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抜糸

イルに連れられてやってきた医務室で、リタは抜糸を受ける。医務室の奥にあったベッドに横たわり、患部を治癒術師に診て貰った。


「魔力の糸で縫合された後は綺麗になっているようじゃ。縫い目も全く分からない。素晴らしい出来じゃ。こちらは誰が?」


治癒術師は興味津々でリタに聞いた。イルかな?とも思ったが、しかし気をほとんど失っていたリタには断言できない。ぽけっとした顔をしていると、イルが申し出た。


「そちらは私です。私の魔力はリタ様に馴染みが良いのです。ああ、私の魔力がリタ様の魔力に馴染み、上書きされていく様子が目にありありと浮かびます。私自身もそのように染め上げ」


「イルのようですね」


「うむ。こちらの刺繍糸に魔力をのせた縫合もうまくいっている。これは……ベスティア嬢の魔力かの?」


「そうです」


イルが肯定を示すと、治癒術師は怪訝そうな顔を一瞬見せたが、気のせいか、というように羽の観察を引き続き行った。


「羽同士はそこそこくっついたようじゃな」


とは言っても羽はまだボロボロだ。一部欠落している部分もある。シワ一つない、真っ直ぐだった羽はクシャクシャに丸めた紙のように跡がついており、光沢のあった表面もザラザラしている。


「そろそろ抜糸しないといつまで経っても完全に繋がらん。少し痛むだろうが、我慢しておくれ」


治癒術師はそういうと、リタにベッドでうつ伏せになるよう指示をだした。羽が天井と並行になった状態で、リオンに挨拶をする際は重ねて隠していた羽をギギギと音がなりそうな様で広げる。治癒術師は丁寧に抜糸し出した。糸が抜かれる度にピリリと痛むが、我慢できない程ではない。


イルの紡いだ魔力糸には全く違和感がなかったので気がつかなかったが、刺繍糸が一本ずつ抜けていく度に、異物感が消えていく感覚があった。体がズシッと重たい感じがあったのも、ふっと軽くなった気がした。魔力の巡りがグッと良くなり、息苦しかったのも段々と和らいでいくようだった。リタは体に力を入れて、全ての刺繍糸が抜糸されるのを痛みに耐えながら、じっと待った。


治癒術師は細かい部分にも糸が残っていないか綿密に調べてくれた。無事抜糸が全て終わったらしく、かなり隈なく見てくれたようで、額に薄らと汗をかいていた。小さくお礼を治癒術師に言うと、最後に、と塗り薬を羽に塗ってくれた。


診療が終わったのでリタはベッドから体を起こし、ベッドの端に座ると、おずおずと治癒術師の目を見た。


「綺麗に元どおりになるのでしょうか……?」


リタは不安に思って治癒術師に気になっていた事を聞いた。せめてビリビリになった羽を元どおりとまではいかずとも、近い状態には治って欲しい。今のままでは見ただけで痛々しい。


「極端な話、そなたはどの種族より長命じゃ。いつかは必ず治る。一般的な見解を言うと、自然治癒を待つなら5暦から10暦じゃ。完全に治るまでにはかなりの時間がかかるだろう。むしろここまで無残な状態になっても命を保っていられた事が奇跡なんじゃよ。そなたのお仲間たちが羽の欠片を集めてくれたおかげじゃろう。良い仲間を持ったね」


「……はい、本当に。恵まれています」


そうか、羽をあれだけ失ったのに生きている事自体が稀なんだ。リタは自分がどれだけ危ない目にあったのかを実感し、ブルッと身を震わせた。その時イルと目があったので、感謝の意味を込めてニコッと微笑んだ。イルは目を潤ませて安堵の表情を見せた。


「しかし、このままでは飛ぶこともままなりません。魔法の行使も今まで通りとはいかないでしょう。何か治療法はないのですか?」


命が脅かされる危険性は去ったが、不安な点はまだいくつか残っている。切羽詰まった顔でイルは治癒術師に尋ねた。


「ある」


「「あるの(ですか)?!」」


リタとイルは声を揃えて前のめりになって治療術師に聞いた。


「妖精族は羽を怪我した場合に備えて、魔族の国に生えている、羽生草(はにゅうそう)を年頃になると取りに行くと聞く。そなたも持っているじゃろう?」


治療術師はリタが異世界人であることを知らないようだ。妖精族なら持っていて当然の物を持っていないなんて言って怪しまれないだろうか?


「リタ様にはご両親がおられません。今まで一度も取りに行く機会もありませんでした。どうか無知な私に、その羽生草について教えていただけませんか?」


リタがどう切り出そうか迷っている内に、イルが代わりに質問してくれた。流石イル、リタの事をよく分かっている。リタもパトラと同様、誤魔化すのはあまり上手ではない。


目をキラキラさせてリタは治癒術師の言葉を待った。


「この羽生草と、先程そなたに施した塗り薬よりも強力な薬に混ぜ込むと、欠けた羽の部分があれば再生し、傷んだ羽も真っ直ぐになる。魔力の巡りを整えてくれる作用もあるんじゃ」


「魔族の国のどこにそれはあるのですか?」


「確かこの薬学書に……あった、あった。これじゃ」


見せられた薬学書には、羽毛が集まった綿毛状の草の絵が書かれていた。隣のページに他の薬との配合も書いてある。


「強力な塗り薬というのは、どこで手に入りますか?」


イルがそれを読んで質問を投げかけた。同時に本も治癒術師に返す。


「妖精族専門の薬じゃからな。その塗り薬は流石に妖精族の国でしか手に入らん。羽生草以外の薬草は全て妖精族の国に自生しておる」


「なんで羽生草だけは魔族の国にあるんだろう?」


リタは首を傾げた。


「おや、知らんかね?そなたはまだ若い個体だったか。見た目で妖精族の年齢は分からんからな。判断がつかんかったわい。昔な、もう数百暦以上前かのう。妖精族と魔族で昔諍いが起きた事があったんじゃ」


言われてみれば、『コロンバス連合世界の歩き方』に書いてあった気がする。


確か、諍いが起きた際に森を魔族に焼き払われたのだ。その森が羽生草の森だったのだろうか?


「諍いが起きたことは聞いたことがあります。それが羽生草とどのような関係があるのですか?」


「羽さえあれば、妖精族は命を落とすことは滅多にない。魔族は諍いが起きた際に妖精族の命綱である羽生草の森を全て焼き払ったのじゃ。その後、情勢が落ち着き、和平条約が結ばれた。二度と同じことを起こさない為に、羽生草は魔族の国で管理するということ。そして妖精族の国では、魔族の象徴である角や爪などを切り落とせる魔道具を作り出す、魔法石がある鉱山を引き続き管理することが決まった。元々諍いの原因もこの鉱山を巡って起きたことじゃ。羽生草は魔族が管理するというのを条件に争いは収まったんじゃ」


「薬学書をもう一回見せてもらえますか?」


ほれ、と手渡された薬学書の重要なページをリタは開いた。


試しに魔法を発動させる。


『コピー』


選択した範囲の文字全体が白く発光しだした。どうやら魔力で書かれた文字らしい。これならいける。


リタはイルに紙を貰い、それを使うことにする。


選択状態になっている文字を指でズズズッと動かし、新しい紙に指を乗せ、『ペースト』と詠唱した。


久しぶりに発動したせいか、所々虫食いにあった本のように、文字が欠けている。もしくは、羽が万全じゃないせいで魔力の巡りが今まで通りではないことも一因しているかもしれない。


読めないことはないので、リタはそれで良しとした。


「ありがとうございます。これを元に、魔族の国で羽生草を探しに行ってきます」


「そうか、そうか。そうすると良い。じゃが、人前で羽生草を持っていないことを決して言ってはならないよ。物盗りに狙われるかもしれんからね。公爵家のご令嬢なら危険な目に遭う可能性だってあるんじゃから」


両親はいない、というのを都合良く今は養子にでもなっているのだろうと、リタの見た目で解釈したようだ。4枚羽の妖精族は王族に連なる者であることはもはや常識だ。訂正することでもなかったので、ハハハッと曖昧な笑いを返す。


「それじゃあ、ありがとうございました!」


「また明日塗り薬を塗ってあげるからここに来なさい」


「はーい!」




部屋に戻ったリタとイルは、先程作成した薬学書の一部を読み返していた。


魔法の発動が不完全だったことを、紙を見せながらイルに説明すると、早めに魔族の国に行こうという話になった。獣人族での調査は今回ジルクに頼って進めるのが良いという結論に達すると、眠気がやってきた。


「イル、抜糸したら疲れちゃったみたい。ちょっと眠るね」


「ここで私は控えておりますので、どうぞごゆっくりお休みください」


イルがそういうや否や、リタはベッドに横になると、イルが隣で控えていることにも構わず、すぐに寝息を立て始めた。

その瞬間のことだった。



フワッ



リタを中心に、防御壁が突然展開された。

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