レイズの埋葬業
レイズは王太子に挨拶するまでリタが回復のために寝たり起きたりを繰り返していた1週間、埋葬業者の業務の一環に携わらせて貰っていた。
しかし、リタが起きたと思ったらまた眠りに入ってしまったので、引き続き1人で獣人族の埋葬に当たることとなった。できることなら一緒に携わりたかったが……。
別にリタと一緒にいたいからという理由ではなく、ネクロマンサーの補佐として知っておいたほうがいいことだと思うからだ!不埒な理由からではない!と誰かに聞かれているわけでもないのにレイズは自分に言い訳をする。
最初の一週間はどのような流れで亡くなった獣人族が弔われているかの確認に費やした。特に気になる点はないように思えた。
人族の場合、人が亡くなると、教会に遺体が運ばれ、教会で葬儀が行われる。その後、ネクロマンサーの元へと運ばれる。一方、獣人族の場合は教会の代わりに、埋葬業者がいる。人族とは異なり、創造神や大地の神などと言った思想は存在しないようだ。従って、宗教機関である教会も存在しない。
これは獣人族の宗教観を調べていて分かった事だが、人族以外の種族全てに教会などの宗教施設はない。思想があるとしたら、全てはこの世界があるがままに、といった自然に委ねるものだった。
これまで自分の領地から離れることはなかったため、他の種族の宗教観念について調べることや知る機会がなかった。こうして実際に自分が携わることで、初めて知った。
神に救いを求め、許しを乞うのは人族だけなのだ。魔族に至っては、埋葬業者さえ存在しない。なぜなら命が尽きると灰となって消え去るからだ。これは今世話になっている獣人族の埋葬業者から聞いた話だ。
妖精族はというと、不明な点が多いらしい。妖精族の情報は少なく、獣人族の埋葬業者さえ分からないとのことだった。他の種族と積極的に関わろうとする妖精族自体が少ないのもあるが、そもそも個体数が少ないのもその理由だ。特に自分達の事となると口を閉ざしがちな閉鎖的な種族なのだ。
獣人族の埋葬はとても単純だ。この1週間は流れの確認だけだったが、今回初めて関わらせて貰えることになり、レイズは少し緊張していた。
人族のように墓地に墓標などはなく、獣人族国内の街に点々と業者の建物が構えられている。この建物の敷地内が墓地だ。レイズは王宮に一番近い埋葬業者にいた。建物の敷地は広く、緑溢れる庭の中心に建物が建っている。建物では獣人族の遺体置き場と受付、そして食事会が出来るスペースが用意されている。
遺体はミイラのように、獣人族の埋葬業者がこの時だけに使用する特別な布でグルグル巻きにされている。亡くなったと連絡を受けると、この布を持って埋葬業者は遺族の元に出向き、ミイラのように布を巻き付け、この建物に運ぶ。
「クロリア伯爵!こっちに来るケン!」
レイズを呼ぶのは埋葬業を営む店主のコフィカンだ。犬科の獣人族だ。
この日レイズは布を巻きつける所から参加していた。棺桶は使わないのか、と単純に思った。この布はどういう布なのだろう?気になったので、その疑問をコフィカンにレイズは尋ねた。
「これは伸縮布だケン!巻きつけると体にピタッと張り付くんだケン!防水性だから汁も垂れないし密閉性もあるから臭いも漏れない優れものだケン。発火しやすいのが難点だけど、逆に埋葬業にはピッタリだケン」
「どうやって作っているんだ?凄い機能性だな」
「魔獣から採取した皮を溶剤を使って加工するんだケン。色んな布を開発している製作所がこの国のあちこちにあるケンよ。製造法は明かされていないから、行っても無駄だケン。あっしも教えてもらえていないケン」
「なるほど、それで獣人族の衣類や布製品は優れているんだな。国を挙げて研究しているのか」
レイズは感心した様子で言った。
「魔法を体から放出できないからケンねえ。魔法石をわざわざ使うのは面倒ケン。身体能力を補助する物の方が使い勝手が良いケン」
「そう言った理由もあるのか……興味深いな」
「沢山あるからこそ、王宮騎士団専門の布を扱っているところもあれば、高位な貴族だけに売る店もあるケン。専門性に特化しているから、欲しい布の特性を言えば生地から作ってくれるケン!それぞれがお互いの購入層が被らないようにしているケンね」
「王宮騎士団に卸している店は限られている、ということだな?」
「そうだケン。獣人族の王宮騎士団に卸している店と、人族の王宮騎士団に卸している店は異なるケン。ほら、遺体の遺族が昼休憩から戻ってきたケン!そろそろ始めるケンよー」
リタとジルクが調査している店はかなり限定的だ。だがすぐ辿れるような店が過ちを犯すとは思えない。どこかで入れ違いになった可能性の方が高そうだ。このことは後でジルクに報告しよう。それより、今優先すべきは埋葬だ。
「手順は前回聞いた通りで問題ないな?」
「あっしは火打石をいつも使ってるけど、クロリア伯爵は魔法が使えるケンよね?火魔法で燃やすだけだケン。難しくないケンね?」
「了解した。では遺体を庭に運ぼう」
遺体は庭の中央に予め埋め込まれている地面から1メイルほど突き出した台座の上に運ぶ。とても頑丈な台座で、どれだけ高温になっても割れることもない。火が燃え移らないよう、そこ一帯だけ地面はタイルで敷き詰められている。
かなりの高火力で燃やさないと灰にならないはずだが、特殊な布のお陰で炎が布に包まれた遺体だけを燃やしてくれるのだ。内側からの空気は外に通さないが、外側からの空気は取り込む通気性は良いらしい。逆の原理を利用した透湿防水性の生地も存在する。水は防ぐが、汗や湿気は通す生地だ。雨がっぱなどに良く使われている。このように、様々な生地が獣人族の国では出回っている。
レイズは遺族の参列が終わった事を確認し、コフィンの合図を待った。
「本日は、ご多忙の中ご参列いただきましてありがとうございます。思い出を胸に、故人との最後のお時間をお過ごしください。では、遺族の方、お言葉をどうぞケン」
「皆様、本日は私の夫の葬儀にお越しいただき、誠にありがとうございます。生前は〜」
遺族のスピーチが始まり、緊張した顔でレイズはその時を待った。スピーチが終わると、コフィンが司会を続ける。
「故人への温かいお言葉をありがとうございました。花をたむける方は前へお進み下さいケン」
花を台座へ持ち寄り、遺体の周囲が花で覆われた。全員が花をたむけ終えると、ついにレイズの出番が来た。
「そうしましたら、まもなく点火でございます。皆様、台座にご注目下さいケン」
レイズは霊魂を胸元のポケットにある魔力袋から取り出し、フワッと浮遊させ、詠唱する。
『王の命によって告ぐ。霊魂よ、この者に炎を与えたまえ』
ボッという音ともに、遺体に巻き付けられた布に火がついた。良かった、失敗しなかった。適切な強さの火魔法を発動できた事にレイズは安堵した。珍しく緊張していたので、力まないか火力の具合を心配していた。
シュウウ
風切音がして、火が遺体の中に吸い込まれていく。
しばらくパチパチとした音が鳴り、遺体が燃やされている音がした。人族の場合、燃やしてしまうと死者として機能しなくなるので自然に腐敗させる。そして霊魂になるのを待つので人族を燃やした場合の時間は分からない。しかし、通常生物を燃やし尽くすには1ー2時間かかる。人型の魔獣を燃やし尽くすのでさえ1-2時間かかるのだから獣人族でもそうだろう。
そう思っていたが、まるで焚火を眺めるようにして遺族が10数分程度ガヤガヤと団欒していた時だった。
キュウウウウウ
空気が小さな穴から抜ける時のような音がして、遺体を燃やし尽くしたのか、布が縮み出した。布の中に残った骨が粉々にされる、パキッボキッという音が鳴り響く。すると最後の仕上げとばかりに布が燃え、灰だけが残った。
その灰を丁寧にハケで掻き集め、それをコフィンが壺に納めた。
壺を喪主の女性に手渡し、コフィンの案内で場所を花が咲き誇る花壇に移動した。
灰を一掴みすると、喪主の女性がサラッと花壇に巻いた。今度はその壺を隣にいた者に手渡すと、順に同じ動作を繰り返す。壺から灰が無くなると、最後の灰を巻いた者が壺をコフィンに返した。
それを見て喪主の女性は口を開いた。
「本日は最後までお見送りいただきまして、故人もさぞかし皆様のご厚情に感謝していることと存じます。 なお、残されました私ども家族につきましても、今後とも変わりなきご指導ご鞭撻を賜りますよう、何卒、お願い申し上げます。本日は、会社の皆さま、お忙しい中ご会葬をいただきまして、本当にありがとうございました。」
女性が礼をすると、一同も女性に向かって礼をした。その言葉を最後に、コフィンがその場を締め括った。
「これで葬儀は終了です。皆様お疲れ様でしたケン。どうぞお気をつけてお帰り下さいませ」
この後に食事会をする遺族も中にはいるが、今回はない。遺体が運ばれて来てから昼を挟んだので、その時に済ませたようだ。遺族ゾロゾロと埋葬場を去って行くのを見届けてからレイズはコフィンに話しかけた。
「遺体にしかこの布は使えないのか?生きている者に巻き付き、火を付けられでもしたら大変な事になるだろう」
「鼓動の振動を感知すると働かない仕組みだケン!そこは安心するケン!」
台座に戻り、花壇に添えられていたホウキで掃除をしながらコフィンが教えてくれる。
「製造者がもし悪用するなら仕様を変更出来るだろう。恐ろしいな」
「それはあらゆる開発において言えるケンね!あっしは人族の生み出した魔道具のほうがよっぽど怖いケン!魔石があれば獣人族でさえ魔法が行使できるようになるケン」
「なんでも一緒か……願わくば、この技術が悪用されない事を祈る」
「この布は獣人族の国でしか流通していないケン!製造場から配送される時に検閲がかかるケン。重要な生地を扱う場所は全部王宮騎士団が配属されてるから大丈夫ケンよ!」
ということは、人族の王宮騎士団に向けて輸出される手前で検閲が入っている事になる。信用するならば、その時点では問題がなかったことになる。これも後でジルクに報告だな。レイズはそう心に留めておくことにし、話を変えた。
掃除が終わってホウキを元の場所に戻しに行くコフィンの背中に向かって少し大きめの声で話しかける。
「今日連絡が来ている分は今ので終わりだろう?」
「そうケンよー」
ホウキを置いてコフィンが戻って来た。
「なら埋葬業者に関する文献など書物は保管しているか?歴史書でもなんでも良い。読ませて貰えないだろうか?」
「建物内の書庫にあるケン!今日はもう書類手続きしかないか好きなだけ読むと良いケン」
コフィンはそういうと、建物内に入ろうとレイズを促した。
「書庫はここケン。鍵をかけているケンね。ちょっと待つケン」
ゴソゴソとズボンのポケットを弄ると、チャランと音がして鍵が出てきた。
ガチャと音をさせて扉の鍵を開ける。
「ありがとう、助かる」
「鍵は渡しておくケン。使い終わったら鍵を閉めて出てくるケンよ。鍵はまた返しにくるケン」
「分かった、それじゃあ読ませてもらう」
ヒラヒラ尻尾を振ってコフィンは執務室に入って行った。
「さて、読むか」
書棚を見て、本のタイトルを一つ一つ確認する。どれもこれも気のなるものばかりだ。その中でも特に気になるタイトルを見つけたので、とりあえず手に取り、部屋に用意されてた椅子に腰をかける。
『獣人族の埋葬の始まり』
まずは歴史から読んで行こう。




