仕立屋ベロサルトと侍女
イルにゆっくりと朝は寝かせて貰ったお陰で、リタはスッキリとした朝を迎えた。
起きてから4人で朝食を共にする。1日目とは異なり、少しだけ豪勢になった朝食にリタは満足げだ。今日は柔らかい白いパンに、燻しスクローファのベーコンやスクランブルエッグの他に、サラダもスープも付いている!しかもどれも新鮮だ!
朝起きてすぐは服飾系の店は通常閉まっている。話し合った結果、昼食を外で取ってから向かう事に決まった。それまでは自由行動だ。
特にリタはやる事もないので、久しぶりにギルドで最初に貰った『コロンバス連合世界の歩き方』を読む事にした。事前知識の取得のため、重点的に獣人族とその国についてを読む。
こうした優雅な午前中を過ごし、昼食の時間になったので店に向かうべく、リタの部屋にレイズとジルクが呼びに来た。昼食を宿屋の近所で手早くすませ、早速向かうことになった。
4人が向かったのは昨夜確認した店、ベロサルトだ。メインストリートである大通りから広場に向かう。広場を曲がると高級店が立ち並ぶ通りに入る。
店の前まで来ると、リタが全員の意思を確認するようにこう言った。
「担当者がいるか、確認しましょう!」
昨夜南京錠で閉じられていた門の左右には門番が立っている。
中に入ろうと敷地内に足を踏み入れると、門番の1人が走り寄ってきた。
「待て、待て!紹介状を見せてもらっていない!」
門番が4人の顔を見渡してそう言うと、紹介状を渡せと手を差し出してきた。
「そんな物は持っていない」
レイズが門番にそう言うと、こちらが他に何かを言う前に、
「ではお入り頂けない。お帰り下さい」と入店を拒否された。
するともう1人の門番までやってきて、全員の背中を押して門の外に追い出されてしまった。
リタは押し出されながらも用件を伝える。
「ここで働いているはずの担当者さんにお話があるんです!」
「それにもお答えすることはできないな」
冷たく門番に突っぱねられ、それ以上は取り付く島もなかった。
門の外に追い出された全員は、さあ、どうしようと互いの顔を見合わせた。
「せめて担当者が在籍しているかぐらい教えてくれればいいのに!」
リタはプンプンと怒った。
「仕方ない、部外者に従業員の情報を漏らすわけにもいかないんだろう。はあ、ここを治める貴族に話をしにいくか……」
面倒だ、とレイズは脱力した。
店の方を向いて話していた4人はクルッと後ろを振り返り、来た道を戻ることにした。
高級店が並ぶ通りを離れ、大通りに入る曲がり角を曲がった瞬間。
『ドン!』
レイズが何かにぶつかった。
人にぶつかってしまったことに気がついたレイズは、
「おっと、すまない」と短く謝罪した。
「うげっ……」
尻餅をついた、ローブのフードを目深に被った者は嫌そうな声を上げた。しかし、すぐ取り繕うかのように、
「いえ、大丈夫ですわよ。ホホホ!」と言い直した。
声から女性と判断したレイズ女性を助け起こした。
「大丈夫だったか?……そうでもないな……」
女性はぶつかった時に道の端に弾き飛ばされたようだ。運悪くそこには溝があり、泥水が溜まっていた。
「ローブが!しかも中のスカートまで染み込んで……!あーあ……」
女性のお尻から下半分はびしょ濡れになっており、その上泥まで付いている。
「ああ、これはダメだな。申し訳ない。弁償させてくれ」
レイズは眉間にシワを寄せて、困った顔をした。
「このローブもお仕着せのスカートも全部特注なのに……」
女性は怒っているというよりも、ほとほと困ったという様子で言った。
「仕立てている店は近いのか?そこで既製品を調整するのでは駄目だろうか?費用は俺が持とう」
レイズは代替案を申し出た。
「良いけど……高いですわよ?」
今の4人の格好はラフな冒険者の装いだ。普段通りかっちりとした服を着ているのは執事服のイルだけ。
女性はレイズの身なりを上から下までジロジロ見て、懐の心配をした。
「俺はこう見えてクロリア地の伯爵だ。問題ない。イル、ジャケットを脱いで、この女性に羽織らせてやってくれ」
「承知いたしました」
イルは自分のジャケットを脱いだ後、女性に向かって、
「ローブを」と言った。
汚れたローブを脱ぐのを一瞬躊躇する様子を見せたが、ニコニコ微笑むイルを断れそうにないと判断した女性はフードを外し、ローブを脱いだ。
女性からローブを預かったイルは自分のジャケットを女性の肩にそっとかけた。
ローブを脱いだことで獣人族特有の耳と尻尾がピョコンと現れた。歳はリタと同じくらいだろうか?比較的若く見える。オレンジ色の三つ編みにした髪が元気そうな子の印象を受ける。瞳も猫のようで、キラリとオレンジに輝き、鋭い光を持っている。
耳が人族のそれとは異なり、猫化の耳がピコピコ動いている。
「クロリア地の伯爵様でしたの、へえー」
女性は自分に語りかけるように小声で呟いた。
「では、その店に連れて行ってくれ。悪いが、他の3人も同行する」
「ふーん。まあ、いいでしょう。ついて来て下さいな。どうせ今から行く所でしたの」
女性に先導されて来た道をまた戻り出した。
「名乗り遅れた。俺はレイズ・クロリアだ。今4人で獣人族の国に向かっている」
「そうでしたの……わたくしはベスティア・ドメスティカと言いますの。とあるお方の侍女をしておりますわ」
渋々と言った様子でベスティアも名乗った。素性はあまり明かしたくないように見える。
「今日はそのお方の所用で、この街に来たのか?」
「ええ。さあ、お店はこちらですわ」
ベスティアが連れて来たのは先程追い返された店のベロサルトだった。
「ここで仕立てているのか……!」
「そうですわ。門で少し待っていらして下さいな」
門番がレイズの姿を確認すると、慌てて止めに来ようとした。
しかしベスティアが何かを伝えたようで、門番の動きが止まった。
「あなた方も入ってよろしくてよ。私の連れだと申しましたので」
門番が定位置へ戻って行ったので、ヒョイっと目線を送ると、騎士の礼で入店の許可を門番は表した。
入っても良いのだと安心したレイズは事情を少し説明した。
「俺達もこの店に用事があったんだ!先程、紹介状が無くて追い返されたところだ」
「まあ!わたくしには災難でしたけど、あなた方は幸運でしたのね」
嫌味たっぷりにそういうと、ベスティアは門番を過ぎて、店の大きく開かれた扉に向かって行った。
「ここは服のデザインからオーダーした生地の縫製、染色、刺繍、全てをやっている仕立屋ですわ。紹介状のある貴族しか受け付けていませんの。わたくしのお陰で今後もあなた方も出入り出来ますわ。感謝しても良いのですよ?」
「「「「ありがとうございます!」」」」
素直にリタ達4人はお礼を元気良く言うと、それでも何か気に食わなかったようで、ベスティアは、ふん!と言って尻尾を膨らませ、毛を逆立てた。まるで猫が威嚇している時のようだとリタは思ったが、流石にそれは黙っておいた。
「いらっしゃいませ、ドメスティカ様。前回頼まれた分の確認ですよね?おや?お連れ様ですか?」
仕立ての良い服を着た接客担当がベスティアに話しかけた。店の奥には他にミシンを扱っている者や、型紙に何か書いている者がたくさんおり、皆忙しそうに手を動かしていた。
「ええ、こちらはクロリア伯爵様ですわ。……何かこちらに用事があると言うことで」
言いづらそうにレイズがここに来た理由をベスティアは店員に伝えた。
「左様でしたか。初めてのご来店ですね。本日はベロサルトにおいで下さり、誠にありがとうございます。何かお伺いいたしましょうか?」
「ああ、それもあるんだが、先に彼女の服を仕立ててやってくれないか?俺がぶつかって汚してしまったんだ」
「そういうことでしたか!てっきり私はドメスティカ様がお仕えする、」
「それは違うわ。そうそう、見て下さいな、これ。あまり服を持ってきていないの。既製品を調整していただくだけで良いから、ローブとスカートを1着ずつ用意して下さらない?」
店員が大事な部分を言いそうになるとベスティアは全力で話に割り込んだ。
誰だって知られたくないことの一つや二つはあるだろう。レイズも言及することはしなかった。
「今何着かご用意いたしますので、あちらにお掛けになってお待ち下さい」
そうは言われたものの、下半身が汚れているのでベスティアは立って待つことにした。
レイズ達が座るのも何だったので、全員立ちぼうけだ。
店員がその様子に気が付き、急いで服を持って走ってきた。
「気が回らず申し訳ございません!お召し物が汚れていらっしゃるのでしたね!さあ、試着室へお入り下さい!」
店員がいくつか持ってきたローブの首元がチラリと見えたので、リタは思わず声を上げた!
「あ!!このお店の服にブランドネームタグがついてる!」
ベスティアはリタの声に驚き、ビクッと体を震わせる。
「お気づきになられましたか!このタグの事をご存知なのですね!なんとこのタグは当店のオリジナルでして!」
「無駄口を叩いていないで早く案内して頂戴。汚れが気持ち悪いの……」
店員は申し訳ございません、とベスティアに頭を下げ、試着室へと消えて行った。
「当店のオリジナルって言ってるよ?」
「担当者のタイラー・サストラーノも誰かしらの指示があって、ロバートの服に取り付けたと言っていたからな。この店が発端だったのかもしれない。店員が戻ってきたら聞いてみよう」
しばらくすると、店員がベスティアを試着室に案内し終わったようで戻って来た。
「ドメスティカ様は今服の調整していらっしゃいます。それが終わるまで時間がございますので、戻って参りました。ところで、先程の事をお伺いいたしましょうか?」
店員はにこやかにレイズに話しかけた。




