テイラー街
「ここが例のお店、ベロサルトがあるテイラー街ね!」
御者席との間にある布を捲りながらリタは楽しそうな声をあげた。
「獣人族からの繊維製品が最初に輸出される街でもあるから、ここは繊維街として有名なんだ」
ジルクが馬の手綱を引きながら答える。
「人通りも多く、活気がありますね。まさに繁華街といった様子が伝わってきます」
イルがリタの開けた布の隙間から見た光景を口にした。
朝に野宿していた山間を出たので、今の時間は午後4時前。日はまだ高いが少し肌寒い。位置的に北方の魔族領土とも近い。冷気がそちらから吹いてきているのだろう。
この世界にあまり四季はない。6月初旬に落ちてきてあれから時は経ち、11月の現在。季節的に前世では少し肌寒い季節の筈だが、まだこの世界は7月下旬のような気温を保っている。多少、6月頃は雨が多いかな、という感じだった気もする。しかしリタは落ちてきたばかりだったのであまり覚えていない。その上6月は気を失っている期間が2週間程あったので尚更だ。
そんな調子で、人族の国の気温はほぼ年がら年中安定している。この街のように、極端に他の国と近いのは例外だ。
一方、獣人族の国はとても暑い国らしい。砂漠地帯もあるとかなんとか。今いる街を抜け、さらに1週間馬車を走らせると獣人族の王宮に辿り着くが、その間に徐々に暑くなっていく、とリタはジルクから注意を受けた。
馬車内でそうした会話を楽しんでいると、適当な宿屋の前にジルクが馬車を停めた。
空きを確認してくるから待っていてくれ、と言い残し、ジルクは御者席をイルと交代した。するとすぐに二部屋確保した、と戻ってきた。3泊の予定を宿屋の店主に告げたとのこと。これまで、レイズの不調があり予定より1日遅れで着いたものの、順調に進んできている。
最初のスケジュール通りに3泊しても6日前に到着できる。
「部屋に荷物を置いて暫く休憩したら夕食に行こう。ここは栄えた街だからきっと何か珍しい物があるはずだ」
ジルク提案通りに、一度休憩を挟むことになった。そしてこの一週間でもはや恒例化した部屋割りをどうするかの話に移る。
「初日の街は違ったが、それ以外はずっとイルとリタが一緒の部屋じゃないか?」
レイズは冷静を装いながら、鋭い声でイルに指摘した。
「そうは言いましても、執事ですから……」
謙虚な声色でイルはそう言っているが、どこか当たり前だと言っている感が否めない。
「さてはイル。お前なにかズルしてるだろ?!」
ジルクは疑わしげな目でイルをジロっと見る。
「いえいえ、そんなことしなくとも、私はリタ様と繋がっていますから……心と心で」
「なに?!イル!お前、どういう意味だそれは!」
せっかく冷静を装っていたのに、すかさずレイズは声を荒らげたことで化けの皮が剥がれてしまった。
焦ったリタは、
「イル!勘違いされるようなこを言わないでよ!は、恥ずかしいよ……!」と言ったことで余計に意識してしまい、かあっと顔が赤くなるのが分かった。
「「イールーターティー……」」
ドスを聞かせた声でイルの名前を呼ぶレイズとジルクが何か行動を起こす前に誤解を解かなければ!
「あのね!イルは私の魔法の扱いをよく見ているの!魔力の質がそもそも私に影響を受けてて!それで私の出そうとする魔法を事前に感知できちゃうんじゃないかな?かな?ね?イル?」
「そうなのです!なぜなら私とリタ様は繋がって「わーわーわー!!イル!!誤解されるってば!」」リタはイルの口を物理的に押さえにかかり、両手でイルの口元を隠した。
話せなくなりモゴモゴしながらもどこか嬉しそうな様子が、レイズとジルクをまたイラっとさせる。
「分かった。リタちゃん、その執事から手を退けて」
執事とジルクに強調して言われたのが分かり、イルの眉がピクッと反応する。
リタは言われた通りに手を退けると、ジルクはリタの両手をそっとリタの両目にかかるように置いた。
「ああ、ジルク、分かったぞ」
それでピンときたレイズは納得した顔で頷いた。
「レイズ、分かったか。オレたちが火魔法か水魔法を手の上に乗せる。リタちゃんはオレ達が出し終わったら良いよって声をかけるから、水か火かどちらか言ってくれ」
「ああ、これなら平等だな。じゃあ、イル、ジルク、背中合わせになって円を組め。せーのでやるぞ」
背中合わせであれば、互いの色が見えない。こうすれば男性3人が魔法を手に発現させた一回目で、男性2人がその時既に同じ色だった場合、ガッカリ感が減るのだ。すぐ男性2人がマッチングしたのが分かっては落胆が大きすぎる。しょうもない心の守り合いだ。
「仕方ありませんね、これだから負け犬は……」
レイズとジルクに挟まれたイルはジロっと2人に睨まれる。イルはそれを見て、おお怖い、と怯えたフリをした。
そして3人は同時に掛け声を上げた。
「「「せーの!!!」」」
3人の手のひらにはそれぞれ水魔法と火魔法が乗せられている。
「はい、リタちゃん良いよ!」
「んーっとじゃあ、水!」
「いやったー!!!オレだーー!」
「くっ!俺だって最初は水を出そうと思ったんだ!」
目を両手で覆っていたので、ジルクの喜びの声とレイズの悔しそうな声で、上手く2人ずつで色が分かれたのをリタは理解した。一回目で決まってしまったのだ。
「リタ様……!そんな!どうして!」
イルとレイズは絶望した顔をしている。2人の余りに落胆した様子を見て、リタはここずっと思っていたことを口にした。
「なんでそんなに3人は同室が嫌なの?男同士の方が気楽でいいでしょう?それとも逆で、私と一緒の部屋が嫌で押し付けあってるの?」
「いや!それは違う!別に、そういう訳じゃ……」
レイズがなぜと聞かれて、リタと一緒の部屋が良いから、などとは答えられる訳がない。そんなことを言った日には天から雨ではなく死者が大量に降り注ぐことだろう。
「あ、誰かイビキがうるさいとか?それぐらい我慢しようよ」
リタが呆れ顔で2人を嗜める。レイズは性格的にリタと一緒が良い、とはっきり言えないのをイルはわかっている。
「僕はリタ様と一緒じゃなきゃ、記憶が呼び起こされて怖いんです……」
イルはここぞとばかりにリタの同情を惹こうと言葉巧みに語った。
リタの眉がすんっと下がり、
「やっぱりイルと…」と言い切るのをジルクは許さなかった。
「嘘つけ、お前いつも夜になったら活動停止させてるだろ。知ってるぞ」
「イル、往生際が悪いぞ」
レイズも追撃する。
グッと言葉に詰まったイルは結局、
「リタ様と一緒が良いんです!」と強気で言った。しかしその主張に聞く耳を持つものはいない。もはやリタも、早く決めてと疲れ気味だ。
「ということで、この街ではオレとリタちゃんが同室で、レイズとイルが同室な!はい、早速休憩しましょう!オレ汗流したい〜」
ふふふーんと鼻歌を口ずさみながら、ジルクはリタを引っ張ってさっさと宿屋に入って行った。
4人が泊まる部屋は幸い隣同士だった。店主に案内され、宿屋の二階へと続く階段を4人で上がった。
それぞれの部屋に入ると、ジルクは魔力袋を収納している鞄を持ったままリタに話しかけた。
「先にシャワー浴びて良い?」
「いいよ!馬車の運転お疲れ様!私は後で入るね」
リタの言葉に深い意味はないのについドギマギしてしまうジルクだったが、無駄に顔をキリリとさせ、
「じゃあ、お先に」と鞄を持って洗面所の中に消えていった。
鞄の中に入っていた服に着替え、シャワーを浴び終えたジルクは洗面所からスッキリして出てきた。
交代でリタも入り、汗を流して洗面所を出た頃には夕食に行くのに適当な時間になっていた。そこで、レイズとイルを誘って街へ繰り出すことにした。
夜も更けてきて、一層活気の増した繁華街は所狭しと人族や獣人族、それから魔族や妖精族も歩いている。
街をそうして歩いていると、魔力操作に慣れてきたことで、同族はなんとなく分かる事にリタは気がついた。向こうもそうなのか、妖精族は目だけでリタに会釈をしてくる。リタも同じように目で会釈する。自分も歴とした妖精族だと認められたようで、なんだ嬉しい気持ちになる。
「楽しそうだな?」
レイズがリタのその様子に気がつき話しかけてきた。
「うん!妖精族の人が目で挨拶してくれるの!なんだか嬉しくなっちゃって!」
「そうか、お前も妖精族だったな。妖精族は魔力の違いに敏感だからな。お前は魔力も強いし、すぐ分かるんだろう。良かったな」
子どもに話すようにしてレイズは微笑ましそうにリタを見た。
これまで通過してきた街は規模が小さかったこともあり、その晩、リタ達はアメリゴ都市以外で初めての繁華街を楽しんだ。夕食に無事ありつき、リタ以外の3人はお酒を飲んでいる。リタはまだ17歳なので飲めない。
程よく酔いが回って来たところで、ブランドネームタグの考案者を知る担当者がいる店、ベロサルトに寄ってから宿屋に戻ることになった。
「どの辺りなのかな?」
リタはレイズとジルクを見て聞いた。
「場所はオレも良く知らないんだ。ちょっとそこにいる人に聞いてみよう。すみませーん」
道を歩いていた通りすがりの身なりの良さそうな人族の中年男性にジルクが声をかけた。
急に話しかけたことで、素通りされかけたが、間髪を入れずにジルクが、
「ベロサルトを探しているんです」と用件を伝えた。
高級店の名前が出てきて安心したのか、幾分か緊張を和らげ、中年の男性は丁寧に場所を教えてくれた。
お礼を言ってジルクはリタ達の元へ戻ると、店に案内した。さすが分隊長、こういうときは特に役に立つ。
お店はすぐに分かった。街の中心にある広場から少し離れた通りに悠然と立っていたからだ。
周囲も見るからに高級店と分かる店が並んでいる。残念ながらこの時間はもう閉店していて、店の周囲を囲った門に南京錠がかかっていた。
「場所はこれで分かったな!明日また来よう!」
ジルクが少しお酒の入った、呂律が回らない口調で言った。
「ジルク、珍しく酔ってるねえ」
「うーん、ちょうど8暦前の今日、この世界に落ちて来たんだなーと思いに耽っていたら、飲み過ぎたみたい」
「ええ?!っていうことは、今日ジルクの誕生日?!」
「おう、今日で二十歳だ」
「もう、早く言ってよー!おめでとう!!」
「ほう?おめでとう。それであんなに部屋割りに拘っていたのか?」
ニヤニヤしながらレイズが茶化した。
「そ、そういうわけじゃない!」とジルクは言いつつも、果たしてお酒のせいなのか、顔が赤い。
「そうと言ってくれれば、もう少しだけ大人しく譲ってあげましたのに。実際にそれを知った所で譲ったかどうかは分かりませんが」
イルはつまらなさそうな顔でそう言った。
「いや、そこは譲れよ」
ジルクは苦笑を漏らした。リタは会話の途中から周囲を観察していたので、3人のやり取りを聞いていなかった。
リタが聞いていなかった様子にホッとしつつも、どこか残念な気持ちになったジルクは酔っ払いを言い訳に、良いことを思いついた。
「リタちゃん、肩かして。オレ酔っちゃった」
誕生日フィルターのかかっているリタは、今夜ぐらいはジルクに優しく接しようと考えた。
普段なら重いから嫌だと言いそうな所、もちろん、イルもレイズもリタがそう言うだろうと思っていた。
「仕方ないなあ、いいよ。私、誕生日の子には優しいのです!はい、どーぞ!」
ふざけているように見えるリタだが、リタは次暦の6月になったら、自分はどんな状況にいるのだろう?と自分の身になって想像を巡らせていた。
今みたいに4人でまだ行動しているのだろうか?今後イルは死者に戻ってしまう事なんてあり得るのだろうか?レイズは人族の死について、解明できているのだろうか?考えたら不安がひっきりなしに襲ってくる。
12歳でこの世界に落ちて来た8暦前のジルクどんな子だったのだろう?まだ少年のジルクは知らない世界にいきなり落ちてきて、どれだけ怖かったことだろう。
「ジルク、もう帰ろう?」
ジルクの左腕をリタは自分の左肩に回し、支えた。
「う、うん。ありがとう」
照れて無言になってしまったジルクを目線で殺さんばかりに睨む2人が後ろにいることは言うまでもない。
「誕生日、そう誕生日だから仕方がない」
レイズは魔法を詠唱しているかのように何度もそう呟いた。
「私、明日誕生日かもしれません」
「白々しいぞイル。そんなことばっか言ってたら嫌われるぞ」
「そうだ、明日は調査の日でしたね」
「現金な奴だな」
「レイズ様こそ、嫌われたくなくて、アレを引き剥がさないのではないのですか?」
「さあ、どうだかな。誕生日らしいからな」
イルとレイズは2人で目が合うと、お互いにふっと笑い合った。




