防御魔法が効かなかった理由
いきなりの事だったのでイルはハッと息を飲んだ。オークに襲われた後に展開するならまだしも今になって?とイルは疑問に思った。リタの様子を窺うと、人形のように微動だもせずに眠っている。深い眠りに落ちたようだ。抜糸して異物が消えたからなのだろうか。
イルがじっとリタを眺めていると、ドアがノックされる音がした。
コンコンコン
イルは扉に向かって声を上げた。
「どちら様でしょうか?」
「オレ!レイズもいるぞ!」
レイズとジルクが昼の休憩で戻ってきたようだ。イルは扉を開けると、2人を招き入れた。
そしてベッドに横たわるリタが防御壁に囲まれているのを見ると、2人はイルに説明を求めた。
イルは医務室での会話と今起きた事について自分の見解も交えて詳細に話した。
その時イルの話を聞いてジルクは、ん?と思った。
羽がボロボロだったリタの姿を思い出す。羽の防御について、リタは気をつけるようにしていたはずだ。オークに遭遇してそれを怠るはずがない。
つまり、リタの場合は異物が混入や抵触していると、防御が適切に効かないということだろうか、とジルクは考えた。
「人族では他人の魔力が影響して、防御壁が張れないということはないよな?」
「人族においてそう言ったことは聞きませんね」
イルは王宮騎士団が身につけている守護が縫い込まれた防具を想像して言った。
「でも悪影響を及ぼす刺繍がされていれば防御は出来なくなるだろうな。どんな悪意が縫い込まれたのかにもよるが」とレイズ。
「妖精族特有なのか?守護はベスティア嬢が確かリタちゃんのローブに縫い直してたよな?リタちゃんが縫った刺繍を全部抜いた後、上から新しく縫い直していた」
イルはその時御者席にいたのでベスティアが縫い直していた事を知らなかった。てっきりリタが守護の紋章を縫ったものだと思っていた。
「そうなのですか?そういえば、リタ様がほつれた糸を引っ張って千切られていました。……まさか?!」
「ベスティア嬢が表面は守護の刺繍にして、その下には悪意を隠していたとしたら?その時、すぐには洗うなとも言っていた。洗ってはいけない理由としては、定着するまで待てとのことだったが……。もしも、自分も馬車に同乗している最中に問題が発覚したのを恐れての発言だったとしたら?」
レイズが自分の見解を2人に共有する。
「ですが、ほつれを千切られた後に確認した時はなんともないとリタ様は仰っていました……」
「リタは信用するとその相手に油断する傾向にあるようだ。あまり当てにはならないな」
呆れ顔でレイズがため息をつく。
「それじゃあ、別の魔力が抵触していた事が防御壁を展開できなかった理由ではないかもしれないって事だよな?」
「そうとも言えるが、詳細は不明だな。そもそもあまり妖精族がいない。絶対数が少ないからな。それに自分の国から出てくる者は稀だ。仕事とかでくるだけだから、分からない事が多い。それと、妖精族は極端に混血を嫌う傾向にある。それも何かを意味しているのだろうか?もしかしたらどちらも重なったのかもしれない」
「うーん」
ジルクはレイズの話に対して唸り声を上げた。断言は出来ないが、ベスティアが怪しい事には変わりない。
「今までリタは、自分で守護をかけてきた。それは魔道具針がリタが装備するのを拒否したからだ。そのせいで、他の者の魔力を纏った防具を身につけた場合、妖精族にどのような影響があるのかも分からない」
実際に、妖精族は他の種族とは異なり、自分の魔力の服しか着ない傾向にある。着ることがあったとしても、魔力を纏っていない物をオシャレで着るだけだ。
「獣人族や魔族はどうなんだろう?」
ジルクは残りの2種族について疑問を投げかけた。
「両者ともそもそも必要ない。どちらも身体能力に優れているからな。だが高貴な者は着用する傾向にある。身につけている所を見ると、特に影響はなさそうに思えるな。羽が直に触れる事が問題なのだろうか?魔力が乱されるとかかもしれない……」
レイズは考えを整理するように押し黙った。
「なるほど。それを聞いているとあながち間違いってはいないんじゃないかな?それよりリタちゃん、どうしようか?」
ジルクは話を締め括った。
「この状態になると動かせないんだ。リタが回復して起きるのを待つしかないな」
レイズは痛ましいものを見る目でリタを横目で見た。
「ここではこれ以上治療出来ないんだよな?リタちゃんは完全に治るのか?」
「治療法はございます。でも魔族に行かないとその材料が手に入らないのです」
イルは改めて治癒術師か聞いた話を説明し、リタが薬学書から写した紙を2人に見せた。
「分かった。これはリタちゃんの目が覚めてからだな。とにかく、ここに滞在している間、オレ達はオレ達でやれることをやろう。オレは引き続き、防具の調査にあたる」
「俺は埋葬業で魂と魔力の関係について調べる」
「私は主にリタ様のお世話をいたします」
獣人族の王宮に到着し、リタが王太子に挨拶を済ませるまで1週間が経過していた。こうして獣人族に滞在する残り2週間のやる事が決まった。
それぞれは別行動を開始した。
ジルクは街へ防具の調査に出かけ、レイズは埋葬業者の元へ行った。イルはリタのそばで、リタを見守る為、部屋に残った。




