敵
「グゲゲぐぐぐぐ!ぐげげグゲげ」
リタは何かに囲まれている。声から推測するに、魔獣であるのは確かだが、姿が見えない。辺りを照らしているものは月明かりだけだ。暴風で自分の周辺を吹き飛ばしたので、その一体だけがポッカリとステージのように月明かりで照らされている。不味い、これでは格好の的だ。
焦りからリタは大声で見えない敵に向かって叫んだ。
「姿を見せなさい!」
リタを取り囲んでいるのは、暴風に吹き飛ばされなかった一部の魔獣だ。感覚を研ぎ澄ませると、また新たに7体に囲まれている。一体どこから湧いて来ているのだろうか。
そしてどうやらリタに最初の一撃を食らわせたと思われる魔獣は吹き飛んでいなかった。前方からズシッズシッと重い足音がする。
目の前で足音が止む。
ガサッ!
茂みから太い腕が突き出してきた!現れたのは、オークだ!
「ゲフフフ」
魔獣のくせに笑っているのだろうか?知能はさほど高くない、と『コロンバス連合世界の歩き方』で読んだ気がする。
片方の手には棍棒を持っている。イノシシような鼻と、口から牙を生やし涎を垂らしている。ドス黒い緑の体色で村人から奪ったようなボロボロの服を身につけている。
棍棒でリタの頭を叩きつけようと大きくオークが振りかぶる!
それが合図だったかのように、周囲から一斉に他の魔獣も現れた!
ゴブリンだ!オークがゴブリンを従えている!
ゴブリンはリタより小さいが、個体数が多い。4体がリタを囲んでいるが、幸い木の上にいる3体は待機組なのか、動く様子はない。更に吹き飛ばした7体がまたこちらに向かってくる足音が聞こえる。
一匹がリタに向かって走り出した!
掴まれまいと、リタはゴブリンに向かって魔法を放つ。
『かまいたち』
針を魔導杖代わりに風魔法を発動させる!
近づかれたら抵抗する術がない。絶対に距離を取って戦わなければ!
風魔法をひたすら連発し、周囲のゴブリンを斬り刻む。それでも向かって来たゴブリンはリタに向かって爪を立てる!
シュッと音がして咄嗟に腕でガードする。
「ぐっ……!」
爪で腕を引っ掻かれ、血が垂れる。一瞬怯んだ隙にリタの背後から更に別のゴブリンが攻撃する!
「ギギギギ!」
背中に爪をグサッと刺される!すぐに背中からは爪が抜かれ、その跡から血がジワッと滲み出る。
ゴブリンの攻撃を交わす合間に時折オークの棍棒が振り下ろされる!
ドガッ!
リタのダラリと垂らした右腕を執拗にオークは狙ってくる!避けきれず、肩に棍棒が当たる。
「ギュフフフフ」
喜んでいるような声が気持ち悪い。何より、棍棒の速度も最初の一撃と比べると遅く、まともに食らわす気がないのがわかる。気味が悪くなってリタは唇を強く噛みしめ、恐怖と向き合う。
オークはリタで遊んでいるのだ。
風魔法を連発したことで、周囲のゴブリンが距離を取り出したので前方のオークにも目掛けて木属性魔法を放つ!
『樹々よ、緑よ、私に力を!蠢き!』
ここは林だ。そしてリタの得意魔法は木属性。
リタの近くにあった木の枝が瞬時に伸び、意思を持っているかのように動き出す!ウネウネと動いていた枝がピンッと真っ直ぐになると、オークとゴブリンに目掛けて串刺しにする!
グサグサグサ!
今ので何体かのゴブリンは仕留められたようだ。味方が木の枝で串刺しにされたのを見てゴブリンが怯え出した。
しかし一部の逆上したゴブリンがリタに牙を向く!
「ぐげげゲゲゲヘ!!」
一気に3体のゴブリンがリタに襲いかかる!ゴブリンを避けきれず、ガッと右足首を噛まれる!
「イダアアアアアア!!『かまいたち』!」
右足首にまだ噛みついているゴブリンを風魔法で切り刻む!
別のゴブリンはリタの左足に食らいつく!
ブチッ!
リタの左太腿の肉が食い千切られ、ブシュッと勢い良く血が吹き出す。その肉を少し咀嚼してゴブリンが飲み込んだ。
「イヤアアアアア!!」
リタがフラついた瞬間、また別のゴブリンがリタの顔を目掛けて爪で攻撃する!
ザシュッ!
リタは腕でガードしたが、こめかみに爪が当たり、流れ出た血が目に入る。
「こんのおおお!!『蠢き』!」
リタの足を食いちぎったゴブリンと、こめかみを攻撃して来たもう一体にも木属性魔法を放つ!
グチャ!
リタの放った木属性魔法が2体のゴブリンの目玉を貫いた!
すると遠くで待機していた他のゴブリンは、敵の力が優位にあると判断し、味方の死体を置いて逃げ出した!
今だ!
リタは追い討ちをかける!
『樹々よ、蹂躙を具現し、敵を殲滅せよ!針千本!』
自分の針がいくつも突き出すイメージをする。リタの周辺一帯の木々が枝を突き出し、ゴブリン達を残らず串刺しにした。
バキッ!
オークは針のように突き出して来た木々を棍棒で一掃する!
思いっきり振った棍棒で破壊された枝がリタに突き刺さる!
グサッ!
「ギャアアアアアア!!!!」
運悪くリタの左の二の腕に枝が突き刺さる!
キンっと甲高い音がして針を落としてしまった!
咄嗟に拾い上げようと屈む。
ブンッ!
針を手の中に収めた瞬間、リタが屈むのが分かっていたかのようなタイミングで棍棒が槍のようにリタの顔を目掛けて飛んできた!
後ろへ飛び退き、顔への攻撃は免れたものの、軌道が変わり、リタの腹部に直撃した!
「グフッ!!!」
リタは衝撃で更に林の奥へと飛ばされ、地面に後頭部から叩きつけられた!
ガンッ!
一瞬目の前が白くなり、意識が飛びかける。今倒れては殺される!
フラつく頭で体をなんとか起こす。後頭部が切れたのか、頭からうなじへ血が垂れる感覚があった。
足に力を入れてリタは立ち上がった。
その瞬間!
ガッ!
背後から何かに髪の毛を鷲掴みにされた!
オークは2体いたのだ!
ずっとリタが怯むタイミングを狙っていたもう一体のオークは、髪を掴んでリタを高く持ち上げた。
体をバタつかせて抵抗すると、髪がブチブチと千切れる音がする。傷が引っ張られてこめかみの切り傷がジクジクと痛む。ダラダラ流れる血が片目の視界を真っ赤に染め上げていく。
「こっ……『硬化』」
辛うじて防御の魔法を口にする。
オークは空いているもう片方の手でガシッとリタの腕を押さえ込むと、両手でリタを人形の様に締め上げた。
バキッ!
「ヒギャアアアアアアアア!!!」
リタが悲鳴を上げる。ヒビが入っていた肋骨が折れた音がした。防御の魔法が発動しない!
完全に身動きを封じられたリタの身体にヒクヒクと鼻を動かし、匂いを嗅ぐ。
棍棒を投げたオークが棍棒を回収して、両手でリタの身体を持っているオークの元にやってきた。
ビリッ!ビリビリビリッ!
今やってきたオークがリタのローブを引きちぎる!
僅かに残った布も頭からスッポリ剥ぎ取られ、ワンピース一枚の姿になった。
引きちぎったローブが気になるのか、鼻に当ててヒクヒクと鼻を動かすオーク。するとローブのポケットの匂いを嗅いで、ビクッと反応を示した。そしてオークは白目を剥き、口から涎をダラダラと流し始めた!
錯乱状態になったオークは頭を上下左右に振り回し始めた。そして手に握っていたローブを投げ捨て、唸り声を上げた。
「グオオオオオオオオオオ!」
ローブはリタを両手で握っていたオークに当たり、それが顔にかかる!
もう一体のオークも白目を剥いて、唸り声を上げる!
「グアアアアアアオオオオウウウ!」
白目を剥いたオークが、握っていたリタの背中に向かって食らいついた!
「キャアアアアアアアアア!!」
「リタ様!」
ようやくリタの叫び声が聞こえる距離までイルが辿り着いた。イルは林の中を迷わず真っ直ぐリタに向かって突き進む。
向かった先は所々、枝が折れていたり、針の様に突き出ていた。徐々に先に進むと、串刺しになったゴブリンが現れ始め、地面には目玉に枝が突き刺さり死んでいる個体もいた。
リタがやったのだろう。所々木の枝が抉れている。激しい戦いの後を物語っている。
暫く進むと林の中がやけに静かな気がした。先ほどの叫び声はどっちからだったのだろう、とイルはキョロキョロと暗闇の中を見渡した。リタはどこだ。
イルに追いついてきたレイズは、全員にかかった暴風を消失させ、指を口元に当てた。
レイズにコクリと頷き、イルは警戒しながら先に足を進める。
ブチブチブチブチブチ
何かが千切れる音が聞こえる。
「ゲエエエエエエエ」
ビチャビチャビチャッ
何かが嘔吐する音が聞こえる。
クチャクチャクチャクチャ
何かが、何を咀嚼する音が聞こえる。
イルはオークが何かを口にしているのに気がついた。だが何を食べているのか分からない。
そっと3人はオークに忍び寄る。嫌な予感がして攻撃の準備を整える。
「!!!!!」
イルはオークの口から何かがはみ出ていることに気がついた。イルは目を見開いた。
しかし自分の目に見える光景が信じられない。ヒュウヒュウと息をする音が微かに聞こえる。
オークは人形のように力なくダランとしたそれを、両手でガッチリと掴んでいる。
ピクピクと動いているのでそれはまだ生きているようだ。
オークは白目を剥いて、涎を垂らし、クチャクチャと汚い咀嚼音をさせている。2匹のオークが手に握られたそれに群がって、取り合うようにしてブチブチと音を立てながら半透明の何かを食いちぎる。
イルは自分の目を信じたくなかった。しかしオークの口からは、間違いなく妖精の羽が飛び出している。緑だった髪には赤いベタベタした血が付いて赤黒くなっている。
イルはオークの手にあるものがリタであることを確信した。怒りと悲しみで目の前がチカチカする。
「「「ぶっ殺す!!!!」」」
3人は2匹のオークに向かって走り出した!




