馬車が走る夜道に
ブックマークがあるとより励みになりますm(__)m
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます!よろしくお願いいたしますm(__)m
リタは凹みながら馬車を走らせている。
「はあ……やっちゃった……昔からそそっかしいんだよねえ、私……」
光魔法で馬車の行く前方を照らしながら、ゆっくりと進める。先が明るく照らされているとはいえ、前方数10メイルぐらいしか見えないので、早く走るのは危ない。
目を凝らして先を見つめていると、大きな影が見えてきた。
「ん?行き止まりかな?」
リタが呟くと、大きな影が動きを見せた。
「え?」
見間違いかと思い、馬車を一旦停止させようと手綱を引いたその時。
ブン!
前触れもなくいきなりリタの横腹に何かがぶつかった!
その勢いで御者席から吹き飛び、リタの体は空中に投げ出された。悲鳴を上げる余裕などなく、訳もわからないうちに林道から離れた林の奥に入り込んでしまう。体が木に衝突し、ようやく勢いが止まった。
ドカッ!
「うぐっ……!」
右半身からぶつかり、右腕と右足が勢いよく木に叩きつけられた。折れてはいなさそうだが、右半身全体がズキズキと痛む。打撲だけで済んだのだろうか。
左の脇腹が痛い。息を吸うとピキッと痛む。ぶつかって来た何かで左のあばらの骨には、ヒビが入ったのかもしれない。その上吹き飛んだ時に木で引っ掛けた体のあちこちに切り傷ができ、血が出ている。
「ヒヒーン!」
手綱を握っていた際に衝撃を受けたことで、リタは思いっきり手綱を引っ張ってしまっていた。強く急に引かれた手綱が一気に緩んだ事で驚いた馬が走り出した!
痛みで涙が出てきて目が霞む。林道に残された馬車はリタを林の中に置き去りにして急速に走り去って行く。数十メイルは離れてしまった馬車が去って行く音が聞こえたリタは、声を上げようにも体が痛くて蚊の鳴くような声しか出せない!
「待って……!イ……タッ……!」
リタが馬車に向かって待つように言ったその時。
「グッグッグッグッグ……」
「だれ……」
リタは痛む体をなんとか起こすと、くぐもった声がした方向を見据えた。
ガサガサと茂みを掻き分けて前から何かが来る!
リタは防御魔法の詠唱をする。
『硬化』
レイズの領地に初めて落ちてしまった時にレイズが言っていた、結界のような防御魔法はまだリタには上手く使いこなせない。高度な魔法であるらしく、集中しないと発動出来ないのだ。パニックに陥っているリタに集中する余裕などなかった。その代わり、体自体を硬くする事で防御力を上げる方法を取った。
防御魔法を全身に張り、ダランと垂らした右手の手袋から左手で針を取り出し、リタは別の魔法を詠唱する。
『伸縮』
さらに鞭の形状にしようと試みたが、右腕が痛み、上手く糸を紡ぐための魔法を発動できない。
普段なら右手で魔法の糸を紡いだら利き手の右手に持ち替え、針を扱うので、左手で針を持ったままの状態には違和感がある。かと言って右手で針を持つことはできない。
鞭にするのは無理だ。これでは近づかれると不味い。この針は剣とした場合、突くか受けるかしかできない。騎士達が学ぶような剣術も習ったことがないので、人族が魔法陣や魔法を放つのに使用する魔道具杖として利用するのが今は良いかもしれない。
「チッ!こんなときに!」
リタは悪態をついた。しかし茂みから来る音は段々とリタに近づいてきている。
リタは逃げ出そうにも、半身が動かない。
逃げられない!
木を背にしてリタは意を決して針を体の前で構えた。
目の前の茂みから腕が見え、その腕が背の高い草をかき分けたその瞬間。
ゴス!
背後にあった木からいきなり何かが現れ、棒状の物で首をロックされた!
後ろにもいたのか!
「ゲフッ!」
首が締まり、息が一瞬止まる。防御魔法が効かない?!なぜ?ローブも守護魔法が刺繍されているはずなのに、物理的な攻撃がダイレクトに伝わってくる。何かがおかしい。
首が木と棒の間で挟み撃ちになり、ギリギリと棒で首を絞められる。必死で体を捻ってなんとか逃れようとする。よく見ると棒状のそれは先端に何か鋭利な物が取り付けられている。
槍だ。
武器であることに気がついたものの、首が締まっているので声に出して詠唱は出来そうにない!だがリタは無詠唱で魔法を行使することが可能だ。イメージだけで魔法を発動させる。魔道具杖のように、針の先から魔法が放たれるイメージをする。
『暴風』
自分を中心として、周りに風を発生させる!
ドン!
「ゴホッ!ゲホゲホ!」
大きな音がして、背後の何かが弾き飛ばされ木にぶつかる音がしたのが分かった。同時に目の前にいた何かも吹き飛ばされたようだ。首に当てられていた槍も、首から外れている。圧迫感がなくなり、リタは激しく咳き込んだ。
周りを警戒して見渡すが、リタを中心とした位置から風魔法で木々がなぎ倒され、小さな広場が出来上がっていた。
背後に木を置くと、また同じことになるかもしれない。このまま中心にいるのが得策か。
ガサッ
背後で音がすると思ったのも束の間。
ガサガサ!
前方からも音がする。今の時点で2体何かがいるのは確認できた。
ガサガサガサ!
しかし耳を済ませて聞いていると、音からして2体以上、いや、7体はいる。
心臓の鼓動を落ち着け、感覚を研ぎ澄ませる。恐怖で足が震える。
魔獣の群れだ。そのうちの一体の足音が他より重たいことから、そいつが最初に見た影の正体かと当たりをつける。
木の上に3体、周りを4体が囲んでいる。合計8体だ。
そしてまた前方から重い体が歩く、ずしっとした足音がする。
皆はまだだろうか?馬車がリタのいない状態で走っていることに気がついただろうか?馬が嘶き、いきなりスピードを上げて走り出したのなら、きっと気がついてくれているはず。
助けが来るまで、なんとか一人でこの状況をやり過ごすしかない。
火魔法で一気に燃やしてしまおうか?ダメだ、林に火がついて、煙で自分が動けなくなる可能性がある。ならば水魔法か?攻撃的な水魔法などあるのだろうか?敵の顔に水を発射したら逆上して余計に状況を悪化させるかもしれない。
そうこう考えている間に敵はジリジリと距離を詰めている。そこでハッと思いついた。もしかしたら、イルなら気がついてくれるかも知れない!
お願い、イル、気づいて!
リタはイルから貰った指輪に向かって念じた。
・・・
「ヒヒーン!」
馬の嘶きが聞こえた。
「おや?馬車の速度が上がったか?」
レイズが閉じていた目を開けて、異変に気がついた。
「そうかあ?何か障害物でも避けたんじゃないの?」
ジルクも眠そうだ。開けた目が既に閉じかかっている。ベスティアも目を閉じているが、男性陣に囲まれて警戒しているのか、どこか体が強張っている。
イルはたまたま、リタのいない馬車内に用はない、と活動を停止させていた。
馬車を誰も引いていないことに気がついていない全員は、静かに目を閉じて時間が過ぎ去るのを待った。
しかし、数十分ほどした時、イルはリタの叫び声が脳内で聞こえた。
「リタ様?!」
「うお!急にどうした、イル」
ジルクはイルみたいな非の打ち所のない奴でも寝言なんて言うんだ、と思った。
ジルクはのんびりした様子である一方、イルは不安を覚えた。
リタの声を聞き漏らしたり、声を聞き間違えたりしない絶対の自信がイルにはある。それに、すぐそこの御者席にいるはずのリタの声が脳内で響くこと自体がおかしい。
イルはジルクのその質問には答えず、慌てて御者席に方に走り寄った。馬車内との間にある布を勢い良く捲り、御者席を確認する。
「リタ様!」
リタがいないことにショックを受けたイルは、つい大声を上げてしまった。夜の静寂にイルのリタの名を呼ぶ声が響き渡る。
「グギイイイイイイイイン!!」
イルの叫び声に驚いた馬は激しく怒りを表現した。
「キャッ!」
いきなり馬が聞いた事のない声を上げた事に驚いたベスティアは小さな悲鳴を上げた。
「イル、大声を出すな、馬の魔獣は大声に弱いんだ!」
レイズが馬の唸り声に焦り、イルに注意する。しかし、その声量もまた、馬を怯えさせる結果になった。
「ギイイイイイイイイ!!」
興奮した馬は魔獣らしい唸り声を上げ、無茶苦茶に走り出した!
「レイズ、お前も声の音量には注意しろ!気弱な馬魔獣は夜は特に敏感だ!」
普段から騎士団で馬の扱いに慣れているジルクがレイズに注意するが時既に遅し。馬はより一層怒り出し、収まる様子はない。
ベスティアは顔を青ざめ、口を固く噤んで震えている。
ガタつく馬車内でイルは体を左右に揺らしながらバランスを取り、御者席になんとか辿り着いた。
しかし手綱が放り出されて、御者席に見当たらない!どこにあるのかとイルは目を素早く動かした。
馬の背中の上だ!
しかし暴れ馬と化した魔獣を抑えるのは困難だ。怯えた馬に触れると、逆上して今度は馬車に向かって攻撃してくるのだ。出来るだけ馬には触れないよう、注意しながらイルは腕を手綱に向かって伸ばした。
「もう、少し……!」




