ジルクの仕立て屋での調査
レイズが獣人族流の葬儀を行っていた頃、ジルクは王宮騎士団に卸している店を訪れていた。ジルクは人族から持ってきた問題のあった防具が魔力袋にあることを確認する。
この防具はいわゆるレザーアーマーだ。知見のない者が見るとただの皮革製ベストに見える。だから一般的にはただ、防具とだけ呼ばれる事が多い。
その防具には紋章が刺繍されており、守護が解けかかった刺繍とその下に身体不調の呪いじみた刺繍がされている。ブランドネームタグは存在しない。
安直だが、デソレート街における問題とこの防具は異なる者が関わっているのではないかと推測する。今までのことから、デソレート街はベスティア、そして防具の方はまた別の存在か……。防具に施された刺繍の呪いは老婆が言うには、数十暦前に獣人族の女性に売った針に登録した魔力と酷似しているとの事だった。念のためベスティア嬢がいつ針を購入し、どこで手に入れたのかも確認しなければならない。もちろん、今から訪れる仕立て屋にいる針子で十数暦前に針を老婆の元で購入した者がいないかも確認だ。
接点はないようにも思えるが、そこには見えない共通点を感じる。分隊長としての野生の勘がそう伝えていた。
防具をまた魔力袋にしまい、ジルクは目の前の建物を見上げた。
リタが眠っている1週間でジルクは調査を通して獣人族の国では王宮騎士団に輸出されるまでに工程がいくつかあることが分かった。
防具は皮革製品で、透湿防水性能が加えられ加工されたものだ。皮革は魔獣を狩った冒険者などからギルドを仲介して製造・加工場に渡される。そこで生地に加工が施されてから、裁断・縫製・仕上げをする仕立屋に渡される。一般消費者に販売される場合はこの後、服を販売だけする店舗に送られる。今回は王宮騎士団に直接販売されるものなので、防具の形になったそれを輸出業者が直接人族の騎士団に搬入するという流れだ。
製造・加工場が加工に使用する溶剤は扱いを間違えると危険だ。そのため、出入りする全ての物に対して検閲が厳重に行われている。従って、ここは問題がないはずだ。直接王宮の管轄となるので、問題を起こした時に批判を受けそうな所は王宮が押さえてある。
調査の許可が出ているので、最悪そちらの製造・加工場も無理やりにでも見学を申し入れるか。
まずは目の前の仕立屋だ。
「すみません、ニチアメリ王国の王宮騎士団から派遣されてきました、ジルク・コルレニアと申します。あなたがここの店主、メリーさんですか?」
扉を開けて目の前の受付に座っていた眼鏡をかけた白く長い髭の男性に向かってジルクは自己紹介した。
「ああ、そうだメェ。ヨアフパロ王宮から伝達を受けているメェー。入って来るといいメェー」
ヤギ属特有の細長い目がジルクを捉えるとより一層細さを増した。
「以前、ニチアメリ王国からも連絡があったとは思いますが、防具の件でお聞きしたいことがあって参りました」
「詳しくは3歴前に説明したメェー!最近になってまた同じ現象が起きていると言われても困るメェー!」
「その時、実物はご覧になりましたか?」
「3歴前のは確認したメェー。その時からここはヨアフパロ王宮騎士団の検閲がより厳重になった上、取引量も激減したメェー!怪しまれる筋合いはないメッ!だから確認はしていないメェ〜」
「なるほど、一度ご確認いただけますか?」
ジルクは魔力袋から取り出した防具を受付のカウンターの上に置いた。
「ふん!何を見せられても答えは一緒だメェ。ここにいる針子達の魔力ではないメェー。なんなら自分で確認すると良いメェ」
「そうさせていただきます。お忙しい中恐れ入りますが、ここに所属する針子の元へ案内していただいても?」
「こっちだメェ。満足したらさっさと帰るメェ」
ジルクの仮説はこうだ。老婆の針を購入した獣人族の女性がここで働いている。守護をここで施し、検閲を掻い潜って輸出される。検閲に協力者がいる可能性もある。だが普通に考えれば搬入される前にここの店主も守護を確認するはずで、そこで止まるはずだ。でなければ店主もグルと言うことになる。この仮説はすでに3暦前にあり得ないことが立証された。だが、この獣人族の女性の居場所が判明していないので全てを否定はできない。
あとは輸送中に荷物から離れた隙を狙って誰かが防具を入れ替えたか、だが、防具は間違いなくここで作られたものだったので、これも違う。
あとは輸送中に犯行が行われた可能性だが、その時輸送をした者は獣人族の騎士団に所属する男だったと聞いている。こちらは残念ながら3歴前の事件があった後にすぐ辞めている。すぐ辞めた時点で怪しまれ、形跡を辿ったが、その後行方不明となっていることが分かった。
従って、一番濃厚な線はこの輸送時に老婆の針を持った獣人族の女性が紛れ込んでおり、輸送にかかる約1ヶ月の間に呪いの刺繍を施した、となる。
とにかく今のところ鍵は老婆が獣人族の女性に売った針という一点だけだ。
店主のメリーさんに針子がひたすら針を防具に刺しているところに連れられ、レイズは防具と一人一人を照らし合わせた。しかし、分かっていた事ではあるが、反応はなかった。魔力の糸で縫われているため、もし同一の魔力があれば近くならジルクでも分かると思ったのだ。イルがリタを感知する能力程ではないが、間近にいればこれは魔力のある種族であれば誰でも出来る事だ。
「感知しませんねー……」
「だから言ったメェー!原因はここじゃないと何度言ったら分かるメェ!分かったら取引量を元に戻すようニチアメリ王国に伝えるメェ!」
「あー、はいはい。検討させていただきます。いやぁ、すみません!お忙しい中、ご協力ありがとうございました!」
ジルク戯けたようにそういうと、仕立て屋を後にした。
ここに数十暦前に老婆が売った針の持ち主はいなかった。ならばやはりベスティアが関わっているのだろうか?とにかくベスティアにも針について聞かなければ。ジルクは次の調査対象の当てをつける。
リタがオークに襲われた際のローブは体液でぐちゃぐちゃになっていたのと、ボロボロになっていた。リタが重症だった事もあるが、オークを倒すことに精一杯で失念していた。回収しそこねたのが残念でならない。もし回収出来ていたら、この防具と照らし合わせたら何かが分かっただろうか?出来ない事を考えても仕方がない。ジルクはフルフルと頭を振って余計な考えをふるい落とした。
それに、3暦前に落ちてきたパトラも怪しい、とジルクは思っている。防具の不備が最初に見つかったのは3暦前だ。何かがあると思えて仕方がない。
獣人族は人族に対して何をしようと企んでいる?今ある情報でそれを考えても答えは見つかりそうにない。
今日はもう、王宮に戻ろう。犯人の尻尾が掴めそうで掴めない。でも近づいている気配はあったので、ここでの調査は無駄にはならないとジルクは確信した。
そして王宮に向けて足を進め出した頃、ジルクはイルに見せられた薬学書の一部を思い出していた。そこには、羽生草は使用者自らの手で手に入れなければならないと記載があった。最初に摘み取った者の魔力に影響されるらしい。採取後は自分の魔力袋で保管し、魔力が完全に自分の魔力で染まるまで待つ必要があるとのことだ。どのぐらいで染まり切るのかの記述がなかった以上、早めに行ったほうがいいだろう。
などと考えていると帰り際にバッタリベスティアに道で出会した。ちょうど良いタイミングだ。
「今から王宮に戻るのか、ベスティア嬢」
「あらジルク様。そうです。今から寮に戻ります……ジルク様もですか?」
公爵家ではなく、一時期的とはいえジルク達に仕えているので、ベスティアはジルクを様の敬称で呼ぶようになっていた。
行き先は同じなので、2人で一緒に王宮に向かって歩き出した。
「そうなんだ。調査を終えた所で、今から帰ろうとしていたんだ。ところでベスティア嬢、一つ聞きたいことがあるんだが」
「……何でしょうか?」警戒した表情から、やはりベスティアは何か隠している、とジルクは睨む。
「いやいや、何も取って食おうというわけじゃないんだよ?リタちゃんに縫合してくれただろ?お礼を言う機会がなかったから、改めてお礼を言いたくて!」
出来るだけ相手に警戒心を持たれないよう、極力明るい声でベスティアに話を振る。
「あら、当然の事をしたまでです。お気になさらず」
素っ気ない態度でベスティアは早歩きになってジルクから距離を取ろうとした。
「そんな事言わないでよー。あの時は本当に助かったんだよ。ありがとうな!」
これは本心だったので、ベスティアに向かってニカっと笑う。
「べっ、別に、淑女として刺繍は出来て当然ですから!たまたま今までの練習の成果が現れただけです!」
「それでも縫合なんて技術を取得するには大変な努力があったわけだろう?」
自尊心を擽りながら、ジルクはなんとか聞きたい話に繋げようと試みる。
「そりゃあ、少しは……まあ、かなり練習はしましたけど……針がとても良質な一品なので、普通の針だったならば私だけの力では成し得なかったでしょうね……」ベスティアは魔力値が低いからそうするしかなかったのだと言う言葉を飲み込んだ。
突然暗い顔になったベスティアに、慌ててジルクは励ますように言った。ベスティアが言わんとする事を察したからだ。ベスティアは普通の獣人族と比べると魔力があまり感じ取れない。恐らく、普通より少し劣る魔力値なのだろう。もう少し気分を乗せてから聞きたかったが、話の流れ上、聞くならこの流れのタイミングしかない!頼む、こっちの思惑に気づかないでくれ!ジルクは内心ヒヤヒヤしながら肝心な事を聞いた。
「それでも凄いよ!その針はいつから愛用してるの?結構長い付き合いなんじゃない?」
「いいえ、3暦ほど前の、パトラ様が貴族院高等部に編入されるその1暦前ですから……4暦前に購入しましたわ」
「たった4暦でこの腕前?!凄すぎるよ!こんな良い針中々手に入らないんじゃない?獣人族の技術には敵わないよ!」
4暦前?ならやっぱり老婆が言っていた数十暦前に売った獣人族の女性とは別人か。残念に思いながらも、あとはベスティアの入手先を突き止めるだけだ。さあ、釣られろ!
「いえ、これはアメリゴ都市の老婆から……あっ!」
「え?そうなの?あの魔族の老婆から買ったの?でも、リタちゃんが聞いた時は貰い物だって……言ってたよね」
ジルクは内心ガッツポーズを決めていたが、悟られないようにニコニコしながら、顔をベスティアから逸らして聞いた。こう言う時はじっくり表情を観察しているのがバレると、情報を与えないように無表情になる者が多い。ジルクは目線だけチラリとベスティアに向けて様子を窺った。
「さあ、あの時も言いましたが、魔族の老婆なんていくらでもいますから……私が購入した場所はただの手芸屋です」
だがジルクはそれを信用しなかった。あっと声を上げた時点で、そうだと言っているようなものだ。なぜひた隠しに購入先を言おうとしない理由は分からないが、あの魔族の老婆の店から購入したと見て間違いないだろう。
「そっか、そっか!変なこと聞いてごめーん!オレも欲しいなーって思ったから知りたくって!あ、王宮に着いたね!じゃ、また何かあったら呼ぶよ。リタちゃんの事は、本当にありがとう!」
「いえ、ではまた……」
そそくさと寮に向かって行ったベスティアの背中を見送り、ジルクも王宮内の自分に与えられた部屋に入る。
難航しそうな調査に気疲れしたジルクは、早くリタの起きた姿が見たい、と深いため息をついた。




