね?」


「えっ!ちょっと、ここでは!」


アイザックの注意を無視してパトラは詠唱する!


『疾風粉砕!』


バキバキバキ!!!!


「うあー……」


パトラの拳がぶつかった瞬間にコーヒーテーブルは風魔法と物理的な破壊によって粉々になり、木屑と化したコーヒーテーブルが執務室の床一面に散らばった。


「コツはわかったわ。さあ、人族の王様に挨拶するんでしょ?行くわよ」


「今は夜なので!皆寝てますから!頼むからせめて明日!明日の朝にしてくれ!」


「絶対よ?じゃなきゃ次のコーヒーテーブルはこのギルドよ」


パトラはニヤリ顔でアイザックに詰め寄った。


こいつならやりかねない。

アイザックは急いで王宮にまた手紙を書きあげたのだった。


こうしてパトラは人族の王に面会を済ませてすぐ、獣人族の国に渡った。同行者はもちろんアイザックだ。まだ身元の保証人はギルド長のアイザックになっているので仕方がない。


あまりにも急な事だったので副ギルド長に引き継ぐ暇もなかった。権限だけを一時的に譲渡して、事なきを得た。


「異世界か〜。ああ、素敵!あたしはここで絶対重宝される存在になるわ!」


アイザックが隣にいるのにも構わずパトラはそう呟いた。


この力があればあたしはここで最強よ。怪我をすれば回復したら良いのだろうし、移動だって魔法を使えば早い。あとは前世の知識を活かして公爵家に取り入ればあたしの人生は薔薇色よ!


と言ったパトラの思考が表情からありありと分かるようで、アイザックは横でただ呆れていた。


獣人族に着いてからは慌ただしかった。

パトラが申し出るよりも前に向こうから公爵家への養女の打診があったのだ。それが当然と言わんばかりにパトラはすぐさまそれを承諾した。パトラの異世界ライフは順調だった。なぜ公爵家はパトラを養女にしたかは、養女になってから分かった。


理由は単純だ。男ばかりの家系で、女児が生まれなかったからだ。次期、王太子妃が王太子の学友から選ばれるのは定石だ。他の公爵家は学年は異なれども王太子のいる貴族院に入学している。

だが、ティグレ公爵家は送り込める駒さえいなかった。王太子が中等部に入学した頃からずっと自分の家から次期王太子妃は望めないのを指を咥えて見ていたのだ。養女を取ろうにも家格も公爵家に迎えられる程の魔力値に見合う子どももどこにもいなかった。


そんな時に高等部が始まる絶妙のタイミングでパトラが落ちて来たのだ。このチャンスを逃すティグレ公爵家ではなかった。それも異世界人だ。膨大な魔力を持っている。その上ティグレの名を授かって落ちて来たとあれば偶然では済まされない。王族からの伝達でティグレ公爵家は迷いなく公爵家に養女として迎える手筈を整えた。


利用されていようと構わない。きっとあたしはこの世界のヒロインなのだから!


このようにパトラはその状況を歓迎した。しかしパトラが思っていた以上に現実は厳しかった。公爵家に見合う作法が身についていなかったからだ。結局入学は遅らせ、3ヶ月で作法を徹底的に叩き込まれてからの入学となった。


作法が身についていないものの、入学するまでの間に何度か王太子とのお茶会が設定された。魔力が膨大であったこともあり、力の使い方について公爵家が教えられる人材がいなかったのも理由だ。これ幸いとばかりに、人材不足を理由として王太子に白羽の矢が立った。王太子の魔力値は王族なだけあって非常に高い。幼い間はその高い魔力値が原因で力のコントロールを誤ってあらゆる物を破壊してしまうほどだ。パトラも例外ではなかった。まだ加減が分からず、時折ドアノブを破壊したり、ドアそのものをどうやってか粉砕してしまう事があり生活に支障をきたしていた。


公爵家としては自分の養女を王太子に近づけることも出来る上、力の扱いも教われる。一石二鳥だ。王族としてもパトラの魔力の扱いが不安定では不安だ。しかも異世界人である。いずれ国益をもたらす可能性があるため、丁重に扱う必要がある。


こうして出会った2人は手を取り合い、お互いの力の研鑽に努めた。王太子も自分と同等又はそれ以上の力を有するパトラに親近感を持ち、2人の間が急接近するまで時間はかからなかった。


パトラの高等部編入間近になって、王太子はパトラに申し入れた。


「パトラ、君のような人を私はずっと待っていた。君こそが私の伴侶にふさわしい。どうか、私と生涯を共にしてくれないか?」


やっぱりあたしがヒロインなのだわ!


パトラは心の中でそう思った。答えは一つしかない。


「はい、喜んで!」


パトラが王太子の婚約者になった瞬間だった。

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