魔法の使い方をちょっとだけ教えてもらいます
「魔力解放も無事終わったし、今日は君が今後生活する拠点について話をしようか。部屋と軽く街の案内を私が案内しよう。」
先程のピンクの雰囲気はどこへやら。打って変わって真面目に昨夜の執務室に案内され、向かい合ってソファに座ると、先ほど与えられていた部屋にあった本と資料をいくつか手渡された。
「そうそう、妖精の羽の枚数と大きさは魔力の強さを表すよ。おめでとう、4枚の立派な羽がある君は公爵家クラスだ。因みに妖精王になると羽が6枚になる。私が来るまでにこの本も読んでくれていたようだね。新しいのをあげるから、時間がある時にまた読んでおくと良い。」
「ありがとうございます。」
羽の枚数が位を表すのか。覚えておこう。きっとこうした事も本に書いてあるのだろう。
手渡された資料は部屋の契約書類の他に、魔法の手引きや魔道具の使い方に関する資料や地図だった。
渡されたものの、最初に持っていたカバンもなくなっていたのでどうしようかと眉をひそめた。
「ああ、そうか、知らないよね。自分の魔力で袋を作るんだ。魔力袋の中に収納すれば質量を感じることなく、持ち歩くことができる。魔力袋の容量に応じて収納出来るよ。でも魔力が無くなると収納した物がその場に全て溢れてしまうから、何を収納するかは選んだ方が良い。一度具現化すると、魔力が収納された容量や質に応じて消費され続ける。魔力が続く限り具現化することができる魔法だから、自分から魔力袋を消失させない限り、あり続ける。
そのままだと見栄えが悪いから、鞄屋で購入した鞄に魔力袋を入れる者が多いよ。詠唱は人によるけれども、鞄とか袋とかが大半だね。」
なるほど、手で持ち歩かなくて良いシステムがあるのか。それはありがたい。
ゲームで言うところのアイテムボックスだろう。
容量に限界があるのは不便だなと思ったので、無限にスワイプできる画面を思い浮かべた。袋にしてしまうとたくさん物を収納した際に自分が何を収納したのか忘れてしまいそうだったので、収納した物がアイコンで表示されると良いかもしれない。
好奇心が抑えられず、想像のままに詠唱した。
「インベントリ」
ポンっと目の前にあらわれたのは想像通りのもの。タブレットだ。書類と本をそれぞれポンっと人差し指で触れると、次はタブレットをタップした。イメージ通り、ドラッグアンドドロップでパッと書類がテーブルから消え、タブレット型インベントリに二つアイコンが現れた。本と資料で分類されている。アイコンをもう一つのアイコンに重ねるように移動させると、一つのアイコンに纏まった。音声検索もいけそうだ。
「コロンバス連合世界の歩き方」
タブレットに一つのアイコンが拡大して表示された。タップすると空中にフワリと本が現れた。
「すごい!そんな魔力袋は見たことがない!何を収納したのか一目でわかるのも便利だね。でもそれを人前で使うと異世界人であることが間違いなくバレるね。」
苦笑いしながらアイザックが見せてくれたのは、革のビジネスバッグだった。
「これがこの世界の一般的な魔力袋だよ。」
鞄を開けると中は真っ暗で中に何が入っているかわからない。
「私の魔力袋の場合、こうしてカバンの中に手を入れると、頭で想像したものが取り出せるようになっている。手を突っ込んで何も考えずに適当に掴んでも何かが引っ張り出せる。」
ほら、と手をカバンの中に入れて取り出して見せてくれたのは万年筆だった。
「他の人の魔力袋も触れるよ。試しに私の魔力袋の中に手を入れて眼鏡を探してみて。スペアが入ってるから。」
他の人の魔力袋も触れてしまうのであれば例えば財布とかもこの中に入っていたら取れてしまうのだろうか?なんてことを思いながら手を入れてしまったのが間違いだった。
「これは眼鏡……ではありませんね。すみません……他の人も触れてしまうなら、お財布が盗まれる危険性があるな、などと考えてしまいました……。」
失礼しましたと、言いながら財布をカバンの中に戻す。自分の手が怖い……。
「はははっ!大丈夫。魔力はイメージに強く左右されるから、慣れないうちは仕方がないよ。リタさんが危惧している通り、鞄ごと盗まれたらどうしようもないね。魔力袋の稼働を止めたところで、大きな物を収納していたら鞄は壊れるわ、中身はぶちまけられるは良いことないからねえ。だから鞄に鍵を付ける人もいる。大事な書類を持ち運ぶときは、値は張るけど登録された魔力保持者しか開けられない鞄を使うんだ。」
「あ、そうか。じゃあ私は自分のインベントリにロックをかければ良いんだわ」
指紋認証は面倒だからパスワードロックでいいかな。
インベントリの稼働を止め、再度想像を膨らませるとインベントリ、と詠唱した。
設定画面を立ち上げ、パスワードを設定してからアイザックに渡した。
「これでいけるかと。触って見てもらえます?」
一瞬消えたタブレットに対して、おや?と訝しげな顔をしたアイザックだったが、それよりも興味津々でリタから手渡されたタブレットを掴んだ。画面にはパスワードを入力して下さい、と表示されている。
「ん?六桁の数字を、とあって数字を適当に押しても何も起こらないな、どうなっているんだ?」
リタは、ふふん、と自分の発明でもないのにどこか得意げに使い方を教えた。
「流石、異世界人だ。これが広まれば高価な鍵付き魔道具を買う必要もなくなるし、凄く良いと思う。だけど私達には原理がわからないから、具現化は難しいだろう。でも面白い物を見せてくれてありがとう。いつか私にもその魔力袋の原理を詳しく教えてくれるかい?」
「勿論です!」
リタは嬉しそうだが、アイザックは次に会う口実を上手く作っただけだった。
「これ、人目につかない方がいいんですよね?なら追々カバンを購入してその中にこのインベントリを入れることにします。あ、本に擬態させても良いかも。どの道、鞄は欲しいかなあ。」
後でもう一度練り直しだ。
「そうだね。あまり人前で堂々と使うのはよくないかもしれない。さっき異世界人は保護対象だと言ったのを覚えてるかい?君たち異世界人は例外なく必ず強い魔力を持ってこの世界に落ちてくる。
その魔力目当てで近づいてくる不届き者もいるからあまり周囲には言わない方が良い。
この世界に有益なものであるということから、君たち異世界人は仕事が見つからない限り、生活保護が無期限で受け取れることになっている。でも一度仕事をこの世界で見つけると、その時点で生活保護が打ち切られる。再度生活保護の申請をするには時間がかかるから注意してね。」
「しばらくの間生活は安泰と言う事ですね。安心しました。」
「それじゃあ今後リタさんが暮らすことになる部屋と街を案内しようか。部屋も生活保護が打ち切られたら自分で契約しないといけないからね。あと、一旦その魔力袋はしまっておいて。私が持っておくから後で書類と本を返そう。」
「でもギルド長なのに、案内していただけるなんて……いいんですか?」
「異世界人を案内するのはギルド長の役目だからね。たとえギルド職員でも異世界人が来訪したと言うのは知らされない。知らされるのは各種族王と異世界人の来訪を対応した者だけだよ。それぞれから必要だと判断された者には、後ほど共有することもあるけれど、それも限られた者にだけだよ。
落ち着いたら各種族王に面会を求められるから覚えておいて。今回対応したのは私だから私を通してリタさんに手紙が行くことになるよ。」
リタはとことこん疑問を追求することにする。
「異世界人は必ずギルドに落ちてくるんですか?」
「いや、ギルドとは限らないよ。各種族の王宮の中にある魔方陣であることもあるし、教会の魔法陣に落ちてくることもある。ギルドは各国の街に必ず1つあるよ。」
リタの疑問は尽きない。
「どれくらいの頻度で落ちて来るんですか?」
「規則性はあまりないんじゃないかな。私がギルド長に就任してからはリタさんが2人目で、副ギルド長の時に1人たまたま対応したよ。落ちてこない時は、100歴は落ちてこないらしいけど、10歴に一回落ちて来ることもある。これでもしかしたら暫くは落ちてこないかもしれないね。」
「他の二人はもう馴染んでいるんですか……?」
「安心して、二人ともすでに自分の道を歩み始めている。リタさんもそうなるように、私が責任持って見守るから。」
「他がどんな所かは分かりませんが、少なくともアイザックさんみたいな優しいギルド長の所に落ちて本当によかった……」
「そうやってすぐ心を許すと、ここでは痛い目に遭うかもしれないから、警戒心を怠らないようにね?」
いきなり耳元でアイザックに囁かれた。
バッ!と勢い良く振り返ると目の前にアイザックと顔があって、恥ずかしくて何も言えなくなる。この人は本当にすぐリタをからかおうとする。反応が良すぎるのも良くないのだろう。からかい甲斐があるのかもしれない。とにかく話を変えなければ!
「そっ、そうだ!えっと!魔法陣にしか落ちないなら異世界人は安心ですね!あれ?でも不思議。なんで魔法陣にしか落ちないんでしょう?」
「原理は解明されていないんだ。ただ、この世界が出来た時には既にあったようだよ。最初はそれが何か誰も分からず魔法陣から一定の距離を離して建物が建っていたんだ。でも、初代の各種族王たちが異世界から落ちてきた時にそれが初めて何か判明したんだ。もう数千年以上も前のことだよ。それで、各魔法陣を守るために、その上にギルドや教会、王宮が建てられたんだ。」
「え!種族王たちは皆異世界人だったんですか?」
「そうだよ。詳しい事はコロンバス連合国の歩き方にも書いてあるからまた読んでおいて。とりあえず、まずは鞄を買いに行こう。
さあ、魔力袋をしまってみて。消失といえばいいよ。」
さっき、私消失なんて言ったっけ?まぁ、いっか。
「消失」
「あ」
「……きゃあああああ!!!!!」
真っ裸にまたなってしまい、口調が荒くなってしまった。しかも今回はタオルがないので完全に全裸だ。
「そんなに私に裸を見せたかったの?また三階に行く?」
「んなわけあるかー!」
口早に下着、ワンピース、靴!と詠唱する。
「はははっ冗談だよ。リタさん、何を消失させるか指定しなかったんだね。慣れるまでは服とカバンを買っておいた方が良いかもしれないね。」
「でも恥ずかしがることはないよ。私たちはもう赤の他人ではないだろう?」
そう言ってウインクをするアイザックにまた赤面するリタ。
「どういう意味ですか!からかいすぎですから!」
「それに……」リタさんは誰がどうみても美しい。
「え?何か言いました?」
「いや何でもないよ」
欲望のひとかけらをアイザックが見せた瞬間だったが、その声はリタの耳に届いていなかった。