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ベスティアの刺繍

1人増えた馬車は数時間後、獣人族の国に足を踏み入れた。途中で休憩を何回か挟み、交代で馬車を走らせる。


「魔獣が出てくる事もなく、平和にここまで来れたねえ!」


獣人族の国と人族の国の国境を越える時にリタ感慨深い気持ちになった。今は御者席にイルが座っている。


「テイラー街と次の街は行き来が多いからな。魔獣と出食わすこともないだろう」


レイズは顎に手を当てながら呟いた。


「今日からあと3日、次の街までは安全だよ。だけどその後は分からないぜ。最適なルートが土砂崩れで閉鎖してるって宿屋の店主から聞いたし。それもあって少し険しい道で向かうことになるから、油断はできないなあ」


ジルクはうーん、と考える素振りを見せた。


ベスティアは3人の会話に興味がないようで、目を瞑って黙っている。


無理に話しかけるのも悪い気がしたので、リタはそれ以上会話をふることはしなかった。


しかし、思いがけず、ベスティアがリタに話しかけてきた。


会話が途切れた時、ベスティアはスッと目を開き、何かに気がついたようで、ハッと目を見張った。するとリタの羽織っているローブに目がいく。


「あなた、そのローブにある紋章……ご自分で刺繍されたのかしら?」


「そうなの!自分の魔道具針で刺繍したんだー!着ている服には全部、守護をかけてるの。あ、でも今日着ているのは、昨日買った服だからまだなんだけど……何かおかしい所があった?」


「そういうことでしたの。道理で……ところでその刺繍、少し綻びがありますわ」


「え?やっぱり自己流だからかなあ。難しいね。どこがおかしいの?」


「そのローブお貸しなさいな。直して差し上げるわ」


「え!出来るの?」


「魔力は少ないですが、針は良質ですの。獣人族とは言え、魔道具を通せばわたくしでも魔法を縫い込む事は出来ましてよ」


リタにローブを脱ぐよう促すと、裁縫道具の入ったポーチを自分の鞄から出したベスティアは、まずリタの守護をハサミで切り落とした。そして無地になった生地の上から新しくチクチクと針を刺し出した。


「あれ?なんか私の手袋が……?」


リタの手袋に差し込んでいる針から魔力が漏れ出す気配があった。針を手袋から出すと、やはりリタの針がベスティアの持つ針に吸い寄せられる感覚があった。


「その針……もしかしてアメリゴ都市にいる魔族のお婆さんから買った?」


ベスティアは針を持っていた手をピクッと停止させる。


「魔族のお婆さん?心当たりがあり過ぎてピンと来ませんわ。それにこの針は貰い物ですの。元の出所は分かりませんわ」


そう言うとまたチクチク針を進めた。

ベスティアが言うように、異様に針は魔力を宿しているのが分かる。明らかに良質だと分かるそれは、やはり老婆の針のような気がした。しかし貰い物である以上、それも確かではない。老婆以外にも良質な魔道具針を作る職人がいるのかもしれない。


「出来ましたわ。守護の紋章は繊細ですから、しばらくはそのローブを強く洗ってはなりませんわよ」


渡されたローブを見ると、確かに綻びはあったようで、すっかり綺麗な守護が施されている。糸に縫い込まれた魔力の流れが美しい。見た目もリタの紋章よりよっぽど精巧な出来栄えだ。


「嬉しい!すっごく綺麗ね!守護の縫い付けを頼むと金貨1枚はくだらないというのに……なんだか悪いわ」


「いいえ?馬車に乗せて頂いているのですもの。これぐらいはなんでもないわ」


「そこまでしていただいて、馬車の移動報酬を受け取るわけにはいかないな。報酬については気にしないでくれ」


レイズがお礼のつもりで報酬を断った。


「そんなつもりで針を刺したのではありませんわ!」


心外だと苛ついた様子をベスティアは見せた。


「そうじゃない。リタのために、ありがとう」


レイズはベスティアに弁解した。


ありがとう、とお礼を言われて、キョトンとした。『報酬を払いたくないから針を刺したと思われた』というのが勘違いだったと分かり、かあっと顔を赤らめた。


「分かれば良いのです、分かれば!」


針を刺して少し満足したのか、またベスティアはまた目を閉じて、静かに馬車の席に体を埋めた。


そのような状態で半日程馬車を走らせ、獣人族の国では最初の街、ファーエンド街に到着した。


ベスティアはファーエンド街に到着するや否や、

「馬車の予約をして参りますわ」とリタ達の馬車から飛び出て、停留所に向かって行った。


「そんなに気を使わなくても良いのに。どうやったら、もう少し緊張を和らげてあげられたのかな?」


リタは走って行ったベスティアの背中を申し訳なさそうに見つめる。


「慣れないのは仕方がありません。時間が解決するものです」


イルは気にするな、とリタをフォローした。


街の端に馬車の停留所はある。時間はもう夜で、辺りも外灯はあるものの、真っ暗だ。ベスティアが戻って来るのを4人は待つことにした。


暫くすると、いくつか止まっていた馬車に声を掛けたベスティアが、トボトボと戻って来た。


「ベスティアさん、どうだった?馬車の予約は出来た?」


「ここでも予約でいっぱいでしたわ……。ここから3日ほど馬車を走らせた、ビースト街までずっと予約が埋まっているのですって……なんてことかしら。テイラー街で手違いさえなければ……!」


「たとえ次の街に行っても、乗れないってこと?」


「そうですわ……昨日のテイラー街からビースト街に行く者が多いのです。だからテイラー街で乗れなかったらビースト街までずっと空きはないということですの。はあ……」


「私達もビースト街ってとこまで行くとは思うよ?王宮はまだ先のはずだし。そうだよね、ジルク?」


「そうだな。オレ達もビースト街を経由して王宮に行くぜ。ここからビースト街まで3日の我慢だ。そこからなら馬車も出ているだろうが、気を使わなくても良いんだぞ?オレ達が王宮まで送り届けても良いんだし!どうせ行き先は一緒だから。な?」


「分かりましたわ。この街からなら少しぐらい空きが出ると思っていたのが浅はかでした。とりあえずビースト街までご一緒させていただけませんこと?そこから王宮へは流石に乗り合い馬車の空きも出ますでしょう」


ため息をついてベスティアは結局、ビースト街まで一緒に行くことに同意した。


「ベスティア嬢がそれで良いのなら。最悪、ビースト街でも馬車が見つからなければ王宮まで送り届けよう。それでいいか?」


レイズはベスティアを宥めるように言った。


「では、今日はここで一泊しましょう」


話がまとまったようなので、イルが宿屋を探す提案をした。




「2人部屋を2室で。こっちの女性は別で1人部屋を1室にしてくれ」


早速宿屋を見つけ、ジルクが宿屋の受付で部屋を確保する。しかし、ジルクの発言に疑問を抱いたベスティアが口を挟んだ。


「え?何を仰いますの?あなた方は3人部屋を1つとリタさんの1人部屋を1室。そして、わたくしも1人部屋を1室ではなくて?」


「ん?ベスティアさんは知らないの?3人部屋は広いから、2人部屋を2室にして、私も3人のうちの1人と一緒に寝たら安く済むんだよ?」


そうすることが当然というようにリタは宿屋代を安く済ませる方法を自慢げにベスティアに教えた。


「何を仰っているのかしら?まさか今まで同衾していましたの?!未婚の男女が?婚約者同士でもないのに?あり得ませんわ!」


あ、ヤバい。非常識だったか、とリタは頬を引きつらせ、苦笑いした。


「宿屋の店主様。3人部屋を1室と1人部屋を1室ですわ。私も別で1人部屋を1室お借りします」


「「「えっ!」」」


ショックを受けた声を男性3人が出した。


「なにか?」


ベスティアの言うことは当然だ。冷ややかな目線を当てられ、 3人は後ろめたい気持ちがあったのを悟られた気がした。結局それ以上は何も言えず、それぞれは気まずそうに別の方向を見だした。


ベスティアがいる間はリタ1人で寝てもらうしかなさそうだ。3人はベスティアの手前、嫌だというわけにもいかず、結局その後ビースト街に到着するまでずっとリタは1人で寝てもらうこととなった。

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